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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2013.08
04
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12:00
Category : 有職故実
 沖縄で戦死した島田叡知事のドラマをやるという。TBSの「土曜ワイド ラジオ東京」で特に周知していたが、いいドラマとなるのだろう。宣伝を見ると、外見は本人写真よりも美化しているように見えるhttp://www.tbs.co.jp/ikiro2013/が、そういうものであることは仕方もないものだ。

 島田知事は沖縄戦を前に死ぬために送り込まれた戦前最後の地方長官で、前任者の下で低下した民意を暢達した。返還前の沖縄でも尊敬された人物である。戦後、沖縄が日本軍部には厳しい感情を持ったものの、日本政府への極端な反発に至らなかったことには、島田知事の業績が大きく影響しているだろう。

 内務省、元兵庫県知事の金井元彦は、『大霞』で島田知事について次のように顕彰している。
沖縄に赴任してからの活躍ぶりについては、いまここで詳しく書くまでもないだろう。爆撃によって分散していた役所を1ヵ所に集めて、まず非常体制を確立し、逆に老幼婦女子の疎開を積極的に進めた。底をついていた食料確保のため、赴任早々みずから命がけで台湾に飛び、約一ヵ月がかりでこの話をまとめた。また、在庫の酒、タバコを全て分配して娯楽を解放、陽気な村祭りもすすめた等々、当時の沖縄の極度に緊張した情勢を想像するだけでも、これらの行政措置の一つ一つが容易でなかったことが分かる。
『続 内務省外史』(地方財政協会,1987.11)pp.505-506.


 内務省は、沖縄戦の準備として、疎開等できるだけのことをしようとしていた。エースとして島田知事を送り込んだこともそうだが、疎開でも相当に熱心であった。疎開は、防空法に基づく民防空の一部として、内務省防空総本部が管掌していた。沖縄県民42万のうち、招集する壮丁5万を除き、残り37万を沖縄から九州、台湾に疎開させる計画であった。輸送は沖縄への軍需輸送の戻り船を利用する予定であった。

 疎開そのものは、成功したとは言いがたい。記録は失われたが、推計で10万人、九州に8万、台湾に2万にとどまったと言われている。これは、「敵侵攻正面は台湾であり沖縄ではない」というデマや、老人の「死ぬなら先祖の地で死にたい」といった言説、対馬丸被雷沈没の噂によるものといわれている。また、島田知事の前任知事が、内務省方針に対して消極的であったためとも言われている。

 だが、戦後の沖縄で日本政府への信頼が極端に失墜しなかった原因としては、内務省ほかの施策と、それを実行した島田知事の采配は大きく影響している。

 また、戦後の日本も沖縄には可能な限り篤くしていた。沖縄を「本土決戦の時間稼ぎ」として、捨石として使ったことへの申し訳なさ、そして「やる」といった本土決戦をやらなかったやましさがあった。返還前からの援助については池宮城秀正さんの「琉球列島における復帰運動の高揚と 日本政府援助」に詳しい。

 しかし、時代は降って沖縄を見捨てたことを知らず、申し訳なさや、やましさをを感じなくなった世代が増えた。歴史的経緯から行われていた沖縄援助に異を唱えたり、安全保障上の面倒を全部押し付けていることを当然と言い出す元気な人が増えた。

 それでは、沖縄独立論が強くなるのも仕方もない。今は政治的に無視してもいい水準である。だが、差別的な取り扱いから、沖縄人のナショナリズムは刺激されている。諸外国での独立運動の初期段階に近い。歴史を知らない元気な人は、基地収益がないと経済でやっていけない、米軍基地がなければ中国に飲み込まれるような言説で独立論を馬鹿にしている。だが、経済的不利益があっても独立する国は独立する。実感できない中国の脅威よりも、体感レベルにある米軍基地問題や日本政府の基地押し付けに強く反発するには人の情である。

 沖縄には、再びケアをすべき時期ではないのか。とりあえず、オスプレイを一時でも下げさせ、海兵隊に国外に引越すように調整すれば、しばらくは凌げる。とりあえずの弥縫策でもしなければ、沖縄人のナショナリズムが高揚し、日沖関係がおかしくなる。そうなると今以上に面倒になる。利益不利益での下世話な話にしても、沖縄においた自衛隊や米海空軍基地の維持運用に差し支える。そうなると、中国とのゲームでも困るだろう。

 島田知事の顕彰は今以上にすべきではないのか。沖縄に対して日本政府がケアをしていたことを強調し、内地に対しては沖縄に負った歴史的負債を認識する。その意味で、ドラマを放映するのは、結構な話である。元気の良い人は、大田司令官を顕彰するが、後世格別のは無視する傾向にある。しかし、戦争で頑張った人は兵隊だけではない。沖縄戦で頑張ったのは、大田さんも牛島さんにも同じだが、最高の業績を挙げたのは兵隊ではなく、地方長官としての島田知事にあることを示すべきである。
2013.08
03
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23:07
Category : 有職故実
 コミケ作業中なのだけど、ニュース見て不図ね。

 「東日本大震災:気仙沼から流された漁船、福井沖で発見」なのだが、これ、船舶放棄で揉める話じゃないのかな。

 船舶が破船した時の制度なんだが、船主がコスト的な理由で船舶を回収できないときに、国際慣習で船舶放棄を認められている。船主は、最悪で船舶分の価値を捨てるだけで責任を追わないで済む慣習。

 今回の漁船、海洋での回収費用は海保から請求はされないと思う。遭難者ではないが、天変地異による流出であり、通常の管理はしていたので、持ち主に責任をはない。海で回収して、港に運ぶまでは無料だと思う。

 しかし、港からの費用は揉めるんじゃないのか。敦賀海上保安部から気仙沼までの輸送費はどうなるのかね。海保は「取りに来い」で終わり。持ち主は、多分「あのフネにそんな金は出せない」となる。海保としては「じゃ、処分してくれ」になるのだが、処分費用もタダではない。10万近くする。そもそも、気仙沼から敦賀に行くのもカネがかかる。そうなると、海に流れた後は諦めていた、要らないから好きにしてくれじゃないのかね。

 その時に、国内法規では船舶放棄できるのだろうかね? 国際法では可能だけど、国内法で適用された話は聞かない。そもそも、それができるなら、FRP廃船は処分されているだろう。まあ、しつこくリクエストが来ると思うよ。なんせ持ち主がハッキリしてしまったわけだから。持ち主不詳ならどうとでも処分できたのだけどね。

 持ち主からすれば「余計なことをしてくれた、金が出て行くだけ」じゃないのかな。いやまあ、誰が悪いわけでもないのだけど。一等良かったのは、沈んでしまうか、沈めてしまうかなのだが、後者も持ち主があるとできない話であるよ。

 まあ、世の中は難しいということだ。
2013.08
01
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22:58
Category : 有職故実
 新しい技術を否定したい願望なんだろうね。

 「子供に深刻な健康被害も 『ネット病的依存』に専門家警鐘 骨や血流に影響も」なんだが、調べる方も、報道する方も「ピコピコなんかやってないで外で遊べ」って価値観が先に立っているんじゃないのかね。

 まああれだ、子供に携帯電話与えると、体や精神が倫理が悪くなってとんでもないことになるという「携帯電話から小中学生を守ろう勉強会」と同じだろ。

 新聞ができたときにも、子供に新聞を読ませるなという話があったという。おそらく、郵便でも、電話電報でも同じようなバックラッシュはあったのだろう。

 一番好きな話は、汽車かね。「30km/hも出てしまうので、その風圧で人間が息ができないので死ぬ」みたいな話を思い出したよ。
2013.08
01
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12:00
Category : 有職故実
 海関係の仕事をしていると、食事は闇も含めて融通無碍で提供されるものだ。

 名は秘すが、どこぞの海上保安本部に調整で行った時に。廊下に飯缶が置いてあったよ。飯缶とはバッカンと読み、麦缶とも書く。配食で使う、まず1斗缶よりも大きな手提げ付きステンレス密封容器。飯だけでなく、おかずも、汁物も入る。

 多分、海保の闇給食なんだろう。海上保安本部の直ぐ脇には、巡視船が泊まっている。推測だけど、飯缶購入の趣旨は、兼ねて乗員指定された人間が、飯だけを庁舎内で食うためのものかもしれない。まあ、もちろん、乗員指定していない人間も日常的に食うだろうけどね。

 海保も、職員はみんな顔なじみだから、ケチなことはしない。小さい組織で、大概みんな知り合いで、学校では同じ釜で臭い飯を食っているわけだ。巡視船の給養も、頼まれれば、あるいは頼まれなくとも、乗員以外のみんなの分も作るだろう。20人分も60人分も、作る手間には大差はない。調理のための燃料費なんか微々たるものだ。

 材料もどうとでもなる。材料支給されるときに、少々多めにもらうとか、別に金を取って、それで増やす方法もある。フネの飯は、不味くない。フネには他に楽しみもない。メシマズな給養員は存在しない、いても、さっさと陸にでも揚げられて経理員にでもジョブチェンジする。フネ飯は、間違いなくシャバの300円弁当なんかよりも豪華で味も間違いない。闇食費として毎回100円200円は払っても、損をするものではない。受ける方も、感謝の気持があるので、悪い気もしない。そのあたりは、庶務あたりが仕切れば、フネも、庁舎もどっちにとっても悪くない話に出来あがる。感謝の気持で、業務で沖縄に出張とか、東京で研修を組んでやれば、官費旅行で喜ぶ。

 海自も変わらない。流石に庁舎に飯缶はない。しかし、艦艇に仕事があって行けば、なんだかんだでタダ飯食っていけと言われる。要は闇給食だね。士官室の会食は、ペース見ながら食べないといけないのでメンドイのだが、厚意も無駄にできない。規定上、缶詰メシ携行で行った営内海曹士も「そんな冷えたものは食うな」と怒られると言っていた。科員食堂で、若いから腹いっぱい食えと、からかわれながら超大盛りでも食ったのだろう。「ルー大盛りカツカレーに、エキストラでカツ2枚載せ」みたいなヤツね。

 海自が海保と違うのは、陸上部隊に給養が居ることか。だから、陸上部隊でも闇でロハ飯にはありつける。よその部隊に公用があって行けば、なんだかんだで闇官飯は振舞われる。名目は「残飯喫食」ともっともらしいが、普段から少し多めに作っているし、お客さんの来る予定があれば最初からその分を作る。まあ、タダ飯食うのも気が引けるので、売店の食堂で食おうしても、場合によっては最初から「今日の昼飯は用意してある」「わざわざ食堂なんか行くな」ということも珍しくない。特に、その部隊からの頼まれごとで行くとなると、航空増加食だったか、パイロット他用の増加食、アイスのたぐいが一品付く最高待遇もあったよ。

