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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2013.01
30
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Category : 未分類
 余っている陸兵を増やすのは、金をドブに捨てるものなんだがね。来年度予算が閣議決定された※ のだが、前内閣と比較して、防衛予算400億が上積みされた。今の自民党は、中身も支持者も右派が大勢で、それへのサービスなわけだ。しかし、その使い道で、陸兵300名増やすとあるのだが、これって無意味だよねえ。

 カメラメーカーが、いまさら銀塩カメラやフィルムに投資するようなものだ。陸兵を300増やすというのは、終わった分野への投資と同じである。カメラメーカーが、頑張って作った投資用資金をデジカメや医療用ではなく、フィルムに投資するのと変わるものではない。

 実際に、陸兵は余っている。今の15万人に及ぶ陸兵は概ねお荷物である。冷戦も終わったのに、北海道には何の役にも立たない陸兵が、4万人もいる。5万人から1万人にしか減っていない。北海道での駐屯地のたぐいもほとんど維持されている。北には仕事のない部隊や、それを支える基地業務隊の類はいくらでも余っている。北海道に余剰の兵員がいるのに、陸兵を増やしす理由もない。

 優先順位としても、人員的が致命的な海自に振り分けないのは、訝しむ判断である。人が余っているところに配員して、足りないところを放置するのは、合理性に欠ける。防衛省、内局や陸自の都合である。これまでの「陸自を減らすな」(役所の規模を維持しろ)といった主張と平仄を合わせるしかない内局と、もともと政治力を持ち、いままで冷や飯食ってきたのだからという陸自の主張が合致したといったところだ。

 そもそも、日本の防衛力に求められるのは、中国とのゲームと海外進出である。そこでは今の規模の陸自に用はない。

 中国とのゲームは、東シナ海正面で、海空戦力で行われている。尖閣でのゲームを見れば良い。そこに陸自への要求はない。また、いまだ北海道においてある主力はあまり意味をもたない。

 海外進出に対応するための変化も急がなければならない。言い方を変えて国際貢献としても、海外派兵としても構わないが、日本にとっての脅威は、グローバル化している。防衛体制もグローバル化する必要がある。日揮の事件や、それを受けての海外派遣での議論も、グローバル化への対応である。この状況で、いまだに本土決戦準備への未練を捨てきれない陸自を増強しても、金は死んでしまう。



 まあ、防衛予算増を陸兵増強に突っ込むのは、農水省に例えれば、予算増を国産蚕糸や国産製糖に費やすようなものともいえるね。あるいはもっと悪手で、米増産や米穀手帳に予算措置するようなものだねえ。


※「防衛予算:400億円増…人件費、尖閣警戒監視など」(毎日新聞,2013年01月27日 22時05分)http://mainichi.jp/select/news/20130128k0000m010061000c.html
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2013.01
28
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Category : ミリタリー
 電波撹乱用のチャフだが、連続装填できる仕組みが必要ではなかろうか。海自が今使っているチャフ発射機SRBOCは実態は前装式臼砲で、一回発射すると人間が甲板に出て※ 装填しなければいけない。戦闘中に露天に出るのは仕方もないが、連続発射には不便ではないか。

 しかし、戦争になるとチャフ/フレアはバラ撒き続けることになる。一過性の戦闘であればいいのだが、沿岸部に留まる状況では、対艦ミサイル避けとしてチャフ・フレアをばらまかざるを得ない状況が生まれる。実際に、フォークランド紛争では、英本土からチャフを空輸し、ヘリをつかって途切れなく直接散布している。

 今使っているSRBOCでは、装填作業で散布が止まってしまう。SRBOCは同時に6発、左右両舷足して12発を一気に発射できる点で有利だが、連続発射には向いていない。発車する度に装填作業をやらなければならない。

 別の方法が必要なのではないかな。咄嗟的な発射手段としてのSRBOCは優れているのだろう。だが、併用するシステムも準備したほうが良い。大したものでもないのだが、艦内からSRBOCと同じチャフ/フレアを間断なく装填・発射が繰り返せる、単純な後装迫撃砲みたいな道具を作る必要があるのではないか。

 チャフの類には大した火薬は入っていない。それほど丈夫な砲身も必要ない。反動も大したものではない。実際にSRBOCは、反動を吸収する機構はない。甲板に置いただけに過ぎない。格納庫の上辺りに、穴開けて、左右前方に発射できるようにすればいいのかもしれない

 問題になるのは弾庫配置だろう。チャフの類でもスプリンクラーのある弾庫に収納し、一定温度※※ に保たなければならない。発射機よりも弾庫のほうが大掛かりになるだろう。



※ 短魚雷も人間が外に出て操作するから、同じようなものだ。
※※ チャフ弾庫は、SRBOCの近くにある。フネにもよるのだろうが、直射光が当たるので夏には温度上昇の警報がよく出た。
2013.01
26
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Category : ミリタリー
 中国は米国と戦う段になったら、中国は艦隊現存主義を採るのではないか。

 制海権をとるためには、大雑把にいえば艦隊決戦と艦隊現存主義という方法がある。艦隊決戦をして敵の艦隊を撃破して広い海面で制海権を打ち立てる。あるいは戦闘を避けて艦隊を現存し、少なくとも自国周辺の狭い範囲だけでも制海権を確保する※ という方法である。

 これから多少頑張っても、中国海軍が米海軍と対等まで成長すること難しい。米海軍は質量ともに強力である。今のところ米海軍は原子力空母10隻と攻撃原潜60隻、イージス艦80隻を擁している。中国海軍が持つ外洋戦力は実用の怪しい空母1隻、使えそうな潜水艦と水上艦がそれぞれ20隻程度に過ぎない。海上航空戦力の差異や、質的要素を考慮すると、その差は絶望的なまで開く。

 中国海軍では、西太平洋に所在する米海軍とよくて相打ちである。能力的に劣勢な空母1隻、潜水艦20、水上艦20では、どう上手くやっても空母1-2隻程度の艦隊と相打ちするのがせいぜいになる。空母1-2隻は、西太平洋に常時展開する程度にすぎない。

 相打ちでは、中国は困る。頑張って相打ちまで持ち込んでも、中国にとっては破滅である。西太平洋にいる米艦隊を全滅させても、中国海軍も大損害を受ければ、他方面から展開してくる米艦隊に太刀打ちできない。その時には、中国は沿岸部での制海権を奪われ手しまう。沿岸部での制海権を奪われれば、中国は手も足も出ない。内陸に引き釣りこんで本土決戦をやるしかない。

 中国は艦隊決戦を回避するしかない。少なくとも、外洋艦隊が保全され、それに沿岸戦力、小艦艇や地対艦ミサイルを組み合わせれば、米艦隊も沿岸部には、ウカと近寄れない。沿岸部に近寄れなければ、海軍力による中国本土への大規模な攻撃は防ぐことができる。

