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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

→ サークルMS「隅田金属」
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2013.11
04
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12:00
Category : 未分類
 どこぞで機関長のような仕事をしていた時の話だ。隊本部1科に居たWACの3佐風情が海曹転勤に横槍を入れられたことがある。

 市ヶ谷に勤務していた時に、ある1海曹が腰を大破した。もともと腰も悪いのだが、それで20日ほど出勤できなくなった。これは仕方のない話。

 とはいえ、20日過ぎて傷みは引いても、良くなるものでもない。横須賀の自宅から市ヶ谷までの1時間半の通勤もよろしくない。本人がクルー長(24時間交代の組)の准海尉に相談して、一緒に己のところに来た。統合部隊ゆえ、人事事項は己の上にいた3陸佐だが、これがダメ人間で何も判断できない。だから己のところに来たわけだ。

 事実として「腰はもう駄目」なので、3陸佐を言いくるめて横監人事、機関科要員に交代を出させますよと言質をとった。直ぐに横監人事に相談するが、例によって海自の人事は手早い。横監人事機関科担当も、手元の書類を見て、履歴と既往症を確認。手持ちのコマもある。直ぐに自艦隊司令部にいる1曹と交代しないかという話を持ってきれくれた。船越自衛艦隊司令部の1曹さん、家庭の都合で艦艇乗組はできないが、24時間交代の司令部は差し支えない人。勤務年数が長すぎて転勤が必要で先方もお代わりが必要とのこと。これは渡りに船。

 それを3陸佐に言い、本部にも伝える。3陸佐には「己が言ったとおりに言えばお代わりが来る、それでこの問題は解決」となしと言いくるめた。だが、今度は本部のオナゴ3陸佐が文句を言ってきた。「人事事項は全て本部が掌握し交渉する、隷下部隊が勝手にやるな」という横ネジ。

 しかし、このネーチャン、件の1曹のことは何も知らない。隊本部は離れたところにあるので、こっちの名前と顔も一致しない。そもそも、海人事の仕組みを知らないので、どうやったらいいのかを知らない。

 その仕事もお座なり。次の週だったか?「人事の件、どうなったか」を聞いたら、結局は統幕に「お代わりよこせ」と投げたと偉そうに言っていた。それで仕事は終わりとでも言うのだろう。横監人事と調整はする立場にないとも言っていたが、それじゃお代わりが来るはずもない。当の1曹も通勤で苦しんでいるのにそれもない。

 しょうがないので、横監人事に電話をしたが、「それじゃ人事は進まんね」と呆れ声だった。結局は、当人を知っている分隊長、分隊士と話さなければ人事は進まない。しかし部隊は統合部隊でそれはいない。強いて言えば、己と准尉になるので、とりあえず実情を連絡。

 次に1科長の2海佐に話をつけ、こっちの総務班長の3海佐に話をつける。当然、市ヶ谷と船越のスワップで行くしかないという話になる。人事のやり方が違うので、それで陸を押し切ろうという話になった。

 だが、またネーチャンがやってくれた。ウチにいる1曹は40で応急工作、交代1曹は50過ぎで内燃、体力や配置上、交代は不都合である。人事としては認められないといったもの。50過ぎで1曹で、司令部勤務で外に出そうなんて地雷じゃないのかとも言う。そんなことは百も承知で、こっちも腰が壊れているのを出すのだから、多少問題があっても等価交換だろうというが聞かない。じゃあ、あなたが横監人事と話して、代わりを見つけてこいというと、それは私の仕事ではないという。どうしようもない話だった。

 職場に戻って、先任相当の陸曹長(生徒のイラク帰り)に話すと、曹長さん「現場不在だ」といって怒る。で、厄介な問題に触ろうとしない3陸佐をつつく。腰が悪い本人や、その仕事を負担をする曹士のこと考えているのかと説教する。今から私とあなたで1科に行って話をつけて、明日でも車借りて一緒に横監にいって人事進めようという。だが、ご本尊の3陸佐はいやそれはできないの一点張りだった。曹長もそうとうカッカきて、隊本部の先任伍長(准陸尉)のところに談判に行ったみたいだが、そっちも進捗はしない。

