RSS
Admin
Archives

隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

→ サークルMS「隅田金属」
→ 新刊・既刊等はこちら

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Powered by fc2 blog  |  Designed by sebek
2012.09
29
CM:2
TB:0
13:00
Category : ナショナリズム
 中国空母が就役する云々の話がある。軍事バランス云々で、中国空母が気になるなら、日本もCTOL空母風を作ればいいんじゃないの。中国にしたところで「性能よりも、保有していることが大事」と考えている。日本もそれが気になるなら、適当にでっち上げればいいんじゃないのかね。

 中国空母の能力は限定的でしかない。カタパルトがない、艦載機もホンモノではなく陸上機転用、固定翼AEWほかの支援機もロクロクない。この点は、中国指導部も認識している。それでいてなお、保有する象徴的な意義に比べれば大した問題ではないと考えている。こういった内容の記事が、去年のウォール・ストリート・ジャーナルだったかで出ていた。確かに納得できる話。

 中国は空母を持って安心したいんだろ。ゲームの相手である米国が空母を持っていて、中国が持っていないのは問題なわけだ。中国人はそう考えているんじゃないの。近代中国の歴史は、海軍力にいいようにやられた歴史である。海軍力での劣勢はいい気持ちもしない。

 実際、清朝はアヘン戦争以来、列強の海軍力でいいようにされた。清朝再末期には、海軍力を整備した日本にまで負けた。日清戦争では、核心的利益である朝鮮半島も引き剥がされた。

 民国も日米海軍力を前に苦渋を舐めている。あまり知られていないけど、中華民国は、日本の海軍力によりほぼ完全な海上封鎖を受けている。日華事変では、日本は概ね大陸を封鎖したといっていい。

 新中国も海軍力を前に苦渋を舐めた。朝鮮戦争以降、台湾回収は米海軍力により果たせなかった。それ以降、1970年代、ニクソン訪中まで中国沿岸は米海軍力の脅威にさらされていた。当時は、軍需工場を内陸部、成都や重慶に疎開させたほどだ。1996年、米空母機動部隊の台湾海峡突破も、新中国から見れば米海軍力による中国国内問題への介入である。

 中国は米だけが空母を持つことに脅威を感じている。米国が強力な空母を持っていて、中国が持っていないことはバランスが悪い。とにかく、空母がなければ安心できない。核兵器を持てば安心するアレと同じなのだろう。もちろん性能は二の次の話。

 そして、日本がその中国空母が気になるなら、日本もCTOL空母風を持てばいいんじゃないの。「ひゅうが」なり、いま作っている22DDHなり、あるいは商船規格でそれっぽいの作ればイイんじゃない。それで安心できるわけだ。

 艦載機も、ゴスホークあたりなら運用できるだろ。将来安泰かどうか不明なF-35Bとか、大掛かりな設備が必要なF-18と違って、ソコソコの値段で運用出来んじゃないの。サイドワインダーとMARTEクラスのASM詰めればイイんじゃないの。

 中国が空母を持っていて、日本が持ってないことが気になる。それなら、形だけCTOL空母持てば安心できるんじゃないのかね。核だって同じ兵器を持つと途端に安心する。弾道弾でも、対抗手段MDがあるというだけで安心しているわけだ。まあ、核やMDの効果なんてイワシの頭程度かもしれないけどね。安心できるならそれでいいというわけだろ。それなら、中国と同じように空母を買えば済む話じゃないのかね。

 海軍力で劣位に立つのは、日本人にとって恐怖なわけだ。日清戦争以前、清朝海軍力と拮抗していた時期、日本は中国を脅威に感じていた。逆に、日清戦争以降は大陸に脅威は感じていない。ロシアもそうです。日露戦争以前のロシア、あるいは冷戦後半期のソ連は、海軍力で優位に立てないので脅威だった。それが日露戦争、冷戦崩壊以降は、気にする必要もなくなった。海軍力で優位ならなんでもないが、劣位ではないかと感じると気が気ではない。

 日本にとって重要なのは、海軍力での優位を維持すること。そこで空母が気になるなら、日本も空母を作ればいい。財源は、まあ金もないことですから、ゲームで役に立たない陸自を減らすしかない。あるいは、建造費と航空機購入費なら、募金でも募ればいいんじゃないですか。あのなにもない島で10億集まったのでしょうから、空母建造募金でも募ればそれなりに集まるかもしれない。公務員の給料1割カットして建造費に突っ込むやり方も、100年前にやった実績もあるしね。
スポンサーサイト
2012.09
28
CM:0
TB:0
13:00
Category : アニメ評
 放送終了後に口の端に上らなくなるアニメでした。冬コミでは『僕は友達が少ない』一色でしたが、放映後に人気は急落しました。夏コミのカタログをみても大きく減っています。今回は人気の『這いよれ』も、すでにネットでの言及は下火です。放映中には一番人気でありながら、終了後には直ぐに廃れ、凡作になる。この点で両者は共通しています。

 共通するのは、原作を機械的に消化する点です。そこに全体を通じたコントロールがない。本来ならアニメは最終話に向かって作劇します。仲間であれば親密にする。敵であれば対立を進める。よそ者であった主人公が集団に受け入れられる。そのあたりを調整して、クライマックス進むものです。しかしそれがなかった。

 『はがない』は、肉と夜空、小鳥とマリアが対立しながらも、徐々に存在を認めていることを明示すべきでした。机の上にあるものを取ってやる、お菓子を分けてあげるでいい。それを感謝させればいいのです。それがなかった。そしてクライマックスがない。彼らに共通する危機を作って、乗り越えさせる。肉のギャグゲー好きが教室でバレる。小鳩が引っ込みつかない状況になる。部活/部室がなくなる程度でいいのです。

 『這いよれ』も酷かった。ニャル子と真尋の親密さは全く進展しない。後半、キスにより真尋はニャル子を意識しますが、互いに助け合う関係にまでは進まない。最終話、ニャル子は真尋を助けますが、真尋はニャル子を助けない。一方的なレスキューです。クー子、ハス太が加わっても変わりません。本来なら、先行して真尋が3人を救うエピソードを入れ込むべきでした。大体、おッ母さんはともかく、たこ焼き屋のネーちゃんが救いに来たのは蛇足です。最終話の敵も唐突です。敵についても、シリーズ中でリンクさせるべきでした。

 原作完結する前にアニメにした弊害でしょう。でも、それならアニメ最終話にクライマックスを設定して、そこに向けて調整すべきでした。『俺妹』は、中途半端な部分で剪断されていますが、桐野の留学を一つのクライマックスに据えて全体を調整しています。実際には第二話で親爺に認めさせるところでのカタルシスが大きく、バランスはどうかですが、留学に向けて物語を進めている。しかし『はがない』『這いよれ』は全くやっていない。だからつまらなかったわけです。

 細部にも問題がありました。『はがない』では小鷹が集団から拒絶され続けますが、髪の色と容貌だけが理由ではリアリティがない。小鷹が夜空に気づかないこと、夜空も過去を秘する点もリアリティがない。妹の中二病と、マリアは存在そのものがご都合的であり、幸村、理科を含めて振る舞いは戯画的に過ぎます。『這いよれ』では、パロディが無駄です。家庭用ゲーム機事情を開陳する話や、ギャルゲー世界に入り込むTRON的物語では何も変化しません。ニャル子、クー子、ハス太の行動も終始ステロタイプなものでした。

