Category : ミリタリー
中国でも陸軍から海軍への転換をしているのに、日本ができないのは何事なのだろうか?
アジアでの軍事力整備は、海軍に焦点が絞られている。各国とも、海上交通や海洋権益確保がメインになっている。そのため、海軍力を増やすことに躍起になっている。
海軍力を増やすには財源がいる。
国防費を増やすことは難しい。どこの国も、対外強行派や愛国者面がいて、軍隊の御用聞きみたいな発言をしながら「国防費は増やすべきだ」というのだが、その金を都合する方法なんかありはしない。
だから、普通は陸軍あたりを整理して、海軍に振り向ける。それは中国でも同じである。
今月の『鏡報』に水石さんの「中国陸軍番号的秘密」※ がある。今まで中国は、解放軍部隊については秘匿のため番号を振っていた。戦争中の日本でやったように、第39集団軍を65321部隊と呼ぶ方法である。その中国が、公開の場で本来の部隊名を使うようになったという記事である。※※
ただし、記事で興味を惹かれるのは、人民解放軍での陸軍整理の歴史である。解放軍は、建国以来の70ヶ軍を段階的に縮小し、18ヶ軍にしたとしている。1949年から82年まで15ヶ軍を減らし、85年の100万人軍縮で8ヶ軍、97年の50万軍縮で2ヶ軍、2003年の20万軍縮で4ヶ軍を減らした。並行して、4ヶ軍を海軍、6ヶ軍を空軍、3ヶを第二砲兵、3ヶ軍を公安、7ヶ軍を建設部隊に振り分けている。合計減少数は-52ヶ軍で、70ヶ軍から18ヶ軍体制に至った、と水さんは述べているのである。
中国の場合でも、海空軍を増強や、陸軍の高度化のためには軍縮をしているわけだ。
特に東アジアでは、各国とも陸軍が多すぎた。各国は自国防衛に必要以上の陸軍を抱えており、海空軍力は比較的弱体である。
旧自由主義陣営は、アメリカの方針により陸軍優先とされていた。アジアの戦争はアジア人にというアメリカの方針により、陸軍建設を優先され、海空軍は米海空軍に依存すればよしとされていたため、海空軍は比較的少数となった。
旧共産主義陣営は、数で圧倒できるという頭で、陸軍力を優先していた。海空軍は限定された能力で充分と考えられていたため、沿岸防備用程度に限定されていた。
各国が海洋を重視するようになって、陸軍整理により、海軍への傾斜配分をしたのは当たり前の話だということだ。なんせ陸軍は余っており、海軍は足りないのである。それは中国でも、政治判断で行なっているのである。
それを判断できないのは、日本くらいなものだろう。日本の硬直した体制は、陸を大幅に減らして海空を増やすという選択ができなかった。そのため、いまだに池田・ロバートソン会談以来の、無駄なまでの陸上戦力整備が続いているのである。
かつての陸自18万人は、米要求10ヶ師団30万人のプランそのままである。対ソ・対中防衛戦を独自遂行するための10ヶ師団の戦闘部隊を揃えて、省ける後方支援を省いた体制である。日本の暴発を防ぐため、なるべく海空軍を持たせない発想もその背後にあった。
その陸自18万人から15万人への定数切り下げも、殆どは陸自維持の発想である。18万人体制でも、常に実数は15万人程度であった。
陸自・防衛省の組織維持で、海軍力、あるいは海空戦力強化は邪魔されているのである。意味のない陸自人員の確保に汲々としていると、海空強化は難しく、それだけでなく、陸自近代化の足も引っ張られるだろう。
日本も陸自人員を一気に減らさないと、そのうち中国に負けるのではないかな。
※ 水石「「中国陸軍番号的秘密」『鏡報』432(香港,鏡報文化企業有限公司,2013.7)pp.58-61.
