Category : オブイェクト研究
JSF氏・オブイェクトへの反論を通じて
JSF氏のツイッターを拝見すると、氏は、日本征服に必要な数の強襲揚陸艦を、未成・買取・買収可能を含めてかき集めているらしい。
しかし、それであっても、日本の一地方を一時的に占拠することができるだけだろう。ロシア極東部(何故、ロシアであるかは不明であるが)の経済力・輸送能力では上陸部隊に補給を行うことは困難だからだ。このような限定的な侵攻をロシアがする必要はない。
他にも、対日侵攻が難しく、事実上断念しなければならない要素はいくらでも挙げられる。
オホーツク海の冬季結氷、夏の濃霧、低気圧の墓場と行った条件も挙げられるだろう。海空自衛隊の存在も挙げられるだろう。日米安保の存在も挙げられるだろう。日本の経済力の戦時転用も挙げられるだろう。
さらに商船を上陸戦に参加させた(これは不可能だ)としても、ロシアが保有する商船の数も問題になるだろう。商船に積むのLCMの数も問題になるだろう。商船のクレーンの能力も問題になるだろう。揚陸艦・商船の根拠地となる港湾の位置、荷役や鉄道や道路、船舶修理設備の能力も問題になるだろう。護衛艦艇や掃海能力も問題にできるだろう。ロシア極東部の太平洋依存も問題にできるだろう。
最終的には、ロシアは日本を屈服させることはできない。日本に全滅予定部隊を送り込むことしかできないのだ。
なぜJSF氏がここまで執着するのか?
それはJSF氏・オブイェクトの自転車操業体質と、氏とその信者の「ペニ・ス」願望に起因するプリミティブな戦車愛が挙げられるだろう。
論議での「勝利」への執着は、今までのJSF氏・オブイェクトの行動方針から説明できるだろう。JSF氏は勝ち続けることによってネットスターの地位を確保した。その地位を保つためには、これからも勝負を挑み、勝ち続けなければならない。氏はいままでも、相手に信者をけしかけることによって「勝利」を演出してきた。この手法は、信者の信心が足りなくなると通用しなくなる。氏は勝利し続けなければ、または敗北を喫することがあれば、その「勝利」を演出するマシーンを喪ってしまうのだ。つまりは自転車操業なのである。この構造があるかぎり、JSF氏・オブイェクトはいつかは倒れることになるだろう。
戦車への執着は、やはり「ペニ・ス」願望なのだろう。JSF氏の心のなかでは、まず戦車もつセクシャル・シンボリズムへの憧憬がある。おそらく、今回の新戦車も氏の男性・器と同一視しており、それに対する批判は自己の肉体を、ペニ・スを傷つけられるという心理が働いているのだろう。それによって過剰な防衛反応を、戦車不要論や新戦車への懐疑を必死になって否定するのだろう。
なお、このセクシャル・シンボリズムに対して卑猥であるといった批判をするものは、ペニ・ス願望という言葉に過剰に反応しているだけなのだろう。中学生がカタカナ語に男性・器や女性・器の名称を見つけて騒ぐようなものである。
さらに言えば、戦車や大砲への憧憬、ペニ・ス願望は私にもある。例えば、ホンモノのFRONT誌で見た大砲の写真は、私にとってのドリームである。男性・性を掻き立て、興奮を呼び起こすものである。JSF氏やその信者も同じだろう。
ただ、それでは戦車の真の必要性を語ることはできないだろう。日本にとっての戦車の勝ちや新戦車の必要性について、JSF氏やその信者には、戦車のもつセクシャル・シンボリズムを離れた冷静な議論をすべきだろう。
JSF氏のツイッターを拝見すると、氏は、日本征服に必要な数の強襲揚陸艦を、未成・買取・買収可能を含めてかき集めているらしい。
しかし、それであっても、日本の一地方を一時的に占拠することができるだけだろう。ロシア極東部(何故、ロシアであるかは不明であるが)の経済力・輸送能力では上陸部隊に補給を行うことは困難だからだ。このような限定的な侵攻をロシアがする必要はない。
他にも、対日侵攻が難しく、事実上断念しなければならない要素はいくらでも挙げられる。
オホーツク海の冬季結氷、夏の濃霧、低気圧の墓場と行った条件も挙げられるだろう。海空自衛隊の存在も挙げられるだろう。日米安保の存在も挙げられるだろう。日本の経済力の戦時転用も挙げられるだろう。
さらに商船を上陸戦に参加させた(これは不可能だ)としても、ロシアが保有する商船の数も問題になるだろう。商船に積むのLCMの数も問題になるだろう。商船のクレーンの能力も問題になるだろう。揚陸艦・商船の根拠地となる港湾の位置、荷役や鉄道や道路、船舶修理設備の能力も問題になるだろう。護衛艦艇や掃海能力も問題にできるだろう。ロシア極東部の太平洋依存も問題にできるだろう。
最終的には、ロシアは日本を屈服させることはできない。日本に全滅予定部隊を送り込むことしかできないのだ。
なぜJSF氏がここまで執着するのか?
それはJSF氏・オブイェクトの自転車操業体質と、氏とその信者の「ペニ・ス」願望に起因するプリミティブな戦車愛が挙げられるだろう。
論議での「勝利」への執着は、今までのJSF氏・オブイェクトの行動方針から説明できるだろう。JSF氏は勝ち続けることによってネットスターの地位を確保した。その地位を保つためには、これからも勝負を挑み、勝ち続けなければならない。氏はいままでも、相手に信者をけしかけることによって「勝利」を演出してきた。この手法は、信者の信心が足りなくなると通用しなくなる。氏は勝利し続けなければ、または敗北を喫することがあれば、その「勝利」を演出するマシーンを喪ってしまうのだ。つまりは自転車操業なのである。この構造があるかぎり、JSF氏・オブイェクトはいつかは倒れることになるだろう。
戦車への執着は、やはり「ペニ・ス」願望なのだろう。JSF氏の心のなかでは、まず戦車もつセクシャル・シンボリズムへの憧憬がある。おそらく、今回の新戦車も氏の男性・器と同一視しており、それに対する批判は自己の肉体を、ペニ・スを傷つけられるという心理が働いているのだろう。それによって過剰な防衛反応を、戦車不要論や新戦車への懐疑を必死になって否定するのだろう。
なお、このセクシャル・シンボリズムに対して卑猥であるといった批判をするものは、ペニ・ス願望という言葉に過剰に反応しているだけなのだろう。中学生がカタカナ語に男性・器や女性・器の名称を見つけて騒ぐようなものである。
さらに言えば、戦車や大砲への憧憬、ペニ・ス願望は私にもある。例えば、ホンモノのFRONT誌で見た大砲の写真は、私にとってのドリームである。男性・性を掻き立て、興奮を呼び起こすものである。JSF氏やその信者も同じだろう。
ただ、それでは戦車の真の必要性を語ることはできないだろう。日本にとっての戦車の勝ちや新戦車の必要性について、JSF氏やその信者には、戦車のもつセクシャル・シンボリズムを離れた冷静な議論をすべきだろう。
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