 両作品とも、放映中に人気があったことが不思議です。宣伝先行や、コミュニケーションツールとしての消費でしょう。熱狂的なファンがいるわけでもなかった。オリンピック視聴と同じで「みんなが見るので見た」程度のものです。その場限りであって、見たあとに何も残らない。あとで見直すものでもありません。ですから人気も、その場限りで雲散霧消しました。ネットに残された観想を見ても「◯◯萌え」「◯◯神演技」や「元ネタは◯◯」程度です。

 伝統演劇のようなものかもしれません。俳優を見る道具としての演劇でしょう。俳優=キャラが出てきて、そのしぐさ、衣装に客が熱狂する消費です。絵師先行、声優先行のキャラが動くことが目当てである。ファンは贔屓のキャラを見て喜ぶ。物語や没入感は二の次にされる。そういうアニメです。

 もちろん、好きであることを否定すべきではありません。コミュニケーションツールとして消費されても、売れていることはいいことです。

 しかし、努力の余地はありました。声優先行気味であった『夏色キセキ』は、努力し、成果を挙げています。ヒロインたちがキャフフするだけの作品で、男は一切出てこない。女性だけの連帯関係を強調する、女版ホモソーシャリティ・アニメになっています。しかし最終話に向け、作劇を盛り上げている。大戸島編(仮称)以降は、子供からの決別、成長への受容によりドラマが盛り上がる。クライマックスもアイドルになることではなく、自分たちが前に進むことを決意する点に置いています。商業的なキャフフと、物語としての完成度を両立させることに成功しました。しかし『はがない』『這いよれ』はその努力をしませんでした。

 『はがない』『這いよれ』は衰退期の映画に似ています。惰性で作った、工夫のないクレイジー・シリーズや駅前シリーズです。『はがない』2期とはいいますが、似たようにダラダラやるのでしょう。


 2012年夏コミ、まえがきから。生モノなので公開。
2012.09
26
CM:0
TB:0
13:00
Category : ミリタリー
 面積あたりの配備密度で比較すれば、陸自戦車は明らかに過剰ある。23年度防衛大綱で戦車が400両に削減された。その当時の報道では、陸幕は「都道府県あたり1ヶ中隊も維持できない」というロジックを持ちだし対抗しようとした。47都道府県で戦車400両では、8.5両となる。一見少ないように見える。だが、面積あたりで換算すると、世界最高水準の配備密度を誇る。却ってやぶ蛇になる話だったのだろう。

 日本の戦車配備率は、面積で比較すると極めて高い。国土面積38万平方キロに、今のところ600両、後には400両であるが、1万平方キロあたりで16-11両になる。2012年の実数806両で計算すると22両になる。これは米・露・中印・英・仏・独よりも高い。

 面積あたりの配備率をみると、列強の配備密度もそれほど高いものではない。米国は1万平方キロあたりで6両になる。960万平方キロに、陸軍5850+海兵450両。ロシアは2両にすぎない。面積1700万に陸2800、海軍歩兵150、沿岸防備350で3300両。中国は7.7両。面積960万に旧式戦車含めて7400両。インドは10両、面積320万に旧式戦車含めて3200両。イギリスは9.5両。面積24万に227両。フランスは4両。面積63万に254両。ドイツは9.7両。面積36万に350両。1万平方キロあたり22両の陸自を超える国※ は、列強にはない。

 面積あたりの配備というロジックでは、戦車は過剰という結論しか出ない。日本の戦車配備率は、列強と比較すると最も高い数字という結果になる。

 もちろん、面積あたり配備数は、意味のある数字ではない。戦車は国内にばら撒くものでもない。各国ともホットな正面に配備し、あるいは外征に備えて纏めておいている。面積あたりでどうこうという話にはならない。

 そして同様に「都道府県あたり1ヶ中隊も維持できない」も、意味はなさないのである。

 これは、陸自配備密度についても準用できる。「山陰の配備兵力が絶望的だ」などどいう人もいる。だが、配備密度でみれば、同じように大規模な侵攻もない大国の辺境より配備密度は濃密である。



※ スイスは86両、4万平方キロで344両になるけどね。あの国、軍事上の必要性というよりも、国民皆兵とおなじように執着で維持してるんだろう。国連加盟も婦人参政権も、ギリギリまで認めなかった国だからねえ。

※※ 面積は「国の面積順リスト」、戦車の数は『ミリタリー・バランス2012』に拠った
2012.09
24
CM:0
TB:0
13:00
Category : ミリタリー
 兵器の類もリノベーションのほうが儲かるんじゃないかね。対機雷戦艦艇を見ていて気づいたのだが、後付できるシステムとか、中古艇セールスでのリノベーションあたりでそうとう儲けているんじゃないかな。具体的にはね、40年近く前の、Circe級掃討艇を「装備品を完全にリフィットしました」とかいって、トルコに売っているのね。新品売るのよりも、利益率高いんじゃないかな。

 特にシステム関連で相当儲けているんじゃないかと。ソーナーの類も単体を売るんじゃなくて、システム連接で稼いでいる。MCM用に使うAUVは、どーみてもシステム連接でフンダクれる感じ。サイド・スキャン・ソーナーの画像だけ出ても仕方が無い、LATLONGしか出ないGPSみたいなものだからね。対機雷戦システムに連接されないと、カーナビのように役には立たない。

 コストの過半はシステムじゃないの。予算支出の理由では、サイド・スキャン・ソーナーの性能を示す。しかし、実際の価格は、システム連接のコストが過半を占めているんじゃないかと思うよ。

 まあ、単体性能が優れていても、使いにくければどうしようもない。システム開発とか改修は、ハードと違って見えないからアレだけど。日本でもP-3とか護衛艦とかC4ISRとか、官民ともシステム屋さんが随分と増えている。

 よく覚えていない某所には、若い幹部が一杯いたよ。なるほど鹿屋八戸厚木に若い整備やがあんまいないな、とか、艦艇でA幹B幹が足りないのはここらへんに偏在しているわけだ、とかね。どこの部隊でも見たことないと思ったら、コイツここに居たのかとかありましたから。なにやっているかは聞くもんでもないけど。



2011年08月04日 MIXI日記より
2012.09
22
CM:0
TB:0
10:27
Category : ナショナリズム
 デモはありませんでしたが、中国民衆も相当キてます。先週末16日から昨日の21日まで、「日本人がラーメンを顔にかけられた」長江デルタに行ってきましたが、街頭は平穏平常でした。

 上海では、デモ、暴動の類は見聞きできませんでした。ただし、住民感情が厳しい南京ではデモがあったようです。上海図書館の喫茶スペースで同席した人の話だと「南京ではデモがあったけど、暴動ではない」と携帯の写真を見せてもらいました。その写真では人が蝟集していますが、暴動という雰囲気ではないですねえ。本当なら南京の第二档案館に行くつもりだったのですが、場所柄から今回は取りやめたのですけどね。