 そうこう押し合いしているうち、当の1曹に深刻な事態が起きた。「こりゃ切り貼りしなきゃ駄目」といった状況で、今度は50日だかの病休になる。病休になったあとで、間抜けなネーチャンが「自艦隊の1曹でもいい」と言い出すが、船越も、病休で勤務できない人間と交換してくれるわけもない。そして、今まで交代できると言っていたのはウソなのかとバカなことを抜かしていたよ。

 このWACは1期下相当の通信幹部なのだが。本部での当直幹部交代には来ないといったアレなところがあった。0915に課業初めなのに、0910頃になってようやく職場に来る。そして当直エリアに来ないで、自分の机に座りだす。頭にきたので、席の近くまで行って、脚をトントン鳴らしてやってようやく交代に気づいたが、ここでやってくれと抜かしたよ。あなた何様かねと口をついてしまったよ。
2013.11
03
CM:2
TB:0
12:00
Category : 中国
 台湾に潜水艦を売っていいことがあるのだろうか?

 北村淳さんが、日本は中国に潜水艦を売れと主張している。※ 「卑怯者国家」のレッテルを貼られないために東アジア全体のために中国と対立しろとするものだ。
東アジア諸国共通の“公敵”である中国の覇権主義的海洋侵攻戦略を封じ込めるのに一肌脱がないと、それこそ憲法9条を隠れ蓑にアメリカ軍事力に頼りきり自主防衛努力を放棄した“卑怯者国家”とのレッテルが国際社会に定着してしまいかねない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39037?page=4


 だが、中国との関係悪化と釣り合うリターンはあるのか? 台湾に潜水艦を売るということは、中国との関係悪化を覚悟するということである。中国は、台湾に武器を売る国は許さない。フランスでも、ドイツでも、自国へのアクセスを妨害する。「二つの中国」に加担する国には、中国自体が経済的な不利益を受けても対抗する覚悟が中国にはある。しかも、西欧ならともかく、よりによって日本が「二つの中国」に加担すると、面子から抵抗は徹底的なものとなる。

 それに見合う利益は考えられない。北村さんは、日本が誇り高い国家になれば、割があうと考えている。だが、「東アジア諸国」全体のための奉仕と、日本が「卑怯者国家」と呼ばれないことは、何の利益にもつながらない。単なる精神的な満足に過ぎない。それよりも、中国との関係悪化、日本が中国市場から締め出される経済的ダメージの方がはるかに大きい。

 そもそも、東アジアのどこの国も火中の栗は拾わない。中国にある膨張主義の萌芽は迷惑だか、中国との関係悪化をする気はさらさらない。そこに日本だけが「東アジア諸国共通の“公敵”である中国の覇権主義的海洋侵攻戦略を封じ込める」といっても、ただのドン・キホーテに過ぎない。東アジア諸国平和のために中国と対立しても、恩を享けるその東アジア諸国は日本を助けやしない。

 実際に、台湾に武器を売っても、バカを見るだけの話だ。売ってもらった台湾は感謝はするだろうが、それだけである。今の両岸関係では、日本が中国市場から閉めだされれば、台湾人はこれ幸いとその空白を埋めようと、中国とのビジネスを強化することになる。もちろん、見返りで日本が台湾市場ごときで特恵的な位置をもらっても、広大で成長が見込める魅力的な中国市場の代わりにはなりもしない。

 中台関係には巻き込まれないのが、日本の方針である。これは、1973年に日中国交正常化してからの原則である。当時から、さしたる価値もない台湾問題は、重要な価値を持つ中国問題に影響を与えてはならないことは明らかであった。新中国の価値は、その後経済成長で益々増加しているし、濃密になりすぎて切ることのできない日中の経済、人的交流(中国から来たお嫁さんが何人いるか考えるといいでしょう)といった面からも、台湾よりも中国が重要である。台湾程度の問題で、中国との関係を悪化させることは許されないということだ。

