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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

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2012.01
28
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13:00
Category : 有職故実
 明治時代に発行された『海軍雑誌』でドイツ「空中雷船」発見したのだけれどもね。

空中雷船 
国立国会図書館 近代デジタルライブラリー『海軍雑誌』66号(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1500469 館内限定閲覧) 56ページ折込図より
当記事は無記名であり、発行後120年を経過しているため、著作権による保護期間は経過している。


 要は、気球で爆撃しようというもの。有人気球1個が、爆薬を搭載した無人気球4個をコントロールして爆撃する仕組み。もちろん、気球であるため、自由に移動することはできない。風まかせである。正確に目標上空に到達できるものでもないので、城砦といった大面積目標を標的にしている。

 『海軍雑誌』ではドイツ人「『ゲオルグ、ローデック』氏」が発明した「独乙空中雷船」を紹介している。

 気球(文中では「風船」)は、図で見るかぎりは、水素気球である。有人、無人でサイズが異なっている。有人気球は容積1200m^3、無人気球は500m^3と記されている。有人気球には士官1名、練習生2名が搭乗する。

 無人気球には「雷函」(トルピードケヘッツ)が搭載されている。電機仕掛で投下が可能であり、炸薬は、ダイナマイトあるいは綿火薬50−75kgと記載されている。
 「雷函」に取り付けられた発火機構は不詳である。「ダイナマイト薬包百個ヲ装填スルヲ以テ」「雷函」が地面に墜ちた時に爆発するとされている。当時製造されたダイナマイトが、落下程度で爆発するものかは疑問である。函外側に、雷管多数をつけて落下衝撃で発火する、あるいは黒色火薬導火線程度で作られた時限発火装置が必要だと思われるが、詳細はない。
 「雷函」構造に関しては、詳細は記載されていない。おそらく弾殻は薄く、弾片効果は望めない。

 有人気球と無人気球は、索により連結されている。もちろん、連結された効果は、互いに離れない程度である。「雷函」投下以降、不要になった無人気球は綱の切断により放棄される。この際、無人気球は「戸口ヲ開放シ以テ敵ノ陣営外ニ剽落ス可シ」と、おそらく水素放出により墜落する。

 「空中雷船」がもたらす効果は、比較的高く評価されている。おそらく、空から攻撃するアイデアそのものへの賞賛である。直接的な威力を高く評価する様子はない。一応「堅城鉄壁」であっても「震動破壊スルニ至ル可シ」としている。だが、「縦令失敗シテ」(シテは合字)も「大ニ敵ノ気ヲ粗相セシメ」て、味方の「勇ヲ鼓舞スル」ことができると、比較的逃げている印象である。効果としても、敵にショックを与えられるとする、精神的な効用を説いている程度である。

 記事は、高度を取ることによって、気球は攻撃を受けず、安全であると主張している。「敵ノ砲弾ノ為ニ撃破セラルヽノ虞無者トス」とあり、高度1000m以上を飛行すれば砲弾は届かないと普仏戦争での例を挙げている。
 しかし、普仏戦争で用いられた対空砲、「『クルップ』気球砲(バルロングシュツ)」は射高800-900mあるとも、記事中で指摘している。漫然と風まかせで飛んでくる気球は、敵の標的となる点には無視できないと考えた様子である。

 「空中雷船」起源は、オーストリア砲兵士官「ウハチウス」氏である。翻訳元となった独文記事から、おそらく1886年前後にウイーン近郊で実験されたとある。その後、オーストリア軍が「フエ子シヤヲ」(フェンシャオ?、子=ネ)を包囲した時、「ウハチウス」氏は攻撃を試みたが失敗したとある。
 記事では、類似兵器としてアメリカ人「ルッセル」氏が発明した「空中『ダイナマイト』」船も挙げている。気球+爆薬といった点で、似たようなものなのだろう。



 まあ、実際に使うとすれば、地上が見える程度、月明かりがある夜間や、黎明しかないだろうね。高度を取れば安全といっても、昇る時間も伸びるから使いにくくなる。城砦間近から、風を待って低空で襲えばそれなりに攻撃のチャンスもあるだろうが、昼間だと小銃でも狙われる。そうなると『夜のスツーカ』みたにするしかないんじゃないかね。空から突然、攻撃される点で敵に衝撃を与えられるし、夜なら混乱も増えるだろう。枕を高くして眠れないんじゃないかね。
 一応、風船爆弾の先祖かねえ。有人管制式風船爆弾といえなくもないだろうし。さすがにジェットストリームアタックは無理だろうけれども。


※「独乙国空中雷船(千八百八十六年九月独乙国伯林『イルヽストリルテ』新聞抄訳)」『海軍雑誌』62号 pp.46-49. 
オリジナルはベルリンで発行された、おそらく”Ihre Straße”紙 
2012.01
25
CM:2
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13:00
Category : 中国
 日本と中国は友好関係にある。両国で全面戦争という事態はまず考えられないのだがね。ま、頭の体操としてね。

 日中が全面戦争になったとしても、まず互いに敵国に上陸しようとはしない。日本は、強固に団結した一つの中国に対抗できる陸上戦力を持っていない。中国は、膨大な陸上戦力を保有している。だが、強力な日本海空自衛隊を圧倒して、日本列島で制海権、制空権を維持できない。上陸戦力を運ぶ揚陸艦も日本本土侵攻には不充分であり、それを護衛する水上艦艇も少ない。限定された中国上陸部隊では、本土防衛※に特化した陸自は打倒できない。

 相手を屈服させる方法として、戦略爆撃・空爆も難しい。両国とも、戦略爆撃に適した装備を多数保有していない。日本は戦略爆撃機を全く保有していない。中国も戦略爆撃機や弾道弾を、それほど多く保有しているわけでもない。そして、両国とも、自国本土での防空では優位に立つことができる。日本は、JADGE以下により、防空戦では質的に優位に立つことができる。量的にも、日本本土に飛来できる中国空軍機数と比較しても、数的に不利ではない。中国は、防空戦力として旧式化しているものの、戦闘機や対空兵器は数も多い。遠距離飛行のあと、疲労もたまり、燃料も限られた侵入機に極端に遅れはとらず、数で消耗させることができる。

 対して、海上封鎖は両国にとって困難はない。両国とも、経済は多くを海上輸送に依存している。その海上輸送を阻害することにより、相手側の戦争経済を崩壊させ、屈服させる方法である。相手の主要港や、そこに至る航路を封鎖すればよい。相手の沿岸部に近づけなければ、相手のいない遠くで通商破壊をしてもいい。日本は強力な海軍力で中国に屈服を迫ることができる。中国にしても、日本側通商保護が弱い遠洋であれば、日本艦隊/船団を圧倒できる。

 海上封鎖は、敵本土上陸や戦略爆撃よりも有利である。まず、敵本土上陸よりも安くつく。大規模な陸空軍投入を必要としない。このため、コスト的に人命、予算、物資、装備を上陸戦ほど消耗しないため、敷居が低い。また、市民を直接戦闘に巻き込まずに済む。また、戦略爆撃・空爆ほど直接的な市民殺傷を伴わないため、敵愾心や恨みを買いにくい。

 ありえない設定であるが、日本と中国が全面戦争になったとした場合、両国が相手を屈服させるため、第一選択※※とするのは海上封鎖である。両者とも、いきなり上陸戦をとることはない。戦略爆撃をしようとしても、両者とも、防空側が優位すぎるため、準備としての航空撃滅戦も行えないだろう。

 なんにしても、今の日中関係は安定している。日中両国は友好関係にあり、経済的にも互いに欠くことのできない存在になっている。緊張、衝突といっても、小さい無人島で、低強度で衝突しているにすぎない。国民感情に関しても、両国政府ともコントロールに努力している。両国軍部による競争、張り合いは、あくまでもゲームに過ぎないわけだ。



※ 冷戦が終わったあとでも、ほとんど可能性のない大規模着上陸対処、対上陸戦を主軸に据えている点は、旧態依然であり、無駄なんだけどね。
※※ その前にサイバー戦とかあるだろうけどね。
2012.01
24
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14:27
Category : ミリタリー
 書き物の途中だけど、アジ歴で手旗を検索したら見つかったので。



 公文書館に収蔵された文書で、手旗信号に関する起源を見つけた。「海軍大尉正七位勲六等功五級釜谷忠道以下二名勲位進級及勲章加授ノ件」(『叙勲裁可書・明治二十九年・叙勲巻一・内国人』)に
右[釜谷さんと、多分、道本誉声さん]ハ、海軍艦船艇間迅速ニ気脈ヲ通セン為メ、有馬海軍大尉カ、片仮名五十音ニ因リ手旗信号法ノ発明実験ノ際、釡谷海軍大尉、之ヲ熟視シ、片仮名ノ字画ヲ手旗信号ニ現ハス所ノ最軽便ナル方法ヲ成就シ、明治、二十二年五月海軍ニ於テ之ヲ採用セリ、[中略]愈々[いよいよ]大ニ明治二十六年陸軍ニ於テモ陸上軍隊間ノ通[アジ歴ではここまで]
([ ]内と読点は、文谷による)

とある。明治22年採用、26年陸軍採用なのね。でも、海軍が秘していたため、冒険収蔵資料での初出は陸軍の密大日記になっている。秘密としていた云々は、前の記事の通りだけれども。

 他にアジ歴で公文書を漁ると、当初海軍では「仮名手旗」、それを導入した陸軍では「片仮名手旗」と呼称した様子である

 それまでの手旗は、英式仏式セマフォア手旗で用いるものであったのだろう。前に、防研で磐城艦に積み込む備品目録「定備品並ニ御備付之義上申」『明治17年普号通覧 巻19』(403−408)を閲覧したのだけれども。その中に手旗があったが、これはセマフォア用だということになる。

 また、この目録には端舟信号旗もあった。これはカッター用に使う形象物信号資材なのだが、日本式手旗があれば不要なもの。日本式手旗は使われていなかった時代は不便だったのだろうねえ。
2012.01
21
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TB:0
13:00
Category : 有職故実
 ちょっと、漢字文化関係、日本語関係でカキモノの必要があったので調べたのだけどね。

 19世紀末には、手旗信号には少なくとも3種あった。まず、英式、仏式と手旗信号が2つあった。これはセマホア信号を手旗で送るものであり、それ以前の端船通信を置き換えた。そして、日本式手旗信号である。これは、セマホアではなく、旗でカタカナを書く。送信はそれなりに慣れが必要だが、日本語話者、読解者であれば受信は容易、子供でも読める。英仏式手旗が廃れた(いまは旗でモールスを送る決まりだが、実用した例は聞いたこともない)あとでも、日本式手旗が残っているのは、読解容易という利点なんだろうねえ。

 この日本式手旗信号は、いつできたのがが判然としない。

 まず、海軍省公文書に載っていない。状況証拠から、制定されたと考えられる時期、明治10年代後半から、明治20年代初期まで、海軍省公文書を一覧してみた。カタカナ式手旗信号に関する既述は、気持ち悪いくらい見つからない。

 というのも、海軍は手旗信号を軍事機密としていたためだ。おそらく、部外に対しては、存在そのものが秘密であったのだろう。というのも、日本海軍式手旗信号が、幼児〜小学生向け雑誌に掲載されてしまった時に、流出元である陸軍に海軍から抗議が行われている。陸海大臣間で「バカ、あれは軍事上の秘密だぞ」という公文書が残っているのである。

 まあ、手旗だからね。大した距離も届かない、しかもカタカナで、相当早く送出する。重篤な秘密に繋がるような、抽象的な内容を送受しないから、とりこし苦労なんだがね。
 日本式手旗信号が海軍省文書に出てくるのは、明治20年代後半に入ってから。最初は、陸軍省や逓信省(商船を管轄)から、海軍に「手旗教えて」という内容になっている。その時には成立していたということだな。