 とはいえ、対日感情は平穏ではない。全てのファミマは五星紅旗を揚げており、掲示では「台湾企業です」とエクスキューズしている。呉淞でバスから見かけた日本式居酒屋(このあたり)は、窓に「釣魚島は中国のもの、日帝は恥を知れ」というようなことが書いてありました。地下鉄車内で尖閣関連のニュースを見て、怒りを顕にする乗客。駅の尖閣関連ニュースを見ながら、関係ない乗客が話しあったり、それにガードマンや職員も混ざる。盛り上がりとしては、並大抵のことじゃないでしょう。

ファミマ

地下鉄


 新中国は抗日戦で産まれたのだから、ヒートアップするのも当然です。建国神話として、日本の侵略に対して立ち上がり勝利したのが新中国です。国家も抗日戦映画の主題歌。淞滬抗戦記念館にあった記念帳を見ると、今回のトラブルと日本軍国主義の侵略を同一視しています。

感想ノート


 歴史的にも、中国のナショナリズムは反帝反封です。孫文の民国以来、反帝国主義・反封建主義が行動原理になっている。尖閣諸島で実効支配を行う日本は、中国人には、自分たちの領土を蚕食する行為、帝国主義に見えるのでしょう。

 おそらく、国際法秩序を持ちだしても民衆は納得しない。国際法や国際法秩序は西洋が勝手に決めたものという感覚があるように見えます。19世紀以来、中国を侵略するツールとして使われたような感覚があるのでしょう。ニュースでも、国際海洋秩序が出来る前の実績を持ち出しています。昔、漁ができたところから締め出されるのは納得いかないのでしょう。囲い込みを受けたみたいな感覚ですかね。

テレビ

 考えてみれば、価値のない島で喧嘩してもしょうがないのですけどね。あの島そのものに価値もない。漁場としては価値があるが、200マイルは日中双方に開放されている。日本は200マイルで締め出さず、一種入会のようにしている。海底の深い方にある油田は、採算がとれるか分からない。価値があるとすれば、200マイル内の浅い方にある、大陸棚にあるガス田位だけれども、採算ベースであまり旨みがないのは、春暁ガス田とおなじ。

 あんな島はなければいいのですけどね。そうすりゃ、喧嘩にもならない。いまからでも全部削平してなくしちゃえばいい。中国から核でも借りて、外に漏れないように地下爆発させて島をなくしちゃえばいいんじゃないですか。
2012.09
22
CM:0
TB:0
10:26
Category : ミリタリー
 呉淞には上海海軍博覧館があるのですが、日本人入場不可とのこと。ソ連系魚雷艇の魚雷と発射管を見に行きたかったのですけどねえ。38センチとか45センチの魚雷が楽しみだったのですが、ダメでした。

 入場には、身分証明書が必要なのですが、パスポートを見せたところ「チャイニーズオンリー」とのこと。今回限りかどうかわかりません。行ってみても入場できない可能性があるのでご注意ということです。

 なお、休館日は月火、近くにあった淞滬抗戦記念館も月曜休み。抗日戦関連博物館だと、四行倉庫記念館が外灘のハズレにありますが、そこは金曜午後、1時から4時半まででした。

 ご参考まで
2012.09
21
CM:0
TB:0
13:00
Category : 有職故実
 知らなければ「航海、保安配置につけ」と区切るよねえ。各自、「部署『航海保安』の位置につけ」で、「こうかいほあん、はいちにつけ」なのだが。入隊して2週間だかの候補生には分かるはずもない。

 最初の練習船実習で怒られたのだけれどもね。練習船11号だったか、津久茂瀬戸を通峡する時だったと思う。初めての実習で航海保安を令せよと言われても、それが何かわからない。事前教育で習うのは、面舵取舵ほか、操舵と機械の号令詞と、見張要領だけの状態なので仕方がないのだが。何分隊長だったか、あるいは船長だったかに「そんなことも知らないのか」と怒られたのは理不尽だと思った。

 怒る側は、何が分からないのかが分からないんだろうね。仮に「何で怒るのさ」と尋ねたら、「常識だ」としか言えない。もちろん、海自の中だけの常識なので、入隊2週間に分かるはずもない。艦艇に乗り込んで「狭水道を通る、航海保安、配置につけ」を何回か聞かないと、常識にはなるまい。

 だいたい、号令詞の発音や抑揚なんてOJTでやらないと、教えようもない。教室やグランドで発声させてもあまり意味もない。それを教えるのが練習船実習なので、間違えて構わない。

 とりあえず怒鳴りつけて指導しても仕方がない。怒鳴られていい気持ちもしないが、声の調子なんてどうせ大した過ちではない。放っとけばいいのだけれども。気に病む奴はいる。そういうつまらないことで、江田島をやめちゃうのが何人かいた。

 怒鳴るのが癖の奴もいる。それに気づけば何のこともない。本人も怒鳴るけど別段怒っているわけでもない。慣れればまた怒鳴っている程度にしか感じない。怒鳴られたからといって、何かされるわけでもない。練習艦隊とは違い、幹部候補生学校では殴られたこともなかった。

 怒鳴る人ではなかったが、練習船船長には散々怒られた。苗字が文谷だと、実習員当直士官なんか一番最後になる。一番難しい入港をやらされるわけで、毎回ケチョンケチョンには言われる。もちろん他の分隊員もケチョンケチョンにいう。

 ただ、メシと上陸のケアはしっかりしていた。メシについては「冷えた缶メシなんてマズイもの食うな」と毎回ヤミでフネ給食を食わせてくれた。休養班あたりからヤミで食材を貰っていたのだろう。上陸もそう、泊で外の港に入った時、指導官に言われた翌日作業をやっていると、また怒鳴られた。「折角、外に入港したのだから、くだらないことは放っといて遊びに行け」「翌日の計画なんて、オレが指示する」と怒る。もちろん、翌日になると「昨日は遊びほうけやがって」とも怒られた。

 そういえば、練習艦隊で、帰りのハワイ入港時にも同じ事を言われた。これは怒鳴るのが癖の艦長付(指導官)で、とにかく宿題を持ってくる。ハワイ入校後、ご本尊が出した宿題をみんなでやっていると、「そんな宿題なんかやるヒマがあったら上陸しろ」と怒られた。「いや、あなたの指示ですが」を遠まわしに丁寧にいうと「オレに怒られたって大した事ない。そんなことよりハワイだろ」という。そのあと「もちろん怒るがな」とも付け加えていた。
2012.09
19
CM:0
TB:0
13:00
Category : ミリタリー
 練馬駐屯地って、売っぱらったほうがいいんじゃないかね。

 確かに、東京衛戍とみれば、ロケーションは悪くない。練馬駐屯地は、東京、皇居から見て西北の方向、12kmと至近にある。練馬と板橋の区界で、東上線の東武練馬駅から営門まで500mも離れていない。川越街道に面しており、ほぼ環七沿いでもある。


大きな地図で見る

 しかし、面積が狭く、住宅地が至近であり、弾薬庫の能力も限定されている。

 ます、面積が狭隘であり使い難い。粗な計算ではあるが、0.2平方キロもない。これでは運用に差し支えてしまう。建物を密に配置し、新しい建物は中層化を試みるといった工夫をしているが、充分な面積を確保できていない。営庭は狭く、底辺150m、高さ200mの五角形状である。自動車教習場も、レイアウト的に凹んだ形状をしている。ドンキホーテ側にある自動車整備場も、エプロンに当たる部分は10m程度しか確保できていない。後に述べるが、弾薬庫能力は相当に制限されている。

