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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2010.05
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20:39
Category : ネトウヨ批判
 今回の普天間/辺野古の件で「中国に沖縄が侵略される云々」と括るネット発言がずいぶんとあったのだけれども。アレはどういう心の状態なんだろうね。いや「国難」を主張する宗教勢力、その御宗旨の方は分かる。でも宗教的ノンポリでもそのような発言をするはなんでだろうと。逆に言えば、どういったカラクリの危機感が働いているのだろうかとね。

 周辺諸国の軍隊と構成、可能行動を考えてみれば、単純に「中国が沖縄を…」なんて言えないと思うのですよ。戦後一貫して本土決戦準備のやり直しをした陸自、戦略爆撃対処と沿岸域対艦攻撃に特化した空自を押し切って渡海侵攻なんかできやしないのだけれどもね。その上、日本のポテンシャルも巨大、船舶輸送が継続しさえすれば島嶼では相手を圧倒する防衛力を作れる。船舶輸送の継続についても、英海軍よりもそれに特化した海自がいる。
 …あれか、予算獲得のため、敵を大きく・味方を小さく見せる防衛当局のプロパガンダが効きすぎた、そして「押し付けられた憲法」改正を掲げた政党が※一番眼につく9条を問題視させるため「制約下の日本の防衛力」を強調した、その薬が効きすぎたのかね。
※ それ自体は自然な考えだけれども、それなら外国軍の駐留を続けさせようとするのはおかしくね?と思うよ。

 日本の防衛力が過小であると思い込んでしまって取れない素地がある。そして常にまき散らされる防衛当局の海外脅威のプロパガンダ(ソ連崩壊後も「極東ロシア軍の潜在的脅威」なんて主張するほどの牽強付会)と、無批判に尾鰭をつける右系メディアの脅威論に感化されて「日本が侵略される」という通奏低音ができあがるのかね。

 かつてのソ連脅威論については歴史的経緯から受容しやすい、それは分かる。
 でも、中国脅威論の根拠はかつての「マネーで買いまくる日本」程度のもの。あとは尖閣諸島とガス田の係争程度なのに、なんで「沖縄が狙われている」に飛躍するのかね。仮に中国とブツかるとしても、それは互いの力が及びにくく均衡した、遠い場所になると思う。
 なのに今の中国脅威論、それも軍事的脅威論の威勢の良さはなんなのかね。経済大国として抜かれることを「上の立場から下の立場に落ちる」ようにイメージし、あたかも隷属しなければならないと感じるようになった。下位の存在として苛斂誅求な収奪を受けるだろう…ってイメージなのかね。

 それにネトウヨ、あるいはネトウヨ的感性が結びついて「地政学的に沖縄は狙われている」とか言い出すのかね。歴史的事件を(その場にいないはずの)自分の父母のことと捉え、(行ったこともない)領土の問題を自分の身体の問題であるように認識する。そういう想像力過剰なネトウヨ(※※)はいつも憤るのだけれども。そういう「日本国籍しか誇りを持ち得ない人々」が「警鐘を鳴らす」ことによって体制への貢献を図り、存在価値を認めてもらおうとするのだろう。

※※ アレ、若い世代だけだと思っていたら分別ある40代までもそんな想像に浸っているようだしね。「@外参権」なんて付けて、日記で憂える人々の中にいい歳こいたオトッツァンは結構いるものだ。
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2010.05
30
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20:20
Category : ミリタリー
 さすが同文の中国、日本人にもその気迫が伝わったよ。

 中国の前の中国前海軍指令员、刘华清(劉華清)上将曰く。
『不造航母死不冥目』だってさ。
…朝鮮戦争、金門・媽祖、台湾危機…いつもいつも奴らが現れて煮え湯を飲まされた。俺は米空母が憎い!台湾海峡を、「中国の歴史的領海」(自称)を悠々と、我々の上海型砲艦では奴らに勝てない!(この段、文谷想像) なんて加えられるほどだね。

 香港の『鏡報』4月号をパラ読みしたら『中国航母何時馳出』という記事がある。例の中国空母、本誌によると『中国船舶公司江南造船基地的3号船搗』で建造中との事。
 でもね、『2013年完成』、『2020年初度戦力』というスケジュールはどうも楽観的に過ぎないかね。ソ連は70年代初期からから空母建造を準備して20年を要して完成。その後も、今にいたるまでズーッと運用試験中みたいなもの。動いているのだか止まっているのだか、戦争に使えるのか使えないのかも判然としない。

