「中国が日本を狙っている」というネトウヨの妄想。その「根拠」としてよく引き合いに出される『2050年の国家戦略』と題した地図。"日本が中国の一部とされ、東海省と日本自治区に分割統治されている"という図版であり「中国外務省から流出した」との説明が附されている。ネトウヨの元締め、櫻井よしこが「中国脅威論の論拠」として挙げたことでネトウヨ界隈で出回っている。
この『2050年の国家戦略』、私の友人がその意味・内容を「コリャ、紅い『田中上奏文』だね」と適切に評した。内容も、性質も全くそのとおり、天下の偽書『田中上奏文』(参考:WIKI)そのものだ。ここで『田中上奏文』について細かく説明することは避けるが、内容に不自然な点があることでも『2050年の国家戦略』と同じだ。
そう『2050年の国家戦略』については不自然な点が多い。この図版を見て不自然に見えるのは(1)日本を取り込む優先度について、(2)沖縄の所属について、(3)東海省と朝鮮省の設置、(4)東海省と日本自治区の境界について、(5)直轄都市の不存在についての4点である。
(1)日本を取り込む優先度
この図版では、沿海州はロシアそのままになっている。中国の立場では「璦琿(アイグン)条約」は不平等条約であり、かつては「沿海州は未回収の中国」である(いまはロシアの一部と-不承不承であるにせよ-認めている)とされていた。沿海州こそ最優先であり、そこを放置して朝鮮半島や日本を取り込むとするのは歴史的経緯や中国の公定ナショナリズムから見て不自然である。さらに、沿海州は朝鮮半島や日本に較べ人口希薄であり、工業基盤もヨーロッパ・ロシアとの交通も配備兵力も貧弱である。中国にとって比較的簡単に回収できるだろう。
この図版では、沿海州をそのままにして、朝鮮半島や日本を奪おうとしている点、不自然である。
(2)沖縄の所属
同じく、この図版では、沖縄は東海省に含まれている。しかし、中国からすれば琉球はかつての朝貢国(しかも頻繁に来朝する「熟蛮」)であり、日本とは別個の王朝が成立し、日清戦争まで所属を争った係争の地である。加えて言えば、中華民国は「下関条約で台湾は引渡したが、琉球を日本の物と認めたわけではない」と主張していた。(未だに台湾では、日本ではないというニュアンスで「沖縄」ではなく「琉球」と称することがある)
新中国は「沖縄は日本の一部である」と黙認しているが、やはり歴史的な経緯、あるいはナショナリズムの方向としては「琉球は日本ではない」「琉球は中国の一部」という方向に流れる傾向があるだろう。
中国が日本を取り込み、国内に編入するとしよう。そのとき沖縄=琉球を「日本の一部」=「東海省」とするだろうか? 歴史的に中国では、台湾を大琉球と呼び、沖縄を小琉球と呼んだ事もある。台湾省の一部とされるか、あるいは「琉球族自治区」となるはずだろう。沖縄が東海省の一部となっていることは、この図版が中国で作られたとしたら、あまりにも不自然である。
(3)東海省と朝鮮省の設置
現在の中国では、少数民族対策として民族自治区を設定している。自治区が認められた少数民族の人口をみると最大のチワン族で1500万人、最小のチベット族で500万人である。朝鮮半島のコリアンは6000万人、日本の日本人は1億2000万人であり、最大の「少数民族」となる。当然、自治区設定が考慮されるはずである。
さらに「亡国の民」という立場を考慮すれば、従来の民族自治区以上の自治を、香港、あるいはそれ以上の独立性を持つ独立行政区の設置が自然となるはずだ。
この観点から図版を観察すれば、日本と朝鮮半島が民族自治区・特別行政区の対象となっていない点が不自然である。
(4)東海省と日本自治区の境界について
この図版では、東海省と日本自治区の境界線が奇妙な形で引かれている。フォッサ・マグナと略平行に、西50kmあたりを境界としているが、この境界線は現行の県境ではなく、旧「国」の境を踏襲している。東日本省は能登国-加賀国-越前国-美濃国-三河国を東縁にしている。図版を作った(おそらく)日本人の遊び心、あるいは「こだわり」が感じられる。