 中国は、米国と戦うとした場合、艦隊決戦と艦隊現存主義であれば、後者を選ぶ。記述した通り、勝ち目の問題がある。また、中国が海軍力に期待する機能も、沿岸部を手堅く守ることを選ぶ。中国にとって海軍力は、海の向こうにある利益を確保する手段というよりは、近世以来の海からの侵攻、海軍力による侵略を防ぐ道具である。他にも、沿岸交通や漁業、沿岸部での戦略原潜の護衛といった目的もどうにか達成できる。

 中国は、第2列島線まで出ての決戦※※ はやらないだろう。もちろん、潜水艦や基地航空戦力といった戦力が出張って、漸減や哨戒を行う程度はやる。場合によれば通商破壊や、混乱を起こすための機雷戦を行うかもしれない。しかし、主力水上艦隊、外洋戦力を下手にスリ減らしてしまうと、中国沿岸での制海権も失ってしまうのである。



※ 艦隊現存主義はあまり評判が良くないが、少なくとも、ある程度の戦力の艦隊が生き残っていれば、その支配海域には、そうそうに侵入することはできない。太平洋戦争であれば、マリアナ決戦以前には、米機動部隊も内南洋から内側には入って来ていない。慎重にニューギニア以北、具体的にはパラオ-トラック-マーシャルの線まででしか行動していない。

※※ そもそも、第2列島線云々は、海軍による漸減・哨戒の限界を示す目安程度ではないか。
2013.01
24
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Category : ミリタリー
 「重油は軽油よりも4-8倍も高い」わけではない。桜林美佐さんが「日本を守るためのやりくり」※で、以前に話題になった旧式護衛艦の巡視船転用について述べている。確かに、護衛艦を巡視船に転用しても使い安いものではない。人手が少ない海保にはマッチするものではないことは、世間で言われているとおりである。しかし、桜林さんが主張する理由は、あまりにも珍妙である。

 桜林さんは、取材対象等から聞いたことを確認していないのだろう。護衛艦を巡視船に転用する理由として、燃料と船体を挙げている。だが、どちらも奇妙な数字である。燃料に関しては、軽油と重油の理解がおかしい。船体では、例えば小型巡視艇と比較的大型の護衛艦の船価を比較している。

 桜林さんは、護衛艦と巡視船を比較する上で、まず燃料を挙げている。
[自衛艦と巡視船の]双方の違いは著しいのですが、似たものではないかと認識されている方も多いようで、その点を明らかにしなければなりません。
まず、海保の巡視船などは商船規格であり、エンジンはディーゼル、燃料はA重油です。一方、海自[の自衛艦]はダメージコントロールを施したものであり、エンジンはガスタービン、燃料は軽油です。
ざっと燃料経費だけを見ても、軽油を使用すると4〜8倍はかかると見込まれます。
   (「日本を守るためのやりくり」から、オリジナルでは改行は6行連続している)
しかし、海保がA重油利用であると断じた点、自衛艦と護衛艦を混同している点、燃料経費についての数字で全く確認しているように見えない。

 海保は軽油で動いている。海保も軽油がメインであることを確認していない。海保船艇の84%は課税軽油を使用している。※※ 残りのA重油の中身は軽油そのものであることも確認していない。A重油は税制上重油としているだけで、中身も価格も軽油である。加熱しないとエンジンに突っ込めないC重油ではない。

 桜林さんは自衛艦と護衛艦を混同している。素人なら仕方がない話だが、防衛問題を論じ、しかも、広報同様の仕事をしているなら、両者は区別すべきだろう。自衛艦は掃海艇や潜水艦、また支援艦艇である補給艦を含む概念である。数的には護衛艦よりも多い。また、掃海艇以下は、概ねディーゼルがメインである。つまり自衛艦と括った場合にはガスタービンよりもディーゼルのほうが優勢になる。

 一番不思議な点は「燃料経費だけを見ても、軽油を使用すると4〜8倍はかかると見込」むことである。燃料価格をみても、重油はそんなに安くない。非課税であるが、A重油で1リットル90円、C重油で70円程度する。軽油は課税で120円、非課税で90円程度である。ガスタービンとディーゼルの燃費で比較しても「4〜8倍」の差は開かない。1馬力あたり燃料消費量も、経済運転しているガスタービンで180g/時間、ディーゼルで130g/時間程度で、比較しても半分にもならない。

 桜林さんが理由として挙げた燃料に関しては、いずれも誤っている。おそらく聞いた話を確認しないで使った結果である。

 また、船体関連でも同じような誤りがある。
オーバーホールは海保の船がだいたい1億くらいと言われますが、海自では40~50億円くらいはかかるでしょう。
寿命的にも、護衛艦は延命しても10年そこそこ、巡視船は30年余はもたせています。海保の船を新造するのに約40億円として、護衛艦の武器を降ろすなどの改修費用と延命費用合わせて約50億円くらいと、大雑把ではありますが計算してみると、新造のほうが安いということにもなります。
   (「日本を守るためのやりくり」から、オリジナルでは改行は6行連続している)
この桜林さんの主張は、新造・改装費について、寿命について、オーバーホール費用について、比較が妥当ではない。

 新造・改装費は、小型巡視艇と大型の護衛艦を比較している点で妥当ではない。「海保の船を新造するのに約40億円」とあるが、40億程度では小型船艇しか建造できない。「とから」程度の300総トン程度を建造するのがいいところである。そして「護衛艦の武器を降ろすなどの改修費用と延命費用合わせて約50億円」は、2000トンの「あぶくま」や3000トンの「ゆき」を延命するための費用である。桜林さんは、300総トンの「とから」と3000排水トンの「しまゆき」を「大雑把ではありますが計算」している。ちなみに大型巡視船「しきしま」の建造費は350億円程度であり、システムや武器を除いた護衛艦新造費用と大差はない。

 寿命についても、桜林さんは船体そのものの寿命だと勘違いしている。おそらく、海自25年+延命10年、海保25年+延命30年と見ているのだろう。しかし、どちらも船体は同じ造船所で作られ、寿命上大差はない。どちらも50年以上持たせることは可能である。この護衛艦と巡視船の延命寿命にある差異は、海自と海保の予算額での差異に過ぎないことを理解していない。海自は予算が潤沢である。このため、新造艦更新は世界で一番短い。結果として、海自は艦艇を船体・機関寿命以前に早期退役させているだけである。海保は国交省の下にあり、予算上、冷や飯食いであるため、新造艦更新は世界標準である。このため、艦艇寿命も世界標準になっているだけの話にすぎない。

 オーバーホールに関しても勘違いしている。費用の差は、護衛艦と巡視船の構造や機関にある差ではない。船体寿命と同じで「どの程度までやるか」といった話に過ぎない。安く上げるため、エンジンや補機をバラして整備するに留めるか、配管やバルブを全部交換し計装を新型化するかの差異である。「海保の船がだいたい1億くらいと言われますが、海自では40~50億円くらいはかかるでしょう。」といっている。だが、仮に海自の護衛艦を海保に譲渡した場合には、費用をケチることになるので同じである。