 海系の仕事だと、なんだかんだで飯はついてくるということだ。闇飯、闇食品は、官だけではなくて、民からも貰ったことがある。怒られに行ったはずなんだが、食っていけ、持っていけは結構あった。見える所では、年寄りの苦情にしおらしくしていたし、そのあとでも年寄りのいうことを御尤も聞いてやっていたからなのかね。もちろん、メシを断るのも失礼。その場限りで、どこの誰からとも、誰にも言えない話だったけどね。
2013.07
29
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06:22
Category : 有職故実
 縁日のクジに大当りなしは、当然だと思っているのだが。それに本気で怒って警察を呼んでどうするものかね。

 「夏祭り、夜店のくじに当たりなし 露天商の男を逮捕」なのだが。一回300円のクジで、パッと見た目で、45/100でゲーム機が当たったらテキ屋さんも商売上がったりになる。

 あれだ、縁日では、やらずぶったくりは江戸時代から当たり前の話で、ダマされるのは子供と相場が極まっている。それに騙されたといっても、普通は苦笑いで済ませる話だよ。いい年こいた大人がおおごとにするものではない。

 大人なら、デンスケとか謎の将棋といった真剣勝負や詐欺賭博で騙されろと思うのだが、どうか。



※「夏祭り、夜店のくじに当たりなし 露天商の男を逮捕」『朝日新聞デジタル』(2013.7.29)http://www.asahi.com/national/update/0729/OSK201307280122.html

 そいや、そうとう昔からデンスケは見なくなった。簡易式のルーレット、まずはイカサマなのだが。子供の頃、40年近く前には関東でも見たのだが。昭和は遠くなったものだね。

 でも、中国で路上で近所のじい様が、1元5元を握りしめて中国象棋で真剣勝負をやっているのはさんざん見た。警察も前を通るが何も言わない。昔、南米でも似たようなのは見たことがある。
 でもねえ、それでいいんじゃないの。別に治安上問題もないし、公務員の汚職でもないし、風紀を乱す金額でもない、それで国が滅びるでもない。

 日本の警察も、やらずぶったくりなのは当たり前だろと、訴えた大人を説諭してもいいんじゃないのかね。そもそも縁日だよ。大人ならそういうものと承知しているべきだろうさ。
2013.07
25
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12:00
Category : 有職故実
 コミケ作業では、入れ替えるのが面倒なので、BDは『Das Boot』を掛けっぱなしなのだがね。それ見ていて思い出したのが、シリーズ続編にあたる『S-Boot』。まず不運だった番組の話。

 S-Bootとは、Schnellboot、高速魚雷艇のことで、ドイツで放送されたTVシリーズなのだが、まず不発に終わった。実際にDas bootの二匹目のドジョウだから仕方がないのだけどね。300隻近く作られて、6割以上の150隻が沈み、2000人以上が犠牲になった背景を元にした、やはり厳しくて暗い話の二番煎じは、視聴者に好まれなかったのだろうね。

 日本版公開のときにも映画ではないのでキネ旬に無視されている。BD・DVDはなくて、あるのはVHSだけなので、ネタバレもないものなのだけれども。簡単にいえば終戦間際に出撃したSボートが、航空攻撃でコンパスとエンジンも破壊され、一人生き残った学徒兵艇長が漂流状態に陥る話だよ。

 滲みっぽいけど、そこに笑いを入るところは結構好きだった。終戦間際だけあって、風俗も退嬰的になっている風情なのだが、そこに楽しみとか、笑いが一切なかったわけではないとする、監督の主張でもあるのだろう。

 独本土との連絡が途絶えた仏港湾都市。主人公は、出撃前に非合法の女郎屋(花屋)に行くところから始まるのだが。普段は貧相な坊やとバカにされ、愛想一つないフランス美少女な花屋の看板娘が、やたらと優しい。ついにお相手かと、いうがままに、お金に加えて、リクエストに応じて腕時計まで差し出してルンルンで部屋にはいると、出てくるのは脂肪の塊と呼ばれていた、肥えたオバちゃんで騙されたという、切ないような、切なくないようなギャグ。

 出撃直前もよかった。艇長が埠頭でぼんやりしていると、突然ドイツ軍属のお姐チャンに拳銃を奪われる。もう耐えられない、死んだほうがマシだと自殺を図ろうとするのだが、引き金引いても発砲しない。主人公が、これ、ひい爺ちゃんが普仏戦争で使ったピストルだからねえと、何の気なしに引き金を引くと、見事撃発、お姐チャンの足許に当たる。お姐チャンは「人殺し、私を殺す気」と叫んで掴みかかるけど、しばらくして二人で笑うところとかね。

 オチまで言ってしまうか。被弾後、一人だけ生き残り、漂流で精神状態がオカシクなっていく艇長。絶望で拳銃を手にした刹那に、目の前に潜水艦が浮上する。方向よし、距離よしで、魚雷の発射梃を押そうとすると、潜水艦は味方のドイツUボートで、艇長は安心して腰が抜ける。戦争は終わった、降伏するといわれ、曳航索で引っ張られるのだが、シーンが変わるときには、いつの間にか索が切れている。

 戦後、華やかな海水浴場の沖に、幽霊船となったSボートが浮いており、白骨となった艇長の眼窩の向こうに、ヌーディストビーチで若い娘がはしゃいでいる…と、根も葉もない「S-BOOT」なんて嘘のドラマ話を考えついたのでアップしてみたよ。見たい人は、岡本喜八の『肉弾』を見ればだいたい同じ内容だと思います。
2013.07
07
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12:00
Category : 有職故実
 地名に出てくる「谷」は、西は「タニ」、東は「ヤ」と読む。笹原宏之さん(大学院の時に講義を取った先生だ)の話で出てくる。西日本、一の谷や蓑谷、山城青谷はタニ、東日本、渋谷、四ツ谷、谷中はヤで読む。「『東京の鶯谷は違うじゃないか』というだろうが、あれは江戸の後半期に京都に憧れ、新しくつけた地名だ」といっていた。この辺りは、岩波新書の『日本の漢字』でも書いてある。

 この「タニ」という訓読み、マライ・ポリネシア諸語に由来の言葉ではないか示唆する話がある。

 崎山理「日本語の混合的特徴」※ で見つけたのだが。崎山さんは、マライ・ポリネシア祖語で「低地」を示すtanahと、日本語上古音のtaniと比較しているのである。

 「日本語の混合的特徴」は、去年の『国立民族博物館研究報告』に載っている。中身は、マライ・ポリネシア祖語、ポリネシア祖語、ポリネシア西部祖語と日本語を比較するというものだ。例えば、根源的な単語について次のように比較している。
・手 taŋan (PMP) taa,tai(上古日)
・目 mata (PMP) maa,mai(上古日)
・名 ŋajan (PAN) naa (上古日)
・歯 baraŋ (PWMP) paa (上古日)
・火 apuy (PMP) f/p/h音(上古日)
その中に
・低地tanah (PMP) tani (上古日)
も含まれている。これを見ると、上古日本語での基幹語とマライ・ポリネシア系の祖語とはよく合致しているように見える。「タニ」はおそらくオセアニア諸語の影響を受けた単語である。

 そして、マライ・ポリネシア文化の影響を強く受けていた西日本にタニが残った。地名にタニが付く地域が西日本に限定されている。その理由は、古代の西日本がマライ・ポリネシア文化の影響を受けていたことと関係があるのだろう。

 もちろん、タニについては、オーストロネシア語の影響を見なければならないだろう。マライ・ポリネシア語の、さらに一段階遡った段階にあるオーストロネシア語としての台湾語や北フィリピン諸語の、その祖語や基幹語との関係を見なければいけないのだろうけどね。



※ 崎山理「日本語の混合的特徴」『国立民族博物館研究報告』(36-3)(国立民族学博物館,2012)pp.353-393
2013.07
06
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12:00
Category : 有職故実
 選挙の季節だが。

 自衛隊は票にならない。色気を出して、比例全国区で出馬する奴はいるが、概ね落ちるのが実態だ。特に昔は人選がよろしくなかった。内局まわりの文官を出しても兵隊は支持しない。だいたい、防衛庁を防衛省にしようの類をいった所で、兵隊は誰も支持しない。

 10年以上前の話だが、選挙期間中、横須賀総監部正門で、文官上がりとその運動員が朝夕に挨拶していたが、無駄な努力だった。見る限りは誰もまともに取り合っていない。取り合う可能性があるとすれば、顔見知り、まあ防衛省幹部とされる2佐以上の位なものか。その2佐以上の影響力を期待しているのかもしれないが、海自だとその辺りは概ねいなす。知り合いだから、上のクラスがそう言っているからといっても、政治からは距離をとる。政治的中立性云々というよりも、危うきに近づかずというやつだ。

 ただ、その選挙では、防衛省出身候補者は、ある程度上のほうの攻略は成功した様子だった。判断をした関係者は定年しただろうから言うのだけれども。選挙期間に、赤いロゴで「DF」とした、ディフェンス・フォーラムという怪しい機関紙が、自衛隊の文書交換機能を使って回ってきた。防衛についての社団法人かなにかは知らないが、その中身は選挙運動そのもの。

 課長・係長と話して「業務中に、業務として回覧するのはマズイよね」ということにして、非公式に接受数の記録を取って、回覧しない経緯をメモして、当日のテレビと一緒にデジカメでとって、シュレッダーにかけた。シュレッダーに投入するところもデジカメで取っておいた。記録は複数作って封筒に詰めて封印して保管しといた。

 いまから思えば「DF」の一部も保管しておいたほうがよかったかもしれない。内容は、「如何に防衛省出身者に投票しなければならないか」を力説するもの。確か候補者は自民党×5(くらい)、民主党×1だが、防衛省職員1種あたりの連中が並んでいたので、見ただけでダメだと思った。

 そういえば、その「DF」総監部の自転車のカゴに突っ込んであるのも見たが、誰が突っ込んだのかまでは知らない。

 その選挙では、防衛省出身者は気持ちいいくらいに落ちた。そのあと、また「DF」が回ってきたが、これが傑作。運動員が隊員を逆恨みしているのだよ。「先輩であるOBが朝夕挨拶しているのに隊員は誰も挨拶しない」とかね。「こいつら世間とズレている」と思ったよ。