 中国も2013年に完成させられるのかだけれども、まあフネは作っても艦載機がないとか。(仏作って魂いれずだ) 2020年に艦載機が揃って離着艦ができるようになったとしても、まともな作戦能力が得られないとかね。
 たとえば、艦載機で離着艦はできるけど、重量に余裕がなくって、脚が短く何も積めない…キエフ級のフォージャー並だったとか。さらに数も積めない、AEWもないとか。困難はいくらでも考えられる。空母は作ったがそれでお金が尽きてしまうということもある。空母はあるけど空母打撃群を組めないとかさ。(タイもそうだった) だって、空母ってシステムだから海軍全部を作り直すつもりがないとまともに運用できないでしょう。沿岸防衛(海軍航空隊と沿岸砲兵含む)と両用戦部隊(陸戦隊含む)とか潜水艦(戦略核含む)あたりとの釣り合いもある。

 ただねえ 『死んでも死にきれネェ』という話はよくわかるんだよね。そして中国人も人情では空母を見せてあげたいのだろう。でも劉上将って94歳。CTOL機の運用を見るのは重千代じいさんなみに長生きしなければいけないのだろうなあ。
2010.05
29
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22:56
Category : 映画
神保町まで出て映画を観た。
 『コロンブス 永遠の海』、監督が99歳(撮影当時)というのが売りの映画。微妙なのは承知で見に行ったが… やっぱりテンションは一切あがらない映画。まあソラリスの海?ついウトっと来た。

特徴を挙げるとね。

・ ドラマがない
・ 絵がよいわけでもない
・ 音楽も一つの旋律だけ

 加えて、

・ カタルシスもない

 なんとなく始まって、いつの間にか終わる。観客は100人以上いたと思うけど、終わった後でみんなポカンとしていた。違う意味でスゴイ面白い映画。(実際に、不思議と「掴まされた」感はない)

 ネタバレもなにもないから書いちゃうけれども、「コロンブスはポルトガル人」であるという主張(それなりの根拠はあるみたい)を、主人公の人生に合わせてズーッと進めていく。普通なならドラマを絡めたりするのだけれども、そういうものものない。なんせヒロイン、研究家の奥さんはいつも「スゴイわねー」で旦那をサポートし続けるのだもの。「私とコロン(コロンブス)のどっちが大事」位あってもいいんじゃないのかな。
 いや、確かにポルトガルは大航海時代のパイオニアであって、その意味でのポルトガル人としての歴史的誇りを否定するつもりは毛頭ないのだけれども。

 ポルトガルへのピュアな愛を暖かく見守る…というのならオススメ。


 興味深いのは…1946年にポルトガルからアメリカに移民するシーンなんだけれども、ちょうどよい商船がないせいか、フレッチャー級?あたりの駆逐艦を使っている。外見は艦橋後部から煙突前部に限定して、大砲とかマストとかうつらないようにしている。でもね、船内も駆逐艦のままじゃダメでしょう。科員の居住区をそのまま客室に使っているのだもの。
2010.05
27
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TB:0
07:47
Category : 未分類
2008年夏コミのあとがき、ナマモノなので解禁

 骨太の映画でした。『生きる』や『椿三十郎』のリメイク。あえて言えば劣化コピーとは大違いでした。流石は岡本喜八、『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦』の続編がこのような形で作られるとは、まだまだ映画界も捨てたものではありません。

 鬼束ちひろの主題歌が流れる中、物語は昭和20年7月26日の東京で始まります。彼女は詞先で歌を作るといいます。曲を提供した佐藤勝も、歌詞にあわせるのには苦労したでしょう。♪「学徒ターイ、ウェイ!」から始まって「西か東か南か北か、どこに行っても鼻ツマミ」「野暮な曹長が帳簿をめくる、お前らとっくに死んでいる」♪…今様の若者文化に合わせた、男女の別れや、嘘の悲しさを強調した鬼束の歌詞に、昭和3年会の佐藤勝は随分苦労して曲調をあわせたようです。

 その主題歌が流れる中、終戦工作も大詰めを迎えた昭和20年8月、あの暑い夏が始まります。
テーマは、前作と一変。軍部・右翼のクーデターと、カウンター・クープとしての学徒兵達の大活劇に変わっています。

 ただ、終戦から既に60年も経ちますので、伏線としての終戦工作を知らないと、若い人には少々突拍子もないかもしれません。
鈴木貫太郎(笠智衆)が小泉信三(石坂浩二)に戦争終結を諮詢したエピソードは既に歴史に属しつつあります。迫水久常の回顧録で知られるように、鈴木首相と小泉総長の関係は終戦工作の過程で急速に密接となりました。総長は、時に軍部の圧力に屈しそうな総理の『心の支え』といえる存在であり、世間付き合いのように官邸に赴く毎日であったことはよく知られたエピソードでした。その中で、秘されてきた『最後の早慶戦』が口の端に上ったことも、かつては常識でした。