 しかし、手旗は便利なもの。一回習ったことがあれば、なかなか忘れず「テンワ」「子ツチ子イ」「オシマイ」くらいは容易に伝わる。20台前半に一回こっきりしか習わず。その後縁遠い仕事をしたオトッアンでも、口々に「素直に見たままで、読める」と言う。送出には慣れが必要で、チョット考えるが、受信は楽勝。それこそ子供でもできる。

 去年6月にニュースで
  皇后陛下、美智子様が、行幸啓先で畏れ多くもシレっと受信なされたというのも、頷ける話、そもそも幼児-小学生を対象にした雑誌に掲載されるくらいだからねえ。
2012.01
18
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13:00
Category : ミリタリー
 米国は、対機雷戦準備は等閑視している。機雷でエライ目にあった日英独のように高い優先度を与えていない。おそらく、次に機雷戦に直面したとき、ボロをだすだろう。

 実際に、戦後、米海軍は機雷でボロを出し続けている。第2次世界大戦が終わってから、米艦被害は過半が触雷である。具体的には、米艦被害22隻中、触雷は17隻にのぼる。機雷以外による被害は5隻 ※ であり、ミサイル被弾×1、魚雷攻撃×1、航空攻撃×2、自爆艇×1。あとは全部、触雷による被害となっている。

 しかも、米海軍は比較的原始的なコンタクト・マイン(繋維触発機雷)にも引っかかっている。※※ これは、機雷に対する警戒感が低いことを示唆している。米海軍では、対機雷戦はいつも等閑視されているが、問題は、対機雷戦器材等ではなく、それ以前の危機感、警戒状態にあるようにもみえる。

 コンタクト・マインであれば、ヘリを前方に飛ばして、上から海中を透視すればそこそこ見える。コンタクト・マインは船底にぶつかる程度に浅く仕掛けられる。機雷が船体にぶつかって、触角(ホーン)がポキリと折れた時に発火する。よって水面から、−3m、−5m、−7m程度の水深に仕掛けなければ意味はない。実際に、トリポリが触雷したあと、ヘリを飛ばして前方海中を透視したところ、機雷多数を目指発見している。

 なんにせよ、米海軍は、対機雷戦準備に真剣味を欠けている。過去にも、大規模な機雷戦に直面した時にはボロをだしている。おそらく、次に機雷戦に直面したときには、またボロをだすのだろうね。

 米海軍が対機雷戦で真剣味を欠くのは、機雷戦で深刻な被害を受けたことがない点にある。第二次世界大戦では、参戦以降、大西洋に機雷を入れられた程度である。機雷で飢えた経験も、戦争に負けた経験も持っていない。対機雷戦への準備も、真剣味は少ない。

 そして、対機雷戦で面倒に直面しても、米海軍は概ね他国の力を借りられた。米海軍は、第二次世界大戦では、ノルマンディーでは面倒な機雷原 ※※※ に直面した。しかし、英海軍がいたので投了せずに済んだ。朝鮮戦争での掃海でも、日本に掃海艇を無理矢理に派出させることができた。湾岸戦争終了後に実施した対機雷戦でも、西欧と日本に依頼し、イラク機雷原の過半を実施してもらっている。

 機雷や対機雷戦をあまり意識していないのである。おそらく、それが機雷への警戒感に欠く原因にもなっているんじゃないかね。警戒感が低ければ、まあ浮遊機雷あたりにぶつかる可能性もあるだろうね。



※"Navy International"(OCT,2011)より
 ミサイルは、スターク被弾。
 魚雷は、リバティ船被雷(中東戦争でのイスラエル攻撃)
 航空攻撃はヒグビー(ベトナム戦争)リバティ船(中東戦争でのイスラエル攻撃)
 自爆艇はコール大破
※※ トリポリはコンタクト・マインに触雷している
※※※ ドイツに水圧複合感応機雷(オイスター機雷)を航空敷設された
2012.01
14
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13:00
Category : ミリタリー
 アメリカはイランの機雷に対抗できるのかね。アメリカとの緊張を受けて、イランも「戦争になったらホルムズ海峡を封鎖する」と言っている。実際にやるとなると、機雷を敷設するイメージなのだろう。その時、対機雷戦を冷遇していた米海軍は対抗できるのかね。

 イラン原油禁輸措置で、アメリカとイランが緊張している。アメリカだけではなく、EUも原油禁輸に同調する様子である。日本もお付き合いで輸入量を減らすらしい。

 実際に戦争になるかといえば、そうとは思えない。「緊張しつつある」とはいうものの、アメリカとイランの緊張状態は30年継続している。また、戦争に疲れたアメリカが、本気で戦争するとも思えない。そして、イランも本気では衝突を望んでいない。イラン現体制も、立場上、アメリカとの対立を避けるわけにはいかないが、イライラ戦争とは時代が違う、それなりに喪うものもある。多少の摩擦や小規模な衝突があっても、エスカレーションするとも思えない。

 しかし、イランは、アメリカに対して強硬発言を繰り返すしかない。イラン現体制そのものがアメリカとの対立の産物である。ガチガチに固めたイラン内政も、アメリカによる外圧の結果である。反米で成り立っている以上、内心どう考えていようが、対米強硬発言以外はできない。

 その対米強硬発言の一環が、ホルムズ海峡封鎖発言である。砲やミサイル、高速艇や潜水艇等も使用されるのだろうが、もっとも有効な手段が機雷である。ホルムズ海峡は比較的狭い航路収束点であり、機雷敷設に向いている。

 機雷は効率が良い。ホルムズ海峡幅60kmは、感応機雷100個程度で構成される機雷線※を設定すれば、10%航路幅の10%が危険域になる※※される。この機雷線を3条(300個)も引けば、触雷率は30%近くになる。分かりにくいように100個程度ランダムに敷設して、合計400個も敷設すると、ホルムズ海峡はしばらく使えなくなる。

 さて、イランが感応機雷を敷設したとして、米海軍は対抗できるかね。米海軍は、機雷を敷設する方に熱心であり、対機雷戦は等閑にしていた。その対機雷戦も、上陸戦に先立った、上陸海岸での、短時間での大まかな機雷処分を目的にしている。そのため航空掃海を維持している。だが、航空掃海にできることは、なんでも感応するダボハゼ機雷を発火させる程度である。商船を通すために、完全に機雷を処分するような戦力ではない。

 アメリカは掃討艇を14隻しか持っていない。地道に海中を探査して、機雷を見つけて破壊できる掃討艇は必須であるが、冷戦以降一気に減らしてしまった。この14隻にしても、掃討艇を機雷処分に専念させられればいいが、実際には、重要艦船への先導にも使う必要がある。こと機雷が敷設されれば、アメリカは対機雷艇不足に悩むだろう。

 救いは、ホルムズ海峡は水深が大きいことである。ホルムズ海峡は、おおむね-60mより深い。このため、使えるのは繋維機雷となる。厄介な沈底機雷は使えない。旧軍資料によれば、-60mを超える深さでは、沈底機雷は発火しても大きな被害はでないとされている。繋維機雷であれば、感応でも、触発でも見つけやすいため、機雷掃討も容易である。また繋維掃海でも対抗できる。これなら米海軍でもできる。おおむねペルシア湾でも、イラン側は水深が大きい。まず、沈底機雷は使われない。

 しかし、機雷の数が多くなるとどうしようもない。繋維機雷への掃海や掃討であれば、飛行機、補助艦船、漁船でも可能である。だが、事前の機雷捜索や、その後の処分確認には掃討艇は必須である。また、重要艦船への先導も掃討艇でなければできない。

 イランが100個以上の繋維機雷を使用したら、おそらく米海軍が持つ対機雷戦戦力では飽和する。この時には、日本や西欧の手を借りるしかない。

 仮に使用機雷が沈底機雷となると、日欧への要請も早期に、且つ大規模なものになるだろう。ペルシア内湾南側(26度30分以南)や、西側は相当浅い、おおむね-40mもない。沈底機雷敷設も可能である。イランにとって敷設が厳しく、アラブの敵、世界の敵にもなるけどね。でも、仮にデタラメに沈底機雷を敷設されたら、米海軍はお手上げではないかな。

 米対機雷戦戦力は、必要な時にはたいてい不足している。朝鮮戦争でも、紅海危機でも、中東危機でも、湾岸戦争でも、アメリカはその場になって対機雷戦力不足に気付く。米軍は高価なハイテク兵器には金突っ込むけど、対機雷戦には金を突っ込まない。そして、対機雷戦戦力に困ると日欧に泣きつく。世界でもっとも掃討艇を保有している日本、そして英仏独伊蘭以下の欧州に泣きつくしかない。

 掃討艇は偏在している。世界にある掃討艇は207隻、うち日米欧が158隻を占める。日本24隻、アメリカが14隻、欧州140隻。欧州は、西欧8ヶ国80隻、非西欧NATO加盟国30隻、スウェーデン7隻、フィンランド3隻。※※※ 技術的に優れている、掃討技術に習熟しているのは、西欧(英仏独蘭あたりか)が一番で、最近、日本がそれに次ぐ地位についたあたりか。当てになるのは、欧州ならイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、あとベルギー、スウェーデン、アジアでは日本だろうね。

 また、日本と西欧に泣きつくのだろうね。



※ 実際には、方位と場所を微妙にズラした5-20個の短い線を、何本かつなげて対岸まで渡す。
※※ 有効半径25mとみた
※※※ 2011年夏に出したウチの本、『瀛報 掃討しかない-感応機雷と対機雷戦-』でまとめといた数字。
2012.01
11
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13:00
Category : ミリタリー
 中国は、E-2を模倣した試作AEWを作っている。機体は、スキー・ジャンプ方式で運用できるかもしれない。しかし、肝心のレーダはどうなのかね。

 気の早いことに中国は艦載AEWを試作している。写真を見ても、米国製E-2を模倣した機体である。格納庫に入れるため、尾翼を低くしたい気持ちは分かる。しかし、垂直尾翼を4枚構成としている点、各垂直尾翼形状もE-2に似せている点には、全くオリジナリティがない。試作AEWは、垂直尾翼構成でE-2を完全に模倣している。両端の1・4枚目は、水平尾翼の上下方向に伸びている。そして中間に挟まれる2・3枚目が、水平尾翼の上方向にしか伸びていない。

 レドームとの干渉を避けるには、完全コピーが一番てっとり早いのかもしれない。レドームと垂直尾翼で起きる、電磁波的、また空力的干渉を避けるには、成功例を真似るのが一番早い。ほかの部分でも、冒険を避けるため、E-2を模倣しているのだろう。

 試作AEWは、カタパルトによる運用を前提で製作されたらしい。中国がカタパルトを保有していない点からすれば、相当に先を見越した話だ。

 ただし、E-2と同じ程度の性能を確保できれば、スキー・ジャンプ方式への対応は難しくない。E-2Cは、失速速力は75ktである。一般的に、失速速力を2割増すれば離陸速力であるので、90ktになる。これは、Su-33よりも有利である。

 失速速力・離陸速力とも、E-2CはSu-33よりも低速である。Su-33に関しては、最低飛行速力が130kt、おそらく、失速速力を2割増ししたようなものだろう。おそらく、失速速力は100ktである。

 中華空母も、25ktは発揮できるだろう。この際に生まれる対気速力25ktは、90ktから差し引いてよい。中国製AEWがE-2と同じ空力性能であるとすれば、飛行甲板・スキー・ジャンプで55ktまで加速できれば、発艦できる計算になる。中国製試作AEWをスキー・ジャンプ運用するのは、あまり難しいこととは考え難い。あとは、甲板上での機体加速力にかかっている。※

 中国製試作AEWに関して疑問視すべきは、搭載機材である。AEWにとって、本質は搭載するレーダ等である。レーダそのものの性能、信号処理、リンク・システムあるいは通信能力が全てである。