 まあ、当選するのは、陸の兵隊上がりのあの人位ではないのかな。兵隊として海外で活躍みたいな話で押し出して当籤したけど。あの派遣そのものも話題作りにしか見えない。その後の「右を取り込みさえすればいいだろう」という、節操のない主張発言について、防衛省前にある事務所を見るにつけて嫌悪感をもったものだ。

 陸自は政治志向がある。60年代ころから「陸より海空だろ」という風潮に危機感を抱いて、政治力を伸ばそうとしている。85年の朝日新聞「海空重視論が急浮上」※ では、自民党防衛族でももともと海空重視論がコンセンサスであり、それが表面化しただけである。それに反発した陸自OB議員が陸自に政治力が必要云々の話が出ている。

 とはいえ、兵隊上がりも、出ても参議院で一人がいいところではないか。例の議員も改選だが、自民が強いから当籤するだろう。だが、海外旅行は10年近く前で、神通力も落ちている。だから、前回の得票25万、党内6位の位置からは滑り落ちるんじゃないかね。

 むしろ、自衛隊が選挙で強いのは地方議会か。地元で長くやった准尉・先任クラスは強い。部下の親父がそれだったのだが、トップ当選だったとのこと。先任クラスなら、隊内の有権者はみんな知っている。自衛隊があるようなところは、概ね人口も少ない。あの横須賀、呉でも急速に人口が減少している。そういったあたりの市議会町村議会なら、自衛隊票で勝てるだろう。

 まあ、コレが首長になると難しいのだが。



※ 「海空重視論が急浮上」『朝日新聞』(朝日新聞,1985.9.29)朝刊 p.2
2013.07
03
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12:00
Category : 有職故実
 日本のタコ釣りでは伝統的にラッキョウを使う。あるいはラッキョウに似せた陶製の白い疑似餌を使っている。これが、オセアニアではネズミに似せるという。

 昔、ネズミが舟から落ちた、そのネズミはタコに助けてもらったが、陸に上がるとき、放屁をしてタコに悪口したという。それからタコはネズミを見ると追いかける。それを利用してという話らしい。

 この話は『季刊民俗学』46号にオセアニアの話として出ていた。だが、ググっただけでも他例が出てくる。「テイクオフ:タコ漁と言えば、タコツボ…[社会]」もサモアとしながらも同じ話である。イギリスの博物館にも、タコがネズミにもつ復讐心を利用した云々とされている。船だったり板切れだったり、海だったり川だったり、屁をひったり糞をしたりと細部は違っているが、略同じ内容である。

 採取地の差は余り意味は無い。特にポリネシアでの人類拡散は急速で、ここ3000-1000年の話で、サモアだろうがトンガだろうがマルケサスだろうが、同じ神話と略同じ言語をもっている。遠く離れたハワイ、ニュージーランド、イースター島で同じ漁具があり、その漁具について同じ伝承があっても何の不思議はない。

 ポリネシアは、サンゴ礁が発達している。環礁はそのままサンゴ礁であるし、火山島でも裾礁を有している。身近なタコ漁と、数少ない動物のネズミを結びつけたのが、この伝承だ。なんせ、ポリネシアには、人間以外の哺乳類は犬と鶏と豚とネズミしかいない。丸っこくて小さい塊に、タコが挑みかかるのを見て、タコはネズミを追うと考えたのだろう。

 いまでもポリネシアでは、タコはネズミを追いかける。だからタコが釣れるのだと古老は子供に教えるのだろう。
2013.07
02
CM:0
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12:00
Category : 有職故実
 国交正常化前、日中がピリピリしていた時期の話なのだが。中国が半ばリアルに日本軍国主義復活を警戒している。日本側は「憲法の制約」やら「自衛隊では戦えない」云々を言っている時期なのだが、その自衛隊に対して、中国はそれなりに脅威を感じていたらしい。

 『中共対日重要発言集』という冊子がある。外務省アジア局が定期的に出していた冊子だが、内容は中国側の対日報道を訳したものである。日本は新中国動向を注視していたものの、国交はないため、対日報道・発言を集める形で新中国の意向を推し量っていた。

 そのなかに鐘心青さんの「日本の軍国主義は米国の援助育成の下に急速に復活しつつある」※ が掲載されている。1961年人民日報の記事を訳したものであるが、自衛隊に対するその評価が興味ふかい。
将校が総兵力の中に占める比重は戦前よりも大いに増加している。これら将校のほとんど大部分は侵略の経験豊富な旧ファシスト軍人である。陸・海・空軍の三幕僚長は中国とアジアを侵略した「皇軍」の中堅分子である。少佐以上の将校うち、旧軍人は陸軍では50%、空軍では64%、海軍はついに95%以上を占めている。(p.192)
3年前にメモした内容なので、ここで終わっているのだが、その後に「大正時代、日本陸軍は今の自衛隊と同じ18万人であったが、その15年後には200万の大軍で中国を侵略した云々」とあったと記憶している。確かに、外見上、そう見えないこともない。

 もちろん、日本に軍国主義の復活はなかった。

 ただ、中国が傍から見て、そう見えたというのも事実である。新中国は、それなりに自衛隊を恐れていたのだろう。もちろん、統一され、堅固に団結した新中国は、かつての弱い民国ではない。しかし、それでいても自衛隊を通じて、かつての日本軍を見つけたのだろう。

 60年代の新中国は四面楚歌である。米軍施政下の沖縄は中国本土、特に長江デルタにつきつけられた匕首である。対中国用の核ミサイルとしてメースも配備されていた。蒋介石が元気な台湾も、大陸反攻を口にし、内戦中なので平気で大陸に偵察機や特殊部隊を送りつけている。インドとは国境問題で衝突している。ソ連とも関係が悪くなりつつある。その衛星国モンゴルは、急速に対中軍備を整えようとしている。

 日本自衛隊も、新中国にはそう見えたということだろう。岸信介、池田勇人、佐藤栄作の時代である。日本は米国の従属国に見えたことは間違いない。「日本が米国の手先となりいざ事が起きれば攻めてくる」という感覚は「モンゴルがソ連の手先となりいざ事が起きれば攻めてくる」と同じくらいにリアリティのある話だったのだろう。

 その時代背景から見れば、鐘さんが記事で書いたことが、当時の新中国にとって気持ち悪いことであったことも頷ける。「将校の比率が異様に多いのは、戦時に極端な大規模動員を計画しているから」であるとか「将校団の中身は旧軍と変わらない」といったあたりは、プロパガンダはあるにせよ、新中国にとっては脅威でもあったのだろう。なんせ、日本による中国主要部の占領から、まだ15年しか経過していない時期なのである。



※ 鐘心青「日本の軍国主義は米国の援助育成の下に急速に復活しつつある」『中共対日重要発言集』第七集(外務省アジア局中国課,1962?)p.184- 
2013.06
11
CM:1
TB:0
12:00
Category : 有職故実
 水素吸蔵合金への期待は、燃料電池への機体によく似ていた。まだ多少の望みがあるように見える燃料電池も、水素吸蔵合金の後を追うのではないか?

 昔、水素吸蔵合金が脚光を浴びたことがある。15年ほど前のインテリア雑誌『室内』にあった。設備関係で水素吸蔵合金の紹介記事がある。最近は全然聞かないが、当時は「未来を救う技術」でエラク羽振りが良かった。アグネから『水素吸蔵合金』という本も出た。

 70年代から、次世代エネルギーは水素みたいな一般認識はあった。オイルショックがあり、化石燃料に変わる次世代エネルギーをどうするかの話なのだがね。当節はバイオ燃料もあるが、当時はバイオ燃料はそれほどでもない。非化石燃料で思いつかないものだから、水素という話になったのだろう。

 問題は、その水素を運ぶ方法である。だいたいは、工場みたいな所で水素を作る。そこから市中にある水素スタンドみたいなところまでは、パイプラインで運べばいい。だが、土地に定着しないエンジン、例えば車で使うときにどうするかが面倒である。

 タンクに水素を圧縮しても多寡が知れている。だいたい、200気圧タンク云々といっても、水素は容積あたりのカロリーが低いのでどうしようもない。他にも、リークの問題、水素による容器の脆化、圧縮・膨張に伴う熱といった問題が生まれる。

 液化も面倒に過ぎる。なんといっても水素は-250度、絶対零度まで肉薄しないと液化できない。その超低温を維持しないと、気化が始まる。気化したガスを逃せば引火の可能性がある。逃さないと容器が破裂する可能性がある。

 そこで救世主として現れたのが、水素吸蔵合金だった。砂みたいな合金が、膨大な量の水素を必要に応じで吸着し、放出するというものだ。一時は将来の自動車はコレになるような話があった。

 しかし、今日全く話題にもならない。少し調べると、効率が悪いとか、コスト的にペイしないといった原因がある。そのあたりを云々するつもりはないので、必要あれば検索してもらえばよいだろう。

 15年前にあった水素吸蔵合金への期待は、燃料電池への期待に良く似ている。それによって一気に社会が変わるというような、過剰にも見える期待はソックリである。5年ほど前には、燃料電池による動力革命がすぐそこまで来ているような雰囲気だった。小規模電力、自動車、パソコン、携帯電話に直ぐに応用される見込みであるような話もあった。東芝やNECは直にパソコンを市販するよというような話もあった。しかし、実際に市販されたのは、電池だけを売る東芝Dynarioのみで、しかも直ぐに生産中止している。このあたりのポシャリ様は、かつての水素吸蔵合金への期待に極めて類似している。

 水素吸蔵合金・燃料電池以前であれば、ロータリー・エンジンへの期待とも同じである。前にも書いたが、ロータリーエンジンは耐久性に劣り、確実性を欠き、燃費も怪しい。ロータリーは結局、実用化は成らず、市販車もなくなった。「将来、普及するであろう水素燃料との相性が良い」といった負け惜しみもあるが、その時には、わざわざロータリー・エンジンは使わない。燃料電池だろう。

