Category : ミリタリー
A幹は江田島で幹部候補生を1年、そのあと練習艦隊実習幹部を半年やるのだが。一般大出の2課程では、お上手なのが外語大あたりだった。東京大阪だけではなく、語学やってたのがわりとイイ感じで成績優秀者になったよ。
今様に言えばコミニュケーション能力が高いとでもいうのだろうね。実際に学科成績も良いから、序列トップになるんだが、練習艦でも副長あたりと上手くやっていた。別にそこには恨みもないのだけれどもね。
逆に、早大はエライ目にあっていた。練習艦隊で、なぜか後列に並んでいるのに殴られるとか、副長に目をつけられるとか。早大は己のほか3人、別に名誉早大あつかいの慶応出がいた。まあ慶応というよりは、自分の好きな事しかしないあたりのボンクラ具合が早大風だった。自分の好きな事しかしない。あまりいうことは聞かない。
なーんか馬鹿馬鹿しくなってくんだよね。特に練習艦隊の指導がどうしようもなく見えてしょうがない。それが顔に書いてあるから、殴られるんだがねえ。副長に「まともな評価されると思うなよ」といわれたよ。
己は傍観者の面だったんのだろうね。精神教育※ とか追い詰める指導とか、端から無視していた。いきなりアレコレやれ言われるのだが、いきなりは出来ないのが当たり前だと思っていた。できなくて叱責、人によれば罵倒されても「だから何だ」と思ってた。
あとの連中見ても、似たようなものだった。酒のんで暴れるとか、矛盾してんじゃないのと反論したりね。副長に思っていることを自由に好きなこと書け、そう言われたので、好きなように書いたら、3人で順番で呼び出されたよ。己はそう思ったので書いたといっただけだったが、某は矛盾してますねと一言したらしい。
次やったら丸坊主だぞと言われたので、だからどうしたと、イヤガラセで先に2人丸坊主にしたりね。どうせ髪なんて航海中に伸びるし、外出るときは帽子かぶるし、何のこともない。
まあ、傍観者やったお陰でねえ、おべんちゃらを使うのはよく見えた。追従するタイプには、わりと地域性があって、官尊民卑で有名な北国の防大出身とか、外交官試験落ちたみたいなタイプが結構媚びを売っていた。
練習艦隊だと、実習幹部は4層分離している感じだった。自分を律し努力を厭わないタイプと、他人を出しぬきおべんちゃらで逃げるタイプ、人並みに(相当の)努力して無難に過ごすことを選ぶタイプ、どーでもいいやというタイプ。まず、江田島で半年たったあたりで1・2課程は完全混交するのだが、それでも自律タイプとおべんちゃらタイプは一般大より多かった。
自分を律し努力を厭わないタイプは、やっぱ立派だった。あまり成績はよろしくなかった御仁なんだが、彼に叱られたときには効いたね。止まった乾燥機から他人の生乾き洗濯物を取り出して、自分の洗濯物を乾かそうとしたときないんだがね。「あと少しなんだから、完全に乾してやれよ」とやんわり注意されたよ。確かに、乾燥機は貴重であるけど、必死になって取り合うもんじゃない。自分を恥じるしかない。
ただ、彼は隠れも無き風俗大王で、国内だけじゃなく海外でも「買ってくるぞと板橋区」だった。CAS(対不安)も低いタイプだから、病気も向こうから避けると思っていたのだろう。メキシコでもブラジルでもドミニカでも「いやあ、よかったよ」とね。まあ、人格見識体力のよろしきあって、無事に航空用兵、パイロットだかTACOだかになっていたよ。
※ そいや思い出したがね。己、五省も馬鹿にしていた。内容はともかく、江田島での大声合唱大会が馬鹿らしいので、勝手に纏めて「五省にもとるなかりしか」とか「ばっかりだ」いって、残り4つの唱和は自主的に遠慮させていただいた。前の1課程、己の席は「もんたに」の「も」で折り返しだったので、1課程の「わ」の後に座っていたのだが、彼は気づいているけど面白いからとそのままにしていた。
隣の隣の列だったか、割りと熱血漢の1課程が、江田島の最後のあたりで気づいたあたりで怒ってきたのは面白かった。
悪いやつじゃないんだがね。ただ、カッター漕いでいて、先に力尽きて櫂を揚げる奴で、その後、漕がないくせに「文谷、もっと力強く漕げ」と、前席(8番で「エンジン」だった)になる己の背中を蹴っ飛ばしてくるのは、当時から笑い話だと思っていた。それでいて、馬だがパチンコだかでオケラになると、「なにか食わせてくれ」とタカリにくるのだからねえ。