さらに、この境界線には本質的に不自然な点がある。中国にとって経済的な旨味である東海-関東地方を日本人自治区側に渡している点である。日本から収奪することを考えれば、経済的な旨味のある関東地方に自治は認めないだろう。東海省と日本人自治区を区画するとすれば、日本人自治区は辺境-低開発地域に限定されるはずである。日本人自治区は北海道-東北、あるいは北海道-北東北に限定されるのが自然だ。
東海省と日本自治区の境界線そのものが不自然なのである。
(5)直轄都市の不存在
この図版では、東京が直轄都市とされていない。
中国の中央政府の立場からすれば、政治的なコントロールや経済的な旨味から地方政府には渡さないはずである。中国の直轄都市の規模を考えれば、少なくとも東京圏(東京と横浜、あるいは横浜-さいたま市-千葉市の内側、もしくは東京通勤圏)は、地方政府から独立した「東京市」となるはずである。
この点、中国の制度上では不自然であり、中国外務省、つまり中央政府が作ったものとしてはおかしな点である。
『2050年の国家戦略』の内容には、中国歴史的経緯や主張、国内制度が反映されていないのだ。パッと見てこれだけの不自然な点がある、信憑性は疑って然るべきだろう。特に沖縄が東海省に属し、民族自治区との境界線が旧国の境である点、この地図を作成したものが日本人による偽書である点を伺わせるものである。
作成者については、真性の酷使様が義憤により捏造したものか、あるいは、愉快犯がネトウヨを釣ろうとしたものかを判断することはできない。しかし、それに「情報強者」であるはずのネトウヨがマンマと乗せられれ「緊急拡散」※したことは、真に受けたネトウヨの知的水準の低さの証左である。
また、持論の根拠として使用した「保守派論客」についても、信じていれば知性の低さを、知らないでいるのなら誠実さを疑われるべきだろう。ネットでの紹介を見る限りは、櫻井よしこは「…と言われている」「事実であるとすれば」とエクスキューズしている点、捏造を知っていながらデマを流した点で後者であり、その誠実さを疑われるだろう。
※ 既に「ゆとり(笑)」なみに脱構築された言葉であるが
隅田金属日誌の関連日記:
【無根拠】「このままでは日本が侵略される…」という煽り
アメリカのネトウヨ
この『2050年の国家戦略』、私の友人がその意味・内容を「コリャ、紅い『田中上奏文』だね」と適切に評した。内容も、性質も全くそのとおり、天下の偽書『田中上奏文』(参考:WIKI)そのものだ。ここで『田中上奏文』について細かく説明することは避けるが、内容に不自然な点があることでも『2050年の国家戦略』と同じだ。
そう『2050年の国家戦略』については不自然な点が多い。この図版を見て不自然に見えるのは(1)日本を取り込む優先度について、(2)沖縄の所属について、(3)東海省と朝鮮省の設置、(4)東海省と日本自治区の境界について、(5)直轄都市の不存在についての4点である。
(1)日本を取り込む優先度
この図版では、沿海州はロシアそのままになっている。中国の立場では「璦琿(アイグン)条約」は不平等条約であり、かつては「沿海州は未回収の中国」である(いまはロシアの一部と-不承不承であるにせよ-認めている)とされていた。沿海州こそ最優先であり、そこを放置して朝鮮半島や日本を取り込むとするのは歴史的経緯や中国の公定ナショナリズムから見て不自然である。さらに、沿海州は朝鮮半島や日本に較べ人口希薄であり、工業基盤もヨーロッパ・ロシアとの交通も配備兵力も貧弱である。中国にとって比較的簡単に回収できるだろう。
この図版では、沿海州をそのままにして、朝鮮半島や日本を奪おうとしている点、不自然である。
(2)沖縄の所属
同じく、この図版では、沖縄は東海省に含まれている。しかし、中国からすれば琉球はかつての朝貢国(しかも頻繁に来朝する「熟蛮」)であり、日本とは別個の王朝が成立し、日清戦争まで所属を争った係争の地である。加えて言えば、中華民国は「下関条約で台湾は引渡したが、琉球を日本の物と認めたわけではない」と主張していた。(未だに台湾では、日本ではないというニュアンスで「沖縄」ではなく「琉球」と称することがある)