 おそらく、水素燃料そのものもハズレなのだろう。ロータリー、水素急増合金、燃料電池とも、水素燃料との関連が強かった。基本的に、水素は電気を使って生産される見込みにある。それなら、送電網の範囲であれば、電気を電気のままで使ったほうが効率は良い。車そのほかへの燃料として使うにしても、重質油やバイオ粗製油への水素付加によってガソリンや軽油とすればよい。極端な話、油が尽きても、石炭が残っていれば、水素と石炭で石油を作ることができる。気体の水素のままよりも使いやすい上、今のシステムを流用できるし、危険性も低い。
2013.06
03
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12:00
Category : 有職故実
 もし、ソ連が西側に雪崩れ込んだとしても、四面楚歌になるだけではないかな、

 実際のところ、ソ連が西側に雪崩れ込むのも難しく、その気もなかったのだが。仮にソ連が1980年代に西側侵攻をするする。Times,LONDONの1982年9月27日の特集どおりがあったとしても、勝算はまずない。軍事力はそれなりにあるが、東欧を含めてヨーロッパが対ソで大同し、味方をする国もいない。外交的孤立は絶望的ではないか。

 まあ、ソ連による軍事力はそれなりだと思うよ。TIMESのスッパ抜きといわれる数字なんだが、150万人で押し寄せる計画とされていた
1 核攻撃(410発)
2 航空撃滅戦(3000機)
3 第二次核攻撃(430発)
4 OMGの突破
 (第1波 90万人 戦車13500両 航空機786機)
 (第2波 30万人 戦車7500両 航空機786機)
5 予備隊投入 32万8000人 戦車7330両
Times(London)1982年9月27日より

 ただ、ソ連崩壊以降に、この手の計画が出てこないところを見ると、西側侵攻なんてホントに考えていたの?という気もする。この数字も試案・私案とかじゃないのと思うのだけどね。

 でもねえ、威勢がいいのは、軍事力だけ。しかも質はともかくでその数の多さを頼むだけ。軍事力以外の、外交的環境は全然ダメじゃないかね。

 外交的環境はソ連の絶対的孤立。ぼちぼち考えると次のようなものじゃないかな。

● ヨーロッパ正面では、ソ連に味方をする国が出てこない。ソ連軍が、まあ正当性のないような侵略をした時には、中立国は中立を放棄して、東側でも離反する国も出てくる。

■ 次の国は即座に行動する
・ スウェーデン  中立破棄、NATO側として参戦
・ ユーゴスラビア 中立宣言、WTO側国境に国軍集結
・ ルーマニア   派兵規模を義理立て程度に収める
・ フランス    NATO軍事機構への復帰
・ アルバニア   殻に閉じこもる

■ 戦闘の状況次第では、墺、芬、瑞も西側による。
・ オーストリア  侵攻を受ければ中立破棄、NATO側として参戦
・ フィンランド  ソ連との関係の距離を起き、水面下でスウェーデン・ノルウェーと協調
・ スイス     中立は維持するものの、義勇兵あたりは送り込む可能性
スイスは反ソ感情が強いこともあるし、利に敏い部分もあるので、何をやるか怪しい。

■ 戦場近くの東側諸国も、ソ連の旗色悪化で西に寝返る可能性もある
・ ポーランド'    協力停止、反抗もある
・ チェコスロバキア  国内事情を理由に協力を減らす
・ ハンガリー     国内事情を理由に協力を減らす
ポーランドなんか、まともなソ連軍(T-55装備くらいかね)の、最期の部隊が国内通過したあとでは蜂起すら起きかねないんじゃないのかね。

■ 親ソに傾く「ソ連についていきます」は、新スラブ感情が強いブルガリアだけではないか。あとはWTOということでは、モンゴル位に限定されるんじゃないかと思うよ。

 まあ、ソ連に占領されたい国もないし、勢力下になりたい国もないので、大同団結して本気で抵抗するわけだ。


 ヨーロッパ以外でも、親ソ的な行動は期待できない。これもぼちぼち考えると

● 中東は、寧ろイスラエルが何するかわからない。

・ イスラエル    親ソ派諸国にソ連援助がなくなるとみて
           余計なことをする可能性大。
           シリア・ヨルダン・レバノン侵攻あたり
・ 親ソ派諸国    ソ連が勝つまで日和見。あるいはイスラエルよけに米側に接近
・ エジプト・サウジ 体制を危うくする「反シオニズム運動の爆発」を警戒する
           国内でコントロール出来なくなるとどうしようもない
           そのため米国と協調してイスラエルの
           シリア・ヨルダン・レバノン侵攻を止めようとする。
・ イラン      ソ連に革命を輸出するチャンスとみてアレコレ
           赤い悪魔と資本主義の悪魔が喧嘩してラッキー
・ トルコ      NATOとして、ソ連の下腹狙いでコーカサス方面に攻勢

問題は、イスラエルへのビンのふたがないことかね。場合によれば米軍やトルコ軍がヨルダン防衛とかいった本末転倒もあるかもしれないけど、レバノンとシリア侵攻を絶対的に止められる方法もない。

● 東アジアは、米軍が積極的攻勢に出なければ安定方向かな

・中国        反ソ連で基本米国に軸足だけど、米ソを両天秤にかける
           モンゴルとソ連国境で圧力をかける
           経済発展のため、アメリカに恩を売りつつ
           弱気にのソ連に沿海州領土交渉をかける
・日本        NATOに少なくとも衛生部隊、兵站部隊を提供する
           米海軍-海兵隊による、政治的制限のない柔らかい下腹
           オホーツク方面侵攻があれば
           侵攻に乗っかって未回収の領土を回収

 朝鮮半島は、却って平穏になるのではないか

・北朝鮮       動けない
           ヨーロッパに力を吸い取られたソ連が影響力を失い、
           中国の影響力が相対的に増加する。
           中国は、アメリカに恩を売るために、
           南進とか考えるなよと北朝鮮に釘を刺す
           中国から「中華援朝軍」をビンのふたとして派出されると詰
           いざとなれば、指導者の首をすげ替えられてしまう。

・韓国        動けない
           仮に北進を言い出しても、アメリカは作戦統制権で封られる
           アメリカは、対ソ戦をしているのに、
           中国との関係が悪くなる北進はできない
           アメリカも、韓国のやる気を削ぐための
           中国軍の北朝鮮進駐は望ましい
           韓国へのガス抜きで、猛虎師団だか白馬師団だかを
           ヨーロッパに出さね?ってことになる可能性大。

           
● 東南アジアも平穏

・ベトナム      突っ張るものの、ソ連のプレゼンスがなくなるので地域で弱気になる
           自ら望んでASEANに包摂されようとする可能性大
・タイ        NATOに派兵
・マレーシア     英連邦としてNATOに派兵


● オセアニアは、全面NATO支持というか、アメリカに恩を売るチャンス

・オーストラリア・ニュージーランド 英連邦としてNATO派兵

フィジーやトンガ王国みたいな国のNATO派遣軍がでると、その面倒は全部ANZAC軍で見ることになるんじゃないか


● 南アジアは、基本、印パ対立で動かない。パキスタン空軍がNATOに行くくらいかね

● 中南米は、まずは中立志向

・ABC3国  ABCの足並み次第で、もしかしたらそれぞれ3国がNATO軍事援助?
・キューバ 無名の師には賛同しない。
      ただし、経済的理由ほかで、アフリカへの派兵はあるかもしれない
それ以外の国は、当てにならないソ連よりも、アテになる上、心情的にも米国・NATO側につくのではないか。ただし、朝鮮戦争の時には結構出せたけど、反米感情も邪魔をして派兵する程でもないと考えるかもしれない。反米感情の下でフリーでNATOに援助できるのはメキシコ位か。

 異論もあるだろうけど、こんなものになるんじゃないかと思うよ。まあ、ぼんやりと考えたものだけど、熱が入ったので多少まとめてアップということです

 戦闘? そんなのどうなるかわからんけど、ソ連が勝てるとも思えない。OMGの勢いが止まるとオシマイ

 破滅的な陸上戦闘は東西両ドイツにとどまるんじゃないですか。ドイツがペンペン草が生えなくなるかもしれないけど、それはそれで関係国にとって歓迎すべきイイコトではないかと。西側の米英仏蘭、ベルギー、ノルウェー、デンマークもドイツがエライ目にあってラッキー、東側のソ連もポーランドもドイツがエライ目にあってラッキー。でも、東西とも、将来的に統一されたドイツが生まれるのは困るから、東西ドイツの構造は残してもいいよねってあたりで
2013.06
02
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Category : 有職故実
 だよもんさんは、明治維新後に「で、攘夷はいつやるのさ」といいだす守陋派と同じだ。

 だよもんさんは、対上陸戦のことしか考えられない頭である。四国に配置した陸自について「上陸後の敵の後方と側面に脅威与える」用途を重視すべきと言っている。当節になっても、陸上戦力に求められる仕事を、対侵略・対上陸戦に固定しているわけだ。

 陸自第14旅団の配置について、だよもんさんは
「@dragoner_JP 上陸後の敵の後方と側面に脅威与える用途でも、四国の地形で展開するにも良いですね」
https://twitter.com/V2ypPq9SqY/status/340493602696347648
と発言している。これは14旅団を空中機動化すべきだった云々の話についての流れであるが、注目すべきは、どこに揚がった敵の「後方と側面に脅威与える」つもりなのかである。

 どうやって四国から、敵上陸軍の「後方と側面に脅威与える」のであろうが。まず、日本に上陸できる敵がいるのかどうかはともかくおいておく。その中で、四国が敵の背面や側面に位置できる状況はない。「敵が山陰や北九州に揚がってきて、近畿に向かう」とか、「和歌山に揚がって、近畿・東海・関東」に向かうとでもいうような、夢想的な物語を考えているとしか思えない。

 これは、対上陸戦に凝り固まった陋旧な発想の結果だ。陸自に期待されている仕事は、すでに対上陸戦ではない。対上陸戦は、冷戦期に期待していた仕事に過ぎない。

 その冷戦期でも、大規模な敵が山陰や北九州に揚がってくるだろうという判断はない。1960年代からは、正面は常に北海道である。そして、70-80年代に行った北海道集中にしても、実際の政治的目的は、対米協力を目的としたソ連に対する政治的圧力である。

 そもそも、冷戦期には四国の戦力を積極的に活用する頭もない。冷戦期には、第2混成団が置かれただけであり、中身も独立混成旅団程度にすぎない。純然とした警備部隊であって、まとめて何処かに投入するような部隊ではない。

 だよもんさんの発想は、純化された対上陸観念である。日本の陸上戦力の仕事を、全て対上陸戦に収斂させる発想だ。巨大な敵がいて、日本が隙を見せれば侵略してくるという、自衛隊のイデオロギーを心底信じているのだろう。