 鈴木貫太郎はその姿から、単に日露戦争の英雄とだけ見られていましたが、実態はきわめて老獪な政治家でした。陸海軍の不穏分子、特に近衛師団の圧力から御文庫を守るために、彼ら学徒兵を手許に置くことを思いつきます。政治的な意図もあって『最後の早慶戦』は天聴に達せられ、学徒兵達の配置先が急遽調査されるのです。

 しかし、事実は過酷でした。彼らは入営前でありながら、即時に軍法会議に掛けられ、懲罰部隊に編入されていたのです。
罪状は軍務妨害。学徒出陣の壮行会直後、武装したままの学徒兵達が新橋の操車場で、虐殺される中国人捕虜の少女を助けた咎。憲兵隊に銃を向け、逃亡を援助したことが原因です。

 学徒兵達は、階級も与えられず、比島で、沖縄で、過酷な作戦に従事されてきました。
メカジキ部隊という名前の、魚雷にドラム缶を取り付けただけの肉弾兵器。しかも母艇は汚穢船改造の特設艦艇(艇長:藤田まこと)という悲惨さ。決死の攻撃を繰り返すことを命じられながら、特攻隊の冠称を拒絶された員数外の懲罰部隊。破滅の戦場で玉砕すら許されず、転戦のための自力の脱出を命じられ、繰り返した全滅予定部隊です。
そして、彼らは最後の戦場にいました。戦局の逼迫に伴い、本土に現れた敵水上部隊。その攻撃を命じられ、もう下がることのできない内地、遠州灘-東京湾での積極的で、そして絶望的な攻撃に従事させられていたのです。

 帰投する汚穢船。そこに、高木惣吉(仲代達也)が三式連絡機で着陸します。そして、老召の基地隊長(塚本明)に『海軍少将高木惣吉は、朕の命令により、重要作戦を指揮する。陸海軍、官民全ての要員は、階級の区別なく、彼に協力しその指示に従うこと 御名 御璽』を読み聞かせる。

 ただ、学徒兵達には感激も感涙もありません。報告では、18人いたはずの部隊は、15人にまで減っている。阪井隆信(加山雄三)は「1日早く着てくれたら、2人助かっていた」と無常観を漂わせ、足許の屍体を煙草で指します。そして戸田順治(寺田農)の「いまくたばりました、3人です」の声。それほどまで戦争は青年の心を荒ませていたのです。
そこまでシニカルに、ニヒルになりながらも、宮城に召された学徒兵達が戦争終結を支えることになるのです。

 彼らが宮城に入った8月13日。一通の計画が陸軍大臣に指し出されます。それはポツダム宣言受諾を策する和平派を天皇から隔離し、東京に戒厳令を敷こうというものです。そして、日本にはいちばん長い日がやってきます。ここまでがアバン・タイトル、20分を要しています。やはり本格派の映画です。後は、時計の指す時間を追いかけてのドラマが展開します。

 近衛連隊の交代、詔書案の作成、玉音盤の録音…全てに関して、学徒は何の感慨も持ちません。傍目には宮内省侍従室に詰める無気力な学徒士官、そう、新品のコンパスマークを付けた一躍海軍中尉となった学徒士官は、茫洋とした青年にしか見えませんでした。ポーカーをする阪井、オルガンでバッハを弾く戸田…。陸軍少壮の将校達も、戦争継続の説得も糠に釘。叛乱を企む参謀も、殴ったところで無表情の学徒達を見て『錆付いた短剣には用はない』とばかりに無視を決め込んでしまいます。彼らが出たところで「平和か、また野球ができるなぁ」と、無表情のまま口にして、互いに頷きあう学徒兵。

 日付が変わって8月15日、侍従室で玉音盤の包装にあたる迫水書記官長は、駄弁るだけで何もしない学徒兵に、苦々しい顔つきで包みを皇后宮職事務官室まで運ぶよう依頼します。ナレーション『長い日はおわるまでもない、まだその半分しか過ぎていなかった』 そして近歩二連隊に対し、偽の師団命令。『大隊は直ちに宮城を占拠、確保せよ』。