 中国がもつAEW、AEW/C、AWACS技術は、あまり高いとは考え難い。まず、中国はロシアからこれら技術を導入しようとしている。つまり、ロシアよりも低い技術水準にあると考えられる。また、中国はAEW、AEW/C、AWACSに関して、インドと共同開発を試みている。もちろん、中国はインドと違い、AEW、AEW/C、AWACS試作機を作っている。インドよりも高い技術は持っているのだろう。中国がもつ早期警戒機関連技術は、ロシア以下、インド以上である。ロシアが持つこれら関連能力も高いとは言われていない以上、それなりの程度である。早期警戒ヘリである、Ka-31の能力にしても、20-30年前の水準である。

 実際に、中国が試作したAEW、AEW/C、AWACSを見ても、方向性も定まっていない。レドーム搭載タイプだけではなく、背ビレ状レーダを搭載した、スウェーデンAEW/Cもパクっている。定見がないということは、試行錯誤であるということだ。

 レーダそのもの、信号処理がよくても駄目である。データ・リンク、あるいはボイス/ビジュアルによる通信が悪くても駄目である。最終的には、要撃管制や対空戦闘に反映できなければ意味もない。

 まず、外見をE-2に似せても、中身が伴わなければ意味もない。似たような飛行機だから、似たような性能がある ※※ ように錯覚するかもしれない。しかし、中国側早期警戒機技術からすれば、使い物になるかどうかはわからない。


※ スキー・ジャンプと相性が悪ければ、着艦帯からでも飛ばずでしょう。
※※ E-2に似ていても、E-2A程度の能力かもしれない。
2012.01
08
CM:0
TB:0
13:34
Category : ミリタリー
 昨日まで仕事が忙しいかったので、ココもありあわせで済ましていたけど、あまりにもナンなので今日も投稿。まず、積んどいた『鏡報』で離着艦云々を見かけたという程度ですけど。



 年初に届いていた香港誌『鏡報』に、中国空母でSu-33離着艦に成功したとする、梁天仞さんの記事がある。中国空母は、11月から海上試験を3次に分けて行い、その第2回次試験でSu-33(殲15)着艦ならびに発艦に成功したらしい ※ とのことである。甲板上にそれらしい機体が載っている写真も掲載されている。

 空母として整備した以上、できて当たり前である。空母を購入して、工事を進めて、設計当初から適合するように作られた、Su-33を運用した。特に不思議はない。

 ここで注目すべきは、滑走距離と搭載能力である。最初の試験である。おそらく、Su-33はなるべく軽量な状態で、一番長い滑走距離設定で飛んでいる。実用的な状態ではない。

 中国空母が持つだろう航空戦力は、艦載機搭載力をどこまで確保できるかに左右される。搭載力は、航空機に搭載する兵装だけではない。燃料搭載量も含まれる。スキージャンプ運用では、機体性能上限は期待できない。
 Su-33は、14度のジャンプ台を使用し、距離120mでの運用が、おそらく実用上の下限らしい。

 右舷側発艦線で、滑走距離120m程度で運用する。この際には、機内燃料搭載量も調整しなければならないだろう。右舷側でできる任務は、短時間、近距離の迎撃程度である。
 左舷側発艦線、滑走距離(180-220m:後述する)は、右舷よりも搭載量に余裕はある。しかし、着艦線と干渉するため、運用はしづらい

 おそらく左舷側を使ってもSu-33はその性能を出しきれないだろう。実際に、中国空母は滑走距離を延長している。梁さんは、今回の記事で発艦線を延長している旨報告している。中国空母には、発艦線が2本設定されている。これまで長い方は、着艦側甲板、アングルドデッキの中頃まで(180m位か?)設定されていた。しかし、その長いほうの発艦線が、更に延長(220m位か?)されている ※※ とのことである。

 運用をイメージすると、艦載機能力をある程度、生かせるのは、最初の一撃だけ。着艦収容を考慮せずに、左舷側発艦線を活用できる時に限定される。しかし、左舷発艦線1条では発艦に時間を要する。攻撃部隊を編成するため、空中待機させると、貴重な燃料が消費される。攻撃機を左舷、援護機を右舷から発艦させると、攻撃範囲が右舷側援護機の行動半径に限定される…といったあたりだろうかな。

 具体的な数字は、ロシア空母運用が参考になる。同じ船体、同じ機体である。同じ運用条件となる。しかし、そのロシア空母運用がパッとしない。空母を運用できますよ、と誇示する威信財でしかない。仮に、派手な航空運用がができれば、見せつけるはず ※※※ であるが、それも聞かない。おそらく、中国空母も、派手な航空運用はできないのだろう。



E-2CのパクリっぽいAEW以下については、水曜にアップ分にでも。


※ 梁天仞「瓦良格服役在即」『鏡報』414(香港,鏡報文化企業有限公司,2012.1)pp.6-9.

※※ もちろん、長ければ長いほうがよい。将来的には、アングルドデッキの更に左舷側に張り出す?かねえ。スポンソンを設定してまでも延長するカモね。

※※※ Su-33は、機内タンクだけで航続距離3000km(おそらく兵装なし)とされている。見せつける演習や訓練で「1000km位先に進出して、攻撃、援護機は空戦、そして帰ってくる」とかできそうなものだけど、それもないよね。
2012.01
07
CM:0
TB:0
13:00
Category : コミケ
 アニメ『アイドルマスター』最終話『洲崎炎上』について感想ですが、ネタバレを含みますので注意してください。



 3月10日の空襲で七六五楼が燃え上がる。その映像美は荷風散人が原作で描いた滅びゆく美しさです。

 最終話は永井荷風『アイドルマスター 日陰の花』での洲崎空襲を見事にアニメ化しています。燃え上がる洲崎パラダイス、女だてら警防団員として焼夷弾と戦ったの真が、消防吏員とともに炎上崩壊する建物に飲み込まれる。炎に巻かれた室内で、沖縄で戦死したパトロンの忘れ形見をあやしながら「旦那様のところに参りますよ」と島言葉で言い含める響。ナパームからわが子を救うため、その上に覆いかぶさり、生きたまま黒焦げになっていく春香。燃える七六五楼。神棚に面した彼女たちの看板が焼けていく。東洋一の傾城と呼ばれた竜宮小町。捕獲ブロマイドから、戦後GI達が「ランクSアイドル」として探しまわったあずさ、伊織、亜美。彼女たちを筆頭とした芸妓名札と写真が徐々に燃えていく。華やかな世界が終わる様子を、美しく、また悲しく描いています。

 花柳界は華やかな話だけが語られがちです。しかし『アイマス』は裏にある陰や闇も逃げずに描いています。

 やよい回、藪入で帰省する話は貧困層ルポそのものです。帰る家を持たぬ伊織が帯同しますが、畳も布団もない貧しさにショックを受ける。わずかなモヤシに喜ぶやよいの弟妹ですが、茶椀に盛切った麦だけの食事は、伊織の喉を通らない。出身である資本家階級との格差に涙を流しながら憤る伊織。戦前日本資本主義の矛盾を描いた、監督ヤマサツの神回です。

 美希回も切ない。在上海九六一機関の女スパイ「滬浙のマタハリ」も情人を喪った後は魂の抜け殻です。帰国した美希の壊れ方には怖気が走る。ただ快楽を求め、毎晩十を越える客を取り、挙句翌朝にも役者◯◯◯、相撲◯◯◯を買う。ヒロポンを常用し座敷ではハイですが、オフではオピウムでダウナーになる落差。その白痴の微笑は、演技でのアヘ顔とは全く違う。まぶたは見開き、輝きのない瞳にハエがたかっても瞬きもしない。脚本野坂昭如が特飲街で実見した最低の娼婦が活写されています。

 『アイマス』は軽い作品ではありません。キレイ事だけ。枕はない。借金や人身売買の陰もない。性病も堕胎も結核もない。遊郭をピュアな純愛の場所であると嘯く『ドリームクラブ 嬢王物語』とは違うのです。

 純愛を描いても、雪歩回でのリアリティには全く及ばない。決して客に体を許さない雪歩に「男嫌いか穴なしか」と責め立てる小鳥と律子。しかし、雪歩にはただ一人、体を許した異母兄への操がある。兄の将来を言い含められ、強要された中条子堕で愛の結晶を守れなかった負い目がある。下腹部に残る大きな傷跡に、学徒出陣で戦死した兄と、陽の目を見なかった命の記憶を重ねている。これこそがピュアな心でしょう。

 純愛と喧伝しながら、その実「馴染」「情人」「浮気」を連呼しながら誰にでも転ぶ。亜麻音も雪もカフェー上がりで何一つ芸もないが、その口で客を馬鹿にし「野暮」と言い放つ烏滸がましさ。そのような『ドリームクラブ』とは大違いです。

 『アイマス』には確かに暗い展開もありましたが、希望につながるラストは素晴らしいものでした。唯一生き残り、焼け跡の中で戦後に向かい歩き出す千早は、明るい未来を予感させます。結核で動けない千早は、空襲のなか、竜宮小町に金庫に押込まれ命永らえます。あずさ達は、金庫を密閉するため、パックや洗髪に使う泥で目塗をしますが、それで逃げ遅れ落命してしまう。千早は竜宮小町から命をもらったのです。ラストでの千早は託された生命が萌え出る姿です。

 戦後編、XBOX360版『アイマス・酔いどれ天使』でラジオから流れるブギ「腰が抜けるほど恋をした」が千早声であること。PS3版『同・生きる』ブランコのシーン「いのち短し恋せよ乙女」と千早持ち歌が歌われる。これらは千早が結核を克服し、芸妓から歌手として大成したことを暗示しています。

 むしろ今期でやるせないのは、野坂昭如自伝『Fate/Zero 火垂るの墓』です。終戦後、冬の神戸での聖杯戦争。教会軒先に寝泊まりする戦災孤児には満足な食も服もなく、凍死の恐怖と戦っている。その壁一枚挟んだ反対側では、教会、魔術師、サーヴァントが暖衣飽食している。野坂が召喚した騎士王は誇りから闇米に手を出さない。腹ペコにもかかわらず配給米も節子に譲る。セイバーは最後に勝利するものの、そのまま栄養失調で倒れ、帰らない。平和を渇望した野坂が聖杯に望んだ「豊かな日本」も、朝鮮特需で実現する皮肉。

 野坂ほか焼跡派も既に齢八十。赤線もなくなりはや半世紀。当時を知る人は櫛の歯を引くように減っています。その当時の雰囲気を、片鱗であっても引き写した作品が『アイマス』なのでしょう。




※ 2011冬コミ新刊「あとがき」から、ナマモノなので此処で開陳
やはり、戦前でアイマスなら花柳界しかないですな
2012.01
04
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Category : 有職故実
 1882年のフランス海軍陸戦隊に関する史料読んでいたら発見。

 フランス海軍陸戦隊は結構大きい。別の史料だと、当時1万3000人いたらしい。

 その陸戦隊になかには懲罰隊がある。上陸止め以上、軍法会議未満の、それなりの犯罪を犯した陸戦隊員と艦艇乗員で編成した部隊とされている。

 配備先は、懲罰期間が長いか短いかにより分かれる。懲罰期間が短いものは、サント島、アンティーユ島での防備に付く。それぞれの島がどこにあるのかは、詳しくは知らないが近場なのだろう。満期まで18ヶ月以上、懲罰期間6ヶ月以上のものは、陸海軍合同植民地懲罰隊に回される。セネガル、マルチニック、サンピエール、テールニューブニ派遣される。

 陸海軍合同植民地懲罰隊は海軍少佐に指揮されるとのこと。
 海軍士官が植民地陸戦部隊の指揮をとるような記載も多い。フランス植民地には、海軍部隊しかいないところもあったための様子。戦争中の海軍占領地みたいなものかね。マカッサルとかあのあたりは、軍政も海軍が行なっている。※


※ 内務省から派出された民政官に丸投げだったみたい(旧内務省系の雑誌『大霞』での回顧録)だけどね
2011.12
31
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Category : 未分類
  ま、これが反映されているころにはコミケ会場なんですけどね



