RSS
Admin
Archives

隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

→ サークルMS「隅田金属」
→ 新刊・既刊等はこちら

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Powered by fc2 blog  |  Designed by sebek
2011.01
26
CM:0
TB:0
18:59
Category : 未分類
 ステルス性に特化した船型は、普段使いには向かない。ステルス艦艇は水上戦闘ではその性能を活かすことができる。敵から見つかりにくく、対艦ミサイルもあたりにくい。しかし、戦闘以外では使いにくい。特に甲板作業が難しい。甲板作業が難しい艦艇は、実用性に欠けるのである。LCS-2インディペンデンスや中国の紅稗級ミサイル艇では、甲板作業は難しい。ステルス性に特化したデザインの結果、艦首から艦尾まで上甲板面は不連続となっている。そして甲板は喫水線の内側にセットバックし、海水面へのアクセスが悪い。またセットバックの分、甲板が狭くなってしまった。結果として、作業性が損なわれている。

 インディペンデンスの場合、後甲板は広いものの、艦橋以前には人が作業できるスペースはない。一応、錨の出し入れや、もやいのやりとりは船体内でできるようになっている。だが、インディペンデンスが曳かれ舟、被曳航船となったときには、艦首で引っ張って貰うことはできない。後ろから、バックの状態で曳航されるしかない。また、艦艇から落水した、あるいは漂流中の溺者を救助するにしても、前甲板での作業はできない。溺者救助のために近づいて、風上から寄せるにも不便である。監視員が艦首に立って、溺者を間違いなく右舷(あるいは左舷)にいる、右舷(左舷)にかわしたかを確認できない。後甲板にしても、喫水線からセットバックしている。甲板縁から喫水線まで距離があるので、他の艦船に接舷しても、乗り移ることは難しい。いちいち舷梯を出さなければならない。まず臨検での接舷移乗は難しい。他にも、火災を起こした艦船からの救助、あるいは消火隊の応援もある。甲板縁から喫水線まで距離があると、海や団平船、桟橋からの荷物の積み下ろしも不便である。イメージしやすいのは落し物である。甲板縁がオーバーハングしている在来艦艇のように、上から鉤爪の類で拾いあげることはできない。洋上での水上標的揚げおろし、停泊中での物資の積み下ろしにも、不便である。

 紅稗級はもっと深刻だろう。甲板そのものが相当に狭く作業に向かない。中部甲板のミサイルは邪魔となる。後甲板は猫の額の面積しかない。普通、小型艦船での溺者救助は容易であるのだが、紅稗級では相当に難しい。直接溺者を引き上げるにしても、短い甲板はが前中後で分割されている。救助作業は甲板を行ったり来たりとなる。物を落としたときや接舷移乗も同様である。また、小型艦艇は戦時平時を問わず軽輸送や連絡に用いられる。しかし、紅稗級には物資を搭載しておくスペースが無い。さらに後甲板が狭すぎる。搭載艇をへん水させ、荷物を受け渡す広さはない。後甲板が狭いので、特殊部隊の類を上陸し、回収することも容易ではない。甲板が狭いと兵装を増やすことも難しい。増やしても射界は広く取れない。結局は、本来用途の対水上戦と哨戒くらいにしか使えない。

 ステルス性に特化した艦艇は使いにくい上、高価になりがちである。ステルス性そのものはさして高価とはならない。だが、ステルス性を生かし、センシング・ピケットとして使うとなるとC4ISRの類が高価になる。また、ステルス性を活かし、一方的に襲撃できるようにと高速力を与えると、安くは済まない。しかし、センシング・ピケットや襲撃という状況は、そうそうあるものではない。あったとしても、相手から見つからないピケットならば潜水艦がある。水上艦艇をミサイルで一方的に襲うにしても、固定翼機やヘリコプターもある。代替手段がある以上、使いにくく高価になりがちな本格ステルス艦艇は、費用対効果が疑われることになる。2011年1月の"PROCEEDINGS"、表紙で筆頭に挙げられた記事が"LCS Dead in the Water?"である。「高く使いにくい」「コルベットを元にしたほうがよい」「使いやすいペリー級も見直すべき」(大意)というもの。本気の、限界なしの戦争をやるとする。そこでの最大の激戦地での対水上戦やピケットには向いている。しかし、戦闘以外のチョットした仕事は全く向いていない。それほど激戦地でもない地域ならば、戦闘にも不可欠というわけでもない。哨戒とか、たまにある小競り合いなら在来艦艇で十分となる。