 桜林さんの主張や意見は、悪い言い方だが、聞きかじった話をそのまま文字にしているようにしか見えない。桜林さんが自分で確認し、調べ、考えるといった過程を足さない限りは、市ヶ谷あたりの居酒屋、陸の通信が大好きな「うなぎ焼き鳥宮川」あたりで聞いた話をそのまま記事にしているようなものである。燃料の話にせよ、船価の話にせよ、酒席ででるような話を確認しないような内容になっている。度を過ぎた自衛隊擁護や愛国主義も良いが、記事とするには、その辺りを確認してからにしたほうが良いだろう。



※ 桜林美佐「日本を守るためのやりくり」http://ameblo.jp/misakura2670/entry-11453503869.html
※※ 国土交通省「軽油引取税の課税免除措置について」http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2011/__icsFiles/afieldfile/2011/12/06/23zen23kai5.pdf 2頁に「・海上保安庁の巡視船艇の大半(84%)が軽油を燃料としており」とある
2013.01
22
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Category : 未分類
 競技用エアーピストルで、ストック脱着可能なヤツって作らないかね。

 冬場は射撃がめんどくさい。射撃場なんて山の中にある。雪や凍結で行くのが億劫になる。行った所で、コンクリートでできた床は冷たいことこの上ない。腹ばいでプローン射撃なんかできたものではない。立射も、射撃用シューズから冷たさが上って来てやっていられない。

 屋内射撃場であれば、暖房もあって快適なのだが、東京市内くらいしかない。世田谷や足立だと遠い上に駐車場が少なかったり高かったりする。電車で行くには、ライフルは荷物が多い。装薬銃ではなく空気銃だが、コートや靴、あとは銃が邪魔で困る。

 冬場になるとエアーピストルが羨ましくなる。荷物は拳銃と標的紙、ペレット程度でよい。全部電工ドリルのケースに入る程度の大きさに収まる。普段着に普段靴なので手軽になる。アレなら電車で気軽にいける。

 しかし、エアーピストルは許可が面倒くさい。定数500人までと決まっている上、所持後も段位を上昇させていかないと取り消されてしまう。初年度に初段、次年度に2段、3年度に3段だかを取らないといけない。

 制限を取っ払うには、ハンドライフルにすればいいが、銃が運びにくい。ハンドライフルは日本独特の規格で、エアーピストルに銃床をくっつけ、法令上、空気銃扱いしたものだ。しかし、大きさ故に(全長78cm以上)運搬が面倒くさい。

 ストック脱着可能なハンドライフルができれば買うのだけれどもね。ホルスターをグリップに差し込んで、法令制限をクリアできるようなヤツ。馬賊が持っていたモーゼル・ミリタリーみたいなハンドライフルでないかね。エアーピストルの中には、電子式のトリガーが付いている奴がある。ストックを取り付けないと回路が構成されないような仕組みにすれば、法令もクリアできると思うのだがね。まあ、日本でしか売れないのだけれども。
2013.01
20
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13:00
Category : ミリタリー
 中国防空網を日本のそれと同じと考えるのは、思慮が足りないのではないかな。

 中国に対して巡航ミサイルが通用しないと主張する人がいる。「亜音速の巡航ミサイルなんて中国軍レベルの相手には殆ど通用しない事が判明してる」と言っている。これは、中国防空網が日本のように密であり、すべての超低空目標を見逃さないと思い込んだ結果の誤ったものだ。

 第一、中国側の防空網は密ではない。

 実際に、チベットはザルである。チベットにはついこの間まで、旧式戦闘機しかなかった。J-10が配備されたのは最近である。面積に比して、飛行場も少ない。レーダ・サイト配置等について詳細は分からない。だが、戦闘機も飛行場も少ない低開発地域に、厳密な対空警戒網があるとは考えられない。

 おそらく、雲南省や新疆、ウイグルも似たようなものだろう。冷戦期に、米国偵察機はパキスタン経由で新中国となった新疆に入り、そこからソ連に侵入していた。これは、前に情報公開された史料が米公文館紀要"Prologue"に掲載されていた。中国は、ラオスからミャンマーまでの国境地帯も掌握しきっていない。最近でも、カレン民族を討伐するミャンマー軍航空機が越境攻撃したているが、中国は目視でどうにか確認できたにすぎない。

 チベット、新疆、雲南、おそらく北朝鮮国境には、大した中国防空網はない。そこから巡航ミサイルは容易に侵入できる。仮に米国が攻撃するとした場合、第三国の領空はそれほど尊重しない。中央アジアや南アジア、東南アジア各国の領空はそれほど尊重されない。米国は冷戦期やベトナム戦争で、管理できていない他国領空を経由した偵察や爆撃を行なっていた。最近の例でも、パキスタンの主権を尊重せずにウサマ・ビン・ラディンに攻撃をしている。北朝鮮に関しては、未だ戦争中であり、国家としても未承認である。その領空を意に介する必要もない。

 一度、侵入された巡航ミサイルを追尾できるかも怪しい。中国の国土は広大である。防空警戒網が大都市や重要施設周辺以外にあるとは考えられない。重要な地点を除けば、超低空目標を確認するレーダ網を整備する余裕もない。AWACSはなく、AEW/Cも実験機の域をでていない。数も少ないので全土をカバーすることもできない。

 日本のように、隙間なく防空網を設定できる国は例外である。大面積の国で完全カバーできる国はない。旧ソ連/ロシア、北米、オーストラリアとも、レーダ覆域には影がある。旧ソ連/ロシアも、極東・北極海方面はザルであるのはご承知の通り。北米であっても完全にレーダ覆域に収まっていない。オーストラリア空軍機が短波通信を常用していたことも、極超短波による防空通信網がないことの裏返しである。

 「亜音速の巡航ミサイルなんて中国軍レベルの相手には殆ど通用しない」と言い出すのは、中国防空網が日本のそれと同じだと思い込んだ結果である。もともと、個別の兵器の、そのスペックだけを執拗に見るが、背後にあるシステムは全く見ない御仁である。最新戦闘機であるJ-10、J-11があることを見て、「シュートダウンできるから巡航ミサイルは敵ではない」と思い込んだのだろう。「水陸両用戦車が新しいので、74式戦車ではどうやっても勝てない」と言い出したように。



Haight,David"Ike and His Spies in the Sky""Prologue"2009 Winter (NARA,2009)p21
2013.01
18
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Category : アニメ評
 2012年冬コミの「まえがき」ですが、ナマモノなので開陳します。まず、ガルパンは駄目ですねえということです。



 虚構性が高いこと自体は問題ではありませんが、虚構性の強い世界でドラマを成立させるための工夫は必要でしょう。『ガールズ&パンツァー』ですが、世評に反してイマイチな内容です。結局「何のために競技をやっているのか」「勝たないとどうなるのか」にリアリティがないので、感情移入ができません。

 「勝てないと、学校が廃校になってしまう」だけでは、観客は勝負にハラハラできません。そもそも男を排除した学校・学園艦という虚構世界も「少女が戦車に乗って戦う戦車道」を作る理屈付けです。理屈付けの学校が廃校になる危機といっても、観客には危機感は共有できません。