 陸自は、国内向けの力であることを直視したくなかった。陸自とその先祖である警察予備隊が、国内治安維持のために作られたこと。60-70年代は治安出動を重視していたは、当事者も快く思っていない。そのため、自分たちは対外防衛・対侵略のために必須であると部内教育を行なっていた。一種の自己暗示である。

 だよもんさんは、いまだに対上陸戦から抜け出せない、だよもんさんは、もともと対上陸戦のために配置されたわけでもない四国に置く陸上戦力を、対上陸戦がなくなったあとでも、対上陸戦といった目的でしか評価できていない。自衛隊をとりまく情勢が変わったにもかかわらず、対上陸戦だけの時代遅れの発想を吹聴している。

 これは、明治維新以降の観念的尊王攘夷論に近い。だよもんさんは、明治維新が成ったあとでも、尊王攘夷論を振り回す尊皇攘夷家にと同じである。尊王攘夷という発想は道具であった。それにも関わらず、維新以降もそれを目的と信じた攘夷論を振り回す人々はいた。

 大楽源太郎や神風連だと考える良い。大楽源太郎はモノの見えない男で、時代が変わった後で新政府に仕えた門人に「ところで攘夷はいつやるんですか」を連発していたという。時代の趨勢に応じた大村益次郎の兵制改革を苦々しく思い反発し暗殺を教唆している。神風連もそうで、明治維新が成ってから10年も経過した後で、陋旧な攘夷思想に囚われ続け、洋化を拒否した連中である。

 彼らに倣ってだよもんさんも、何年たっても「ところで対上陸戦は」と延々言い続けるのだろう。自衛隊が海外派遣されるこのご時世に、情勢変化を認識できないのは残念なことである。
2013.05
17
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 1960年になっても江戸時代は残っていた。東京の○○島(島名は主旨ではないので秘す)なんかはそんなところだったらしい。

 「ついにきた!あこがれの東京」という記事がある。内容は、伊豆諸島の離島、○○島中学が、どうにかして生徒を東京に旅行させるというもの。頑張っても行き帰りの旅費しかなかったギリギリの旅行計画であったが、それが何回か新聞記事になると、篤志があつまって東京市内を観光できるようになった。

 ただし、当時の○○島は人口100人の村で、ラジオも電灯も井戸もない。もともと○○島は港もなく、耕地もそれほどない。交易や農業はあまりできず自給自足状態にあった。
 島には車もないので、バスに乗ると「牛よりも早い」、「目が回る」と言ったとある。

 また、初めて見たジュースにも手をつけない。篤志の振る舞いなのだが、見たことのないせいか、子供なのに冷たいジュースに口をつけない。

 そもそも、体格が劣っていた。米が取れないので芋が常食であり、子供も大人に混じって重労働をするので、当時の新聞でも小柄と書かれている。しかも、食べつけない米よりも芋のほうがいいという。「米ばかり食ったが、はやくカンモ(サツマイモ)食いたい」という話が採録されている。

 江戸時代の寒村から、戦後の東京に現れたようなものなのだろう。それがあったのは、たかだか50年前の話に過ぎない。



※ 「ついにきた!あこがれの東京」『朝日新聞』(朝日新聞,1960.9.7)夕刊 p.5.
2013.05
15
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Category : 有職故実
 さっさと諦めてしまえばいいのに。東京オリンピックなのだが、どうみてもやる甲斐はない。戦後復興や平和のシンボル、先進国への仲間入りなんて50年前に果たしている。いまさらやっても何のありがたみもない。飛行機がが曲芸で五輪を描いても、二度目だと大した高揚感も沸かない。

 仮に東京でやっても、なんの賑わいもない。ロンドンでのオリンピックのように、これといった熱気もなく終わる。日本でも東京、札幌、長野と回を重ねるごとに冷めていく。長野オリンピックなんてなんの感慨もなかった。また東京でやってもいつの間にか始まっていつの間にか終わるだけだ。

 招致で金を使って、建設で金を使って、外国への援助で金を使ってと金が出て行く話ばかりである。儲かる連中は、建設業とホテルと、体育協会とIOC関係者だけだろう。他の人間からすれば、東京市内で混雑を招くだけ。

 イスタンブールに譲ったほうがいい。何故かよく分からないが、オリンピック招致は保守派が動いている。裏金まがいの謎マネーで「親日国」と戦うよりも、より深い友情とやらのために譲ってやったほうがいいのではないかね。トルコでのオリンピックは熱狂間違いない。その時、日本が譲ってくれたという話は後世まで残る。日本にとっても、金をドブに捨てることを止められて、結構な話だと思うよ。

 なによりも招致活動が気持ち悪い。オリンピックをやりたいという下からの民意ではなく、上からの招致活動になっている。やれば儲かるという理屈の上、やることも下品だ。

 招致のために、東京タワーからタロ・ジロの銅像を撤去する ※ なんてよく言い出せるものだ。一種の神話となった南極犬の顕彰より、招致のために「シンボルマークを花で描くこと」が重要だと思っているあたりがどうかしている。

 銅像は歴史を記憶するために立てている。そんな記憶よりも金儲けに繋がる招致活動が大事というなら、東京市内にある銅像の尽くをシンボルマークに変えればいいだろう。上野の西郷さんや皇居の大楠公、渋谷のハチ公の銅像を撤去してシンボルマークを花で描けばいいのではないかね。



※ 「タロ・ジロより五輪招致 東京タワー下の像、撤去へ」『朝日新聞デジタル』(朝日新聞,2013.5.11)http://digital.asahi.com/articles/TKY201305110054.html?ref=comkiji_txt_end_kjid_TKY201305110054
2013.05
15
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Category : 有職故実
 40年前にあった雫石事故なのだが。衝突そのものの他にも興味ふかい事件が付随している。岩手県警が遺体取り違いをしているのだ。

 金歯の数、指輪の内容と付ける指、ホクロでどうみても他人の遺体を引き渡された。

 遺族が妻ではないと抗議をすると「岩手県警の係員たちは『他の人たちが間違いない、とそれぞれ引き取っていたのだから、そういわれても困る』」『こんなに努力したのだから間違っても仕方がない』と言ったという。

 まあ、おおらかな時代で、記者に対して本音を言ったのだろう。だが、遺族に聞こえてはいけない本音は、部外者に話してはいけないわけだ。

 昨今はDNA鑑定をいれているのは、このあたりのトラブルが骨身に染みたせいだろう。航空事故でDNA鑑定云々を最初に聞いたのは、島根だか鳥取沖だかにC-1が落ちた時の話で、96幹候相当の女性パイロットの御遺体がそれで判明した云々のニュースがあった時。己は陸海空一緒の課程に入校中だった。空自の学生が「同期だから」でお弔いに行った。そのあたりをよく覚えているよ。
2013.05
08
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13:00
Category : 有職故実
 領海侵入という言葉はあるのだろうか?

 読売新聞※ によると、中国艦艇が与那国島と西表島の間を通過した、その際に日本の接続水域に入ったという。

 別に大した話でもない。接続水域は、この場合は公海と同じ扱いになる。通る上で何の支障もない。防空識別圏に入った云々の話と同じで、国際法上に何の問題もない。天下の往来であるので、中国も憚る必要もないし、日本も何か言える立場でもない。

 それよりも気になったのが、読売新聞の「領海侵入」という言葉である。「中国軍の艦艇がこの海域を通過するのは3回目。領海侵入はなかった。」(読売新聞)とあるが、この中国軍艦が領海に入っても「侵入」という言葉には値しない。

 中国軍艦は、無害通航であれば、日本領海内を航行できる。領海に入ることは、領空侵犯のように無条件に非難されるものではない。無害通航であれば、何の問題もない。ちなみに無害通航は軍艦であっても、商船であっても認められている。

 「領海侵入」とは、おそらくは領空侵犯からの連想だろう。だが、実際のところ船舶が他国の領海に入ること事態は、犯罪行為でも何でもない。

 念のため、防衛省発表※※を確認したが、当然のことだが「領海侵入」云々の表現はなかった。

 ただ、大新聞が「領海侵犯」と書いてしまったように、国家の領域や通行に関する法規といったものはあまり知られていない。そのあたりを知らずに、勝手にハッスルしてしまう人々は結構いる。スクランブルの発表を聞いて、防空識別圏と領空の区別をつけずに「日本の領空が侵犯された」とか騒ぐ人たちはいる。(たとえばコレ

 中国軍艦が日本領海で無害通航をしても、彼らは勝手に発火するだろう。これは全く無い話でもない。例えば大隅海峡を抜けて青島に向かう場合、日本領海を通り抜けるのが最短経路になる。あのあたりは、直線基線であるため、九州島西岸から最大70km程度までを領海として宣言している。そして艦船が最短経路を通航するのは、合理的な行動であり、一種の権利となっている。今のところは聞かないだけの話に過ぎない。

 今回の接続水域の話にしても、防空識別圏の話にしても、日本陸岸の目鼻の先を軍隊が通ることに違和感を覚える※※※ のだろう。だが、それはお互い様なのであまり騒ぐことではない。浅間丸事件のように騒ぐことで無知を晒す結果になってしまうのではないか。



※ 「与那国島の接続水域に中国フリゲート艦2隻」『YOMIURI ONLINE』(読売新聞,2013.5.7)http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130507-OYT1T00897.htm?from=ylist

※※ 統幕発表http://www.mod.go.jp/js/Press/press2013/press_pdf/p20130507.pdf
また、こちらでは島の間を通り抜けた云々はない。日経による報道他から見ても、実際に通り抜けているのだろうが、その部分は、記者の取材による部分なのだろう。

※※※ 南氷洋の日本調査捕鯨も似た様な問題である。日本防空識別圏への進入で怒る人は、概ね「南氷洋公海上での捕鯨は国際法で認められている。オーストラリアやニュージーランドの非難は失礼極まりない」と間逆なことを言いだすことが興味ふかい。
2013.05
04
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13:00
Category : 有職故実
 昭和51年8月17日、日経新聞(8面)に新商品紹介を発見。「フジカシングル8サウンド」 なんだが、エラク高性能。

・ 8倍(ZM800)/5倍(ZM500)ズーム
・ オーバラップ撮影
・ 録音レベル自動調整
・ オートフェード(オートフィードではない)