 住宅地が至近であることも、問題点である。特に地積が狭いため、奥まった場所がない。中心部からでも、200mで民間住宅地である。あまり音を立てることはできない。空砲、偽爆筒といった火工品の類は、日常的に使えない。極端な話、夜の静かな時間帯には、エンジン騒音を出すような自走系装備も動かしがたい。隊歌訓練やラッパ練習の類もためらわれる。号令調整を海式によるやれば、苦情が来る

 弾薬庫の能力も限定される。弾薬庫は南端にある。土堤で囲まれた建物が火薬庫になる。火取法上の保安距離が確保できないので、弾薬収納量(正確には、換爆量)がまったく稼げない。南西端の火薬庫から、至近の市街地住宅まで62mしかない。練馬駐屯地にある弾薬庫は、5棟(1棟は整備場かもしれない)あるが、爆薬に換算して、各棟0.1-0.2トン程度しか収納できない。奥まった1棟だけが0.2で、あとは0.1トンである。小火器弾薬は、庁舎内でも知事認可の簡易な保管庫を設ければ保管できるが、微々たる量だ。

 練馬駐屯地を維持することは妥当ではない。確かに、警備には適した場所にある。しかし、地積が狭く、駐屯地内のどこに行っても、また市街地に近く、訓練には不適である。弾薬に関しても、とりあえずの小銃弾・拳銃弾を保持するのが精々である。

 朝霞駐屯地と統合したほうが効率が良い。朝霞は、同じ川越街道西側で、直線5km程度しか離れていない。土地の面積も、ざっと2平方キロと10倍広い。地積にも余裕がある。体育学校を追い出せば、連隊と師団司令部は余裕で入る。

 朝霞と統合すれば、効率も良くなる。営門、弾庫の警備や、通信、給食、車両整備、受電、ボイラ、燃料・弾薬集積は一つにできる。基地業務隊は一つでよくなり、駐屯地司令も減らせる。

 東京警備への進出も大差はない。皇居まで12kmが17kmとなるだけで、差はない。同じ川越街道沿いで、東上線・有楽町線沿線である。有事や災害時での移動は、同じようなものだ。東京警備の部隊を埼玉に置くという非難も当たらない。そもそも、朝霞駐屯地は名義上、東京都内である。よほど埼玉に行きたくなかったようで、敷地の極一角、正門と本部庁舎だけを練馬区大泉学園として、住所表記を東京に残している。不自然な境界は地図にあらわれている。


大きな地図で見る

 そもそも、陸自は練馬駐屯地も扱い兼ねている。外から見える位置に、維持できない老朽建物が幾つもある。屋根のトタンが錆び、ガラスも破れているような建物である。庁舎新設時に、既存建物撤去費をケチり、あわよくば倉庫として使おうとしたものである。だが、駐屯地を維持する予算を確保できない証拠でもある。今は難しくなったが、財務に特特会計をお願いして、売り払ったほうがよい。
2012.09
17
CM:0
TB:0
13:00
Category : コミケ
 駿河台の、明治大米沢記念図書館にいってみたのだけれども。「準備会に納める見本誌は、準備会保存でここにはない」とのこと。

 しかし、そうなると図書館としての存在価値がねえ。米沢さんの私本、個人的に購入した(献本もあるだろうね)同人誌があるということだけれどもね。同人誌の数も、個人蔵と大差はない。マンガ雑誌等にしても、納本されたものであれば、神保町から三駅離れた国立国会に収蔵されている。マンガの単行本も、NDLにある。サブカル関係もNDLにある。

 しかも、米沢記念図書館は有料になっている。閲覧は有料、書庫内資料を取り出すには1ヶ月入場券(2000円)と、出納チケット(1冊1回100円)。無料で閲覧できるNDLに収蔵された本を、わざわざ閲覧する人がいるとも思えない。

 米沢さんの日記とか、出納帳とか、そういったものでなければ、NDLでOKだと思う。

 価値を出すにはねえ、見本誌を出すしか無いんじゃないですかね。例えば5年経過したものを全部引き取り、10年経過したものを写真複写可とかにすればね。
2012.09
15
CM:0
TB:0
22:33
Category : 未分類
 イラン映画『イラン式料理本』岩波ホールで公開初日に見てきました。感想というほどのことも無いですが「おすすめです」。



 もちろん岩波ホールなので、娯楽大作というわけでもない。お金を掛けられる映画でもありません。ジャギーが分かる解像度、ドキュメンタリー仕立て。しかも、台所で、いろんなおかみさんが料理をしてもらって、話を聞くという、ものです。

 一つのドラマとしての山とか谷とかはありません。強いて言えば、カタルシスは出来た料理が、家族やスタッフに振舞われるところ。何時間もかけて作った伝統的料理が、食べるのには30分もかからない。

 ただねえ、結構面白い。料理そのものではなく、料理の周辺の話とかね。姑の前で「この人にいじめられた」とか「当日に言われて伝統料理できるわけ無いでしょ」といった会話で話が転がる。それぞれの旦那さんに、奥さんの前にさせて「何時間かかったと思う」と尋ねるあたりは、クライマックスに似たものでしょう。

 ただし、オチはあります。その頃には、登場人物(実在の家族だけど)に感情移入しているので、ああと感じます。たしかに、伏線もあったし、流れから見てもそうなるけどねというオチです。

 好感を注げるのは、監督の親爺ですねえ。青いポロシャツを着た、太ったオトッツァン。不器用な親爺で、他の夫婦同様に、「『奥さんに愛している』って言え」と毒蝮三太夫のように指示すると、アワアワしながら口にできない。その代わりとして「妻は持参金、2万トマンだったが、オレは80万トマンのマンションを買ってやった」と強がるのですけど、実は…という部分でしょう。

 話の筋ではありませんが、イランの台所が、結構、近代的というのも意外なものです。都市部高所得者層なんでしょう。しかし、日本のシステムキッチンとほぼ同等の内装・設備、大型の今様冷蔵庫がでてきます。

 逆に、大家族や年寄りの台所は、30年くらい前の、大きな家の設備同等です。日本でも、年寄が30年前に建てた家の台所と大差もないでしょう。ラマダンの宴会料理を作るシーンは、日本の田舎で、お盆や正月に大皿料理を作る姿と変わるところもありません。

 イスラム圏での、普段の女性生活を見ることができる点も、目新しいものです。初日ですので、支配人挨拶がありましたが「撮影はできるのですが、イラン国内では放映が難しい」とのこと。イスラム圏での女性生活に関しては、「抑圧されている」などと色々いわれますけど、映画を見る限り日本と大した差も無さそうです。表で発言が難しいのでしょうが、家庭では結構女性が強い。まあ、あんなものなんでしょうねえ。