今様に言えばコミニュケーション能力が高いとでもいうのだろうね。実際に学科成績も良いから、序列トップになるんだが、練習艦でも副長あたりと上手くやっていた。別にそこには恨みもないのだけれどもね。
逆に、早大はエライ目にあっていた。練習艦隊で、なぜか後列に並んでいるのに殴られるとか、副長に目をつけられるとか。早大は己のほか3人、別に名誉早大あつかいの慶応出がいた。まあ慶応というよりは、自分の好きな事しかしないあたりのボンクラ具合が早大風だった。自分の好きな事しかしない。あまりいうことは聞かない。
なーんか馬鹿馬鹿しくなってくんだよね。特に練習艦隊の指導がどうしようもなく見えてしょうがない。それが顔に書いてあるから、殴られるんだがねえ。副長に「まともな評価されると思うなよ」といわれたよ。
己は傍観者の面だったんのだろうね。精神教育※ とか追い詰める指導とか、端から無視していた。いきなりアレコレやれ言われるのだが、いきなりは出来ないのが当たり前だと思っていた。できなくて叱責、人によれば罵倒されても「だから何だ」と思ってた。
あとの連中見ても、似たようなものだった。酒のんで暴れるとか、矛盾してんじゃないのと反論したりね。副長に思っていることを自由に好きなこと書け、そう言われたので、好きなように書いたら、3人で順番で呼び出されたよ。己はそう思ったので書いたといっただけだったが、某は矛盾してますねと一言したらしい。
次やったら丸坊主だぞと言われたので、だからどうしたと、イヤガラセで先に2人丸坊主にしたりね。どうせ髪なんて航海中に伸びるし、外出るときは帽子かぶるし、何のこともない。
まあ、傍観者やったお陰でねえ、おべんちゃらを使うのはよく見えた。追従するタイプには、わりと地域性があって、官尊民卑で有名な北国の防大出身とか、外交官試験落ちたみたいなタイプが結構媚びを売っていた。
練習艦隊だと、実習幹部は4層分離している感じだった。自分を律し努力を厭わないタイプと、他人を出しぬきおべんちゃらで逃げるタイプ、人並みに(相当の)努力して無難に過ごすことを選ぶタイプ、どーでもいいやというタイプ。まず、江田島で半年たったあたりで1・2課程は完全混交するのだが、それでも自律タイプとおべんちゃらタイプは一般大より多かった。
自分を律し努力を厭わないタイプは、やっぱ立派だった。あまり成績はよろしくなかった御仁なんだが、彼に叱られたときには効いたね。止まった乾燥機から他人の生乾き洗濯物を取り出して、自分の洗濯物を乾かそうとしたときないんだがね。「あと少しなんだから、完全に乾してやれよ」とやんわり注意されたよ。確かに、乾燥機は貴重であるけど、必死になって取り合うもんじゃない。自分を恥じるしかない。
ただ、彼は隠れも無き風俗大王で、国内だけじゃなく海外でも「買ってくるぞと板橋区」だった。CAS(対不安)も低いタイプだから、病気も向こうから避けると思っていたのだろう。メキシコでもブラジルでもドミニカでも「いやあ、よかったよ」とね。まあ、人格見識体力のよろしきあって、無事に航空用兵、パイロットだかTACOだかになっていたよ。
※ そいや思い出したがね。己、五省も馬鹿にしていた。内容はともかく、江田島での大声合唱大会が馬鹿らしいので、勝手に纏めて「五省にもとるなかりしか」とか「ばっかりだ」いって、残り4つの唱和は自主的に遠慮させていただいた。前の1課程、己の席は「もんたに」の「も」で折り返しだったので、1課程の「わ」の後に座っていたのだが、彼は気づいているけど面白いからとそのままにしていた。
隣の隣の列だったか、割りと熱血漢の1課程が、江田島の最後のあたりで気づいたあたりで怒ってきたのは面白かった。
悪いやつじゃないんだがね。ただ、カッター漕いでいて、先に力尽きて櫂を揚げる奴で、その後、漕がないくせに「文谷、もっと力強く漕げ」と、前席(8番で「エンジン」だった)になる己の背中を蹴っ飛ばしてくるのは、当時から笑い話だと思っていた。それでいて、馬だがパチンコだかでオケラになると、「なにか食わせてくれ」とタカリにくるのだからねえ。
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Category : コミケ