 昭和末期の、家庭用ビデオカメラよりも高性能じゃないの? ちなみに、オートフェードって、フェードイン・フェードアウトを映像・音声同時に行う技術。

 この手の機械って、絶対マニアがいるはず、とググルと
http://www.muddyfilm.net/2008/04/zm800.html が出てくる。たしかに手許に置きたい気持ちが生まれるのも分かる。

 …もちろん、全く実用しない、動かさないという問題があるから、まず買わないけど。

 この点、BCLラジオと大違い。同じ時期の、同じメカ系製品なのだが、ほぼ絶滅した8mmフィルムとは違って、ラジオ放送や短波放送、SSB音声通信は今でも続いている。だから、オークション等でソニーのICF5800なんかを入手しても、充分実用に耐える。骨董的な、コレクション的な「手許に置きたい欲求」であっても、ラジオならたまには動かせるわけだ。

 対して、8mmカメラはね。大学生の時には絵を書いてコマ撮りするのに使っていたけどねえ。WAFLってとこで。

 ちなみに富士フィルムは、この高性能機を月産1万台生産したらしい。半分くらいは輸出かねえ? ちなみに、値段はZM800で11万8000円、当時カメラはカルテルが認められていたので、値引き販売はない。(香港カメラ、という形で並行輸入があったらしいけど)
2013.05
04
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12:59
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 旧司法試験といえば、10浪、20浪もいる世界であったが、戦前にも歳食った司法浪人はいた。

 明治時代の司法試験である弁護士試験は、大正期に高等文官試験司法科に吸収された。
 この時、制度上の問題で、従来受験者のうち、学歴がないものが新試験を受けられないといった問題が生まれた。従来の弁護士試験には学歴規定はなかったが、高文試験には学歴規定があったためである。

 学歴の壁問題を救済するために、暫定試験が準備された。これが大正十二年法律五十二号による弁護士試験である。この試験は当初5ヶ年の暫定措置であったものが、伸びに伸びて18ヶ年目の昭和16年まで続いた。

 昭和16年試験では、受験者の最高年齢は70歳に達したという。「窄き門 七十翁も最後の頑張り」※ では、受験者は45-70歳としている。平均寿命が50歳であった時節としては、全員とも頽齢の受験者であった。



※ 「窄き門 七十翁も最後の頑張り」『朝日新聞』(朝日新聞,1941.7.3)p.2
2013.04
30
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13:00
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 まあ、遠隔操作のなりすましメールごときで3度めの逮捕、拘留期間最大60日の非道に近いものがあるよ。

 戦争直前に、英国系スパイの一斉検挙が行われている。だが、どうみても言いがかりに近い。昭和15年に「見よこのスパイ暗躍」とする記事が朝日に載っていた。在留英国系ほかの一斉検挙なのだが、その中にどうみても言いがかりがある。

 座礁船を「要塞地帯の水深を測るためのスパイ」として検挙している。東京湾要塞第一海堡付近での座礁(実際には座州だね)をスパイ行為と見なしている。だが、第一海堡付近での座礁例は多い。レーダ以前の霧中航行でハマり易かった場所である
古い水路誌には紛らわしいから注意しろと書いてあるし、実際に座礁した例も挙げられている。

 具体的には
英国貨物船○○○○○号は、去年初め横浜入港の途中東京湾要塞地帯第一海堡の西南西約千二百メートルの地点で座礁戦術を用いて約五十分に亙って水深等をはかり離州して入港した
「見よこのスパイ暗躍」『朝日新聞』(朝日新聞社,1940.8.1)p.2
である。

 しかし、スパイをする理由がない。まず、当時の第一海堡には軍事的な価値はない。また、第一海堡周辺の水深データは、英国も保有している。そして、第一海堡周辺では水深情報は軍事的な価値を持たない。どう見ても別件逮捕である。

 まず、当時の第一海堡には軍事的な価値はない。東京内湾の富津-第一海堡-第二海堡-第三海堡-観音崎線は、大正期には実際の防衛線と見做されていない。しかも関東大震災による被災・崩壊で各海堡は事実上廃止されている。当時の陸軍東京湾要塞の防御線は、東京外湾の洲崎-城ヶ島線であり、場合によれば大島も含む三角形のエリアにある。

 また、第一海堡周辺の水深データは、英国も保有している。特に情報を集める理由もない。明治以降、日本が行った水路測量での成果は、海図を交換する形で英米に提供されている。1920年に国際水路機構ができる以前から、日本は、世界で英米海図をトレースした日本語海図を使用しており、英米は東アジアで日本海図をトレースした英文海図を利用していた。明治大正の時期には、まだ軍機海図はなく、交換海図に海堡周辺の水深もすべて記載されている。

 そして、第一海堡周辺では水深情報は軍事的な価値を持たない。基本的に、富津岬からは極端な浅瀬で、第一海堡を通り越して第二海堡のすぐ東までは水深は4mもない。もともと第一海堡そのものに軍事的な価値もないが、その付近の海面も浅すぎて、軍事的にどう利用できるものでもない。

 座礁によるスパイ行為は、まずは英国人と貨物船への完全な言い掛かりである。※ 日本側が、法匪のように法令条文を用い、スパイに仕立てあげたものである。日本側が主張するスパイ行為によって、日本側は実際に被害を受けていない。実被害がない行為を無理矢理犯罪に仕立て上げる様は、なりすましメール事件での長期勾留に似ている。



※ 英国は報復としてロンドンで日本人を検挙している。これは三井と三菱の支店長だが「座礁によるスパイ」に較べれば故ない事ではない。日本商社は現地日本陸海軍武官の活動に相当の便宜を計っていた。
2013.04
27
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00:24
Category : 有職故実
 在特会のデモだけれども。何かに似ていると思ったらイギリスファシスト連合だね。

 「在特会、人権救済申し立て『デモで抗議側から妨害受け』」に、どの面下げて申し立てかねと思っていたのだが。在特会が、アンチ在特会に圧迫されて何もできず泣き言をいう姿がイギリスファシスト連合のそれと重なっていることに気づいたいよ。

 新大久保のデモと、カウンターデモによる圧迫は、ケーブル・ストリートの戦い(ただし英語)そのものではないかね。これは戦争寸前に、イギリス・ファシスト連合がロンドンで反ユダヤ主義のデモしたのだが、それを数十倍の反ファシスト・デモが押しつぶしたという事件。今では英国の良心がファシストのデモを防遏した事件とされている。

 どうみてもカウンターデモが正義だねえ。ケーブル・ストリートの戦いにせよ、新大久保のカウンター・デモにせよ、左派っぽいけど、英国の労働運動ほかによる反ファシスト運動や、各個人で立ち上がったカウンター・デモのほうが正義であり良心である。

 それに勝てないからって、間違いなく悪の側が、警察の保護や人権救済申し立てをするのは、みっともないことこのうえないよ。実際にイギリス・ファシスト連合は官憲が味方だと思い込んでいた。在特会もデモをする権利やその保護を他者に求めている。そのあたりがソックリではないかな。まあ、発言その他は在特会がさらに品下るけどね。
2013.04
25
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13:00
Category : 有職故実
 青山繁晴さんは、自衛隊が使っていた木製モデルガンを構えたことがあると言っている。これは、警備で銃剣道で使う木銃を使っているという話を聞いて「木製の偽小銃を使っている」と判断し、自分で話を作った結果である。

 青山さんは講演「日本の希望が目覚める」※ で、共同通信の記者時代に、六本木の防衛庁で木製の偽小銃を使っていたことを紹介している。
「『今、私[内局の局長]が許可しますからこの銃を持ち上げてください』と言われたんです。この銃を何気なく僕が持ったら本物じゃなくて木だったんです[略]現在は本物の銃になりましたが、これは残念ながら私達や私達の国が目覚めたからではなくて、何と外圧で九.一一同時多発テロがあったからです
「日本の希望が目覚める」『平成22年度 靖國神社崇敬奉賛会 講演 シンポジウム 勉強会 記録集』p.17」
見た目で分からない木製小銃の存在と、その軽さを実感したと述べているのである。

 当然の話だが、警衛は実際には昔から実銃を使っている。9.11以前から哨所の直長は実包が配布されている。そもそも64式小銃そっくりな、木製の偽小銃は存在していない。

 64式小銃のモデルガンができたのはごく最近である。青山さんが共同通信に勤務されていた1979-97年の時期には存在しない。また、持つまで分からないほどの木製小銃は作れない。むしろ二脚や剣座をどのように作るのか興味が惹かれるほどである。

 銃剣道用の木銃は、一目見て弾のでないことは明らかである。木製であると気づかないことはない。確かに、警備用器材として木銃を使うことはある。しかし、銃と勘違いさせるものではない。木製警棒や乳切木と同じ、非致死性の棒として使うだけである。

 これらは、木銃を木製小銃と誤ったことに起因するのだろう。「自衛隊は警備に[銃剣道用の]木銃を使うこともある」を「警備で本物の小銃を使えない」「警衛も[モデルガンのような]木製小銃を使っている」と判断したものである。

 それだけであれば単純な誤解であるが「それを見た、持ったら木製であった」とするのは、虚言である。そういう観点に立てば、この講演で青山さんが主張するものであっても、虚言だろうと疑う部分がいくつも見つかる。

 たとえば、硫黄島の滑走路下に埋まっている遺骨収集について提議したのは自分の功績とする部分である。2006年12月に硫空基に行ったあとで問題提議し、その収集について菅首相を動かしたとしている。だが、この話は硫黄島の返還後からある話である。

 だいたい、硫黄島での心霊写真の件も盛り過ぎである。デジカメで写真を取って、パソコンで見たら陸軍正装の将校と小さな子どもが写っていたという条がある。心霊現象云々の与太はいい。しかし、その写真は栗林さんではないかと判断した件、自分に訴えたいことがあるので出てきたと示唆する件は、あまりにも無神経ではないのか。栗林さんの奥さんはつい最近までご存命でらっしゃった。出てくるなら、まず奥さんやゆかりの方の写真に出てくる。

 青山さんの講演は靖国神社で行われている。その場所柄を考えても、あまりにも無神経な虚言ではないのかな。



※ 青山繁晴 口述「日本の希望が目覚める」『平成22年度 靖國神社崇敬奉賛会 講演 シンポジウム 勉強会 記録集』(靖國神社崇敬奉賛会,2011)
2013.04
20
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 艶福家、エノコ・ヌレマラ※ としても知られる近衛文麿。