※※ 水石さんは、その話ついでに、陸軍各軍の称も付している。
北京の近所、河北にいる38集団軍なら「万歳軍」。
上海近所の浙江湖にいる第1集団軍なら「一号軍」。
13集団軍は「山中猛虎」だが、この13軍は中印紛争、中越紛争、カンボジア・ハイチ・アフリカでの平和維持活動、国内治安戦であるチベット平定、新疆平定、雲南省あたりかの西南剿匪に参加し、1968年の重慶治安維持が実績として揚げられている。
第20集団軍は「蘆蕩火種」で、朝鮮戦争や対国府戦への参加で有名らしい。
アジアでの軍事力整備は、海軍に焦点が絞られている。各国とも、海上交通や海洋権益確保がメインになっている。そのため、海軍力を増やすことに躍起になっている。
海軍力を増やすには財源がいる。
国防費を増やすことは難しい。どこの国も、対外強行派や愛国者面がいて、軍隊の御用聞きみたいな発言をしながら「国防費は増やすべきだ」というのだが、その金を都合する方法なんかありはしない。
だから、普通は陸軍あたりを整理して、海軍に振り向ける。それは中国でも同じである。
今月の『鏡報』に水石さんの「中国陸軍番号的秘密」※ がある。今まで中国は、解放軍部隊については秘匿のため番号を振っていた。戦争中の日本でやったように、第39集団軍を65321部隊と呼ぶ方法である。その中国が、公開の場で本来の部隊名を使うようになったという記事である。※※
ただし、記事で興味を惹かれるのは、人民解放軍での陸軍整理の歴史である。解放軍は、建国以来の70ヶ軍を段階的に縮小し、18ヶ軍にしたとしている。1949年から82年まで15ヶ軍を減らし、85年の100万人軍縮で8ヶ軍、97年の50万軍縮で2ヶ軍、2003年の20万軍縮で4ヶ軍を減らした。並行して、4ヶ軍を海軍、6ヶ軍を空軍、3ヶを第二砲兵、3ヶ軍を公安、7ヶ軍を建設部隊に振り分けている。合計減少数は-52ヶ軍で、70ヶ軍から18ヶ軍体制に至った、と水さんは述べているのである。
中国の場合でも、海空軍を増強や、陸軍の高度化のためには軍縮をしているわけだ。
特に東アジアでは、各国とも陸軍が多すぎた。各国は自国防衛に必要以上の陸軍を抱えており、海空軍力は比較的弱体である。
旧自由主義陣営は、アメリカの方針により陸軍優先とされていた。アジアの戦争はアジア人にというアメリカの方針により、陸軍建設を優先され、海空軍は米海空軍に依存すればよしとされていたため、海空軍は比較的少数となった。
旧共産主義陣営は、数で圧倒できるという頭で、陸軍力を優先していた。海空軍は限定された能力で充分と考えられていたため、沿岸防備用程度に限定されていた。
各国が海洋を重視するようになって、陸軍整理により、海軍への傾斜配分をしたのは当たり前の話だということだ。なんせ陸軍は余っており、海軍は足りないのである。それは中国でも、政治判断で行なっているのである。
それを判断できないのは、日本くらいなものだろう。日本の硬直した体制は、陸を大幅に減らして海空を増やすという選択ができなかった。そのため、いまだに池田・ロバートソン会談以来の、無駄なまでの陸上戦力整備が続いているのである。
かつての陸自18万人は、米要求10ヶ師団30万人のプランそのままである。対ソ・対中防衛戦を独自遂行するための10ヶ師団の戦闘部隊を揃えて、省ける後方支援を省いた体制である。日本の暴発を防ぐため、なるべく海空軍を持たせない発想もその背後にあった。
その陸自18万人から15万人への定数切り下げも、殆どは陸自維持の発想である。18万人体制でも、常に実数は15万人程度であった。
陸自・防衛省の組織維持で、海軍力、あるいは海空戦力強化は邪魔されているのである。意味のない陸自人員の確保に汲々としていると、海空強化は難しく、それだけでなく、陸自近代化の足も引っ張られるだろう。
日本も陸自人員を一気に減らさないと、そのうち中国に負けるのではないかな。
※ 水石「「中国陸軍番号的秘密」『鏡報』432(香港,鏡報文化企業有限公司,2013.7)pp.58-61.
※※ 水石さんは、その話ついでに、陸軍各軍の称も付している。
北京の近所、河北にいる38集団軍なら「万歳軍」。
上海近所の浙江湖にいる第1集団軍なら「一号軍」。
13集団軍は「山中猛虎」だが、この13軍は中印紛争、中越紛争、カンボジア・ハイチ・アフリカでの平和維持活動、国内治安戦であるチベット平定、新疆平定、雲南省あたりかの西南剿匪に参加し、1968年の重慶治安維持が実績として揚げられている。
第20集団軍は「蘆蕩火種」で、朝鮮戦争や対国府戦への参加で有名らしい。
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