 ヒマツブシ読書で、中文(繁体)となると、『鏡報』、『争鳴』、『天下雑誌』。

 そのうち、台湾の『天下雑誌』(2009.2.25 No416)読んでいて。大前研一さんが出てくるけど、肩書きが『日本趨勢大師』。(87p) いや、実際、”日本趨勢大師”でググルと大前研一さんだげが出てくる。判官といえば、九郎判官義経、ということなのだろうね。

『大師』ねえ。「日本の趨勢について一番手がかりもっていそう」という意味なのだろうけれども。字面からすると、政府の顧問として日本の趨勢を決めたりする人のようなイメージだわ。
取材も、本人にエッセイ書かせるのではなくて、取材。それも、高級そうなところで「お言葉を賜る」みたいな写真つき。

 いや、大前研一さん、すごい人だよ。『平成維新』とか、いま読み返すと、出版後に日本が辿った道を、まあ予言しているしね。でもねえ、大師とか老師って、もっと精神性の高い指導者に使うものだと思うのだけれども。案外、中国語じゃ「○○のエライ人」程度の感覚なのかね。ただね、`『日本趨勢大師 大前研一』なんて肩書きを見ると、かつてのオーマイ・スパゲッティのコマーシャルとの落差がなんとも。

P.S,.
ウン、あと、判じ物のような単語を発見。
日本の経済対策の記事で『飛特族』、『尼特族』。(pp.94-95.)…文章を追いかけると、こりゃ『フリータ』と『ニート』。特に後者は、語源のNEETとは異なり、日本語のニートそのもののらしい。日本固有の使い道だと思っていたら、台湾に輸出されているのね。

MIXI日記 2009年04月12日より
2011.12
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Category : コミケ
2011冬コミ新刊
『対日攻勢機雷戦-米感応機雷の効果-』

2011_12_24_表紙_完成FIN

まえがき「その名を竹帛に残さんとすれば」
本  文「対日攻勢機雷戦-米感応機雷の効果-」
あとがき「燃え上がる七六五楼に無常を見た」

「あとがき」は、アイマス最終回を見て、ちょっとね
2011.12
24
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Category : ミリタリー
 とりあえず、冬コミ新刊は概成しています。まあ、所用があるので集中できないのが難ですが。本業が詰まったときに書いていますので、31日はでるでしょう。
 で、今回出す「対日攻勢機雷戦」本を書いていて、思うところを少々ね


 磁気機雷受磁部には指向性がある。現用機雷は知らない。しかし、戦争中に使用された誘導型磁気機雷には、指向性があった。通電式による磁気掃海を行う場合、磁気機雷と掃海電線との角度次第では、有効掃海幅は大きく伸び縮みする。また、力づくで大電力を流すと、有効掃海幅内側に、掃海できない「ホリディ」と呼ばれるエリアが発生する。機雷がこの指向性は、厄介であった様子である。

 磁気機雷が持つ指向性に対抗する手段が、五式掃海具である。
 五式掃海具は掃海電線で菱形を作る。一見、ひしゃげたソロバン玉であり、奇妙な形をしている。また、三艘曳きと手間を要する方法を採用している。

海軍資料より
   横須賀海軍工廠『磁気及音響機雷並ニ同掃海具便覧』(横須賀海軍工廠、1945.5)p.25.より。著作権保護期間は経過済である


 しかし 5式掃海具を磁気機雷指向性への対策とすれば、そこに合理性を見だす事ができる。掃海電線は5方向に走っている。5方向とは、菱形各辺にあたる4本と、頂点方向から掃海発電機につながる1方向である。掃海電線を5方向、5角度に設定することにより、沈底磁気機雷に対して、掃海電線5本中、少なくとも1-2本は有効な掃海幅を確保しようとする発想である。

 五式掃海具は、指向性対策である。
 この仮設は、日本海軍による通電式掃海具変遷でも裏付けられる。日本海軍が使用した通電型掃海具は、シンプルな形状から、複雑な形状に変化している。
 二式掃海具は、掃海電線1本を2艘曳する。展開器を使えば単艦曳航も可能である。
 四式掃海具は、掃海電線をやや複雑に四角に引き回し、二艘曳、あるいは単艦曳航する。
 その後に制式化された五式掃海具では、掃海電線はさらに複雑な形体になり、掃海具投入も容易ではない。曳航も三艘曳しなければならない。展開器等を活用しても、単艦曳航は実用上不可能である。
 磁気機雷が持つ指向性に対抗するため、日本は掃海電線形状を、シンプルから複雑に変化させた。その最終形態が、五式掃海具なのである。

  10月位に書いた、冬コミの原稿を整理していて気づいたことだけれどもね。
2011.12
21
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Category : 有職故実
 用事があって国立国会に日参している。夕方6時前に帰るのだが、直帰にしてあるので寄り道可能。だいたいは徒歩で国立国会から神保町に抜け、高岡書店・明倫館・文房堂あたりを冷やかして国電の御茶ノ水まで歩く。距離にして約5kmほどだが、考え事をするのにちょうどいい。国立国会からは梨木坂を下り、社民党の前を抜けて参謀本部前に出て、時計回りで宮城に沿っていくことになる。

 で、その梨木坂で木曜日に「1日警察署」を発見。

一日警察署


…上野不忍警察署なんて実在しないって

 社民党本部なんだけれどもね。党の頽勢もあって、困窮している。なんせ本部外観にも亀裂が入っているが、そのままにされている。そこでテレビのドラマか映画かに貸しだしたのだろう。そういや、屋上を養蜂家に貸しだしたという話もあった。



2011年04月23日 MIXI日記から
2011.12
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Category : 未分類
 北朝鮮で2代目(金正日さん)が亡くなったとの由。
 とりあえず、3代目体制は何をやるべきなのかね。とりあえず、北朝鮮といったコップの中の嵐は、たとえば北朝鮮での国内ゲームで、3代目(金正恩さん)が独裁者として振る舞えるかのかどうかはおいておく。北朝鮮としてはまず何をやるべきだろうかね。

 最優先は、国体護持だろうね。
 まずは安全保障。北朝鮮は、とりあえず米国が攻めてこない事を確認したいはず。そのためには、まず「交渉相手としての承認」が欲しい。それ以外の国とは、どうでもいいんだろう。中国は自動承認する。日本に期待することもない。韓国からは、貰えるものを貰えれば、北朝鮮としてはどうでもいいだろう
 最低限の物資確保も必要だが、それは昨日と同じ話。食料、エネルギーを都合付けねかればならないが、昨日も今日も、自転車操業なのは変わらない。明日も変わらない。

 まあ、国際社会の反応は、それほどでもないだろうね。ニュースとはなる。でも「3代目に変ったからといって、あの国がすぐに変わる、変われるということもないだろう」といったあたりじゃないのかな。
 韓国以外からすれば、核を除けばどうでも良い地域である。たいして義理もないし、韓国、中国を除けば大した利害関係もない。

 ただし、韓国は周辺国に下手にでるだろう。当然であるが、韓国は北朝鮮に大きな利害関係を持つ。他国は北朝鮮が短期間に、1年未満のスパンで変化することはないと見る。しかし、韓国は、利害があるために、それを期待する。そうなると、韓国は日米に下手に出る。仮に北朝鮮に大きな変化があったときに、日米によるサポートが必要だからである。また、同様の理由で韓国は中国にも配慮する。ロシアにも協力を求めるだろう。

 周辺各国からすれば、韓国が助けを求めるのは悪い話ではない。まずはないと見ている、北朝鮮での変化において、韓国に協力するとリップサービスすれば良い。それで韓国は周辺国への要求を切り下げる。

 具体的には、韓国は従軍慰安婦問題どころじゃなくなるよね、ということ。韓国は日本に従軍慰安婦について、強行な問題化はできない。もちろん引込めはしないだろうが、しばらくは大人しくなる。
 また、中国漁民問題に対しても、大人しくなるだろうね。これも引っ込めはしないものの、韓国から中国への怒りも抑制するだろう。

 日本の国内政治に及ぼす影響は、無視していいんじゃないかな。意図はともかく一部右派(圧力)と左派(援助)は、関与を主張するだろうけど、国民は明確なリターン※がなければ関与を望まない。政権にしても、関与して支持率は上がらないし、特に利点もない。「注意深く状況を見まもる」に留まるのではないかな。



※ 具体的に、拉致被害者が生きている、日本に無条件に返すよ、位のリターンだろうね。
  核放棄を約束すれば国際社会共同で、もあるだろうけど、担保もない核放棄ではねえ。

…昼休み30分でも書けるもんだねえ。
2011.12
17
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Category : ミリタリー
 冷戦期から、「陸自の連隊は、世界標準では連隊はない、正味大隊規模である」と言い出す人がいる。まあ、歩兵連隊が4個中隊編制で、実質1個中隊欠とかあるという話だから、大隊規模なのだろう。

 でもねえ、何か差し支えがあるのかね。
 冷戦期に、陸自は戦力スライスというロジックで無理矢理13師団体制をとった名残でしょう。当時、米海兵隊は24万人で4ヶ師団である。陸自18万人で13個師団を作るとなると、当然、無理が出る。
 結果、陸自では、編制上で1万人を割る歩兵師団もできた。当時、アメリカやドイツでは師団は編制で2万人、フランスでも1万5000人である。世界標準として先進国をみれば、1万1000人や9000人では、師団として充分ではない。
 それでいながら、陸自は歩兵師団に歩兵4ヶ連隊・3ヶ連隊を宛てがった。連隊あたり人数も減るのもあたりまえの話である。連隊が大隊規模になるのも当然である。

 「陸自連隊は大隊規模云々」が真に問題であるとする。それで本当に困るなら、解決法は簡単である。連隊をそのまま大隊に改名すればよい。

 単位名を大隊にすれば、名実は一致する。メリットもある。連隊を名乗るためのコストが大きく減る。現状では、連隊本部だけは世界標準である。それなりに人員コストを費消している。連隊長以下について、ポストはそれなりに高い階級であり、スタッフも多めになる。大隊に改めれば、指揮官は1−2佐ではなく2−3佐に落とすことができる。スタッフも、S−32だのS−41だのと、2桁スタッフは大きく減らせる。陸自全体でも、無駄に2佐以上を作る必要もなくなるので、人件費は相当節減できる。
 小さくみれば、連隊毎に配布する、あの無駄な布切れも省略できる。普段は室内に置いとくような旗の管理に人を割くのは無駄である。布切れ1枚で、汚損盗難消失云々を気にしても仕方もない。





 ま、13ヶ師団、今の師団+旅団水増しをやめてもいいんだけどね。方面単位で5ヶ師団なり、5ヶ方面隊なり、5ヶ鎮台なりにすれば、連隊以下は世界標準に戻せるだろう。
 本土防衛は4ヶ鎮台でいいんじゃないかね。それで人数浮かせて、自衛隊にとって主任務になりつつある、海外貢献や離島防衛に力を割くべきじゃないのかな。強力無比な国際協力用師団を1つなり、あるいは海上機動旅団風を幾つか作るなりしたほうがよい。中国とのゲームでも便利だろうさ。本土防衛から足洗わないと、陸自は閉塞状況のままでしょうねえ。
2011.12
14
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Category : 有職故実
 明治公文書は筆書きなのだが、くずし字が御家流から離れた時代なので読みにくい書類も結構ある。我流で崩していると読み憎さに辟易する。

 そうなると、箸休めと称して、昔の人の日記・備忘録を少々拝見させてもらうのだけれども。なかなか興味ふかいもの。

 レイテ沖海戦で軍令部にいた人の備忘録がなかなか面白い。
 1944年10月23日から26日まで、現地情勢は五里霧中だったのだろうなと。

23日に「1YB 敵潜ニ捕捉 C×3ニ大被害」(愛宕・摩耶沈没、高雄大破ですね)
24日に「KdMBの牽制効ズ」(「効かず」だろうね)
25日に「1YB サマール島東方ニテ敵KdB捕捉□撃 (□は多分「砲」)
    2YB レイテ突入後情報不足
    神風特別攻撃隊体当リ」