新中国は「沖縄は日本の一部である」と黙認しているが、やはり歴史的な経緯、あるいはナショナリズムの方向としては「琉球は日本ではない」「琉球は中国の一部」という方向に流れる傾向があるだろう。
中国が日本を取り込み、国内に編入するとしよう。そのとき沖縄=琉球を「日本の一部」=「東海省」とするだろうか? 歴史的に中国では、台湾を大琉球と呼び、沖縄を小琉球と呼んだ事もある。台湾省の一部とされるか、あるいは「琉球族自治区」となるはずだろう。沖縄が東海省の一部となっていることは、この図版が中国で作られたとしたら、あまりにも不自然である。
(3)東海省と朝鮮省の設置
現在の中国では、少数民族対策として民族自治区を設定している。自治区が認められた少数民族の人口をみると最大のチワン族で1500万人、最小のチベット族で500万人である。朝鮮半島のコリアンは6000万人、日本の日本人は1億2000万人であり、最大の「少数民族」となる。当然、自治区設定が考慮されるはずである。
さらに「亡国の民」という立場を考慮すれば、従来の民族自治区以上の自治を、香港、あるいはそれ以上の独立性を持つ独立行政区の設置が自然となるはずだ。
この観点から図版を観察すれば、日本と朝鮮半島が民族自治区・特別行政区の対象となっていない点が不自然である。
(4)東海省と日本自治区の境界について
この図版では、東海省と日本自治区の境界線が奇妙な形で引かれている。フォッサ・マグナと略平行に、西50kmあたりを境界としているが、この境界線は現行の県境ではなく、旧「国」の境を踏襲している。東日本省は能登国-加賀国-越前国-美濃国-三河国を東縁にしている。図版を作った(おそらく)日本人の遊び心、あるいは「こだわり」が感じられる。
さらに、この境界線には本質的に不自然な点がある。中国にとって経済的な旨味である東海-関東地方を日本人自治区側に渡している点である。日本から収奪することを考えれば、経済的な旨味のある関東地方に自治は認めないだろう。東海省と日本人自治区を区画するとすれば、日本人自治区は辺境-低開発地域に限定されるはずである。日本人自治区は北海道-東北、あるいは北海道-北東北に限定されるのが自然だ。
東海省と日本自治区の境界線そのものが不自然なのである。
(5)直轄都市の不存在
この図版では、東京が直轄都市とされていない。
中国の中央政府の立場からすれば、政治的なコントロールや経済的な旨味から地方政府には渡さないはずである。中国の直轄都市の規模を考えれば、少なくとも東京圏(東京と横浜、あるいは横浜-さいたま市-千葉市の内側、もしくは東京通勤圏)は、地方政府から独立した「東京市」となるはずである。
この点、中国の制度上では不自然であり、中国外務省、つまり中央政府が作ったものとしてはおかしな点である。
『2050年の国家戦略』の内容には、中国歴史的経緯や主張、国内制度が反映されていないのだ。パッと見てこれだけの不自然な点がある、信憑性は疑って然るべきだろう。特に沖縄が東海省に属し、民族自治区との境界線が旧国の境である点、この地図を作成したものが日本人による偽書である点を伺わせるものである。
作成者については、真性の酷使様が義憤により捏造したものか、あるいは、愉快犯がネトウヨを釣ろうとしたものかを判断することはできない。しかし、それに「情報強者」であるはずのネトウヨがマンマと乗せられれ「緊急拡散」※したことは、真に受けたネトウヨの知的水準の低さの証左である。
また、持論の根拠として使用した「保守派論客」についても、信じていれば知性の低さを、知らないでいるのなら誠実さを疑われるべきだろう。ネットでの紹介を見る限りは、櫻井よしこは「…と言われている」「事実であるとすれば」とエクスキューズしている点、捏造を知っていながらデマを流した点で後者であり、その誠実さを疑われるだろう。
※ 既に「ゆとり(笑)」なみに脱構築された言葉であるが
隅田金属日誌の関連日記:
【無根拠】「このままでは日本が侵略される…」という煽り
アメリカのネトウヨ
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