 ガルパンは戦車が動くさまを見て喜ぶものでしょう。戦車を見て喜ぶ客層がいる。その人たちは「女の子とメカと鉄砲」が好きでもある。だから、登場人物に少女を配しただけの話です。キャラクターはオマケですし、作劇もオマケです。だから、物語を深化させることも無理でしょう。

 ガルパンの本質は「女の子とメカと鉄砲」なので『ちはやふる』みたいに展開できない。両作品とも虚構競技と、まず虚構同然の競技であり、ヒロインがその競技に向き合う話です。しかし『ちはやふる』では観客に主人公サイドに肩入れする感情が生まれる。負けそうになればそれなりにハラハラする。でもガルパンにはそれがない。見ていて全然ハラハラしません。

 キャラクターも、戦車の付属品か説明役にすぎません。その説明にしても、観客が戦車について数値的な性能といった理屈で理解している前提です。御座成りです。実際に、強敵であるはずのKV-85 やIS-2 が出てきても、プラモデル的に正しいCG と、装甲が厚いとか具体的に何ミリみたいな程度の説明セリフがあるだけ。絵や演出で説明しないから「勝てないよ感」とか全くない。モデラー的に正しいCG があっても、話を面白くする要素にはなりません。

 演出で「勝てないよ感」を出さないのは怪訝です。例えば対シャーマン戦なら、正確な弾着で一方的に撃ちまくられる。T-34 以降に対しては、必死になってキャタピラを狙いまくるしかないが、車体に当たった弾が跳ねまくるだけ。そういうカットで示せばいいのにそれもやらない。

 「勝てないよ感」がないのでは「自分たちより強い敵にチャレンジする」要素をドラマに生かせません。プラウダチームは大洗チームにとって格上の強敵であるわけですが、その説明を、戦車名だけで示しています。これは知識が必要な一見さまお断りアニメであることを示していますが、同時に工夫が足りないことも示す証拠です。

 もちろん「戦車と女の子」好き、あるいは「兵器と女の子」といったカテゴリーのファンだけを囲い込めればいいと考えた作品なら、物語も作劇もどうでもいいのでしょう。

 アニメ版見る前では、まえがきは白黒映画の『ガルパン 人間魚雷海龍』とか、実写TV 版の『ガルパン 最後の対外戦』にしようと考えていました。少女戦車兵の繰上げ卒業のあとに「日本にはもう鉄も戦車もないよ」とか、あんこうチームが大洗の海で味方の防雷網に引っかかる、やるせないエンディングとか。あるいは、最後の試合のあとバレーボール部のキャプテンが必死に飛行場まで走ってきて、体操服のまま飛行寸前の軍偵の後席に乗り込むとか、やたら寄ってくる海軍の先導機の機銃席で、ボールを持ったアタッカーが必死に手を振ってるとことかね。でもアニメ版がアレで、しかもキャラクターの顔と名前も覚えられないのでやめました。名前を覚えさせるキャラは7人超えたら駄目です。覚えきれません。

 何にせよ、シチュエーションや萌キャラに頼ったアニメが増えました。今季は不作で、毎週観ているものは『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』だけですが、これも物語が深化しない話で、後には顧みられないでしょう。最初からハーレムができているので、それに至るキャラクター同士の関係は変化も深化もしません。同じ所をグルグルまわるだけの話です。前段階に、離れ離れだった兄妹が一緒に暮らすまでをやればね。アレな関係でも深化させれば面白くなったと思うのです。まあ、それでは残り4 人のヒロインが影薄くなるので、ああなったのでしょう。

 志に欠けたTV マンガを作ってもしょうがないんじゃないですか。ガルパンも、おにあいもそうですが、物語もない絵だけ綺麗なアニメは、後世に残るものにはなりません。
2013.01
16
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13:00
Category : ミリタリー
 桜林さんの主張は「愛国無罪」そのものではないか?

 三菱による防衛省への過大請求事件について、桜林さんは国防のためにやった「工夫」であると主張している。「自衛隊の活動を支えていた防衛関連企業の見えない『やり繰り』」 では、請求書の金額を勝手に増やしたことを
国のためではありながら国に補填してもらえない赤字を、自分たちの社内の工夫でなんとか乗り切っていたということだ。
と述べている。

 いずれにせよ、実態は詐欺でしかない。「安い金額でできる」と請け負ったけれども「利潤が上がらないから」と請求書を水増しすることは「工夫」と言うことには無理がある。そもそも、低廉応札のウラには、後の維持保守契約や、契約変更での数量増加を見越した判断がある。その目論見が外れたところで「利潤が上がらないから」水増しというのは、信義則に反しています。

 しかし、防衛産業側に立った桜林さんには、それがわからない。桜林さんは事件という言葉を避けて「事案」という言葉を使っている。この点、桜林さんは自身を企業や官に擬する心情がある。当事者の心情であるからには、眼が曇り擁護するのも仕方がない。結果、「工夫」であったと主張するに至ったのである。

 ある防衛専門家は、桜林さんの主張を「愛国無罪」と述べた。名は秘するが、的確な評である。法で許されない行為でも、国家のためであれば罪とはならない。桜林さんの主張は、革命期の中国でよく見られた論理と変わるものではない。

 いずれにせよ、桜林さんの主張には、防衛側に都合の良い物が多い。言い方は悪いが、パペット、プロキシである。今回は
私が各所で「防衛産業はボロ儲けなどしていない」と言うと、現役自衛官からも「嘘だ! ちゃんと利益が出る仕組みになっているじゃないか」と反発されることがしばしばあるが、これで信じてもらえるだろうか。
と述べているが、GCIPの存在を理解しているとは思えない。競争入札の原価見積もりや、随意契約では、経費と利潤が確保されている。利益として、経費に利潤率であるGCIPを掛けたものが確保されている。GCIPは企業ごとに違うが、取りはぐれなのない官需にしては、なかなか高率になっている。もちろん、経費も取りはぐれはない。

 GCIPは、桜林さんが引用した資料にもでている。
防衛省は、原価計算方式で契約を行う際は、原価や経費について所定の率を適用して計算価格を算定している。この率は、各企業から製造原価や労務管理関係に関する非公開資料等を収集・分析して設定しているが、必ずしも企業で実際に発生する原価や経費をそのまま反映するものとはしてない。また、原価監査に当たっても、同様な計算方法を用いて支払金額を確定している。このため、防衛省が受注者に支払う金額が、実際に履行に要した費用に適正利益を加えた額を下回る契約案件が発生する。
桜林さんは、後半の「下回る契約事案が発生する」だけを見て『防衛産業はボロ儲けなどしていない』と述べている。あたかも赤字を垂れ流しているような主張である。しかし、ほとんどは上回る事案もあるし、中には「ボロ儲け」としか見えない契約もある。そもそも積み上げた経費が確保され、自動的に利益率が確保される構造は悪いものではない。