 ただねえ、このメモ帳は戦時中に記録したはずなのだが、異様に白い紙でできた付箋が糊付けしてある。その付箋や自由記載欄には、日記部分とは字体が微妙に異なっている。日記部分は、万年筆や、色が薄い昔の鉛筆で書いてある。でも、字体が違う所はボールペン?で書かれているのよね。他の備忘録にもポストイットが貼っつけたあったり。色々とオーパーツがある。

 具体的には、使っていない日付の頁に走り書きがあるのですよ。45年8月12日に大西中将が、千早参謀を連れずにきて、小沢長官と1時間、キツイ話をして帰った。その後に長官が「今ごろ徹底抗戦とか言いに来るんだからモー」とけんもほろろの評があった。(超大意)とあるのだが、残念なことにこれもボールペン。戦後、おそらく1960〜70年代にかき加えたんじゃないかと思うが、なんとも言えない。

 別の方で面白かったのは、戦時下で、また戦後にも名司令官で知られた提督の日記。この方、度量広大な大人物で知られている。その人物評に違わず、日記の筆致もまたエラクのんびりしていらっしゃる。
 重大作戦前に「工廠に行って『レーダーつけてよ、ないと困る』ってお願いしたけど、誰に頼んでも『3ヶ月待て』とか『無理なものは無理』と言われた。でも作戦の重要度からすれば、無理言っているわけじゃないんだけどなあ」(超大意) とかね。
 また、別の作戦、決死を覚悟する作戦を前にして。その日に1行だけ「ワニノスキヤキ」ってのもあった。「ワニのすき焼き」なんだろうな。他にも「息子の結婚式、引き出物とお返しどうしよう」とか、国家趨勢とは関係ない心情が吐露されていて、読んでいて微笑ましくなるね。

 ただ、こういう記述に、たまに真面目なことが書いてあると、相当神妙だったのだろうなと。 某港湾で、米機に対して体当たり敢行した陸軍機を目撃し、あとから官性名を追記したりとか、作戦での僥倖的勝利のあとに、大きく走り書きで「天佑に非ずして何ぞや」とかね
2011.12
10
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Category : ミリタリー
 中国で刊行されている『航空知識』10月号※、その見返し(表紙1-4とすれば、表2)に、中国海軍が保有する早期警戒ヘリが出ている。
 Ka-31早期警戒型である。ハコフグに似た四角い機体だが、その底面に平らなAEW用レーダを折りたたんでいる。固定翼早期警戒機を艦載運用できないため、苦肉の策なのだが、このレーダ、キャプションを見るかぎり、性能に疑問符がつく。

 Ka-31早期警戒型は、空中目標を最大100-150kmで探知する、とあるが、レーダ性能としては低めである。『航空知識』によれば、Ka-31早期警戒型はロシア製E-801MEレーダが装備している。このE-801レーダ、面積は6平方メートルと比較的大きい。レーダ性能は、空中目標を最大100-150km、対水上目標最大250kmで探知、同時追尾可能数20としている。
 「最大100-150km」は、空中目標最大探知距離として短い。水平線から上にある目標を探知する距離としては短く見えるのである。40年以上前に作られた、戦闘機搭載レーダと同程度に過ぎない。比較対象として妥当であるかどうかはともかく、F-14に搭載していたAWG-9は空中目標を最大200km、同時に24目標を探知できた。数字的にこのあたりと同等以下である。

 また、水平線内側にある低空目標を探知する距離としても、褒められたものではない。能力的には、フォークランド紛争でとりあえず作られた、30年前のシーキングAEWを超える能力ではない。シーキングAEWは、ニムロッド哨戒機に搭載するサーチウォッチャ捜索用レーダについてモードを切り替え、搭載している。このサーチウォッチャであっても、低空目標は150kmで探知できるとしている。※※  同時追尾数も空中目標で16とされており、水上目標であれば40目標を追尾可能とされている。

 乱暴だが、E-801レーダは、1970年代に作られたサーチウォッチャ・レーダと同等性能しか発揮できていない。空中目標探知距離、探知数だけではなく、水上目標探知距離も250km+と概ね同等である。サーチウォッチャ・レーダは、シュノーケルであれば50km、小型艇であれば100kmを探知限界としている。

 中国で刊行される軍事雑誌は、概ね高めに性能を誇示する傾向がある。だが、このKa-31に関しては、レーダ能力は凡庸、あるいは低めで書かれている。これは、実際に性能が低いか、そもそもの水準を知らないで書いた結果である。

 仮にE-801が『航空知識』キャプション並の性能が出たとしても、能力はシーキングAEW初期型同等と見るべきである。
 また、その性能を発揮するため、6平方メートルものレーダ反射板を要する点についても、ソ連/ロシア、中国系アビオニクスがそれほど高い水準ではないことを示している。

 もちろん、Ka-31早期警戒型であっても無きに勝る万々である。AEW実現は、中国海軍、特に空母運用上では相当の前進となる。
 しかし、AEWとして、滞空時間や前方進出に難がある。原型であるKa-27/29での航続距離と巡航速度からすれば、3時間滞空することは難しい。実働2時間程度の警戒が限界だろう。おそらく中国空母は、搭載機数の少なくない数をKa-31で食われる。それを嫌い、Ka-31搭載を抑制すれば経常的なAEWは確保できない。



※『航空知識』2011年10期(航空知識雑誌社,北京)p.2

※※ Freedmann "The Naval Institude guide to World Naval Weapons System 1991/1992 "(USNI,Maryland,1991)pp.141-142.
2011.12
07
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Category : ナショナリズム
 1955年12月、日本国直轄市、昭南島…
マレー系昭南市民のオバサンが、日本人専用のバスの座席に座るところから始まります。

 運動は朝鮮、台湾、南洋、樺太、またジャワやビルマの軍政地域、満州やインドのような傀儡政府に飛び火します。

 予兆はあったのです。
日本国内で大ヒットしたラジオドラマが、NHK京城放送局、台北放送局で放送されたときには、濁音が発音できない朝鮮人や、「〜アル」と中国人を揶揄した演出に大抗議活動が起きました。NHKラングーン放送では、テレビドラマで、靴墨で肌の色を黒く塗ったビルマ人の姿に、CM提供をした日清製粉が焼き討ちをうけました。インドでは、コルカタの海兵団で、軍事顧問団により上陸前にポーク/ビーフカレーを食べさせられようとした現地水兵が反乱を起こしていたのです。

 エスノセントリズムを自覚しなかった大「日本」帝国、その植民地支配の限界だったのでしょう。

 皇民権運動は、折からのインドネシア反戦運動と結びつくのです。本土でも、アジア諸民族への連帯の輪が広がります。本土でも、六大学野球で不正義のインドネシア反戦運動に抗議する反戦歌が歌われたりするのでしょう。

 そして、宮城が人間の輪で囲まれる。宮城前広場でマハティールあたりが「私には夢がある」とか演説ぶったりするのではと。多分、リー・クワン・ユーとか李登輝あたりがマルコムXかなと

 すでにインドネシア独立弾圧戦争は泥沼です。多分、日本的な価値観で連れていった御都合指導者が、インドネシアナショナリズムの空気読まずに、出身民族優遇など、やりたい放題にやるので旧蘭印は滅茶苦茶になる。でも、皮肉なことに非大和民族初代首相、内鮮一体を掲げた呂運亨あたりが、反共とか言い出して、必死に腐敗政権側を支えようとするんでしょう。でも、彼は神兵隊事件の生き残りあたりに、遊説中に6.5mm弾で狙撃されてしまう。

 インドネシアでは、独立の闘士、スカルノが「アンクル・カルノ」になるんでしょうね。スカルノの死後、独立運動を掌握したスハルトも「インドネシア人はオランダと350年間戦ってきた、日本との戦いが10年長引いてもたいした話ではない」と講和会議で演説をぶつのです。この間、デビ夫人が日本で煽りまくるのでしょうねえ。それに応じて、村田英雄、春日八郎、三橋美智也あたりが、不正義のインドネシア戦争に怒り反戦歌を歌いだす。「雨の九段坂」なんて、そのまま脱構築ですね。

 まあ、宴会駄話でフト浮かんだのだけれどもね。
 うーん、大学ランキングで、偏差値的には国内最後にできた名古屋帝大、それと昭南帝大(新設)と東亜同文書院、極東学院が並ぶだろうとか。日本製のマニラ大・河内大なんか現地の人は完全に小馬鹿にしているけど、官吏登用の道でもあるので、TOEICもどきの馬鹿馬鹿しい日本語試験を受けて仕方なく行く。ベトナムで、上からの近代化と称して、漢字とチュノム復活させようとして日本がエライ目にあう。でも、フィリピンではマルコスがカシーケ民主主義をやるのは変わらない、とかね。



2011年05月29日 MIXI日記から転載
2011.12
03
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13:00
Category : ミリタリー
 アメリカ人にも「ソ連軍150個師団が、アラスカからカナダを経由し、合衆国本土に侵入してくる!」と言い出す人はいるのだろう。アラスカ・アプローチ※はまずあり得ない。だが、そこが手薄であるように見えると、危機感が駆り立てられる人もいるのだろう。
 山陰に外国軍が上陸戦を仕掛けてくる。自衛隊は配備が薄く危機的である。そう考える人がいる。
 「微妙に絶望的な某地方に於ける対上着陸作戦」http://togetter.com/li/216536
 しかし、これは米人がアラスカ上陸を恐れるようなものである。まず、どこの国が攻めてくるかがあるが、それはさておこう。日本侵攻で山陰を、裏日本の中国地方に大規模な上陸部隊を揚げるような悪手を実施するだろうか?

 まず、山陰には高い価値を持つ目標はない。
 また、内陸侵攻のための拠点としても向いていない。内海に向け、内陸侵攻をしようとしても、中国山地を通過する数少ない道路を通らなければならない。山地であり、迂回路はない。日本側の妨害により、容易に交通は遮断する。さらに、苦労して内海にでても、補給は日本海からの陸路に頼る必要がある。線形が良くない山地の道路は、輸送力を制限し、日本側妨害により交通は容易に遮断する。

 しかも、山陰は攻めるに遠い。日本は北朝鮮を除き、周辺国とは友好関係にある。だが、頭の体操として、あり得ない話であるが、ロシア、中国、韓国と戦争となったと考えても、山陰はない。もともと3国とも、渡洋侵攻能力は限定されている。それを抜きで考えても、わざわざ山陰は攻めようとは考えない。
 ロシアにとっては、山陰は遠い。沿海州航空基地群からも遠く、船団にエアカバーをつけることも難しい。
 中国にとっても、チョーク・ポイントである対馬海峡を300マイル東航しなければならない。
 韓国にとっても、最短距離である対馬-北九州にくらべ、距離が2倍以上に伸びる。エアカバーも厳しくなる。
 友好関係にない、北朝鮮は大規模侵攻はしようがない。海軍力も船舶もない。そもそも食うや食わずである。
 リスクばかり高く、メリットも少ない山陰を攻める悪手をなんで取らなければならないのか。

 中国地方に回せる日本側陸上戦力は少ないものでもない。
 日本側は発達した国内交通網を利用できる。このため、中国地方への戦力集中は容易である。確実に山陽地区までは容易に移動できる。
 このあたりについて「微妙に絶望的な某地方に於ける対上着陸作戦」を読んだ友人(名は秘す)は次のように評している。
「今度の震災で瞬く間に10万もの自衛隊が同じくインフラの貧弱な東北に展開してるんですが、この「戦訓」をなんだとおもってるのでしょうか」

 中国地方に所在する陸上戦力も、少ないとは言えない。
 極端な例を挙げれば、面積あたりの陸上戦力云々なら、カナダはもっと絶望的である。また「脅威」に陸で接している国をみても、フィンランドやノルウェーの極北部は中国地方を大きく下回る配備密度にある。
 友人も「これで『かつかつの防衛力』なら人民解放軍はどうなるのよ。四川の震災やチベットの治安戦とか投入部隊を捻り出すのに相当苦労してるんですが」と評している