 水上艦艇のステルス化は、在来船型へのステルス性付与に留まる。在来船型のステルス化は進むが、ステルス性能を追求した船型決定は下火となる。ステルス性に特化した船型は、普段使いが難しい。また、そこまでのステルス性能が必要となる状況も生まれない。よって、LCS-2や紅稗級、北欧のシヨル級やマミナ級の類は一時の流行に終わるのである。
スポンサーサイト
2011.01
20
CM:0
TB:0
16:45
Category : ミリタリー
 『民国档案』で『萤石之战-日军入侵浙江与萤石掠夺』を見つけた。

 蛍石はアルミニウム生産に必要であり、前の戦争では重要物資であった。『萤石之战-』は、日本はその蛍石を占領下の中国浙江省に頼っていた、という話。 この中国産蛍石がどれくらい重要な物資だったかというと、1943年、企画院は「中国の鉱業物資については、鉄鉱石は減ってもいいから蛍石を送れ」と指示したほど。

 この記事の肝は、「1942年からの日本のアルミニウム増産は、中国産蛍石の本格的入手の時期に対応している。日本のアルミニウム増産は中国の蛍石増産に負う」という部分である。

 たしかにそうなのだけれども「中国産の蛍石がなければ戦争ができなかった」と言いきれないので、チョット面白みが欠けてしまう。蛍石は中国でしかとれないものでもない。純度とか量とかに難があった様子だが、朝鮮や満州でも蛍石は採掘されている。記事によると戦争中、日本が使用した蛍石のうち、中国産は20万トンであるが、日本産(おそらく朝鮮を含む)も15万トン使用している。中国産がなければ戦争はできなかったとは言いきれない。日本での採掘に力をいれれば、どうにかなってしまいそう。

 日本は、浙江省からの蛍石がなければ飛行機を作れなかったというわけじゃないのよね。これでは、物語性はチョット低くなってしまう。もちろん真面目な史学記事だから、面白いかどうかではないのだけれども。
2011.01
15
CM:0
TB:0
22:01
Category : オカルト
 2chのhttp://toki.2ch.net/test/read.cgi/army/1291930243を見ていたのだけれども。なんか書き換え疑惑があるので少々。まあ、一種の集団ヒステリーの結果の想像だろうね。



 まず、『スパローは地対空ミサイルに転用すべきだ』で「シー・スパローと書き加えた」という想像について。
734 :名無し三等兵:2011/01/15(土) 17:47:42 ID:???
余ったスパローを地上から撃つとか言い出した際に、
スパローは空中発射に最適化されているから地上発射では充分な性能がでないと反論されると、
急にシースパローとか書き加えてたよな。

だから事情を知らない奴が、
スミキンはシースパローと書いてるからその反論はおかしい的なレスつけて、
話がややこしくなっていたし。
(http://toki.2ch.net/test/read.cgi/army/1291930243/734)

 あたりまえだが、『スパローは地対空ミサイルに転用すべきだ』では、私は「シー・スパロー」と書き加えてはいない。そもそも私に書き加える必要もない。スパローは無改修でSAMとして運用できる。シー・スパローと追記する理由はない。
 しかし、734は書き加えたかのように想像している。これは「スパローはそのままでは地上発射できない」という734の思い込みによるものだ。しかし、最初のBPDMSはスパローはそのまま発射するシステムである。734は二重で誤っているのである。


 次は『さおだけ屋SSMはなぜ否定されるのか』について。「エクスカリバーSSMとイランのSSMを書き換えにより意図して混同させた」という点である。もちろん書き換えはしていない。そもそも、これは読み手の誤りである。
735 :名無し三等兵:2011/01/15(土) 17:54:07 ID:???
当初はさおだけ屋SSMはイランが開発したものと似てるとか書いてたしな。
イランのSSMは沿岸レーダーの情報を元に間接射撃するごく一般的なタイプだと指摘されると、
計画だけ」されたものと似ているとか、意味の通らない変な文章にこっそり変えているし。
(http://toki.2ch.net/test/read.cgi/army/1291930243/735)

 735はエクスカリバーSSM(イギリスがつくろうとした、ハプーン地上発射型)と、イランのSSMを混同している。エクスカリバーは英国が計画した物、イランのSSMとは別だ。イランのSSMとして提示しているのは、次の画像のタイプである。http://t0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcTdnY3XIi1IoAHEff5FNoeC8dNIaH5MPTSY9W5jc8GLlXAcMMzEe