 桜林さんは、防衛側、あるいは防衛産業側の主張を鵜呑みにして、右から左に流しているだけである。そこに自身の判断や解釈はない。例えば新潮に掲載された「トホホな自衛隊で国が守れるか」※※ がある。自衛隊の問題点として、片軸運転、低燃費飛行、ボイラ制限等を挙げているが、前二者は問題ではなく、後者も問題は陸自の体質にある。

 護衛艦や戦闘機が、平時の巡航時に経済運転することは、当たり前の話にすぎない。桜林さんが「トホホ」と主張する海自艦艇が「二つのスクリューのうち一つを止めるなどして実施」は、片軸運転といって、ガスタービン艦艇では昔からやっている方法である。巡航速度は1軸で発揮できる上、燃料は少なくて済む。やらないほうが奇妙である。「訓練空域までの往復は低燃費飛行」にしても、長距離進出時は経済速力で巡航するのは当然であり、戦闘出力を出す必要はない。なぜ、経済運転が「トホホ」であるのかは、全く理解できない。

 陸自について「トホホ」と主張する分は、陸自が予算要求でケチっただけの話に過ぎない。入浴制限や暖房制限は、ボイラで焚く燃料費をケチった結果である。他のオンボロ隊舎そのほかの問題を含めて「営舎維持費」や「雑運営費」(という予算がある)をケチって、正面装備や訓練の予算を欲張って確保しようとした結果うまれたものである。コピーや事務用品、トイレットペーパーを自費で調達するのも、部隊や地方の「庁費」(という予算がある)を吸い上げて中央に持っていった結果である。その辺りをキチンと要求する海空自では問題にもなっていない。桜林さんは海空部隊も回っている、そこでは「陸自にはなかったものがある」ことに気づかなければならないはずであるが、それがない。

 もともと片軸運転以下を貧乏に見せるのは、当局側が予算要求する上でのレトリックに過ぎない。それを見抜けず、自衛隊広報ほかの言い分をそのままに「トホホ」として開陳し、同情を引こうとしている。桜林さんは、JBプレスでは「国防問題などを中心に取材・執筆。」としているが、取材で聞いたことを解釈せず、右から左に執筆するようでは、やはりパペットやプロキシであるようにしか見えないだろう。



※ 桜林美佐「自衛隊の活動を支えていた防衛関連企業の見えない『やり繰り』http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36888
※※ 桜林美佐「『レトロ戦車』『クラシック小銃』『省略戦闘機』トホホな自衛隊で国を守れるか」『週刊新潮 2010年4月8日号』(新潮社,2010)
2013.01
14
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Category : ミリタリー
 今、日本に上陸戦をかませる国がどこにあるのですかね。
 ゆとり上陸作戦の人が、10式戦車がないと国が滅ぶとか言っていたのです。10式の必要性として「[日本の]戦争継続目的がアメリカ軍の救援が到着するまで橋頭保を確保し続けること」と言っている。しかし、これって相当に古い感覚ではないですかね。

 今日、日本本土に攻め込める国はないことを理解していない。しかも、日本単独で対処できず、米軍の増援を待つほど強力な上陸軍を送り込める国なんてないでしょ。政治的にも日本本土に攻め込もうとする国はない。軍事的にも、中国にもロシアにもその能力はない。冷戦期、極東ソ連軍と対峙していた時代ならともかく、ソ連崩壊以降に日本本土上陸の脅威を持ちだしても、今更な話です。

 その上、「アメリカ軍の救援が到着するまで」持ちこたえると悲壮感に浸っている。これは、70-80年代の、平和憲法に縛られた弱体な自衛隊という感覚そのものです。悲壮感の発露は、80-90年代の自衛隊増強と、ソ連崩壊以降の東アジアの現状を理解していない事を示すものでもあります。

 日本に上陸してくるにしても、そもそもが、ゆとり上陸理論です。例えば「[日本海空戦力を]完全に撃滅せずとも局所的な優勢の元での揚陸は可能です。」「周辺国の軍隊のうち2つは空挺戦車まで降りてきます。」といったあたりです。

 局所的な優勢程度で対日上陸戦はできません。上陸作戦に必要な、制海と絶対的な航空優勢を理解していません。策源地から上陸海岸までの制海と、制空権といってもいいほどの絶対的航空優勢がなければ上陸作戦はまず不可能です。航空優勢という言葉が好きな御仁ですが、防御側も一時的・局所的な航空優勢をとれば、上陸海岸や上陸船団に打撃を与えることができることを理解していないのでしょう。日本側F-2やP-3が持つ、強力な対艦攻撃戦力の意味がわかっていないのです。

 また、空挺部隊で日本に侵攻できるという発想も、ゆとり空挺作戦でしょう。日本への大規模空挺作戦は、上陸戦以上に困難です。大規模な空挺作戦こそ、絶対的な制空権なしにはできるものではありません。それこそ、防御側の一瞬の隙をついた攻撃ですべてオジャンになってしまう作戦です。上陸作戦もそうですが、空挺作戦は一回こっきりの輸送で終わるのではなく、その後も補給物資を送り続けなければならないわけです。日本相手の戦いで、その間、ずっと「局所的な優勢」を維持できると考えるのは、相当に甘い考えです。

 旧ソ連やロシア通とのことですが、そもそも旧ソ連の空挺作戦は、国内の辺境への緊急展開や、第三世界への介入を狙った発想です。戦前ソ連が考えた、航空輸送の軍事的応用が空挺作戦です。今もそうですが、国内交通網が未発達なソ連は航空輸送に頼るしかなかったわけです。戦後も第三世界や衛星国への介入が、ソ連空挺部隊の大きな目的でした。この辺りは、80年代のソビエト・ミリタリー・スタディでデサント概念としてよく出ていた話です。ロシア軍事通を自負しながら、デサントの概念に弱いことは、対空挺地雷の件でも露見しています。

 何にせよ、対日上陸戦が可能でなければ、大事な10式戦車の必要性がアピールできないので困るのでしょう。対日上陸戦が可能であることを、支持者に仄めかすために、MLPを持ってきています。

 しかし、MLPを用いた上陸戦は、米軍でなければできないことです。形だけ作っても駄目で、海上に暴露し、不動のMLPを敵海空戦力から保護できなければ、敵前上陸には使えたものではありません。

 また、MLPで輸送での不効率も言及していないのは、海上輸送や港湾荷役をご存じないのでしょう。「ホバークラフトとヘリコプターによる港湾以外への揚陸が可能となります。」「MLPとAFSBはその後に直ぐ続いて揚陸に参加し、港湾を使用せずとも上陸部隊を支え続ける事が出来ます。」と書いています。しかし、大した量を詰めないACVやヘリでの往復輸送は、かつての沖仲仕そのもので、不効率です。