 宮内省で突如家捜しが、録音盤の捜索が始まると、学徒兵は態度を豹変させます。躊躇なく友軍を、そう、友軍である近衛兵に短機関銃で無警告射撃を開始します。近衛兵は一気に押し戻されます。着剣はしたものの、弾倉が空の歩兵銃では火力に劣ります。小隊長の「皇軍あい撃つか」に対し「聖慮に歯向かうか賊軍。貴様等はすでに皇軍ではない。軍服を着ていようが叛徒である!」と啖呵を切ります。レイテで、マニラで、そして沖縄で死に切れなかった学徒兵は、兵士としても最強のレベルにありました。
ただ、兵力の多寡の前に質は問題とはなりません。叛徒は一個中隊をもって、玉音盤の破砕を企図します。そう、破砕です。東京放送局は既に叛徒の占拠下にあり、また宮城も叛乱軍が抑えています。玉音盤そのものには価値はありません。あとは、邪魔な学徒兵達を排除すればよいのです。

 遠巻きに始まる機関銃の射撃。擲弾筒の水平発射。短機関銃装備の学徒兵は抵抗すること敵いません。玉音盤を守るため、皇后宮職事務官室に下がる学徒達。もう駄目か、と覚悟を決めたその時、息を吹き返した侍従から抜け穴を教えられます。武官から渡された陸軍将校の制服に着替え、玉音盤を持って脱出する阪井。その撤退を援護する戸田達。時間稼ぎと、文官の犠牲を減らすため、提案した一時停戦の後「一思いに楽にしてやれ」という歩兵中隊長の指揮で始まる猛烈な一斉射撃。

 学徒はそれぞれが斃れるとき、最後の早慶戦のシーンを思い浮かべます。セピア調のスローモーションで、前作『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦』での活躍のシーンが流れるのです。試写会の監督挨拶で「出資元から『野球成分が全然ないのが問題』といわれ、急遽挿入した」カットでしょう。監督は『野球そのものは前作でやり切った』との立場で『イザとなったら、燃える御文庫の中で野球盤でもやらせておけばいい』と言い切っていたそうです。監督の意にはそぐわなかったかもしれませんが、近年の大ヒット映画『八甲田山』を参考にしたというこの演出には、やはり涙するものがあります。
しばらく経ち、叛徒が突入すると、蜂の巣になった学徒達。そして、オルガンに持たれかかったまま息絶えた戸田の姿があります。

 そしてクライマックス。単車で脱出に成功した阪井は、放送協会に侵入、第12スタジオで叛徒畑中少佐を背後から短機関銃で撲殺します。そして放送技師(加東大介)に玉音盤を渡そうとするのです。その瞬間『短機関銃を持ち、海軍式の敬礼をする陸軍武官』の不自然に気づいた叛乱軍の手により、玉音盤ごと吹飛ばされてしまうのです。

 夜が明けるのを待ち、東部軍司令官(石山健二郎)は近衛師団の指揮を執ります。そして、玉音盤事件の報告を、学徒達の活躍を聞きながら、ただ一言「犬死だったな」と呟くのです。

 朝の8時、大阪。袱紗で覆された録音版を捧げ持つ高木惣吉。そう、宮城の録音盤はダミーだったのです。この虚無感こそが、本作を傑作にしてます。

 ラスト・シーン。『謹んでお伝えいたします…国民は一人残らず謹んで玉音に拝しますよう、こちらは日本放送協会大阪放送局です…』そして『遠い空のボレロ』。


『最後の早慶戦 怒りの脱出』より
監督によると、第三作『最後の早慶戦 怒りのアフガン』も製作決定だそうです。

いつものことですけど、何で見てもいない映画の評を書くのでしょうね。

MIXI日記 2008年10月18日00:02から転載
2010.05
27
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07:46
Category : 未分類
Theme : どうでもいい報告
Genre : 日記
 2~3年前、陸自が小銃てき弾導入したときに
「バレットトラップ方式では威力が低い」
「世界の趨勢に取り残される」
とか、色々言われていた。
 でも、多少性能に問題があっても、全くないよりはマシだろうと思うのよね。ないのに比べれば一大進歩のわけだから。手榴弾を手で投擲するだけに較べれば大進歩だろう。

 ところで、昔、64式に小銃擲弾を取り付けた写真を見たことがある。また64式を3連装にした対空射架とかも写真もあった。ああいうのってネットでなかなか見つからないのが困ったところ。
2010.05
21
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TB:0
02:12
Category : ミリタリー
Theme : 映画関連ネタ
Genre : 映画
 『七人の侍』雨中の決戦シーン。
 竹槍装備の、訓練されていない(ハズの)農民。村の入り口にアンブッシュしている久蔵班。
よく見ると、雨の中にもかかわらず、泥濘をいとわず、低い位置に伏せている。当時の人間が、わざわざ水溜りに這い蹲らないだろう。どちらかといえば、塹壕で銃剣を構える、第一次世界大戦以降の歩兵の雰囲気。支那事変で『雨降りしぶく鉄兜』という印象。