 戦時中、東條の憲兵監視網のなか、ルンルン気分で花柳界に外出した近衛元首相。
あとで体制側から御叱言を頂戴する。

「この時節、花柳界に出かけるのにガソリンを使うな」

 四方憲兵大佐あたりの監視じゃないのかね

 ただ、政治的な取引云々(にもならない)はともかくとして。公然、ガソリン使って遊ぶ元首相も、それを逐一監視する体制側も「なんだかなぁ」と思うよ。

 そんな喧嘩するなら、真面目に戦争を止めるなり、戦争に勝つ方法を考えるべきだったんじゃないのかね。

 まあ、「首相として活躍したのはどっちか」というと、やはり「どっちもどっち」だし、昭和20年、重臣(首相経験者)としての振る舞いをみても、やはりどっちもどっちの寝ぼけ話ばっかり。近衛、東條に平沼、小磯を加えたあたりは、重臣としてどうもねえというような話しかしていないのは、人を得なかったのだろうね。


※ 内務省史かなにかで見かけた
2013.04
13
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 今の政権党は、昭和30年には邪馬台国を教えることに反対していた。今の自民党が出したパンフレット『うれうべき教科書』について、昭和37年の新聞で貝塚茂樹さんが紹介※ している。内容は「日本史教科書で魏志東夷伝の卑弥呼云々とは何事か。中国の歴史書を使うのは中共[今の新中国]の歴史宣伝に利されるだけだ。日本書紀や古事記に書かれた神話に基づいた古代史を教えるべき」というもの。

 「検定基準 文科相『直すべきものは直す』」も、後世から見ればそんなものではないのかな。「教科書検定基準の見直しについては、自民党の教育再生実行本部で」決めるといっているのだからね。

 今の首相、文相、文科政務官は、見事に教科書議連系なんだよね。石山久男さんによる※※ と実際2011年6月23日にあった教科書議連総会の日に、安倍顧問、下村博文幹事長、義家弘介事務局長が見事に揃って顔を出している。そして当日、地方議員あて文書を出している。文相は「中学歴史、公民教科書は教育基本法の趣旨および日本人の常識から大きく外れた過去に例のない非常識な教科書がほとんどになりました」と通牒するものだそうだ。

 その3人が、首相、文相、文科政務官となって、自分たちの政治主張に沿った教科書を使えと言い出している。

 前に書いたように、政務官は竹富町まで行って、作る会系の育鵬社の教科書を使えと指示している。http://schmidametallborsig.blog130.fc2.com/blog-entry-525.html

 文相は、上で示したように自分たちの政治主張に合わせた内容が記載されるように検定基準を変えようと言っている。

 首相も首相で「「第1次安倍内閣で教育基本法を改正し、日本の伝統と文化や、愛国心、郷土愛というものを尊重することを書いたが、残念ながら、教科書の検定基準には改正教育基本法の精神が生かされていない。」§ なんて言っている。

 まあ、言いたいことは昭和30年の「歴史的事実よりも神話を教えろ」と大同小異なんじゃないの。そのうち、古事記や日本書紀を引っ張りだして、進化論を教えるなとか言い出すんじゃないかと思うよ。



※ 貝塚茂樹「現代教科書批判 歴史」『朝日新聞』(朝日新聞,1967.12.21)p.9

※※ 石山久男「育鵬社版教科書採択の背景と採択制度の課題」『歴史評論』(校倉書房、2012.4)pp.70-83
   ガチ左派の雑誌だけど、事実関係はしっかり追っているいい記事です。八重山地区の採択手続は、石垣市教育長が政治的な打算で行動し、採択のために正当な手続きを経ずに人事や採択手段を操作して採択したものであることを明らかにしています。
   竹富町が全面的に反発したのは、教科書の内容もアレですけど、それを強引に決めた石垣市教育長への反発もあるのでしょう。手続き無視といったそのあたりは、公表された協議会の議事録http://www.city.ishigaki.okinawa.jp/400000/410000/410200/2011/kgki/top.htmlでもはっきりしています。

§ 「首相 教科書検定基準の見直しを」http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130410/k10013810251000.html
2013.04
09
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 モンゴル人民軍についての聞き取り調査があるのだけれども。赤い監獄と忌避され、そのなかでのイジメや負の側面が現れている。それでも兵役は悪くない、兵役いかない男は一人前ではないと兵役経験者がいう。モンゴルも、男らしさを誇示しなければならない社会なんだろう。



 『国立民族学博物館研究報告』に、娜仁格日勒さんの「1960~1980年代におけるモンゴル人民軍の生活実態」※ が載っている。内蒙古大学教授の娜仁格日さん(でいいのかな)がモンゴルでの聞き取り調査をしたものだ。

 冷戦期、モンゴル人民軍は最悪の状態にあった。娜仁格日さんは、聞き取り調査の部分「5 軍隊生活の実態-当事者の証言」で
飢寒状態、上下関係の悪化及び官僚主義的腐敗行為が一般化し、制度の不備に伴う無法状況下で、法に抵触するリンチや暴力、それに強盗などが多発していた
   「1960~1980年代におけるモンゴル人民軍の生活実態」p.168
と総括している。

 実際に、聞き取り調査は「紀律大隊」(ママ)から提示されている。紀律大隊は、犯罪者を集めて作った部隊であり、犯罪将兵を民間刑務所に送ると余計に悪さを覚えて帰ってくるので造られた。普通の軍隊よりも待遇を厳しくした収容所のようなものである。将兵は階級章をつけない。50%が小隊長経験者で、兵士への暴力で軍法会議に送り方となり、大隊に送られたとされている。

 兵士への暴力は旧日本軍隊と同じか、それ以上である。何かあると拳や棒で殴る。椅子で背もたれが折れるほど殴る。6ヶ月前に入隊した古年兵が、6ヶ月後に入ってきた新兵を「トイレに呼び出してバハル(Baqal)というロシア製の非常に硬い長靴を使って殴る」というのは、旧軍での革スリッパでのビンタに近い。「『自転車に乗る』というのは被害者の足のゆびの間に棉を挟ませ、それに火をつけるものである。被害者は熱さに我慢できず、自転車をこぐように足を動かす」というものもある。また、大量の飲み物を飲ませ、トイレに行かせずに失禁させる。飲み物を与えずにパンを腹一杯に食べさせ、ベルトを締めあげて走らせて嘔吐させるというものも採取されている。

 殺人も行われていたらしい。「兵士がお互いを建物の上から押し合い、落として死亡させる。しかし、家族に通知するときは事故死」というやり方と、それをソ連の影響とした経験者の話もある。また「何らかのトラブル或いは以前の仲たがいによって、相手を撃ち殺しておきながら銃が暴発したという」「暴発事故の多くが新兵同士ではなく、2年か3年の老兵による新兵に対するものであ」り、不自然であるという話もある。

 当然ながら、自殺者も多発する。「ズゥーンバーヤン駐屯部隊だけで毎年の自殺者は10~20人であった」や「1984年末、131部隊の新兵がズボンのベルトを使ってトイレで首をつって自殺した」という内容も再録されている。概ね旧日本軍隊と同じ雰囲気だったのだろう。

 しかし、暴力を肯定してそれを乗り越えないと男になれないという風潮もある。聞き取りでは「男は飢寒に晒され、殴られ、いじめられといったような多くの苦難を経て成長していくものである」や「兵士の経歴のない男は本当の男ではない、軍隊のいじめなどを乗り越えられない、耐えられない軍人がごみ同然である」といった意見も掲載されている。

 徴兵での理不尽に耐えて一人前になるという話は日本でもある。日本では兵隊に取られたことのない、六十七十の爺様が偉そうに言うが、それにくらべて、モンゴルではまだ兵隊に取られた人間が述べているだけはマシなのかもしれない。

 モンゴルには、イジメ、暴力、理不尽、殺人、自殺といった、前近代的な無法組織がつい最近まで存在していた。学校の先生なんかも、徴兵上がりが無茶をやったりしたのだろう。そういった雰囲気で生育ったモンゴル人は、ほかの国民に比べ、まだ無法組織で耐えることができるのではないか。



 まあ、これが相撲でモンゴル人が強い理由の一つかもしれない。イジメ、暴力、理不尽、殺人、自殺、そして前近代的な男らしさを建前とする相撲部屋とモンゴル人の相性は、ほかの国民の相性に較べれば高い。モンゴル人が横綱大関以下の多くを占める理由はその辺りにあるのではないかな。

※ 娜仁格日勒「1960~1980年代におけるモンゴル人民軍の生活実態」『国立民族学博物館研究報告』35巻1号(国立民族学博物館、2011.11)pp.139-210
2013.04
08
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 ドイツ政治史の人とお茶飲んだ時にした話なんだが。日本の文芸作品なんかで出てくるドイツ人の苗字は、やたらユンカーっぽい姓ではないかという話になった。あれだ、所領を示すのか、語尾にベルク(城)だのベルグ(山)だのドルフ(村)だの付く感じの名前。

 あれは、ジェームズ・ミッチェナーの『ポーランド』(もう30年前の本)で、プロイセンが支配したポーランドで、スラブ系言語を苗字に流用した名残とか言っていた。本当かどうかは知らないが、ライン川付近の苗字とは相当に異なっている。

 ユンカーっぽい姓が頻出は、ドイツ関税同盟以前の時代なら、明らかにヘンだねという話になったよ。舞台がプロイセンならともかくね。

 たぶん、ドイツ人にとって、日本の文芸作品での頻出する苗字は奇妙に見える可能性があるんじゃないのかね。日本人として理解しやすいように、例えば時代劇や幕末モノの作品で、出てくるお侍さんの名前がみんな具志堅、我那覇、島袋、喜屋武、赤嶺みたいなものなのではないかという話になった。

 実際、ドイツの重心は西なわけだ。一時期、政治的中心がベルリンになったが、経済的中心は常にライン川・北海沿いにある。ドイツの標準語は確かにプロイセン方言が基になったが、それは開拓・入植者が持ち寄った言語だから支障がないというものである。北海道方言が標準語に近いようなもので、別に文化的に優れていたわけでもない。

 実際には、ハーバーとかボッシュ、デューラーとかヘッセみたいな、音節数の少ない苗字が言語・文化的にメジャーじゃないのかね。
2013.04
05
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13:00
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 火災用脱出シュータというものがある。小学校や中学校の、3階・4階に備え付けられている、地上まで袋状の非常脱出器具といえばわかりやすい。