 そもそも、どことも見当もつかない「敵国」が、渡洋侵攻に必要な上陸船団と護衛艦艇を確保できるかどうか。その戦力で、海空自衛隊、在日米海空軍による攻撃をかいくぐり、上陸船団を日本近海まで海上輸送できるかどうか。その点についても全く検討もない。

 山陰に大規模部隊が揚がってくる。そこでドンパチやるような事態は考えなくても良い。仮に大規模部隊が揚がってきても、そこから動けない。
 来たところで、コマンドのたぐいである。山陰沿岸は、上陸に備えて、強力な部隊を多数配備する必要がある地域ではない。まずは警戒程度でよい地域でなのである。



 …ま、なんにしても、危機感に突き動かされ、妥当性について判断を放棄した発想だということです。おそらく、本土四周、どこに上がられても大丈夫な「本土決戦準備+」がなければ安心できないのでしょう。
 極端な話、本土防衛を考える上で、対上陸戦を考える上では、山陰は岐阜や長野と同じような場所です。敵上陸はない。あってもコマンド程度です。

※ 「『着上陸』とか言いだす米国人もいた」http://schmidametallborsig.blog130.fc2.com/blog-entry-160.html


2011年11月24日MIXI日記より転載
12月になって、仕事も趣味も忙しいので、しばらくMIXIの日記の転載でお茶を濁します。
2011.11
30
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13:00
Category : 有職故実
 昭和9年、司法研究(司法省)で『拳銃の密輸について』を発見。

 昭和7年末、拳銃を所持していた民間人は4万4261人、4万7028丁である。携行許可も6568人※存在した。現在、装薬式拳銃は全国で50人にしか所持※※が許されない。今から見れば所持者は1000倍である。

 しかし、この数はあまりにも少なすぎる。戦前は大量の拳銃が輸入されていた。大正13年から昭和7年まで、9年間に輸入された拳銃は32万丁である。

 先に挙げた所持4万4261人、携行許可6568名は警察が許可した数である。これに陸海軍軍人は含まない。軍人の場合は、拳銃は部隊長許可で所持でき、軍装であれば携行許可は不要であった。
 ただし、私物拳銃を購入する軍人もそれほどいない。概ね、士官と准士官待遇だけが私物を購入・所持したと考えても、人数はあまり増えない。大正元年に陸士卒業したものは700名、昭和元年は300名。海軍兵学校は100人〜200人、機関学校や経理学校を足しても年に500人。陸海軍とも、士官学校を経由しないもの、准士官になるものを数に入れても、私物拳銃購入は年に2000人・丁※※※もないはずである。

 9年間に32万丁の拳銃はどうやって消化されたのだろうか。過半は中国に密輸出された様子である。日本から中国への密輸出は盛んである。昭和7年までの10年間に、摘発されただけでも、大連2万2000丁を筆頭に、合計4万丁の輸出が摘発されている。もちろん、摘発されない数は含まれていない。

 おそらく、20万丁程度が密輸されたのではないかね。司法研究では、密輸出を匂わしているが、その数について推測はない。だが、粗々で計算しても20万丁は輸出されている。

 日本に輸入された32万丁のうち、日本国内での消化数は10万丁もない。民間購入5万丁、軍人私物が2万丁程度、官庁銃が1万丁を超えないだろう。多めに見積もっても全部足しても10万丁程度である。
 民間人が所持した拳銃は5万丁程度である。陸海軍軍人が所持した拳銃も、年2000丁として1万8000丁である。
 官庁銃も多くはない。戦前警官は拳銃を持たない。陸軍は国産制式拳銃を購入する。海軍は融通無碍であり、制式拳銃以外にも輸入品を購入している。だが、戦前海軍も10万人はいない。陸戦ほかでも拳銃装備は1万人はいない。そのうち、輸入拳銃を半分としても5000丁である。

 華北や満州に出回っていた拳銃、馬賊や軍閥が持っていた拳銃のうち、少なくない数は密かに日本から再輸出された拳銃なのだろうね。ちなみに、大陸もので出てくるモーゼル拳銃は、日本国内への輸入実績でもトップクラスにある。



※ 所持していて携行していない人々は、趣味的にもっていただけである様子。当時内地人口が7000万、そのうち、4万人程度が所持だけを許可されている。割合では、今日、モデルガンや無可働銃を持っている人数と同じようなものだろう。今日、人口を1億2000万である。高級なモデルガンや無可動銃を持つ人々を、同比率であれば7万人である。それほど外れた数字ではない。

※※ 使用しないときには警察署預かり

※※※ 士官・相当官への任官数は、おそらく『官報』等を悉皆に調べれば確認できる。だが、煩雑な作業になる。陸海軍省にある人事関連書類があれば確実であるが、遺存しているか分からない。概略数で良ければ、例えば双眼鏡を調べればよい。生産・輸入・販売統計が業界団体、あるいは商工省にある。私物拳銃を購入するような士官であれば、私物双眼鏡も購入するだろう。(商船学校や水産講習所修了者も購入するだろうが)
2011.11
26
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13:00
Category : ミリタリー
 やえやま級掃海艦があるけど、アレは漁船を使えば充分だったのだろうね。

 やえやま級が整備された理由は、大深度に仕掛けられた機雷に対抗するためとされていた。ソ連には大深度に敷設できる機雷がある。それから潜水艦を守るために必要、と理由づけられていた。
 東京湾口部を安全にするためには、大深度機雷への対応が必要と考えられた。それまで、横須賀の先は、三浦半島をかわってから先、東京湾外湾は急に深くなる。このため、機雷による脅威は考えなくて良いとされていた。しかし、ソ連が作った新型対潜機雷は、有名な所ではクラスター・ベイは、大深度でも使える。
 実際にクラスター・ベイを除去できるような、大深度での対機雷戦装備が80年代に流行していたのである。

 しかし、大深度掃海のために、わざわざ大型掃海艦は必要だったのだろうか。

 大深度用掃討艇であれば、安く小さく作れただろう。やえやまほど大きくするも必要ない。対機雷戦ソーナーを吊り下げ式ととする。処分具を大深度に対応させる。それだけで良い。これは、同時期に整備されたイタリア掃海艇Lerci(600t)では実現している。当時は日本が開発した対機雷戦システムに問題は認識されていない時期である。システムを日本製にしても問題は感じなかっただろう。

 しかし、やえやまは「大深度掃海を行う」とする理由付けがされたため、大型艦になってしまった。木造で、大型繋維掃海具を搭載するために大きくなってしまったのである。1000トンもあるので腐朽修理や除蠣は手間も金も要するだろう。そういう不経済な掃海艦が許されたのは、バブル期でお金に余裕があったためだ。

 どうしても繋維掃海をしたいのなら、漁船で我慢すればよかった。繋維掃海には複雑な艦艇はいらない。極端な話、カッターで、手こぎのボートでも可能である。なるほど、大深度掃海となると抵抗も大きいだろうから、力がいるかも知れない。しかし、それなら大型漁船を使えば済む。船体も鋼製で充分だろう。高級かつ大型で、運ぶことも難しい大深度対潜用機雷は潜水艦だけを正確に狙う。漁船クラスを相手するほど安くはない。

 そもそも、時代は機雷掃討になっている。潜水艦や空母の安全について、深い所が気になるなら、その航路を吊り下げ式ソーナーでルーチン・サーベイすれば充分だ。大深度で機雷を見つけたら、掃討なり迂回なりすればいい。高級かつ大型で、運ぶことも難しい大深度対潜用機雷なんてそれほどの数はバラ撒かれない。そもそも、大深度での繋維掃海をやる所要もそれほどない。

 大深度機雷を一気に処分する。そういうシチュエーションは考えがたい。だが、第二次世界大戦で作ったような、触発式繋維機雷による水中機雷堰を一気に処理する。それなら繋維掃海が成り立つかもしれない。だが、その場合であれば、漁船転用でも充分である。排水トンで1000トン行かないくらいの鋼製漁船でよい。プロペラだけは2軸でCPPの方がいいが、そういった漁船を建造なり、購入なり、チャーターなりする。掃海具も、別に単艦で引くような面倒をせずに、漁網を引く要領で2艘曳きすればよい。たしかに漁船は2隻必要だが、単純なので却って人手も減らせるだろう。磁気を気にすることもあまりないから、40mm機関砲あたりも積める。浮かんできた機雷も確実に殉爆させられるだろう。
2011.11
25
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Category : アニメ評
 アニメ『アイドルマスター』第21話「まるで花が散るように」について感想ですが、ネタバレを含みますので注意してください。



 アイマス、響エピソードも神回でした。原作では洲崎パラダイスにあり、3月10日に空襲で焼かれた七六五楼が、吉原遊郭に移り、被災を5月25日に先延ばした理由が明らかになったといえるでしょう。予告編で示された響の情人の戦死から、いわゆる鬱展開であると覚悟したのですが、そうにはなりませんでした。

 戦争が終わったら借金を肩代わりして響を身請けする。そう響と誓った厚生官僚が沖縄県庁に転勤する。そこから物語は始まります。響の良人は沖縄を救うため、地方長官の引き抜きに喜んで応じて沖縄に向かうのです。すでに比島は陥落しています。次が沖縄であることは明らかでした。「ヤマトの人間がウチナーのために死ぬことはない」「一緒に逃げよう」と駆落を願う響に、持って行っても役に立たないだろうと、貯金通帳と印鑑を響に預ける男。
 そして、沖縄戦が始まります。士官級の客から寝物語に聞いた沖縄の戦況は、報道とは異なり絶望的でした。そして、頼まれたという内務省の同期から、男が知事と共に戦死したと知らされます。沖縄の戦況を心配されても、気丈に口癖の「なんくるないさ」を連発していた我那覇響は、作中で初めて慟哭します。

 物語がここで終われば鬱展開だったのでしょう。
 しかし、Bパートから展開も変わります。沖縄失陥後、故郷を喪った沖縄徴兵者達が、沖縄第一の芸者であった響のもとに集まり出します。男を喪った響は、客も取らずに見世前で三線を弾きます。東洋一とまで言われた芸妓、竜宮小町を擁する七六五楼の名妓である響が、路上で三線を引く。そこに行く先も持たない、金もない沖縄徴兵者が集まりだします。
 響は芸者です。路上での演奏や、手踊は鑑札違いの御法度です。でも、響の情婦の戦死や、沖縄の事情を知る皆は何も言えません。
 我那覇響は故郷喪失者のアイドルになったのです。外出日や上陸日には、東京はおろか横須賀からも兵隊や職工が集まります。海没と救助により東京に仮置きされた若い陸兵や、40を超えて徴兵され、第二艦隊で生き残った海軍老年兵、国民徴用令で造船所で働く職工たち。僅かな合成酒と干物を分け合う野外劇ですが、響が生育った那覇の辻町遊郭での遊びを見で、そしてその歌を聞いて皆が涙するのです。

 そしてある日、若い陸兵が、熨斗の効いた空中勤務者の姿で七六五楼に来る。「東京も楽しかったです。でも、明後日には沖縄に帰ります」と皆に挨拶します。すでに沖縄戦も終盤です。誰もが無言の中で兵隊は「響さまは自分の阿媽観音さまでありました」と別れを告げます。それを聞いた響は他の兵隊に今日は終わりだと告げて、久々に年下の兵隊を客に取ります。

 事情を知った竜宮小町のあずさから、馴染みの重臣※が来た時だけ使う特別室を譲られる二人。いつもは格式や支払いに口うるさい遣手の小鳥と律子も何も言わない。半ば闇社会に生きる女衒のプロデューサーPも蛇の道は蛇と闇の酒と御馳走を準備する。

 明かりが消えたあとで、本当は死にたくないと泣きじゃくる兵隊。どんなことをしても生きて帰って来いと、捕虜になっても死ぬなとたしなめる響。そして生きていればこんなにいいことがあるよと体で慰めます。