 映画では、特に混雑もありません。岩波は、初日に混みあうものですが、今日、14時の回はそれほどでもありませんでした。左右席に座るのが嫌なので、30分前に並んだ(それでも15人くらい居た)のですが、上映直前でも座席は3/5程度でした。公開二日目でもほぼ満席だった『キリマンジャロの雪』よりも面白いのにねえ。
2012.09
15
CM:0
TB:0
13:00
Category : ミリタリー
 コメントに「戦車は水田を通れる」云々があったのが。某さんのアレを鵜呑みにしたんだろうね。でも、スケール感覚がおかしい。そりゃ、1枚2枚なら問題なく通れるかもしれない。でもねえ、水田地帯を1kmも2kmも、戦闘状態で機動していれば、そのうち泥濘に脚取られる。水田地帯は遮るものは何もなく、行動は暴露する。戦車への随伴も、キャタピラ付きに限定される。

 湛水した水田地帯は沼と同じで通行を阻害する。陸自『関東地方警備地誌』(これは公開されている)でもそのように扱われている。勝田にある施設学校に入校したことがあるのだが、そこでも水田は障害として扱われていた。攻撃には通過器材を構築する。防御であれば、氾濫させて障害度を上げるとかね。

 そこら辺はねえ、例の『必要なのか新戦車』をやるときには確認しておいてある。その直前には、某統合部隊にいたのだけれども。当直幹部やったとき、隊本部にいた陸の准尉さん(機甲科)に尋ねてもみたよ。チョット考えたあとに「水田は通れませんね」との事だった。何時かは動けなくなるって。

 いつ脚を取られるかわからない水田で、しかも戦車だけで進んできてどうするのかね。

 しかも、水田ではどうやっても丸見え、暴露してしまう。戦車部隊で脇腹や背後に回りこむのかもしれないけど。無理な機動で突っ切ろうとすれば、脚を取られる車両が増えるだけじゃない。リスクが大きい。防御側の火力により、攻撃が頓挫したら、目も当てられない。なんせ丸見えで、速度も出せない。元の位置に戻ることも難しい。

 随伴歩兵をつけるにしても、キャタピラ履いた装甲車程度。兵員を積んでいても、田んぼでは役に立たない。遮蔽物もなく、ズブズブの田んぼで兵隊下ろしても、役に立たない。装甲車の陰から機関銃を撃つくらいだろ。

 その後も、経路としても使えないよねえ。水田を突破して何をするかだね。水田の中で道を作ってもねえ。地耐力が低いから、砂浜で使うような、ロールに巻いた布系のマット敷いても、部分部分では沈んでしまう。そのマットにしても、相当の長さを持ってこなければいけない。架橋資材を転用するのは、必要な長さは尋常ではないので絶望的です。

 「ベトナム戦争では」というけど、いいとこ取りしかしない。ベトナム戦争で、水田で大機動したわけではない。ベトコンが籠る拠点に対して、歩兵の支援下で水田に入ってソロリと進んだだけの話。相手がまともな対戦車火器を持っていないから可能であったに過ぎない。その運用も、砲台的なものにすぎなかったわけだ。
2012.09
15
CM:0
TB:0
01:04
Category : アニメ評
 高岡書店で『狼の口』4巻(久慈光久)をフライング購入。好きなマンガなので、帰りの汽車で面白く読ませて貰ったのだけれども。

 ちょっと、大げさかなと。そもそも蜂起そのものが、あったのかね?って疑われているスイス建国神話に乗せまくったマンガなんだがね。描写としてのギリシア火とか、溶かした鉛の描写、指火式鉄砲の破裂力とか、弩で地崩れおこすとか、大げさだねえと。

 もちろん、物語内部でのリアリティを壊すようなものではない。その描写によって、『狼の口』が面白く読めなくなることもないけど。

 読後、そのような観想を抱いていたら、物語の構造が『風雲たけし城』と同じと思ったよ。『狼の口』は関所攻略と、そこで起きるイベント描写を見せるマンガなわけだ。代官ヴォルフラムがたけしで、唯一キャラが立っている門番の騎士がストロング金剛なのかね。マンガで、各回出てきて、まず惨たらしく死んでしまうキャラは、たけし城での攻略参加者にあたるのだろう。

 イベントが城の防御設備、ギミックで攻略で起きることも同じ。特に『狼の口』3巻4巻では、主に戦闘が描写の対象となっている。ドラマの多くも、戦闘というイベントで進行する。その戦闘は盟約者団に拠る攻略戦であるが、敵はハプスブルグ兵というよりも、防御側のギミックだね。超えることができない跳ね橋、鉄格子攻略立ちはだかっている。この点も、『狼の口』は『たけし城』と同じ。『たけし城』でのイベントも、ほとんどは「悪魔の館」や「竜神池」ギミック攻略であったわけだ。

 さらに大きく見れば…、なんだろうね。竜退治の物語なのかな。多くの血を流して竜を倒す。話の筋からすれば、ヴァルターは最後の犠牲者になるんだろうねえ。







 以下、ネタバレ。

 代官ヴォルフラムと、ヴァルターの一騎打ちのいいとこで終わり。マイニングで侵入した盟約者団とハプスブルクの戦いは、白色彗星帝国攻略戦そっくりです。ただ、そこで瀕死の、水を望むハプスブルグ兵もまた人間として描かれているのはよかったですよ。水を飲ませたヒルダが、その兵が最後の力を振り絞って放った弩で殺される無常感もなかなか。
2012.09
14
CM:0
TB:0
13:00
Category : 中国
 櫻井よしこさんがサンケイに載せた「未来開く大戦略語れ」※ なのだが、気の長い話。
台湾の現状は危うい。2040年頃には西太平洋とインド洋から米海軍を排除するとの長期戦略を描く中国は、異常な軍拡をいまも続行中だ。
 [略]
にも拘(かか)わらず、米国は台湾の求めていた最新鋭戦闘機F16C/D66機は売却しないと決定した。米国議会は、中国への過剰な配慮を反映したこの決定が中国を誤解させかねないと激しく批判したが、中国はさぞ、自信を深めていることだろう。

 …2040年の話をいましてもね。1970年代初頭に「このままでいけばソビエトの海軍力は2000年には米海軍を追い抜く」って言っているもので、現実味はありません。あるいは、今の日本で「2080年には財政再建できます」と言っているようなものでしょう。中国も順調に軍拡が続くかは怪しいもの。軍拡が続けば、周辺国も対抗する。そうなると、逆にインド洋でも西太平洋でも、軍事的に封じ込めされる可能性もあると思うのですけどね。

 櫻井さんは、兵器の数が少ないことだけで、国が滅びると考えている。これは100年前の、ワシントン&ロンドン条約を批判した悲憤慷慨家と同じメンタリティーです。軍備の中で、正面戦力の一部である主力艦・補助艦について、対米7割になる程度で日本が滅びると主張するようなものです。

 あとは、台湾への過剰な思い入れでしょう。櫻井さんは、事あるごとに台湾を持ち上げ、新中国を貶します。台湾は、ついこの間、戦争に負けるまでは日本領土でした。その意味で、ナショナリズム的な領土感覚、自己の肉体であるかのように錯覚が、櫻井さんにはまだ残っているのです。

 両者が合わさって、台湾が危機であると主張している。台湾にF-16×66機を売却しないと中国が強大になり、台湾は押しつぶされるという危機感と意見表明になっているわけです。

 でもねえ、余計な焦燥感じゃないですかね。

 当座、新中国は台湾回収をするつもりもない。回収するとしても、新中国は経済成長で自信をつけている。突発的な事態でも無い限りは、新中国は無難な平和回収を選ぶ。平和回収であれば、中国国内、海外諸国、そして回収される台湾にも角は立たない。

