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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2012.12
14
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TB:0
22:36
Category : ミリタリー
 好きでも嫌いでもないのだけれども。軍事評論家の某さんが北朝鮮のロケットの話でラジオに出ているのだけれども、なんつーか、言っていることがミクロの話ばかりでねえ。エンジンがノドンだろうがムスダンだろうが、そんなのどーでもいいじゃん。

 軍事の話をするにしても、それによって、北朝鮮を取り巻く軍事環境がどう変わるかを述べるべきであって「回収できたので技術水準が分かる」なんて話はどーでもいい。わかったからどうなるもんでもない。

 アレは、念願の米本土に到達するロケットが作れたって意味と、人工衛星にできたので、非難しにくかろうといったあたりがメインじゃね。米国にとっては大事だけれども、日韓にとっては軍事的な脅威の大した上積みにもならない。日本にとっては、今でも射程内なんだから、大した上積みでもない。韓国にしても、短射程ミサイルや火砲にコンマ1%以下の上積みにしかならないので、あんま問題はない。

 政治的効果の話もしない。米国にとっては、米本土に届くミサイルを作られたことは、心理的な脅威になる(命中精度なんてどーでもいい)わけだ。けれども日韓にとっては、あんまりね。北朝鮮の体制の権威があがったとか、ミサイル技術が上がって、重いもの、まあNBCが積めるようになると困るねといった潜在的な話にすぎない。あるいは、北朝鮮の脅威が上がることにより、米国を日韓に引き込めるようになったみたいな話をすべきじゃないのかね。

 北朝鮮にとっては、前の軽水炉と同じ政治的な駆け引きの道具ができたねとかもあると思うんだけど。イージスがどうとか、EP-3がどうとかといった、本質から離れたミクロの話しかしないのがねえ。

 アレ、ミクロにこだわるあまり、物事を抽象化できないモデラーの話、件の「10式戦車がないと亡国」みたいな、全体を俯瞰しないどーしょうもない話そのものだと思ったよ。




うん、ラジオを聞きながらコミケ作業していてね。そういう話をしていたので、聞き取りながら書いてみたのだけれども。ラジオで話が終わって3分くらいでアップってできるもんだね。
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2012.12
14
CM:0
TB:0
19:54
Category : 映画
 コミケの作業で、BDとかDVDかけっぱなしにしていて、『肉弾』見ていたのだけれども。シガラミで自爆テロしなければならないヤクザの映画とかどうかね。「昭和44年、九州のヤクザの平均寿命は88歳だった。平成24年には44歳、その差44歳…昭和44年生まれのあいつも44歳」みたいな映画作らないかね。

 自爆テロが当たり前になった北九州の町で、組長とのシガラミでテロに志願した「あいつ」の物語なんだが、最初の決別の宴の段階で、組長の若い女房があくびしているみたいな映画。

 訓練キャンプで「この空気に耐えられない」と若いヤクザが「あいつ」から拳銃を奪って頭に当てて引き金引くけど不発。返してくれよと手に戻して、「爺さんが、朝鮮戦争の時に誤魔化したリボルバーだからな」みたいな言い方で、もう一度引き金を引くとズドン。若いヤクザが腰抜かすシーンとか。
 業務用のバンに、灯油缶とANFOを積めるだけ積んで街を流して、敵対幹部の車の脇で発火させようとするんだけど、4ナンバーの悲しさで、必死に走っていて追いつけないとか。首尾よく追いついたら出迎えの空車だとか、後少しのところで信号が赤に代わって、思わず止まってしまって、赤面するところとか。追いついたと思って点火準備をしたら、小倉駅前で通学の小学生を見てしまい、どうしても発火できないとかねえ。

 埠頭そばの埋立地での密航立会を嗅ぎつけて、首尾よく仇の車が隣に停まったその瞬間、手打ちのを知らせる電話が入ってくる。緊張の糸が切れて、リクライニングして、オピウムか何かを摂取して寝てしまうのだけれども、サイドブレーキが入っていなくて、水切り勾配のせいで、車が海の方にズルズル…
 どっちかというと、中東のゲリラ向けの話なのかね。これなら、アラブ・イスラム・西欧のどちら様にも角が立たない内容になると思うんだけどね。



 ま、冬コミまで当分はこんな内容ですね。なんせ12月の分はだいたい書きためたヤツです、ハイ。
2012.12
14
CM:0
TB:0
13:00
Category : 有職故実
 すしを1貫、2貫なんて呼ぶのは最近のことじゃないかと思ってさ。
というのも、

「黒田のお殿様が16文しか持たないで屋台のすしを食べに出た。
 1ヶ8文のすしを4ヶ食ったあとで
 『1ヶ4文だと思っていた、金はねえ』といって
 『すしの値段もしらねえのか、この唐変木奴』
 といきり立った職人の客と殴り合いの喧嘩」

という話が篠田鉱造の『明治百話』にあったはず…という記憶からなんだけどね。ただね、家で調べたのだけれども。岩波の上巻に記載がない。そして、下巻が見つからないのよ。確か下巻にあったはずなんだが。

 ともかくね、篠田鉱造は、すしを「ヶ」で数えていたのだよ。貫ではなかった。だから、「すし 貫」というのは昭和に入ってできた言葉じゃないかなとね。

 そこで、すしの数え方をググッたら「やっぱ最近だよ」http://www.benricho.org/kazu/column_sushi-5sakka.htmlが出てきた。やっぱり、ひとつふたつ、いっこにこ、だよねえ。

 そもそも握りずし自体がここ最近、200年程度しか経っていないのに、由緒ありげに「貫」なんて新しい助数詞を作るのは、権威づけなんでしょう


2009年11月10日MIXI日記より