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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 軍事ライターの文谷です
 コミケでは隅田金属ででています。評論情報です。

連絡先:montagne.suutyoo@gmail.com (新)
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2014.02
18
CM:4
TB:0
19:04
Category : 未分類
 別にオリンピックで日本が勝とうが負けようがどうでもよい。だが、そればかり報道されるのも困る。なんせ興味がないので、つまらないこと限りない。

 世の中には、芸能スポーツには興味がない層もある。昔なら昨晩の野球の話、今なら夜半のサッカーの話をすれば、誰とも話の接穂になると考える者がいるが、それは誤りだ。芸能やスポーツに興味を持たないものには、却って苦痛な話である。

 女性のいる店で、女がサービスのつもりで助平な話をするようなものだ。アレは聞くに堪えない。

 同じように、オリンピックの話で、踊りで4位だっただの、飛んだり跳ねたりで銅賞もらっただのの話をされても、うざったいだけである。さらにそれを、東北に希望云々いっているのは、全く聞くに耐えない。その志があるというなら、勝手に被災地にいって踊るなり、飛び跳ねればいいだろう。

 オリンピックで勝ち負けしても、社会には何の影響もない。そのようなどうでもいい話よりも、社会に影響が与える事件や、社会が変化しつつあることを示す話をしたほうが良い。

 そもそも、オリンピックは見たくて見ているものなのだろうか? 

 視聴者や読者がオリンピックを見るのは、放送局はオリンピックを見ろ見ろといった結果にすぎない。視聴者は「みんなが見るから」と見ているだけであり、放送局も「みんなが見るから」と放映権を買って、コマーシャルを売りつけるだけである。オリンピックの、しかも冬季大会の競技なぞ誰も知らない。そもそも、放送局も、知らない競技である。そのような競技を見ても、面白いはずもない。

 なに、競技なんか誰も見ていない。見ているのは、日本が何位になった、金賞か銀賞か銅賞かだけである。それなら、あんなに時間を費やす必要もない。そもそも速報の必要も、動画の必要もない。どうせ競技を見ても何もわからない。それなら、翌日のニュースか新聞に結果だけ載せればいいだろう。
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2014.02
18
CM:6
TB:0
12:47
Category : 未分類
 高坂哲郎さんの「迫りくる自律型ロボット兵器の時代」なのだが。日本はロボット兵器装備について縛りをいれるべきではないとする理屈は分かる。だが、それを対人地雷・クラスター兵器禁止条約を例とする点には、違和感を感じる。

 高坂さんは、対人地雷・クラスター禁止で自衛隊が困っていると主張している。日本本土への上陸戦対策や、そこで他国が対人地雷やクラスターが使えるのに、自衛隊が使えないのは大きな不利益であると主張している。

 しかし、それは視野の狭い主張であるようにみえる。

 まず、自衛隊の活動は、海外での国際貢献や、あるいは海外派兵にシフトする方向にあることを見ていない。海外シフトを考慮すれば、国際的取り決めて対人地雷とクラスターが制約されているほうがよい。国際貢献先で、対人地雷やクラスター子弾がワンサカある状況は好ましくないからだ。

 また、対上陸戦といった主張も、その可能性が、ほぼなくなっていることを無視している。当時の政治判断としても、まず発生しない対上陸戦への準備と、対人地雷やクラスターを禁止するオスロ・プロセスのどちらに乗るかといえば、まず後者である。

 そもそも、対人地雷もクラスター兵器も、後始末が面倒くさい。

 確かに、地雷の類は敷設地点を記録する。だが、数がやたらと多いので戦後の回収は容易ではなく、戦闘があった場所では取り残す可能性も高い。また、対人地雷は機雷とは異なり、自滅装置はまずない。また、自滅装置をつけても、発火式の自滅装置は周囲に危険を伴う可能性がある。電池をショートさせるタイプは、自滅後でも雷管を叩くと発火し、爆発してしまう可能性が高い。(昭和30年代に新潟の浚渫で雷管を叩き、自滅機雷が爆発している)

 クラスターは、どこに落ちたのかわからず、不発率も高すぎる。子弾は小型であり、VTではない。衝撃で発火する形式のため、なんらかのクッション効果が起きると不発は多くなる。イスラエルが使ったような、開豁しており、地面が硬い地形でも10%の不発が発生した。これが日本のような植生が発達した所や、対上陸戦で砂浜に落とした場合には、新刊は動作しないおそれはさらに高くなる。

 これらの点を考慮すれば、対人地雷やクラスター禁止は妥当であった。

 しかし、陸自には不満が多かったのは、結局は、対上陸戦で勝つことしか考えられなかったためだろう。陸自OBには今でも不満を開陳する人がいる。例えば、東北方総監をやったOBの某さんは、4-5年前の「世界と日本」でそのような意見を開陳していた。

 だが、そこには上陸戦の可能性やその規模への考察や、戦後処理についての思慮はなかった。その点を考慮すれば、対人地雷もクラスター兵器は絶対必要なものではなかったのである。

 このような点を全部スッとばして「無いと対上陸戦ができない」からと[陸自やそのOBが]言っているから、対人地雷やクラスターの禁止は誤っていたとするのは、誤りである。

 もちろん、高坂さんの「日本はロボット兵器装備について縛りをいれるべきではない」とする主張そのものには賛同するのだけれども。



※ 高坂哲郎「迫りくる自律型ロボット兵器の時代」『外交』(時事通信,2014.1)pp.50-53.