 ただ、これは書き手の問題でもある。並列として提示したつもりであったが、説明としても読めてしまう点は、よろしくはなかっただろう。
「実例にしても、イランのSSM、ハプーンの陸上発射型として計画だけされたエクスカリバーも似たような物なのです。」
ではなく
「イランのSSMの実例もあります、またハプーンの陸上発射型として計画だけされたエクスカリバーも似たような物なのです。」
とすればスッキリしただろう。

 なんにせよ、SSM運用に文句をつける人には「対艦ミサイルはレーダとセットでなければ運用できない」という思い込みもあるのだろう。しかし、対艦ミサイルは割と単純で、別に目標をレーダ探知しなければ発射できないものではない。そして強力な軍艦でなければ、LOS発射でも充分である。陸自が思い描いているような運用法、沿岸に近づいた揚陸用艦艇だけを相手にするなら、88式SSMは過剰性能であるという話だ。



 ま、アップした当日には「てにをは」や、文章の並びを弄ることはありますよ。しかし、内容を変えたことはありませんね。変えてもいないものを「変えた」と言うのは、集団ヒステリーのなせる技なのでしょう。
2011.01
12
CM:0
TB:0
01:38
Category : ミリタリー
 戦略論や戦史の類は自然科学ではない。戦略や戦史で得られた理論は、自然科学の法則のような普遍性は持たない。戦略論や戦史の類は社会科学であり、戦争を解りやすく表現したものであり、戦争そのものではない。戦争を表現する上で、価値観によって抽象化の方向性、程度が調節されている。この点を理解せず、観察結果を「自然科学の法則」であるかのように唱えるのは、表現と現実の混同したものだ。

 「着上陸はある」と信じたい人々は、戦略論や戦史が社会科学であることを理解せず、その理論を援用する。戦略論や戦史の理論から、日本への着上陸は可能であると主張するのである。これは、自然科学と社会科学の差を弁えない、戦争の現実と戦争の表現を混同したための誤りである。
 「着上陸はある」と信じたい人々は、戦略論や戦史の類からのイイトコどりにより、日本への着上陸があると言い張る。戦略論の類から引っ張ってきた「集中」や「奇襲」により日本の海空軍力は無効化されると主張している。また、戦史の類から都合よい観察だけを見つけて「経済的依存の否定」を声高に叫ぶ。日本の経済的ポテンシャルや、周辺国の貿易依存についても、戦争抑止の要因とはならないとも主張している。そして、それが今の日本と周辺国の関係で適用可能かどうかを一切考えない。戦略論や戦史の類を、自然科学の法則であると勘違いし、無誤謬であると堅く信じている。しかし、彼らがありがたがる戦略論や戦史の「理論」は、自然科学の法則ではない。社会科学による擬制である。今の日本と周辺国の関係では、あまりにも日本が強力すぎるという現実がある。その現実の前にしては、いくら「理論」を振り回したところで、着上陸は否定されるのである。

 「集中」を頼りしても、周辺国は日本本土への着上陸を行うことはできない。周辺国が空軍力を集中したところで、日本本土の海岸線で制空権を確保し続けることはできない。周辺国の空軍戦力を見れば、日本本土周辺では、大規模な航空作戦はできない。仮に、中国を見てもこのことは明らかである。中国の戦闘機のうち、日本本土を作戦範囲に収めることができる飛行機はSu-27ファミリーだけで約200機。かろうじて航続半径に入るだろうJ-10、約120機を足しても、約320機に過ぎない。数だけを見ても日本側戦闘機の合計、約350を圧倒することはできない。日本側はJADGEによる要撃管制、またSAMによるカバーもある。対して、中国側は実用AWACSを持たず、空中給油機も少ない。周辺国は、集中したところで、着上陸を可能とするほど長期安定した制空権を確保し続けることはできない。

 「奇襲」を頼りしても、周辺国は日本本土への着上陸を行うことはできない。まず、周辺国は秘密の内に上陸船団を用意できない。日本侵攻に必要な戦力や補給物資はどうしても大規模となる。港湾への陸軍、海軍、輸送船、物資集積を隠し通すことはできない。また、出港後に、大規模な上陸船団が日本、あるいは日米の海洋哨戒戦力から隠れたまま日本本土にたどり着くこともできない。日本は実運用数、約60機の固定翼哨戒機を持つ。日本近海は世界最高の配備密度の海洋哨戒網の下にある。「着上陸はある」と信じたい人々は、「演習を繰り返せば」という非現実的な想定を挙げるが、それは不可能である。単純に日本と周辺国の経済規模を考慮すれば、先に周辺国が疲弊する。着上陸を信じる人々は、実例として中東戦争の例を挙げる。しかし、イズラエルとアラブは常に戦争状態であった。普段から国境を挟み睨み合っている。対して、日本と周辺国は国交を結んでおり(台湾、北朝鮮を除く)、友好関係にある(北朝鮮は除く)。しかも、海で隔てられている。周辺国は、奇襲的に日本本土上陸を行うことはできない。