 沖掛かりから、ACV等での往復は、港湾やビーチングと代替できるものではありません。実際に「おおすみ」型輸送艦以降、海自は硫黄島への輸送でホバークラフトの低い輸送能力に難渋しています。「みうら」や「ねむろ」では、硫黄島輸送分の貨物はビーチングにより半日で卸せました。しかし、おおすみ+ACVでは、同量を1日で捌けず、積み残しも生じています。ACVやヘリの往復では、よほど多数を揃えない限りは、大規模な部隊を内陸侵攻させる輸送能力は実現しません。米軍でも、MLPで師団級の内陸侵攻部隊を支える貨物を捌くことは難しく、また経済的に許容できるものでもないでしょう。

 10式戦車に目が眩み、戦争全体を展望する視点を失ったのです。周辺国による日本への上陸戦は不可能です。蓋然性もないのですが、上陸戦を行なっても、日本海空戦力の前に頓挫します。さらに、奇跡的に上陸部隊が揚がって来たとしても、その後が続かないのでは、春の雪のように直ぐに溶けて消えてしまいます。ディエップでは戦車が揚がって来たと力説しますが、その戦車は日本で言う独混旅団程度に行きあたり溶けて消えてしまったわけです。

 10式があってもなくても同じ事です。すでに戦車定数の9割は90式戦車で占められています。90式と10式には大差はありません。まず、90式で勝てなければ、10式でも勝てません。10式でなければ、90式であれば日本が滅ぶということはないことです。
2013.01
12
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Category : ミリタリー
 中国空母、遼寧を洋上中継地として使おうとしても、実戦では齟齬が出て上手くいかないだろう。『鏡報』最新号に、梁さんの「『鯨鯊合壁』遼寧艦戦力深窺」※ があり、その中に「殲15を陸上発進させて、攻撃後に遼寧に収容すればよくね」という意見が紹介されている。

 いずれにせよ、カタパルトがない遼寧の不利を補うための発想である。遼寧にはカタパルトがなく、兵装や燃料を満載できない。また、甲板を広く使えないため、連続発進も難しい。このあたりの欠点を陸上発進で補い、攻撃後、遼寧に収容するというアイデアである。おそらく、沖合で遼寧に収容させることで、陸上から通常の作戦範囲を超えて航空機を出撃できるという発想だろう。さすがに、第二次攻撃隊以降は遼寧から発艦させるとしている。

 しかし、洋上中継というアイデアは上手くいかない。日本海軍も、速吸や信濃で似たように発想したが実用していない。また、マリアナ沖海戦でも同じような運用法を考えたがアイデアどおりには上手くいかなかった。

 遼寧で同じ事をやろうとしても上手くいかない。梁さんが紹介した陸上発進・母艦収容にしても、あるいは、信濃のような陸上基地からの増援にしても上手くいかない。陸上部隊では、イマイチ状況がわからない。陸上配置航空部隊は、勝手に動き回る母艦と落ち合うのは不安がある。艦隊も、きっちり決められた計画通りに動く運用は飲めない相談である。なんにしても、逐一の行動や行動可能範囲が制約されるのは艦隊には耐えられない。この点は、梁さんも「運用とか秘密保持が大変だろうね」と言っている。

 そもそも、海軍作戦では複雑巧緻な作戦はあまり上手くいかない。相手を叩くつもりなら、一気に距離を詰める程度のことしかない。指揮も単純で、進退指示と、今やっていることを「ヨリ積極的に」あるいは「止めろ」程度が大半である。いずれにせよ、部隊は手許に纏めておく。下手に分けて戦力を分散させてもいいことはないもない。母艦部隊と艦載機を別々に配置して運用する。しかも母艦部隊を事前計画から逸脱させないように行動させようとしても上手くいかないだろう。

※ 梁天仞「『鯨鯊合壁』遼寧艦戦力深窺」『鏡報』426(香港,鏡報文化企業有限公司,2013.1)pp.84-87.
なお、鯊はシャークの音写で鮫を指す。ハゼではない。
2013.01
10
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Category : ミリタリー
 木元さんの『道北戦争1979』は、最近出た本ですが、懐かしい本でもあります。1980年頃、第三次世界大戦本ブームを思い出す内容で、なかなか面白く、楽しめる本です。

 『道北戦争』は、佐瀬さんの『北海道の11日戦争』※※と同じ条件になっております。これは、木元さんの「あとがき」で示唆されているとおりです。宗谷海峡通峡確保のためのソ連軍による道北限定侵攻、そして日米安保発動せずといった条件が設定されています。しかし、佐瀬さんの『北海道の11日戦争』が、政治と最前線に焦点を絞っていたのに対して、木元さんは描かれなかった方面から大隊、中隊までの指揮官・幕僚の行動を細かく描写しています。オススメです。

 しかし、米国が介入してくれない状況で、日本は無理にソ連と戦う理由は、冷静に考えると奇妙な話です。ソ連艦隊が宗谷海峡を自在に通峡されて困るのは、米国です。その米国が手伝ってくれないのに、日本単独でソ連を突っぱねる必要もないでしょう。そもそも、宗谷海峡は国際海峡であり、どこの国であろうと自由航行が建前です。

 宗谷海峡を通峡されて困るというのは、米国の都合です。戦時※※※に、ソ連海軍がウラジオストックからオホーツク海を抜け、そこから太平洋にアクセスされるのが困るわけです。

 しかし、日本は困りません。ソ連が宗谷海峡を通峡しても直接的な利害もない。ソ連が宗谷海峡を通りたいなら、通してやればいいだけの話です。宗谷海峡は国際海峡なので、意図的に中央部を公海にして開放しています。どこの国の艦船でも自由航行が保証されているわけです。

 日本がソ連海軍力封鎖に付き合ったのは、主としてアメリカとの付き合いに過ぎないわけです。後の「三海峡封鎖」等で、日本がそれに付き合ったのは、日米同盟や日米安保、西側ブロック、貿易摩擦問題そのほかの付き合いがあって言い出しただけのことです。

 米国が助けてくれないなら、宗谷海峡で戦争をする必要もないのではないですかね。宗谷海峡を通峡されて困るのは、米国の都合の話です。その米国がなんの援助もしないなら、日本は宗谷海峡を好きに通過してくれと言えば済む話でしょう。ソ連が何か保証を求めるのなら、米国の方をチラチラ見ながら「稚内基地隊を下げる」とか言えばいいんじゃないですかね。「米国が助けてくれないから、ソ連の圧力に負けた」といえば、米国にも申し訳が立つでしょう。

 もちろん、このあたりは木元さんの設定に文句をつけるものではありません。海峡アクセスと日米安保発動せずは佐瀬さん『北海道の11日戦争』を下敷きにした結果であり、佐瀬さんも75-80年代に流行した第三次世界大戦モノのフォーマットに従ったまでの話です。同様に、弱体な政治、反戦的世論の影響も、オカシイ部分ではありますが、それもフォーマットに従った結果です。映画で一般人がありえない事件に巻き込まれるようなものです。書くべきは、その後に起きる事態ですので、作品の欠点とすべき点ではありません。

 米国が手伝ってもくれないのに、義理を果たす必要はないね、というのは、第三次世界大戦モノ全体に共通する奇妙な点だなということです。確かに、日米貿易摩擦が日米経済戦争と言われていた時代なので、米国が助けてくれない点には、時代的なリアリティはあったのですけどね。