 中国との対立、領土問題、軍備競争にしても、ゲームに留める必要がある。金儲けや、人的交流の問題がある。とにかく実質的な友好関係を維持することだ。安保その他の問題が気になるにしても、にこやかに握手する裏で、日本側が優位ある諸条件、例えば海軍力の優越そのほかを維持し、積み増せば済む話に過ぎない。真っ向から喧嘩をふっかけて、冷戦関係になっても何の得もない話である。



※ 北村淳「切り札は日本の潜水艦技術、中国の覇権主義を封じ込める妙手とは」『JB Press』(日本ビジネスプレス,2013.10.31)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39037
2013.11
02
CM:0
TB:0
12:00
Category : 未分類
 2006年ころSNSに書いた日記を読むと、ナウル空港の飛行場は道路と平面交差しているとある。

 昭54年の『季刊民俗学』7号に、グアノ景気で沸き立つナウルの記事があって、その「空港は離発着時を除き、道路として開放される」(大意)を読んだものだが。727が撮影されている写真をみると、逆アウトバーン疑惑が浮かんだ。滑走路両側エンドに向かうタクシー・ウェイを、道路に使っているように見えたためだ。必要に応じて道路を滑走路に使うアウトバーンの逆ではないかと考えたものである。

 写真の場所を確認すると、ここ部分にあたる。

大きな地図で見る

 しかし、実際には駐機場から滑走路中央に向かうごく短いタクシーと、一般道路が交差しているだけの話だった。場所については、緯度経度マーカを置いた場所である(手抜きだが) まあ、しいて言っても飛行場外周道路と一般道路が共用といったもの。

 実際、2車線、幅12m程度の道路で、727を通過させられない。しかも普段自動車を走らせていると、何が落ちているか分かったものではない。その上の自走など、FOD対策でもできない話である。
2013.11
02
CM:1
TB:0
12:00
Category : コミケ
 冬コミ当籤しました。

・ 31日(火)、西館 「や」-14a
  隅田金属ぼるじひ社

です。

 新刊としては

・ 旧軍飛行場の設置と、現状について
  (関東平野と台湾の比較)

でもやろうと考えたおります、あとは機雷戦/対機雷戦本ですかね、ハイ。
2013.11
01
CM:5
TB:0
12:00
Category : 有職故実
 進水式を終えた新造潜水艦の「こくりゅう」も、結局は残念な名前ではないだろうか。

 「ホニャララ龍」とする艦名は、あまり良い艦名ではない。もともと旧海軍でも、空母も潜水艦といった補助艦艇向けの艦名であり、選り抜きの名前ではない。結局は漢語から作られた重要ではない艦名である。

 どこの海軍でもそうだが、重要艦の名前と、それ以外の艦名には落差がある。日本海軍でもそれは同じで、正面切って戦う戦闘艦には立派な名前、補助的な役割に留まる艦艇にはそれなりの名前と、名前の力の入れ方に差をつけていた。そして、かつての空母、いまの潜水艦でつかう「ホニャララ龍」とする艦名は、その後者の素晴らしくはない名前にあたる。

■ 戦闘艦艇には優雅な名前が与えられた
 日本海軍では、正面切って戦う戦闘艦には、やまとことばから優雅で由緒ある名前を選んで艦名として与えていた。

 戦闘に従事する軍艦につける山河の名称は、良い名前を選り抜いて与えられている。和歌の題材となるような景勝地や、伝統的価値観に合致した良い地名が取られている。日清戦争の三景艦や、比叡、吉野、高千穂、日露戦争での敷島、朝日、初瀬、三笠、浅間、常磐はその例である。