 台湾防衛への関与を急ぐ必要もない。今、中台の両岸関係は安定している。新中国も、今日明日に台湾を回収するつもりもない。米国も中国とは商売をしている。その機嫌を、商売を損ねてまで、台湾に戦闘機を売る必要もない。雲行きが怪しくなってから、その時、最新鋭か、最新鋭であるが旧式を装ったタイプを売ればいい。

 そもそも、台湾向け武器輸出を全部止める話でもない。中国にしても、米国との商売は大事であって、中台関係でぶち壊したくもない。実際に「防衛的な武器であれば構わない」とも言っており、米国製武器や技術は相当に台湾に流れている。F-16を66機どころの話でもない。

 そのあたりを言及せずに「2040年頃には西太平洋とインド洋から米海軍を排除するとの長期戦略を描く中国」といった、どうなるかもわからない与太話を元にしても、意味のない話ですね。

※ 櫻井よしこ「未来開く大戦略語れ」(2011.10.13、サンケイニュース)http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111013/plc11101303100004-n1.htm ただしリンク切れ。
アーカイブとしてhttp://jinf.jp/articles/archives/6092に全文掲載


2011年11月01日 MIXI日記より
2012.09
12
CM:0
TB:0
13:00
Category : ミリタリー
 戦時最末期、鋼材や生産力不足で瀬戸物の手榴弾が作られたが、それとは別物。

 昔の『水交』を読んでいたところ、写真とともに発見。記事中では、詳細は述べられていないものの、昭和26年頃、日本は磁器で機雷を作ろうとしていたらしい。戦前から戦後まで、日本での機雷関連権威であった田村久三さんが着想、音頭をとっていたように述べられている。

 記事中では「ポーセレン機雷」とされていた。写真を見ると、機雷缶体が磁器で作られており、割れやすいのを保護するためか太い縄で編んだ網で包まれている。『ぐりとぐら』に出てくるような、大きなワイン瓶の下部が網で保護されているアレと同じ扱いになっている。

 ただ、磁器で作る理由がハッキリしない。

 実用磁気機雷は、鋼製缶体で差し支えないことは分かっていた。戦争初期、磁気機雷は非磁性のアルミで作られていたが、戦争中番には、英国が普通鋼材で磁気機雷を作らるようになった。戦争末期に、日本内地に航空敷設された米国製感応機雷は鋼製である。材料節約にしても、磁器も高く付く。金偏景気の真っ最中であってもそれは変わらない。

 計測や実験に使う缶体であったとしても、非磁性材料として磁器を選ぶ理由がわからない。加工が容易なアルミ、あるいは青銅といった非磁性材料で作った方が良い。水密を問われないのであれば、ゴムでも木材でも構わない。焼結後の加工が難しい磁器をつかう必要がない。

 あるいは、昭和16年の誤植かもしれない。磁気感応機構についての話に出てくるのだが、昭和10年代の話をしていて、この機雷の話になり、次に昭和20年の磁気爆雷に繋がっている。昭和16年であれば、非磁性材料として、金属そのものではマズイと考えたのかもしれない。

 しかし、昭和16年だと田村さんの所在と平仄が合わない。田村さんは、戦争直前に欧州で駐在武官をしていた。昭和16年に英米戦が始まってから交換船、あるいはシベリア鉄道等で戻ってきたはずである。それであれば、昭和16年は厳しい。

 また、昭和26年だと日本は再独立していない。その状況で、海軍兵器の開発が許可されるかどうかは怪しい。

 セトモノ機雷があったことは、おそらく間違いはない。「ポーセレン機雷」という呼称と、その写真、田村さんの発想とする由来説明に疑うところはない。しかし、実用機雷であったのか、それとも実験用であったのか、あるいは戦前昭和16年の誤りであったかについて、今のところ確認はできない。

 仮に実用機雷であったとしても、実用性は疑わしい。製造できる缶体の大きさに限界がある。焼いたあとにも加工性が悪い。穴を空けることも難しく、蓋をするのも難しい。麩糊と漆で止めたり、馬蝗絆のように鎹を打つのでは生産性が上がらない。そもそも、破損しやすい。割れやすいので、まず航空投下は難しい。そもそも普段の輸送・搭載でも割れてしまっただろう。
2012.09
10
CM:0
TB:0
13:00
Category : 有職故実
 自販機の勢いは70年代ではなかったか。当時は色々な自販機があった。飲料やタバコだけではなく、そば、ハンバーガー、カップラーメン、アイスクリーム、パン、週刊誌の販売機があった。

 日本そばの販売機は、今は見かけない。一応残っているようだが、身の回りにあるものではない。記憶では、カップを落として、電子レンジで温まったソバが落ちて…と捏造されていた。だが、実際には事前準備された丼に熱い汁を掛けるだけのものだった。

 ハンバーガーの自販機は、ベチャベチャしていて食えたものではなかった。昨日の天ぷらを電子レンジに入れたのと同じなのだろう。オーブンで焼けばいいのだろうが、時間がかかってしまう。待たせるわけにもいかないので電子レンジなのだろう。

 カップラーメンの自販機も見なくなった。カップヌードルがポコンと落ちてくるだけ。別にお湯の供給機構とフォークと割り箸が出せるようになっているだけだった。

 その他、アイスやパン、週刊誌の自販機があった。アイスは、サンプルが放射状に並べられていた。パンの販売機は駅でたまに見かける。ガラスの向こうにある実物が、スクリューで押し出されて落ちてくる仕組み。週刊誌の自販機は見なくなった。ものによっては、昼はフィルムで隠されており、夜、内部が点灯した時だけ見える仕組みになっているものもあった。

 このような自販機は、コンビニ登場とともに駆逐されていった。コンビニが24時間営業となると、品揃えや品質で太刀打ちできなくなったのだろう。今はタバコの自販機が駆逐されようとしている。タバコを子供に買わせない、その運動で将来が絶たれた。

 タバコ自販機はタスポで生き残ろうとした。だが、コンビニならタスポはいらない。そのうち、タバコ吸いもタスポを持たなくなった。タバコの自販機はいずれ滅びるのだろう。今、自動車の免許証や顔認証でも※ と努力している。だが、時代の流れには逆らえない。禁煙化と、未成年喫煙への締め付けに抵抗できるものでもない。



※ 早稲田鶴巻町で発見。
2012.09
08
CM:0
TB:0
10:28
Category : ミリタリー
 10式戦車に必要性はあるのかね?