※ 木元寛明『道北戦争1979』(光人社,2012)

※※ 佐瀬稔『北海道の11日戦争』(講談社,1978)

※※※ ソ連に対する海峡封鎖も、あくまでも戦時や、それに近い状況で使いにくくする話に過ぎません。平時に通す通さないで喧嘩になることはありません。日本は宗谷海峡を国際海峡と認めている。自由航海の原則を常々主張するする米国も、平時には通過は差し支えないとしている。だいたい、米国にしても年一回、オホーツク海に侵入して自由航海をしているわけなので、文句をいう筋合いもない。

※※※※ 作中、「バブル景気」という言葉が出てくるのは、時代的にどうかなとだけは思いましたです。どちらかと言うと「昭和元禄」ではないかと。
2013.01
07
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Category : ミリタリー
 他国で争っている領土問題に口を出してもロクなことはなにもない。尖閣諸島で日中が争っているが、まず米国は巻き込まれまいとするだろう。たしかに、米国防権限法で「尖閣諸島に日米安保適用」が盛り込まれたけれども。実際には巻き込まれまいとするのが米国の選択だろうね。

 『鏡報』最新号に、閔さんの「美国:一『魚』釣両国」※という記事が掲載されている。米国は、尖閣問題で両国から利益を得ようとソロバン弾いているんじゃね?と、興味ふかい主張をされています。中国の人の記事なんで「釣魚島が中国のモノ」「日本の主張には矛盾がある」という前提なんだが、記事中ではそのあたりの泥仕合には全く言及しない。米国がどういう立場にあるのかに絞った内容も、非常によろしいものです。

 閔さんは「米国はリップサービスで日中双方をを満足させた」と書いています。「美国盤算:一『魚』釣両国」という一章です。まず、米国は、尖閣諸島問題に関する立場として、3つの原則を常々述べている。
 1 尖閣諸島は日米安保の適用範囲
 2 米国は日中の領土係争には関与しない
 3 日中が冷静に処理することを望む
このように説明した上で、1で日本人を喜ばせ、2で中国人を喜ばせ、3でアメリカを巻き込まないでくれよといっている。そして「拿小小的一尾魚―釣魚島、釣了中日両国」と小括しています。あんな小さな島一個で、日中両国を手玉にとったというわけです。

 米国の立場は、確かに中国にとっても悪いものではない。日米安保の範囲内という発言は日本に有利で中国に不利ではある。しかし、米国が領土係争に関与せず、積極的関与をしないとする部分は、日本に不利であり、中国に有利とも言える。

 国防権限法での「日米安保の範囲内」という言質もリップサービス程度と弁えるべきだろうね。尖閣諸島の問題について、米国は言葉以外にはなにもくれないだろう。米中も軍事力を貼り合うゲームをしている。中国が尖閣に拘束される点は米国も歓迎すべきで、日本に情報をくれたりはする。しかし、関与は真っ平御免も米国の立場であるね。

 領土問題は夫婦喧嘩みたいなものだ。当事国は必死だが、他国からみて大した問題ではない。日中は尖閣諸島は自国のものだと主張している。国民国家にとって領土は神聖である。島をを失えば、その政府は倒れる。本来はナショナリズムを抑えるべき日中政府も、領土問題では一歩も引けないわけだ。

 しかし、他国から見ればどうでもいい話である。尖閣諸島は無人島である。尖閣諸島がどうなろうと、米国には何の影響もない。下手な介入をして、日中どちらかに30年50年100年恨まれるとなるとたまったものではない。

 尖閣諸島の紛争で、米国は積極的に介入できない。もちろん、日本は日米安保の影響力を利用しようとする。しかし、中国は米国が関与できないように立ちまわる。※※ そして、米国は両国から恨まれないように立ちまわる。やっても口先だけで利益を得ようとする程度。そんな形で落ち着くのだろうよ。



 ※ 閔之才「美国:一『魚』釣両国」『鏡報』426(香港,鏡報文化企業有限公司,2013.1)pp.16-19.

 ※※ さすがに「日本を軍事的排除して、武装した兵隊を揚げて占拠する」とかやると、日米安保が動き出す可能性が高いねえ。それ以前に、日本側海空戦力を掻い潜らないといけないし、その後に日本側に奪回されて完全占領される可能性も高いし。
2013.01
05
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Category : コミケ
 実写映画版島耕作、例の『原発・CIA・島耕作』の話でもしようかと思ったのですよ。

 まあ『社長島耕作』『経団連会長 島耕作』から『政商島耕作』『フィクサー島耕作』と黒幕としも登りつめた。ようやくネタ切れかと思ったら、新しいシリーズですからね。米公文書公開で、島耕作情報がリリースされてCIAとの繋がりっていうのも面白い話でした。

 島耕作って、いままではイザとなったら下半身でなんでも乗り切るスーパーマンってイメージがあったのですがね。個別のエピソードなんかでも、フィリピンだかビルマだかで有力者のハーレムを一回で満足させる「十五対一 比島の死闘」とか、あれが島耕作の実像ってイメージがあったのですけどね…まあ、モーニング本誌の連載で原発話やったというから、図書館行って閲覧してきたんだけれどもねえ。

 でも、なに書こうとしても、3.11の以降に起きたことの前では力を失うわけですね。中でもリアリストの皆様の振る舞いがね。リアリズムってなんなのでしょうね。現実に原発が暴走し、放射能を撒き散らしている。その姿を眼の当たりにしながらも、リアリストたちは原発擁護論をブッたわけです。原発事故では「眼の前にあるリアルを無視するリアリズム」の姿があらわになりました。

 前提条件である安全神話が崩壊して、従来の原発擁護論・推進論のロジックが倒れたにもかかわらず、いまだに「原発作るべし」なんていう姿はマヌケそのものです。

 君子は豹変するものです。前提条件が変わったのです、発言が変わっても差し支えありません。

 しかし、なぜかリアリストは方針転換されない方が多い。現実を見ながら崩れた理屈によっているのです。実態は教条主義者です。機械仕掛けの保守派といってもいいです。

 「原発推進=リアリズム=保守派」と「反原発=理想主義=革新派」という2項対立から抜け出せない。革新に降ると勘違いして、執着しているだけですね。


 ウン、彼らのリアリズムは、現実主義とは程遠いものだったということです。

 リアリストが原発を推進したのも、反原発ムーブメントが革新サイドだったために過ぎません。80年代後半、チェルノブイリ以降に力を得た反原発運動は、現場だとかつての空想的平和主義にそっくりだった。それに拒否反応を示した一部保守派は、革新の主張を全否定しようと「原発は経済性が高いとか、安全だ」とか言い出した。それも原発建設サイドが出したお仕着せ資料を、無批判に肯定したものですよ。

 そして「これがリアルだ」と言い切った。なんせ清濁合わせ飲むのがリアリズムです。リスクについて思考停止するのは簡単です。効用と副作用の利得を考えないで強い薬を飲んだわけですね。