 周辺国は、経済的抑止によって、日本と大規模な戦争を起こすことを躊躇する。経済的に密接な関係がある国家同士には、経済的抑止が存在する。例えば、太平洋戦争にしても、経済・資源的な依存のため、日本はアメリカとの戦争を躊躇している。日本が対米戦を決意したのは、対日禁輸措置や資産凍結のあとである。北朝鮮を除き、周辺国の経済は、日米との交易に大きく依存している。例えば、中国のGDPは約5兆ドルであるが、日米との間の輸出入は5000億ドルである。これとは別に日米から中国への投資もある。これらを考慮すれば、日本と事を構えることは難しい。また、周辺国の交易そのものも、海上輸送に依存している。周辺国が日本との戦争を決意した場合、日本、あるいは日米による海上輸送の停止に直面する。日本周辺において、日本と米国の海軍力優位を覆す力は周辺国にはない。中国の例を挙げると、年間輸出入は2兆ドルである。海洋輸送が止まれば、経済が窒息してしまう。周辺国にとって、日本と戦争することは経済的な破滅を意味するのである。

 以上が「着上陸はある」と信じたい人々がすがる「集中」や「奇襲」「経済的抑止の否定」の内実である。戦略論や戦史の類をイイトコどりしても、現実の前に否定される。戦略論や戦史の理論が有効である範囲を見誤った以上、彼らの語る着上陸の危険性は空論に過ぎないのである。そもそも、戦略論や戦史は社会科学である。因果関係から得られた理論は、自然科学での法則のような普遍性を持たない。「着上陸はある」と信じたい人々は、まずこの点を理解すべきでだ。戦略論や戦史の類は、戦争の表現形式であり、戦争そのものではない。自然科学と社会科学の差に気づかずに、戦略論や戦史の理論をふりまわし、世界の真実であるかのように吹聴するのは滑稽の極みである。
2011.01
05
CM:0
TB:0
23:17
Category : ミリタリー
 中国空母が完成したら、日本も空母建造を決心する。日本は中国に対して、海軍力のアドバンテージを維持しなければならない。

 ここ100年ほど、日本は中国を全く恐れてはいない。日清戦争以前、日本は清を恐れていた。しかし、日清戦争以降、清を脅威と見ていない。その後、民国が成立した後も、新中国が成立した後も、中国は日本にとっての脅威ではない。
 これは、日本人が中国に対し、海軍力でアドバンテージを確保していたからである。日清戦争のあと、日本が清に海軍力でアドバンテージを確保すると、清は脅威ではなくなった。民国や新中国が成立しても、海軍力で日本を脅かさない限りは脅威ではない。民国陸軍や人民解放軍(陸軍)がどれだけ強力となっても、大陸や沿岸に閉じこもっている限りは、日本にとっては脅威ではない。

 日本人は、海軍力で抑えている限りは脅威とは感じないのである。日露戦争でロシア艦隊を破ってから、日本にとっての脅威はアメリカに限られた。第二次世界大戦以降、日米同盟が組まれると、日本にとっての脅威はなくなった。

 しかし、ここ10年ほどの間に、日本人は中国の脅威を感じるようになった。中国の外洋海軍整備が眼に見える形となったためである。中国外洋海軍の成長は、日本人にとっての海軍力アドバンテージを脅かすものに見えた。
 中国の空母保有は日本人の対中脅威感を決定づける。日本人にとって、空母は海軍力の表象である。中国が空母を持ち、日本が空母を持たない。これは、日本人にとって海軍力アドバンテージ喪失を印象づける。
 現状では、中国海軍力の規模が日本海軍力の半分以下に過ぎない。そして、中国空母が出現しても、経験や機材の関係から、大した戦力ともならない。
 しかし、空母出現の衝撃は、日本人にとって確保し続けてきた海軍力アドバンテージ喪失したと信じさせるものになる。

 日本人は、喪った海軍力のアドバンテージを奪回しようとする。中国が空母を持った日、日本も空母を持つことを決意する。中国空母の公試が始まった時か、艦載機の運用を始めた時か、それとも日本に対して見せびらかした時か、いずれの時にせよ、かつての臥薪嘗胆と同じような盛り上がりで空母建造が始まる。