 ゲリラの類を相手にするのに「10式が必要」は無理があるだろう。2013年度の概算要求(防衛省)※が出たのだけれども。毎年のことだが10式戦車は「特殊部隊攻撃等への対処」として挙げられている。「(4)ゲリラや特殊部隊による攻撃、大規模・特殊災害等への対応等」のうち「特殊部隊攻撃等への対処」であり、その中でも「ゲリラや特殊部隊の捜索、重要施設防護」とされている。対上陸戦でも対戦車でもない。

 しかし、戦車は捜索にも防護にも向いたものではない。神出鬼没のゲリラ・コマンドに対応できるものでもない。戦車はやかましく、視界も狭く、ゲリラの類を捜索するには向いていない。重要施設防護にしても、掩体や装甲車で済むものに戦車を置くのは不経済極まりない。

 そもそも、ゲリラや特殊部隊との戦闘に、大火力・機動力・防護力は必須ではない。大火力、機動力が必要とされないのは論を俟たない。防護力はあるにこしたことはない。しかし、小火器に防護できれば充分である。軽装甲機動車でも構わない。対戦車火器が気になるなら、気になるなら、96式装甲車に網でも柵でもつけて、HEAT避けにすれば済む。そもそも、身軽が信条のゲリラやコマンドは大した対戦車火器を持たない。

 ゲリラ・コマンド対策では、10式である必要がない。「10式が高性能である」ことと、「10式が必要である」ことは別個の話である。90式に較べ、スペック的に性能は向上したかもしれない。しかし、冷戦崩壊以降では屠龍の術である。上陸戦以下の戦い、低強度のゲリラ・コマンド対策で必要な能力ではない。

 ゲリラ・コマンドがどれだけ発生するかも怪しい。日本でコマンドが大挙侵入するのか、大規模なゲリラが発生するのかを考えれば、結果は否定的になる。日本に、コマンドが大挙する見込みもない。地続きの隣国を持たず侵入しがたい。言語は孤立した言語であり、習熟は難しい。集団の同一性が高いので、溶けこむことは難しい。ゲリラも発生する見込みがない。社会に対してそれほどの不満はない。地域対立も階級対立もなく、土地開放に至るような地主支配もない。

 ゲリラ・コマンドの脅威を煽る人々は、朝鮮半島の例を挙げる。しかし、あれは元々内戦である。コマンドを送り込むことは容易である。DMZができるまでは、境界はあってないようなものだ。同じ民族であり、言語や習慣でも互いに溶けこめる。そもそも、韓国には北から逃げてきたキリスト教信者や小資本階級が多く、北出身の雰囲気があっても怪しまれることは少ない。ゲリラについても、北から流れてきたものではない。韓国内部に抱えていた問題が太宗である。韓国内部にも地域対立や階級対立があり、土地開放前では地主支配への抵抗といった、ゲリラの素地※※ があった。内戦は朝鮮戦争以前からあり、世情も悪かった。

 結局、10式戦車を整備する理由がない。日本本土への上陸戦がないことはコンセンサスである。頼みのゲリラ・コマンドにしてもそれほどの規模は来ない。そもそも、ゲリラ・コマンド相手に10式戦車は必須装備でもない。「10式が高性能である」ことと、「10式が必要である」ことは全く別である。使い方は90式と同じであり、使い勝手も大差ない。

 いずれは、ゲリラ・コマンド対策も行き詰る。そのとき、新戦車調達の理由付けはどうするのかね。テロ対策とでもするか。それともその前に調達が中止されるのかね。


※ 防衛省防衛政策局防衛計画課、経理装備局会計課「我が国の防衛と予算 -平成25年度概算要求の概要」(2012.9,防衛省)http://www.mod.go.jp/j/yosan/2013/gaisan.pdf
 事業の中に、新多用途ヘリコプターが入っていないのは、急遽抜いたのだろうね。

※※ 北朝鮮でも、キリスト教や商人が体制と対立していた。多分、ゲリラも発生していたのだろう。
2012.09
07
CM:0
TB:0
13:00
Category : ミリタリー
 射撃の話で思い出したのだが。

 9mm拳銃には安全装置がついていない。「ダブル・アクションでトリガー・プルが重い。だから、薬室に弾が入っていても問題はない」とする設計思想による。

 あるいは強いて言えば、撃鉄と開放レバーが安全機構の一部を代替しているともいえる。今から撃つよ、というときには撃鉄を起こしてシングル・アクションにする。結局撃たないなら、撃鉄開放レバーで、ダブル・アクション状態にする。ダブル・アクションなら、まず暴発、不時発火はしない。

 ライフルもそれでいいんじゃないかな。もちろん、ライフルはダブル・アクションではなく、トリガーもソフトタッチなので別の方法になる。小銃とか機関銃の類は、安全装置なくとも、薬室を空にしておけばよくないかね。必要になったら、尾栓を引いて弾込めしても充分に間に合うよ。

 市街戦等の例を引き「咄嗟の射撃云々」というかもしれない。しかし咄嗟の動作としても、大差もない。安全装置を外すのと、尾栓を引っ張るのに掛かる時間も動作は同じようなものだ。

 だいたい、安全装置はそれほどセーフティーではない。3年に一回、猟銃等講習に行くと「毎回安全装置を過信するな」と言われる。教本にもそう書いてある。安全装置といっても、構造的にはトリガー動作を止めるものであって、撃針を拘束するわけではない。

 私物のライフルだと、安全装置なんか使ったこともない。ボルト・アクションなので、銃は使う時までボルトは嵌めていない。使う段になってからボルトを嵌めて弾を込めて撃つ。射撃をやめるときには、弾を抜いて、ボルトも抜く。安全装置はついているが、使ったこともないし、別に必要ない。

 だいたい、撃張は簡単に落ちる。若いころ、弔銃射撃の指揮官をやったとき、不時擊発を出したことがある。お稽古での射撃で不発が出たが、儀礼なので故障排除はしない。そこで立銃を令したときに、撃針が落ちて「パン」となった。海式立銃は挙動「1・2」で、銃床を地面にカツンと落とす。※ 叩きつけるものでもないが、それなりに衝撃を伴う。その衝撃で撃針が雷管を叩いたのだろう。

 安全装置よりも、1発目を抜いといた方が安全である。特に自動銃なら、初弾装填が容易である。ボルトを一回引くだけで済む。自動銃での初弾装填と、安全装置解除は、時間的に差はない。

 ただ、戦闘間での銃の安全確保では、薬室開放は安全装置よりも面倒くさい。今装填されている弾を抜き出す必要がある。弾倉を抜いて、尾栓を引っ張る必要がある。とはいえ、そういう合間、合間に、弾倉を新しいものに交換しておくものだから、実際に、実用上でも差は出ることもない。

※ 陸空は「1・2・3」て、2で銃床を着地寸前まで持って行き、3で静かに降ろすという。
2012.09
05
CM:0
TB:0
13:00
Category : ミリタリー
 大戦型米魚雷の問題点は、Mk6磁気信管固有の問題ではない。大戦中に使用された米潜水艦用魚雷は、不発が多く欠陥品扱いされていた。実際に不発は多く、甚だしい例では、同じ船に16発命中させたものの、発火したものはたった2発という例もあった。この原因は、Mk6磁気信管の問題に帰されることがおおい。

 ただ、大戦中に使用された米潜水艦用魚雷不発の原因は、馳走深度にも問題があった。磁気信管にとって適切な深度では無かったことが、不発の原因となっている。降幡武さんが訳した「第二次世界大戦中の米国の魚雷」では、そのような主張がある。

 米潜水艦用魚雷は、深めに航走していた。深度計の調整によるものであるが、Mk10魚雷は4ft深く、Mk14では10ft深くなる傾向にあった。特にMk14は、炸薬をTNTからトルペックスに変更した際、装填量も500ポンドから650ポンドに増加した。このため、頭部が重くなり、もともと下に進む傾向が出たとも述べている。魚雷はジャイロと深度計と舵機を組み合わせ、一定深度を保つフィードバックが組み込まれている。だが、舵角で修正できないほど沈み込んだあとは、当然、設定した水深は保てない。