 結局は「原発推進=リアリズム=保守派」と「反原発=理想主義=革新派」って二項対立に自分から嵌り込んでいるだけだったわけです。

 そして、原発推進以外の選択肢は「反原発につながる」と、否定してきた。「長期的に自然エネルギーを導入して、将来的に原発を削減する」といったオプションまで「敵」と考えて拒絶を示したわけです。

 原発削減でリスクを減らす、平行して自然エネルギーで電力を確保する。それこそ現実主義なんですけれどもね。


 …ま、原作マンガ読んだら、思ったよりも自然エネルギー擁護的なんで拍子抜けしたのです。資本主義の手先、島耕作ですから、会社大事に教条的発言するのかと思ったのですけど、キチンと風を読んでいますな。世間様から反感買ったら読者も離れる。だから当たり前なんですけどね。

 例の悪フザケを書こうとしましたが、リアル擁護派の方が面白いので困るということです。ハイ



 2011年夏コミで出した『掃討しかない-感応機雷と対機雷戦-』の「あとがき」を転載
2013.01
04
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Category : 有職故実
 昭和16年に出た朝日新聞にコンタクトレンズの記事があった。戦前からあるところにはあったらしいのだか。これがカラーコンタクトであり、ファッションとして瞳を違う色に変えられるとも書いてある。今あるものは、たいていは戦前からあったということだ。

 記事名は「便利な接触レンズ」※というもの。「従来射撃レンズと呼ばれていた」コンタクトレンズが、ベルリンではカラーを付けて違う色の瞳にする道具として流行しているといったもの。

 戦時下のドイツで、カラーコンタクトのような奢侈品は流行していたとも思えない。昭和16年は、第二次世界大戦が始まってすでに2年が経過している。「そういうものが市販されているよ」程度の話なのだろう。

 ただ、コンタクトレンズそのものは、さらに古いもの。記事で解説を求められた逓信病院院長、石原忍さんは「30年ほど前、留学先のドイツで実験したけど、1時間もつけていると充血して実用困難だった」(大意)とのこと。ドイツ留学当時は、厚さ1mm、黒目大だったとも説明している。

 ただし、1930年代後半からは、薄いアクリル樹脂製が使用されていたらしい。佐藤勉ほか『コンタクトレンズ』(医学書院,1960)によると「1937年にニューヨークのObrigが始めてアクリル樹脂原料を使用した」とのこと。ドイツのカラーコンタクトも、アクリル樹脂製かもしれない。ただし、『コンタクトレンズ』には、日本で最初に着用した人として石原忍さんが出てくるが、ドイツのカラーコンタクトの話は出てこない。



※ 「便利な接触レンズ」(朝日新聞,1941.7.13)3面
2013.01
02
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Category : ミリタリー
 やえやま型である必要はあったのかね。大深度機雷への対応として、もっと確実な方法や、あるいは安い方法もあったのではないかね。

 90年代、海自は掃海艦3隻を整備した。東京外湾で機雷から潜水艦を守るために建造した大深度掃海用掃海艦である。大深度掃海用対応を謳いい、自動で深度を調整してくれるS-8掃海具を装備している。しかし、実用上はソーナで機雷を探すことになる。その上で大深度で繋維掃海するアイデアは既に時代遅れだったんじゃないか。

 やえやま型掃海艦は大深度機雷への対応として建造された。横須賀から観音崎をかわって東京外湾はいきなり水深が大きくなる。そこに大深度機雷を入れられた場合、横須賀から出港する、艦艇が危険に晒される。特に潜水艦が危険になると考えられていた。潜水艦が危険となるのは、高価な大深度機雷は基本的に潜水艦を狙うものとして作られているためである。

 対抗すべき大深度機雷としては、70年代以降に登場した上昇機雷やロケット機雷、短魚雷を発射する知能化機雷である。従来、200mを超えるような大深度に機雷は敷設できない※ とされていた。また、敷設しても繋維機雷であるため、掃海で容易に対抗可能であると考えられていた。しかし、上昇機雷の類は200mを超える大深度に敷設可能であり、長い繋維索を持たないため、繋維掃海では対抗不能であった。

 大深度機雷に対抗するため、やえやま型はS-8掃海具を装備している。S-8は掃海具というよりは、水中フロートそのものである。リモコン水中フロートであって、自動深度調整や、掃海艦からの方位、現在位置を教える機能がついている。それ以外の部分は従前品を集めたものだ。コンセプトとしては、短繋止されているワイヤーを狙って繋維掃海する発想である。

 しかし、大深度機雷を処分する方法として、掃海は面倒臭い。大深度機雷は待受面積が広い。高価でもあるので、密集配置させるものでもない。ソーナーで見つけた1個だけ、あるいは何マイルも離れてポツンポツンとある機雷に対して、わざわざ掃海具を展開・揚収する手間は大き過ぎる。そのうえ、ワイヤ-カッターで正確に繋維索を狙うのは面倒この上ない。

 まずは、大深度処分具を作ったほうがよかったのではないかね。やえやま型+S-8掃海具よりも、そっちのほうが
容易かつ確実に大深度機雷を処理できる。S-8は掃海具でやめずに、ROV(リモコン処分具)まで進化させたほうがよかったのではないか。大回りしかできない掃海艦で機雷の近くまで掃海索を引っ張りまわすのは、あまりにもマヌケなやり方である。もちろん、当時そこまでの大深度に潜れるROVはない。しかし、容積や重量を無視すれば作れないものでもない。

 逆に、大深度での繋維掃海にこだわるのならば、特に専門掃海艦とする必要はなかった。同じ大深度用掃海用として先行していた英国RIVER級は簡易にできていた。繋維掃海具を鋼製漁船で二艘曳きするものである。潜水艦出入航路だけを確保すれば良いとする判断だろう。ソーナーもついていない。確かに、潜水艦の出入だけが問題なのであるから、潜水艦直前を前路掃海し、あるいは航路を日日掃海すればよい理屈である。

 果たして「やえやま」型掃海艦は必要だったのだろうか。大深度掃海を理由にした大型掃海艇が欲しかっただけではないのか。今もそうだが、掃海艇は耐航性や居住性に欠ける。そのあたりで、乗り心地のよい※※ 掃海艦が欲しいといったあたりが、本音だったのではないだろうか。


※ 第二次世界大戦中、イギリスが-600m地点に繋維機雷を入れているが、実用的な範囲は超えていると考えられていた。大深度敷設が現実的な問題になったのは、1970年代にクラスター・ベイ等、大深度敷設可能な誘導機雷が登場して以降である。

※※ 木造で対機雷戦艦艇を作っていた理由の一つも、乗り心地ではないかね。FRP/GRPのように成形型が要らないので、状況に応じて船型を変えられるメリット※※※ もあるが、○掃に話を聞いていると乗り心地を追求したとしか思えない部分がある。

※※※ 木造には、耐燃性での難点や、フナクイムシ退治のための頻繁な整備というデメリットもある。