FC2ブログ

RSS
Admin
Archives

隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

→ サークルMS「隅田金属」
→ 新刊・既刊等はこちら

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Powered by fc2 blog  |  Designed by sebek
2010.09
17
CM:4
TB:0
21:02
Category : ミリタリー
 日本と米国、あとは周辺国の代表として極東ロシアと中国の外洋作戦戦力を比較してみた。質的要素も加味すれば、日米同盟はロシア・中国のの10~20倍の外洋戦力を持っているということだ。
 繰り返すけれども、日本とロシア・中国は友好関係。辺境の離島の領土問題でもめてはいるものの、基本的には外交を通じ友好関係を保っている。まず日本に攻めて来る理由もない。
 その上で頭の体操として考えてみるのだけれども、これだけの戦力差があれば攻めようとも思わないだろう。意志もなければ能力もない。
 参考資料は"Military Balance 2010"(便利な本です)と、"Jane's Fighting Ships 2010-2011"を基本に少々。

● 駆逐艦以上の艦艇数(米国は空母11を含む)
 日 本   48(※1)
 米 国   91(※2)
 ロシア    8(※3)
 中 国   13(※4)
 日米:ロ:中の比率は、数量だけで35:2:3。その質を考慮すれば、100:1:5といったところだろうか。対日米同盟でロシアは1%、中国は5%といったところ。
(※1)練習艦×3を含む
(※2)空母11を含む
(※3)太平洋艦隊のみ(ロシア海軍は世界規模のスイングはできないだろう)
(※4)旧式化した旅大級(14隻)を除く



● 固定翼哨戒機の数。日米のP-1、P-8は数量に含めず。
 日 本   80
 米 国  147
 ロシア   29
(※5)
 中 国    4
 日米:ロ:中の比率は、数量だけで50:8:1。なお日米は新型哨戒機への更新を始めるところ。能力を考慮すれば…(以下略)
(※5)ロシア中からIl-38(メイ)とTu-95(ベア)をかき集めれば、58機


● 哨戒ヘリの数。哨戒ヘリは水上艦の能力を大きく向上させることができる。
 日 本   91
 米 国  220
 ロシア   31
(※5)
 中 国   38
 日米:ロ:中の比率は、10:1:1。性能差を考慮するとさらに比率は離れる。
(※5) ロシアは乗せるべき水上艦が少ない。


● 早期警戒機(AWACS/AEW)航空戦力の効率的な運用が可能になる。(戦闘機等の数が増えたのと同じ効果をもたらす)
 日 本   14
 米 国   99
 ロシア   20
(※6)
 中 国    8
 性能は無視しても12:2:1。ロシアや中国のAWACSが洋上に出てくるかは不明。さらに中国のAWACSが実用上の能力を持っているかどうかも不明。
(※6)ロシア全土に配備された数

● 空中給油機。外洋作戦、渡洋侵攻ではあったほうが良い。
 日 本    4
 米 国  241
 ロシア   20
 中 国   10

 24:2:1。ロシアはもう少し持っているかもしれないが、洋上に出てくるかは不明。
 
 全般を通じて。中国については、穏やかながらも対峙している台湾の問題がある。台湾は駆逐艦4、固定翼哨戒機32、哨戒ヘリ20、早期警戒機6を保有している。中国にとってこれは無視できないだろう。

 いずれにせよ、周辺国は日本に渡洋侵攻はできない。これだけ外洋戦力の差を前に、日本に着上陸を実施できる国はない。本土防衛を考慮した場合、日本の陸上戦力、さらにその一要素に過ぎない戦車については、あればよいのである。質は問われないということだ。
スポンサーサイト



2010.09
17
CM:0
TB:0
03:47
Category : ミリタリー
 昭和20年8月6日の広島被害について。民防空を所管する内務省と軍部は即時意見収集をはじめた。
 結果、『特殊爆弾』ということで発表することになったのだが、それは『原爆でない』と言い切る識者の意見が反映していたようだ。

 例えば、京大の荒勝教授は『自分達が今考えている原子爆弾は、瀬戸内海の水が全部ひっくり返るのが最小規模』と陳述したという。(『大霞』の三好重夫:当時京都府知事 の回顧談)
 当時、原爆については、大気中の窒素が連鎖的に核融合するのではないか。そうなると地球がプチ太陽と化すのではないかとする考えもあった。こういった背景があって、広島に投下されたのが原爆であるとは肯定しきれなかったのだろう。

 その後、広島での資料採取と調査で放射能が検出され
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/news/2000/nov/index.html#kin_01
http://www.chugoku-np.co.jp/abom/05abom/news/An05072403.html
ということになった。原子爆弾と判断されたのは、8月15日、終戦のその日であった。

 しかし、原子爆弾と判断される前でも、その威力については短期間のうちに周知させられたらしい。
 3日後、9日の長崎原爆投下。被爆直後、防空壕から出た長崎県関係者が爆圧でペシャンコになった町並を見た。
 そこで
『新型爆弾かネェ』(大意)
『それにしては、威力が小さい、火事も起きない』(大意)
 という会話(これも『大霞』より)をしている。ただ、しばらくして原爆の輻射熱でポツリポツリと火がつき始め、それから市街が業火に包まれる様を見て、その威力を実感したという。
 原子爆弾であるかどうかはともかくとして。特殊爆弾の大威力は、9日には周知されていたということだ。

 なお、ベルンの加瀬公使も、終戦工作の傍ら、広島への攻撃が「原子爆弾である」という報告をしている。(これはUSSBSの史料に残っている)他の中立国外交官も、おそらく似たような報告をしているのだろう。