 この場合、Mk6磁気信管は、発火に必要な磁気を感知できなかった。「第二次世界大戦中の米国の魚雷」は、そのように主張している。Mk6信管はMk10、Mk14両魚雷に使用されていた。しかし、両魚雷が設定より深く潜る傾向にあった。このため、想定した距離から離れていたため、受磁レベルが小さく、発火に至らなかったケースがあったと述べている。

 磁気信管である以上、磁気が弱いと動作しない。単純に、磁気の閾値を使用した場合には、Mk6が正常動作しても磁力不足で発火しない。原理として磁場逆転を利用しても、受磁が閾値に達していない場合には発火に至らない。

 また、Mk6磁気信管は、短い航走距離では安定せず、早期発火を起こす傾向にあった。450から700fts(射距離がヤード、ydsでないことは不自然である)で使用すれば安定し、早発はなくなると述べている。Mk6は真空管使用の磁気信管である。おそらく、真空管の予熱あたりに問題があったのだろう。

 不発は、Mk6だけの欠陥ではないということである。世情では「米魚雷が動作不良となった、全て磁気信管にある」と述べられることが多い。しかし、魚雷そのものの深度調定や、発射距離にも問題があった。Mk6固有の問題ではない。
2012.09
03
CM:1
TB:0
13:00
Category : 有職故実
 自衛隊官舎には指揮官官舎というものがある。所在部隊の指揮官、将官・1佐あたり向けの官舎。威厳を示すためか、床面積が2倍3倍もある。昔は一軒家もあったが、土地が無駄だということになった。今は集合住宅以外には建替えが認められていない。だが、それでも床面積はそうとうのもの。

 この指揮官官舎だが「自腹で入れ」というと誰も入らない。面積と減価償却で、新築だと月13万とかになる。官舎ごときに13万も払う奴は居ない。戦闘部隊、航空隊の司令や飛行隊の隊長といった実働部隊の指揮官だと無料になるのだが、世の中には非戦闘部隊の指揮官も多い。その人には自腹を払わせる。安けりゃいいのだが、時には高い官舎に、しかも無理矢理入居させる結果になる。さて、誰のための指揮官官舎かね。

 ある部隊で、定年前配置の将補ドノが「指揮官官舎なんて頼んでないぞ」と言った。それは当たり前の話。その人、まず近所に新築で家を建てている。「家のローンがあるのに、13万の官舎に入れというのはどういう了見か」とね。

 官舎は厚生科所掌で、役所特有の自転する論理で官舎を建てる。しかし13万円官舎が埋まるはずもない。だから因果を含めようとする。上の部隊や先輩期あたりから「指揮官が入らんと何のために建てたのか」と圧力を掛ける。でもねえ、人の財布に手は突っ込めるはなしではない。大抵もめる。

 その指揮官が、入居したかどうかは忘れた。ただ、厚生が「入居してくれないと、監査で叩かれる」とか情けない泣きをを入れていたのは覚えている。

 でもねえ、指揮官は結構単身が多い。晩婚化もあって、子供も受験のお年ごろと行ったケースも多い。親の介護というものもある。家族は帯同しないほうが普通になっている。

 社会が変化しているのに、家族帯同前提の官舎整備は時代から外れている。官舎も、埋まるのは単身独身官舎から。下手に広い官舎をあてがおうとしてもむしろ断られる。それにも関わらず、古い官舎を壊して、同じ間取りの100平米150平米の官舎を再生産しているのもマヌケな話。

 国や共済がやると一事が万事こう。国の厚生事業は隊員を財布としてしかみていない。無理矢理に官舎に入居させて金を取ることしか考えていない。共済組合は寄生虫そのものでもっと酷い。抱き合わせその他で月々の支払を増やすことしか考えていない。

 官舎もやめたほうが良い。官舎は人気がない。まず安くない。国設宿舎、共済組合特借のいずれも、地方では価格競争力がない。面積や間取り、内装、立地条件で民間に叶わない。営外居住下士官は、「官舎は最後は高く付く」と民間に入居する。

 特に防衛省共済組合は酷いもの。共済官舎は金をとることしか考えていない。駐車場料金や、芝刈り費用、レンタル家具の抱き合わせをやっている。退去時には強制壁塗そのほかで結構ぶったくられるもんだ。
2012.09
01
CM:0
TB:0
13:00
Category : ミリタリー
 特科はもっと削っていいんじゃないかね。

 陸自砲兵である特科は、火砲とMLRSをあわせて約700門・両を擁している。対艦ミサイルを抜いた編制で見ると、陸自は4連隊、2特科群、3特科隊、9大隊を編制している。大隊数で勘定すると48ヶ大隊(対艦ミサイル除く)になる。

 将来的に400門になるといっても、まだまだ削減する余地はある。400門態勢では約30ヶ大隊になるのだろうが、今の御時世にはそれでも多すぎるように見える。基本、特科は国内での対上陸戦程度しか使えない。その本土への対上陸戦は、まず起きる見込みもない。対上陸戦のために念をいれて保持する、技術伝承を図る、ひょっとしたらの海外派遣を考慮するとしても、30個大隊も必要ない。

 前に書いたように、特科は使い道が少ない。今、陸自が押している島嶼防衛/侵攻、ゲリコマでも使い道がない。海外派遣でも使い道もない。

 特科はもっと削り代がある。陸自全体を師団・旅団を5個くらいまで削減して、それぞれに1ヶ大隊。軍砲兵として北海道と九州に1ヶ大隊。特科教導隊1ヶ大隊で、8ヶ大隊位で充分じゃないの。後は油漬にしておけばいい。大砲そのものは進歩も緩慢だから、あと100年は使えるよ。

 そうすれば、人員も相当に削減できる。1ヶ大隊あたりの所要人員を、大隊の外にある観測や段列所要や通信所要を含めて400人程度とみると、特科の関連配置で2万人はついている計算になる。今の計48個大隊を、10ヶ大隊以下に削減すれば、5000人程度まで減らせる。1万5000人を減ずることができる。終身雇用分も、転用は容易だ。特科は優秀で数理系に強いと言われている。数理や会計、計量や予量の仕事に回すこともできるでしょう。

 そもそもの特科の無駄としては、特科連隊や特科群かね。どっちももいらない。大隊以上の司令部他の組織は使うことも少ない。幕府陸軍では砲兵は大隊までで、連隊はなかった。連隊で行動することはないからという理屈だったらしいが、それは今でも同じ。特科を連隊、群で使うこともない。よほどのことがない限り、特科は集中運用されない。それこそ、特科が主力となるような要塞への攻城戦、コレヒドール攻略みたいな事態でもなければ、分散して使用される。

 分散使用された時に、連隊や特科群はあまりやることもない。連隊本部には、けっこう人がいる。連隊長以下、幕僚と、それを手伝う小幕僚、本部付がいる。いずれも階級は高めであり、給料も高い。連隊を省けばポストを減らせる分、人件費も節約できる。

 陸自の特科に限ったことではないけど、1佐だらけの軍隊は、公用車ひとつ見ても金がかかってしょうがないからね。