 翌日は生憎の小糠雨。響は七六五楼と大書した番傘を兵隊に差し渡します。巡邏していた憲兵曹長が傘を差す兵隊を大喝し、殴りとばそうとしますが、それを響が唐手で突き飛ばす。「兵隊さんは明日、飛行機で沖縄に帰るんです、ヤマトには、東京にはもう二度と来られないから最後に遊んでいったのです」というと、曹長も「そうか、頑張れ」と標準語で励ましたあとで、そのまま沖縄の島言葉で、おそらく曹長の本音であろう言葉を一言二言…あとは、EDのとおりです。

 永井荷風原作『アイドルマスター 日陰に咲く花』にはないエピソードで、左右両方から叩かれた回ですが、脚本を書いた野坂昭如の面目躍如と言えるでしょうね。
 今期『アイマス』はオリジナル回も素晴らしい物ばかりです。
 やよい回「大好きなもの、大切なもの」では、山本薩夫が高槻家に東京の貧民生活を描き、独占資本家に生まれた伊織との対比で戦前日本資本主義の格差を印象づけました。
 五木寛之脚本の雪歩回も、学徒出陣で戦死した異母兄への追憶、陽の目を見なかった兄との小さな命といったエピソードを挿入し、客を取っても体を許さない雪歩の「男嫌いか穴なしか」を上手に処理しています。いや、雪歩回は、キレイ事を並べた『ドリームクラブ 嬢王物語』での「ピュアな純愛」よりもよほど「純愛」ですねえ。

 なんにしてもアイマスは最終話まであと五話ですが、なかなか眼が離せません。オススメです



※ 「戦時下に自家用車を使った花柳界通い」ですので、風流で知られ、エノコ・ヌレマラと綽名された重臣(本名を秘す)がモデルなんでしょうね。
2011.11
23
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13:00
Category : 有職故実
 大正から昭和戦前期の海軍省史料を読んでいたのだけれども

・ 駆逐艦「蕨」汚職事件の疑い
・ 航発後期、軍法会議送り方
・ 亀ヶ首事故多発
・ 飛行機不時着関係資料、でも低速機なのであまり殉職も怪我もでない
・ 水兵がドイツ人と接触した…取り調べ
・ 横須賀で運送業者と軍が癒着

 とか、どーでもいいものが一杯ある。でも面白いから控えるけどね。

 たまに

・ 軍艦「愛鷹」(装甲巡洋艦予定名)
・ 駆逐艦「百合」「躑躅」(若竹型の予定名)

 が出てくるのだが、まあ、これも控える程度

 それよりも面白いのが、昭和10年くらいに出た、民間人からの献策。
「艦載機の主翼を折りたためるようにしろ」「空母に100機積んでいるのが、300機搭載できる」

 空母の戦闘能力向上のための、着眼点としては妥当なんですよね。これを無視したか、それともアイデアは評価したが不可能と見たか、あるいはすでに海軍部内で同じ検討があったか。
 たしかに、否定的に見れば、主翼根元から折りたたみを実現する航空設計技術と、産業基盤がなかった。。昭和10年代の日本では、無理な機動をする艦戦、艦爆で実用するのは容易ではない。できても重くなって性能低下や航続距離や離着艦で困る。生産が滞る…

 でもね。この手のアイデアも試すだけの価値もあったんじゃないですかね。艦載機が多く積めるようになるのは、母艦の数が増えたのと同じ結果になる。でも、日本はそれを試さなかった。
 「できない」で放置するのは良くないんじゃないですかね。また「できればいいなあ」がなければ、なにも進歩しないでしょ。 片端からアイデアを潰すのはよろしくありません。今はできなくても、将来できるようになるかもしれない。艦載機主翼折りたたみは、後に米海軍機が大規模に採用して、搭載機数で優位にたったわけです。

 まあ、開戦以降に日本はF-2AやF-4Fを入手している。それを見ても主翼折りたたみは実地に作らなかった。(あんま無茶な機動はしない水偵や晴嵐は採用しましたけどね)概略検討はやって、やっぱり作れない/実用上でデメリットが多いと判断したのかもしれませんけど。昭和10年あたりから試せばそれなりにできたのではないですかね。

 今はできないけど、とか、現状では問題が解決しない、みたいな話になっても、それで諦めるものでもないですね。
 似たような話であれば、磁気機雷の話がありますね。日本海軍も戦前に磁気機雷について構想を得ていました。しかし、実艦船を用いて直接測定した結果、磁気量が小さすぎるとはんだんされた。このため。反応する感応機構は作れないで御仕舞にしてしまった。その後、英国情報やドイツ情報で色々試行錯誤したのですが、とっかかりが遅すぎたので満足できる程度の磁気機雷は作れず仕舞になってしまったわけです。
 母艦用カタパルトにしても、昭和10年くらいに萱場が、同世代の米空母用カタパルトと同等品を作っているんですよねえ。上海事変で陸海軍が陸上使用したみたいですけど、それもそれきりで御仕舞という。

 まあ、何が使い物になるのかわからないわけです。珍妙なアイデアであっても、期待できる効果が大きければ研究開発はやったほうがいいのでしょう。その伝で言えば、1950年代に大まじめに研究したESP技術も、あんまり笑えないでしょうね。駄目かもしれないけど、成功すればとんでもないアドバンテージになるわけですからねえ。


 オマケ

 あと、艦載機折りたたみの近くにも面白い記事がありましたね。「やまと新聞」の話です。一昨年あたりネトウヨが「真実を伝える新聞」って持ち上げていたことが懐かしい新聞ですね。この「やまと新聞」、昭和10年頃に給料未払いでアッツイ争議が起きているのです。
 まあ、その程度の新聞なんでしょう。ネトウヨ周辺は「進駐軍に潰された」と言っているが、事実は潰れるべくして潰れたのでしょうねえ。
2011.11
19
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Category : 有職故実
 東京国立博物館での常設展に、上野戦争で使用された砲弾が展示されている。 この砲弾は「彰義隊戦争遺物」として知られる不発弾である。小説『大砲松』(東郷隆)で、東博収蔵として紹介され、有名になった。

砲弾WEB全体

砲弾WEB


「砲弾」(東京国立博物館収蔵,台東区上野公園採集)整理番号F-16530


 木に貼り付けられた由来(ただし、コンデジ撮影のため、よく読めない)には、明治41年に上野公園で発見されて収蔵されたとある。砲弾は、杉の大木、高さ7m程度に西南方向からめり込んだまま、明治の聖代を過ごしたことになる。
 口径は、目測で70mmから90mm。(収蔵品カードを閲覧すれば書いてあるかもしれない) 砲弾肩部に鋲がある。これは、ライフリングに噛みあわせるために取り付けられた、前込式施線砲(MLR:マズル・ローデッド・ライフルと呼ぶ)に特有の特徴である。東郷隆さんが小説中で説明しているとおり、弾頭部には信管らしきものはない。作動しなかった信管が砲弾内にめり込んだか、最初から信管をつけ忘れたか、いずれかだろう。
 大山柏さんの『戊辰役戦史』によれば※※上野戦争で参加した砲兵で、西南方向から射撃できた砲隊は肥前、筑後、尾張、備前、津、佐土原。このうち、いずれかの御家中が発射したものだろう。ちなみに、臼砲を除き、参加した砲は肥前砲兵が装備したアームストロング砲、尾張のナポレオン施条山砲、備前砲兵の「メリケン」砲、佐土原の四斤半山砲である。

 この砲弾は、図録や写真でしか見かけたことはない。ここ30年、年に1〜3回は東博に脚を向けてきたが、現物を拝見は、まさに眼福であった。気になる向きは上野に行くべきである。
 刀槍武具から外れた展示も面白いもの。他にも、東博には変った火器がある。例えば、幕末期までに作られた風銃(エアーライフル)は、東博に少なくとも3点※※※ある。だが、東博で展示された例は知らない。この手の展示が増えれば面白いのだが。


※ 鋲を使用せず、発射ガスで広がりライフリングに噛み合う弾筍を用いたMLRもある。
※※ 大山柏『補訂 戊辰役戦史』上巻(時事通信,1988)pp.354-358.
※※※ 収蔵品カードでは、少なくとも3丁ある。
2011.11
16
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13:00
Category : 雑誌読み
 香港誌で「以台制華」という珍しい語句を見つけたので、まあちょっと。

 『鏡報』11月号に朗然さんの台湾総統選挙関連記事がある。「台湾大選的美日因素」※で、総統選挙と日米の関係についての観測記事になっている。
 その中で興味ふかいのが、日本が採るだろう台湾政策への見通しである。

 朗然さんは、日本は「以台制華」するだろうと見ている。台湾を自陣営による中国牽制である。これは面白い指摘である。潜在的であるが、実際に日本人はそのように考えているからである。

 実際に、日本人が説く台湾重視は、中国への牽制である。

 日本人による台湾防衛力への期待は、一種「以台制華」を期待したものだ。日本人が台湾独立に期待する点は、中国を台湾海峡に拘束できるだろう点である。台湾に中国と対峙し続けることを期待する点である。実際に、台湾防衛について語られる言論には、台湾での自由と民主主義の維持や、市場としての台湾といった観点はない。

 日本が台湾に抱く好意的感情も、概ね中国への、大陸への否定的感情を裏返したものである。※※ 台湾との友好や、ある種の台湾への賛美は、中国との関係や中国体制への裏返しになっている。台湾における民主主義体制の賛美は、常に中国における共産党一党独裁への批判とセットとして語られているのである。もちろん旧植民地への追憶や、一種勢力圏としての日本文化圏への帰属もあるが、政治的言論としては主流ではない。

 台湾独立運動への心情的肩入れも「以台制華」とする発想が影響している。台湾独立を積極的に応援する言論は、しばしばチベットやウイグル独立運動と平行して語られている。つまり中国への打撃を狙っての、独立運動支援である。台湾独立運動を応援する人々は、その理念として民族自立を訴えている。しかし、フィリピンでのイスラム教徒独立運動は支援しない。また、ビルマの民主化も支援しない。チベットやウイグル独立運動を応援する立場とは好対象である。

 日本には「以台制華」とする発想はある。もちろん、それ自体は発想として当然である。すでにここ10年来、日本は中国と対立するゲームを行なっている。日中対立ゲームでは、台湾が中国を対立してもらえてば、日本はゲームで立場を有利にできる。また、日本には台湾との関係強化を図ることにより、中国を制約するカードもある。

 ただし今の段階では、中国を牽制するカードとして、台湾は露骨に実用できない。台湾カードを振り回すと、中国との対立がエスカレーションする可能性が高い。新中国、中華人民共和国は、抗日戦の結果、誕生した国である。日本の侵略と中国人民の抵抗は、建国神話として国民が共有している。ゲームではなく、冷戦になることは望ましくない。

 日本が露骨に「以台制華」を実施すれば、中国人は傀儡国家「偽満州国」を通じた中国侵略を想起させる。そうなると、日中関係は収拾がつかなくなる。極端な話、台湾独立運動が高まったとする。日本にとってはゲームで非常に都合が良い。しかし、日本がそれを露骨に支援したとすれば全てはおジャンとなる。中国人は当然「偽台湾国」と呼ぶ。中国は面子にかけて台湾を回収しなければならない。§

 日中対立はゲームの範囲に留めなければならない。冷戦のような全面的な政治・軍事的対立や、その先にある熱戦一歩手前の状況は、日本にとって耐えることができない負担である。ゲームのカードとして「以台制華」は適当ではない。効果に較べて副作用が強すぎる。

 台湾カードを利用するしても、実際に可能な範囲は相当限定される。非政治、非軍事交流や、米国による台湾維持への協力程度が限界だろう。日本にとって「台湾独立」志向は好ましい。だが、非公式であっても、その志向に近い民進党・蔡英文を支援することも難しい。それにより国民党・馬英九を中国側に置いやってしまう。台湾世論も、尖閣諸島での小競り合いもあり、日本には厳しい。親日派のレッテルが致命的になる可能性もある。