 軍艦ではないが、勇敢に戦う駆逐艦でも、やまとことば系の優雅な名前が与えられた。おそらく、駆逐艦の名前には、源氏物語から取る頭もあっただろう。夕霧、薄雲、野分、早蕨といったあたりは、源氏物語から艦名を拝借している。そして、そこから逆算して合致する基準を考えたものだろう。※

■ 非戦闘艦艇には、それなりの名前
 対して、空母や潜水艦といった二線的な補助艦艇には、あまり由緒のない名前が与えられている。

 航空母艦、潜水母艦、駆逐母艦の類は、馴染みのない漢語が転用された。飛龍、蒼龍、瑞鶴、翔鶴と、大鯨、迅鯨、長鯨の起源は、そのようなものだ。雅風のない抽象的な名称となっているのは、戦闘で主役となることが期待されていなかったことの名残である。

 潜水艦にいたっては、十把一絡げに番号が与えられただけで終わっている。イ-168は艦名に168である理由はない。167や169との差もない。その程度の存在にされている。

■ 飛蒼翔瑞は、活躍したからカッコ良く聞こえただけ
 しかし、そのパッとしない艦名が前の戦争では活躍した。太平洋戦争では空母が活躍した。飛龍、蒼龍、瑞鶴、翔鶴…といった、空母は大活躍した。その結果、逆にそれぞれの大活躍により、本来は文字が浮かばないとイメージすら湧かない言葉を与えられた艦名に好印象が与えられたのである。

 当今の例で言えば、気の毒にDQNネームをつけられた子が、ノーベル賞のたぐいをとってMVPとなったようなものだ。結果として、そのDQNネームは良い名前であると認識されるようになった。

 そして、今日には、潜水艦の地位が大きく成長した。このため、潜水艦にはより価値のある名前を与える必要が生まれた。その結果、今日の日本潜水艦には、太平洋戦争でのMVP、空母艦名の命名法を流用することとなった。「そうりゅう」級は、その走りである。※※

 ただし「ホニャララ龍」といった言葉は、やまとことばではなく、書かないと分からない漢語である。雅風な言葉でもない。すでにカッコ良い龍の名前も尽きている。大戦中に活躍したのは、ネームシップの蒼龍と、おそらく次クラスのために取ってある飛龍で終わっている。空母艦名の記憶から名前としてもシックリ来るのは、2番艦の雲龍で終わりで、あとはロクな名前ではない。※※

 ホニャララ龍に窮してつけられた、はくりゅう、けんりゅう、ずいりゅう以下は、何事かという名前である。どういう意味かも浮かびにくい、珍奇な名称にとどまっている。今回の「こくりゅう」もその伝である。このあたりの名前は、一種DQNネームであるので、早々に取りやめて、やまとことばか、戦争中の殊勲艦艦名に限定したほうがよい。


※ 仮に戦前・戦時中に護衛駆逐艦の名前、源氏物語から鈴虫、蜻蛉(かげろうは、本来はこっちか)、蛍、空蝉あたりがいいよね、雅だしと決める。その後で「じゃあ、護衛駆逐艦は艦名を虫ケラにしよう」とするようなものだ。命名基準としては「護衛駆逐艦は節足動物・非脊椎動物の名前からとる」とするようなもの。

※※  これは米国とも同じである。米国も戦後しばらくは潜水艦に適当に魚の名前をつけていたが、潜水艦の価値向上とともに「魚の名前ではアガらない事この上ない」と命名規則を弄って、議会対策を兼ねてかつて主力艦に使った州名や、大統領の名前を使った。これは前に【潜水艦】魚は投票してくれない【名前】として書いている。
http://schmidametallborsig.blog130.fc2.com/blog-entry-53.html

※※※ 日本海軍が艦艇名に使ったホニャララ龍としては、「福龍」がある。ただし、清国からの捕獲水雷艇であり、名前も清国時代そのままであるので、使えたものではない。