 アレ、火事で使ったという話を聞かない。小学生でさえ、火災訓練で悠長に展開しての降下展示※ を見て「階段を使ったほうが早い」と思うほどである。

 『フェスク』という、ハッキリ言って消防利権業界誌には、この手の広告がよく出ている。例えば、ほかにも、高層階から脱出する際に、ベルトを締めればゆっくり降りられるという「オリロー」の類もある。企業は一生懸命に作っているのだろう。しかし、これも火事で使ったという話は聞かない。

 実際には、建築基準法がしっかりしているので、消防法の脱出器具なんて使うこともない。だいたい、階段で降りたほうが早い。建築基準法、施行令、施行規則で、建物には複数の避難経路が規定されている。実際はどの部屋からも50m以内に階段があるので、ヘンテコな脱出器具はまず必要ない。

 しかし防災面では、建設基準法に屋上屋を架す消防法があり、無駄に金を使わせるようになっている。その象徴があの火災脱出用シュータであり、オリローの類である。

 消防設備は消防利権になっている。戦後、家の中で火を使うことが極端に減った。また藁葺き、茅葺きのような燃えやすい建築材料は排除されている。火事は相当に起きなくなっている。そこでヒマになり、有用性を主張しにくくなった消防が、存在価値と利権を主張するために手を出したのが消防設備である。

 家庭用火災報知機なんか、何の役に立つのかね。家の中で「火事だ火事だ」というだけで、家人が居なければ誰も聞きやしない。家人がいれば、燃え出したら臭いや音、熱で分かるだろう。

 まあ、消防のやることはあまり褒められたものでもない。建物を立てるときも、わけの分からない横車を押してくるのは消防検査なのは常識だ。建築主事は、建築基準法に基づき、あくまでもルールにのっとって仕事をしている。しかし、消防吏員は人によっていうことは違う。その上、事前説明しても何にもならない。アレは人治だな。



※ 展示で降りてくる子が、まあお行儀のよい「選ばれた子供」なのを見て、子供心に「アレは飴だな」というような感想を持ったよ。
2013.04
02
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13:00
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 1960年の新聞なんだが、中国で空前の豊作と、中国式密植は駄目という反対方向の記事が同居している。1960年10月8日の朝日新聞5面なのだが「チベットで空前の豊作」※ から一つ記事を挟んだ隣で「中国の衛星田は失敗」※※ が掲載されている。

 「チベットも空前の豊作」は、海外短信の欄にある。農業は生産互助組で、放牧はオーナーと労働者の和解で生産が向上したという内容である。特に牧畜は「三反両利」と、叛乱、強制労役、人身従属制度に反対し、放牧民と放牧主両方の利益を図るというもの。毛主席にこの収穫を見て貰いたいみたいな写真とキャプションがある。

 その左、一つ記事を超えた隣「中共式稲作は失敗、来年は日本式に本腰 インド」という記事がある。大躍進時期に新中国が行った衛星田(人工衛星のように高い収穫がある田んぼ)は、確かに収量は上がるが、手間と肥料を計算すると到底実用的ではないといった内容。しかし、衛星田を批判すると諸外国も困るので控えめに発表したとのこと。

 中国農業の大成功と、その手段についての批判的な視線が並んでいる形になっている。
 当時は大躍進時期なので、中国側発表は眉唾である。景気のいいことを言っている部分は割り引くべきだろう。

 実際に読者も大概は分かっていたようである。新しい中国を否定するのは悪いけど…といったあたりが世相だろう。前者記事はANSとある。おそらく中国系通信者による海外短信の紹介であり「中国ではこのように伝えている」といった扱いなのだろう。

 ただ、前者を事実と異なると断ずることも乱暴な気がする。それまでが封建チベットの、どうしようもない農奴制であったわけだ。自作農ではないにせよ生産組合制度に移行すれば、労働意欲は上がる。それまでは、リアルで搾取されていた利益を、農業器材購入に回すことにより、生産性もあがる。また、多少のアニマル・スピリットも生まれる。これらを勘案すれば、農業生産があがったとしても不思議はないる。

 ちなみに海外短信には、ソ連のディズニーランド構想も載っている。「ソ連『不思議の国』でも追い越せ」§で、モスクワ川湾曲部に、2630平方キロ、1/5000スケールで縮小したソ連領土を模したアミューズメントパークとのこと。ただし、宇宙船や人工衛星の模型があり、子供でもトラクターを運転できるというもの。資本主義の本家に較べてワクワク感は相当に劣る構想に見える。

※  「チベットで空前の豊作」『朝日新聞』(朝日新聞、1960.10.8)p.3
※※ 「中共式稲作は失敗、来年は日本式に本腰 インド」『朝日新聞』(朝日新聞、1960.10.8)p.3
§  「ソ連『不思議の国』でも追い越せ」『朝日新聞』(朝日新聞、1960.10.8)p.3
2013.03
28
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 ライフルで無垢の鉛の弾は普通に撃てる。鉛無垢の弾は危険云々と言ってきた人が居たのだけれども。鉛無垢の弾には、特に危険性はない。

 まず「暴発云々」という危険性はない。暴発は、銃の動作・安全機構、付け加えても雷管(プライマー)の材質での問題で起きる。弾頭の素材の影響は受けない。

 銃身内に停弾する危険性もない。鉛はライフリングに溜まりやすいが、非常に取れやすい。次の弾でこそぎ落とされるし、大した邪魔にもならない。弾頭も非常に柔らかい鉛である。多少抵抗が増えても、弾丸が容易に変形する。火薬の入れ忘れでもなければ停弾しない。

 鉛無垢の弾でもでも危険性がない証拠としては、次の2点が挙げられる。まず軍用銃でも歴史的に問題がなかったこと。そして今でも使われていることである。

 軍用小銃の歴史を見ても、フルメタル・ジャケットが導入されるのは1890年ころである。初期のガトリング砲も鉛弾である。そして問題なく動作している。日本では村田銃までは鉛の弾を使っているが、問題はない。フルメタル・ジャケットは、1882年に登場するが、その理由は停弾でもなければ、暴発でもない。単に鉛無垢では、発射と銃身通過に伴う摩擦や変形等により、初速が落ち、また長距離の銃外弾道も安定しない。それを解決するためである。そして鉛無垢の弾がマイナーになったのは、国際条約によって変形しやすい弾を戦争で使わないことにしただけのことだ。

 今でも鉛無垢の弾はつかわれている。小口径ライフルでは、弾頭は鉛無垢である。写真の弾が22LRであるが、FMJではない。その弾を多い時は1日300発内外、それを2日連続や、1週間ほどクリーニングせず計3日間、射撃したりもしたが、当たり前だが停弾も出なければ横転も出ない。国内では販売されていないが、22LRには半自動も全自動もあるが、銃は問題なく動作している。「高初速では溶ける」云々にしても、RWSの超音速銃弾でもそのような問題は起きない。大口径ライフルや拳銃弾でも、ケチンボ向きに鉛鋳造キット※(http://leeprecision.com/bullet-casting/rifle-bullet-molds/bullet-mold-double-cavity)が存在している。これで出来た鉛無垢の弾でも、問題があるという話はない。

s22LR.jpg

 使う気になれば、軍用銃でも使える。生産設備は保管状態でいいんじゃないの」http://schmidametallborsig.blog130.fc2.com/blog-entry-509.htmlで、使えと主張しているわけではないが、可能である。条約の制限や、弾道変化があるので余り意味は無いが、やる気になればやれる。実際に、223NATOのライフルには、教練用に22LRのコンバージョンキットがあり、そこでは無垢の鉛の弾が実用銃身を通過しているが問題はない。溜まった鉛も、マカロニ状のフェルトパッチで引き抜けば機械的に容易に取れる。ソルベントも必要はない。



※ 「生産設備は保管状態でいいんじゃないの」http://schmidametallborsig.blog130.fc2.com/blog-entry-509.htmlで、溶かした鉛を再利用できるといったのが、このLEEの鋳型のこと。特にあまり売っていない変態口径だと、弾頭部も高い。これを使うかどうか悩むあたりの価格になっている。
2013.03
25
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13:00
Category : 有職故実
 変った移動方法だと、用船を使ったことがある。横須賀総監部から米軍地区内にある消磁所まで民間船を使った。9.11直後は、米軍ゲートが厳しくなった。初日から暫くは公用車しか駄目、2-3日目には徒歩のみでそれでも入構待ち。その後には自転車OK、厳重チェックで私有車OKになったが、時間的なロスが大きすぎる。

 仕事は横須賀消磁所規模拡大だった。自衛艦の大きさが際限なくでかくなる時期で、正直、どの大きさに作るか分からなかった。最初は今で言う「ましゅう」合わせだったのが、「ひゅうが」の大きさに作ることになった。今の22DDHに間に合うかは知らない。まあ、結局は磁気測定できればどうとでもなるし、磁気測定は可搬型センサーでも可能なので問題もない。

 徒歩、自転車、私有車での入構も面倒で、時間が読めないこともあり、施設庁の監督官が警戒船を出してくれた。消磁気所は間借りであるけど、あくまでも日本管理区域(2-4-bだったか)なので、ゲートを通らないで上陸できる。警戒船といっても、要は漁船(走水だったと思う)の借り上げなのだが、略直線距離で信号もなく高速なので、陸路移動なんて話にならないほど早い。最初の迎えは総監桟橋で困ってしまったが、2回目以降は本来、逸見のゲート外の桟橋に達着してくれた。消磁所発の電話で出て行ってちょうどいいくらいだった。なれると民間船でやる「(指で)あと3m、2m、1m…(両手の幅で)あとこれだけ」を見まねでやったよ。

 いいように港内をすっ飛ばしていたので、翌夏には機関銃を向けられたことがあった。米軍警戒艇が追従してきて、M2(多分)を向けている。船頭さんが米軍が追っかけて来ますといったので、冷房完備の屋根かけから艫にでて、手を振ったよ。夏の白服に、まず被る人のいない白略帽で、しかも港外方向に飛ばしているのを確認して、警戒艇は帰っていった。あの時期、水中作業の話もしたが、米軍は漁業用の水中銃でももった水中警戒員も用意していたのではないかな。艦底や推進軸に爆薬仕掛けられたらたまらないからねえ。

 そいや、防衛マイクロ回線の件で、宮城・山形県境にある寒風山にあった反射板を見に行くのに仙台市内(霞の目だったかな)から陸自ヘリ使ったという話もあった。己は乗らなかったがね。寒風山も仙台市内なので、市内移動するのにヘリとは豪気な話だねえと言っていたよ。