 『七人の侍』は、『戦国イメージ大編』としてみるべきとは承知している。
 でも、自衛農民の顔付きは、戦国や幕末を越えて、シナ事変あたりの兵隊。役者も演技指導も、己達の爺様世代。だから、演技でも戦の真似事をやらせたら、体験した、訓練させられた戦争のまねっこをしたのかもしれない。

(MIXIの日記 2007年07月15日05:54 から転載)

なお、中西豪 師によれば『戦国時代の合戦でも結構「低い姿勢を取る」事例はある』とのこと
2010.05
16
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TB:0
15:04
Category : ミリタリー
Theme : 日記
Genre : 日記
 昔、PC-98用のシミュレーションゲーム「バトル:BATTLE」があった。1990年位のゲームだったと思う。太平洋の西側連合軍司令官になって、38度線を超え、樺太や北方領土から上がってくる東側連合軍を迎え撃つというゲーム。比較的単純なシステムのゲームだった。(太平洋戦記に近い、というかデザイナーが同じ)
 このゲーム、クライマックスはソ連艦隊の撃破。
 洋上の場合、まず、CVGの艦載機で攻撃、艦隊直衛機を掃討する。ついで、B52で飽和攻撃(約400発)、ついで日米のP3で飽和攻撃。最後に、日米水上行動部隊で止めを刺す。なお、日本のイージス艦は「はるかぜ」「ゆきかぜ」。
 沿岸域での対艦攻撃は、まず、F1もしくはFS-X(今のFー2)によるASM攻撃。次に使いやすいのが、表題のとおりT4による対艦攻撃。

 だけどもT4による対艦攻撃は、500ポンド爆弾を各機1発つんだ、間の抜けた通常爆撃。今から思えば、この点にリアリティのなさを感じる。だって、FCSのないT4で、航行中の艦艇をトスボミングするのは、難しいだろう。結局は、肉薄スキップボミングするしかない。
 でも、ソンナことをするのなら、T4にASMを1発つんで、概略方位に向けて発射した方がよほど効果が期待できる。日本では、F1やF2のような専用機にしかASMは積めないと考えられがちであるが、概略方位にあてずっぽうで発射するだけなら、ほとんどの機体はASMを搭載できる。どう考えても、T4でスキップボミングするよりは、あてずっぽうでASM発射した方が効果はあると思う。

 この点で、「バトル」でT4の対艦攻撃手段がスキップボミングするのは、ゲームにあるべきリアリティに欠けたものではなかったか、と今更ながら考えるものである。

(MIXIの日記 2006年06月21日 から一部手直しの上、転載)
2010.05
15
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01:44
Category : 未分類
Theme : 本読みの記録
Genre : 本・雑誌
初期の『軍事研究』拾い読み。
精神性が高いと言うか、観念論に過ぎると言うかね。憲法改正なんかに焦点がある。極東ソ連軍とか北方領土の関連記事を探していたので、ちょっとピンボケ。記事そのものはあんまり面白くない。

それよりも面白いのが…旧軍人寄稿者の名前チェックだね。
昭和40年あたりからなので、当たり前だけれども荒木貞夫以下の旧軍人がゴロゴロ寄稿している。変わったところでは、竹槍事件の新名丈夫記者が寄稿したりしている。

それはともかく…
スゲエのが佐藤賢了の『テレパシー防衛論』だね。
テレパシーを応用してABM(弾道弾防御)をと力説している。
『テレパシーは証明された…』という前提の記事なんですよ。不確定性理論とか持ち出してね。さらに『昭和初期には原子爆弾なんて誰も想像しなかっただろ?ESP実験の現実を直視しろよって』なんだけれどもね。
まあ、確かにテレパシーの可能性は今よりもあった、というか、テレパシーの可能性が否定しきれなかった時代と考えれば一概に否定しちゃいけないのだけれども。
『日本人は東洋的精神性が高いのでテレパシーには向いている』(チョットうろ覚え)
『証拠はある。元寇の時の神風はまさに日本人のテレパシー』
と言い切っているよ。

いや、大井篤とか堀元美とかの寄稿を見つけて「大収穫だわい」と思っていたところに、負の大収穫を見つけてギョって感じだねえ。
それでも大収穫は大収穫か。軍国主義者の亡霊みたいな内容、いまさら高度国防国家を目指したり、本土決戦準備を完了させようみたいな見当外れは読んでいて途中でイヤになるから。
(MIXIの日記 2010年01月24日00:20 から転載)