 まあ、台湾カードで実現できるのって、台湾政府関係者への入国許可くらいかね。蔡さん、馬さん、どっちが勝っても日本に来てもらえれば、ゲームで中国に大打撃を与えることができる。別にどの段階の政府関係者であっても、台湾から来てもらえるなら、来てもらえばそれなりの嫌がらせにはなる。§§ それにより引き起こされる摩擦も、ゲームの範囲にとどまる。同じ程度の打撃だけど、日中関係冷却化や経済交流縮小程度で済むでしょう。でもねえ、ゲームで相手の威信を落す程度で、実益もあまりないね。

 台湾カードは触れずに、防衛力と外交で中国膨張主義をコンテインメントするほうが無難だね。日本は海軍力で対中アドバンテージを持つ。地道に防衛力を東シナ海方面にシフトさせたり、日中建艦競争をやる。中国が強引に海洋進出を図る状況では、周辺国もまとまりやすい。なんとなくの対中包囲網風、まあ、中国にとっての日米印越包囲網もどき(まあ、各国とも同床異夢だけど)をイメージ付けたりするほうがいいだろうね。実効では台湾カードによりも効く。また、中国が持ち始めた大国としての面子も(台湾カードに比較すれば)潰れにくい。

 ちなみに、記事中には「所以日本近年已開始加大過密日台間的政治、軍事交流。」とあるが、軍事交流やっていたのかねえ。日台軍事交流でググってみると、2007年の富士火力演習で民国陸軍(台湾陸軍)司令官、胡鎮埔さん(当時)が来たことくらいしか引っかからない。花火大会に呼んだ程度だと軍事交流でもないし、過密とも言えないのだろうがね。まあ相当警戒しているのかねえ。


※ 朗然「台湾大選的美日因素」『鏡報』412(2011.11,鏡報文化出版)

※※ 1980年代、対ソ同盟として日米と中国が協調関係にあった時期には、中国での「非民主的体制」への批判はほとんどなかった点に注意すべきである。台湾への支持(青嵐会)にしても、中華民国を見捨てたことへの道義的な負い目に基づいていた。もちろん、国民党独裁政権であり「台湾は中国ではない」言説はありえなかった。

§ 中国にとって、「中国の一部である台湾」が「中国人である台湾人」に支配されている限りは、何の問題もない。中国の一地方が言うことを聞かないだけの話である。しかし、外国人により台湾が切り取られた、となると話は別である。神聖な国土を外国に奪われた事を意味する。どれほど血を流しても取り戻さなければならない。

§§ ダライ・ラマさんが日本に入国して、それなりの政治発言をする程度の嫌がらせにはなるだろう。
2011.11
12
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Category : ミリタリー
 中国空母は、着艦作業しながらの発艦作業が難しいようだ。香港誌『鏡報』に陳戦星さんが「『瓦良格』二度海試料練翅」※ とする記事を書いている。ワリヤーグ改め瓦良格について、設計上にある問題を指摘する内容である。この記事でもっとも注目すべきは、ブラスト・リフレクタ設置位置について問題点を指摘する部分である。

 陳戦星さんは、ブラスト・リフレクタ設置位置と着艦帯が競合する位置にある点を指摘している。ブラスト・リフレクタは艦載機発艦線に置かれる。発艦線は左右2本を設定している。そのうち、左舷側に設定された発艦線は着艦帯と交差している。発艦位置と目されるブラスト・リフレクタは、発艦線末端と中間に2ヶ所設置されている。末端部ブラスト・リフレクタは着艦帯では丁度真ん中である。発艦線中間部にあるブラスト・リフレクタも、着艦帯右端にかかる位置にある。つまり、着艦作業を実施中には、左側発艦線は利用できない。

中国空母飛行甲板レイアウト
  カタパルトおよび運用関係関連のレイアウトについて「『瓦良格』二度海試料練翅」掲載写真を参考に作図した


 右舷側発艦線は、着艦作業と同時に運用できるものの、能力は制限される。右舷側発艦線は100m程度しかない。発艦線としては、200mある左舷側がメインであり、右舷側はサブである。艦載機能力を一杯に引き出すためには左舷側が必要である。しかし、着艦作業を行なっているときには左舷側は使えない。着艦作業と同時に運用できる右舷側では、機体を選ぶが、軽荷状態でなければ運用できない。

 瓦良格は、着艦作業と発艦作業は同時実施できない。この点、陳戦星さんは、左舷発艦線設計を「『瓦良格』現設計重要欠陥」と評している。だが、それは酷である。どのようにデザインしても、発艦長確保と着陸帯確保は並立しない。仮に、両発艦線中央部に、着艦部と干渉しないように発艦線を設定してもあまり意味はない。今度は航空作業準備エリアに干渉してしまう。着艦した航空機を着陸帯から引き出し、あるいは、エレベータで格納庫から持ち上げた機体を発進位置に持っていく動線に引っかかるのである。

 結局は、旧ソ連が空母用カタパルトを実用できなかった点が原因である。スキー・ジャンプで補おうとしても、能力は限定される。固定翼機を運用するためには、発艦長は100m以上を確保する必要がある。それでも離着艦同時運用も満足にできないのである。

 陳戦星さんは、飛行甲板面積が有効利用されていない点も指摘している。瓦良格はニミッツ級に対し甲板面積で9割を確保しているものの、航空機駐機数が6割しか確保していないと指摘している。しかしこれも、発艦部を長く取らなければならない結果であり、設計に責任を負わせることは妥当ではない。

 旧ソ連系空母は、相当に機能が制限されるのである。旧ソ連はカタパルト、固定翼AEW、専用艦載機を実用できなかった。いまもカタパルトを持たない中露空母は、陳戦星さんが指摘したように、離着艦同時運用にしても、甲板利用効率にしても相当に劣っている。AEWを持たない点も、対空警戒や、防空戦闘での航空機運用に相当差し支えとなるだろう。陸上機を転用した艦載機も能力が制限される。迅速な離着艦はできず、AEWによる支援はあまり期待できず、艦載機にも問題がある。そもそも搭載機数も少ない。中露空母は実用品ではなく、威信財である。能力は実用試験用程度と見積もるべきである。


※ 陳戦星「『瓦良格』二度海試料練翅」『鏡報』412(2011.11,鏡報文化出版)pp.72-73.
2011.11
05
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Category : ミリタリー
 自衛隊は陸自向けに新しい大砲を開発したいらしい。現有榴弾砲であるFH70がそろそろ耐用年数を迎えるといい。それを更新するために、装輪式自走砲開発をリクエストしているのだが。その必要はどうみてもおかしい。

 まず、既存FH70が使えなくなる前提がおかしい。陸海空自衛隊とも、火砲からライフリングが消えるほど射撃はしていない。榴弾砲は戦車砲やかつての高角砲とは異なる。極端に高初速でもなく、精度もそれなりでよい。砲身命数にしても少なくとも1万発程度はある。仮に年間に1門あたり200発を実射しても、調達から30年では6000発程度にすぎない。砲身は当分寿命に達するとは考えられない。

 また、わざわざ新型砲を国内開発する理由も弱い。FH70後継砲の所要数はそれほど多いものではない。FH70後継砲の所要は200門もない。陸自が保有する重装備は、規模縮小により余剰を生じている。戦車ほどではないが、砲も余剰は生じる。火砲は定数600門から新定数400門となった。400門の枠内に残る火砲は、当然、ヨリ高級な自走砲から充当される。すでに新式である99式15センチ自走砲は100門が調達されており、継続整備中である。長射程大威力である20センチ自走砲100門も※残っている。FH70は500門製造された。しかし、その後継砲への所要は200門あるかないかである。この規模では国内生産するメリットもあまりない。国内開発する必要となると、さらに希薄である。ライセンス生産なり輸入で済ませる規模にすぎない。

 そもそも、防衛省が必要性として挙げた戦略機動性もいかがわしい。日本本土内での移動であれば、戦略機動性はほとんど問題にならない。交通網が正常であれば、北海道から九州まで、装軌式自走砲でも、急げば2夜3日は掛からない。これが牽引砲でも装輪式自走砲にしたところで、1夜2日になる程度である。また、最近、防衛力整備で重視している離島域や、いずれ焦点になるだろう海外への戦略機動性では、優位とはならない。この場合に限定すれば、車体分重くなる自走砲は不利である。ヘリでスリング輸送できるような軽量砲(それほどの数もいらないだろうが)が有利となる。

 省力化も繋がらないだろう。まず、いいことしか書かない予算要求で、人員省力化が示されていない。FH70自体がすでに少人数で運用できた。次に自走化しても、あまり減るものでもないのだろう。また、自走砲化すれば砲側での要員数は減る。しかし、部隊全体として運用に必要な人員数が減るかはわからない。砲が砲塔構造に押し込まれ、車体もそれなりに手入れが必要となる。

 新型砲を開発する必要性はない。既存砲は充分な寿命を持っており、その更新にしてもわざわざ開発する規模ではない。装輪式自走砲導入によって、戦略機動性は実用上向上しない。離島や海外派遣ではむしろ不便となる。

 防衛省はとにかく新兵器を開発したがる。しかし真に必要が、所要があるかといえば、怪しい物が多い。P−3Cアップデートで問題もないのに、わざわざP−1を作る。90式戦車と戦力的に大差ない10式戦車を作る。上陸戦の脅威も減ったのに88式SSMの性能向上型を作る。防衛省とその開発セクションは前例により予算がつくという理由だけで、必要のない仕事を作り出して浪費をしているわけだね。



※ 長射程・大威力なので、どうにかして残すだろう。
2011.11
02
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Category : コミケ
12月31日 土曜日 東地区 "O" ブロック 52a です

連続になってしまいますが、機雷あたりを少々やろうかと。
第二次世界大戦で使用された英独米日感応機雷あたり。別に小冊子で大戦末期の水際機雷も、できれば少し
2011.11
02
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Category : 未分類
『青空に遠く酒浸り』で「銃撃からはジグザグに逃げるぜっ」※ってセリフがある。ジグザグに逃げると弾が当たらないっていうのは、狙いが定まらないからって理屈なんだろう。ただジグザグに逃げる分、余分に時間がかかる。どっちが有利かはわからんね。

 ジグザグに逃げると当たらない、その真否はともかく。何時ごろから言われているのかね。そう考えて、チョイと調べると18世紀あたりに使われている。1760年頃には、銃から逃げる方法として「ジグザグ」が使われている。

 18世紀には相当有効な手段だったろう。前装銃であるので、1発撃ったら再装填にはそれなりに時間がかかる。※※外したら逃げられるので、狙う方もしっかり狙わないといけないが、ジグザグに方向を変えられると狙うに狙えない。その間に逃げ切れる可能性は高い。マスケットなら100mも離れると当たらない。数少ない猟用ライフルならば当たる可能性もあるだろうが、布に包んだ弾を使っている。射程はそれほど長くもない。200mも逃げれば大丈夫なのだろう。

 しかし、19世紀後半以降は無理だろう。銃は後装銃になり、連発銃になり、半自動銃になり、自動銃になる。装填スピードは急速にあがる。二の矢、三の矢がすぐに打てるようになる。そうなると、ジグザグに逃げても無駄な気がする。後装銃により、ライフリングが確実になると、射程も精度も上がる。逃げなきゃいけない距離も相当伸びる。相手が機関銃なら、まあ無理だろうね。

 ジグザグに逃げると弾が当たらないというのは、前装銃時代の名残だろう。賭けるにしても、ボルト・アクションとか拳銃あたりまでだろうね。映画や文芸で見るときも、大概は拳銃だから、賭けてもいいのかもしれないけど。

※ 安永航一郎『青空に遠く酒浸り』(1)(2010,徳間書店)p.77

※※ 戦争でパカスカ撃つ時には、発射スピードは速かったらしいが、それは狙わないで射撃する前提である。もちろん当たらない。18世紀、マスケット歩兵による射撃は弾幕を作るのが目的である。射撃時にも、射撃方向しか指示されず、目標は指示されない。極端な場合、軍用銃から照星・照門を省略する例もあった。