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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

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 軍事ライターの文谷です
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2014.07
01
CM:4
TB:0
17:58
Category : 未分類
 桜林美佐さんによると、日本のジェット機技術は米国をリードしていたらしい。「完成直前だった陸軍のジェットエンジン 戦後に接収されず図面は信州に?」によれば
戦局厳しい中、破れかぶれと言っていい極限の状況であったが、日本初のジェットエンジン「ネ20」は、海軍の攻撃戦闘機「橘花(きっか)」に搭載された。そして、これは独、英に続く快挙であり、米国をリードしていたのである。
とある。

 しかし、1944年1月には、F-80シューティングスターが初飛行しており、1945年には実戦配備されている。そもそも、橘花の初飛行に較べるなら、P-59エアロコメットは1942年に初飛行している。終戦直前に橘花を初飛行させた日本よりも、米国は明らかにジェット技術でリードしていた。

 エンジン技術水準にしても、耐熱合金や、余力があったため、ヨリ高度な機械加工技術を施せたため、エンジン寿命に天地の差があった。

 いつものことだが、愛国商売をする人は、大概が調べ物が足りない。おそらく、事実を調べることで、愛国ドラマツルギーが減じることを恐れているのだろう。

 実際に、桜林さんの記事で事実をあたると、情けない記事になる要素はもうひとつある。終戦後も徹底抗戦としてエンジン開発を続けたというお涙頂戴がそれだ。
ところが、彼ら松本のネ130班はその後[終戦後]もひそかに開発を進めていたという。

 「このままでは引き下がれない」

 熱い思いは、玉音放送を聞いた後も変わらなかったのだ。陸軍の技術将校たちは立川・福生地区の航空基地を占領し「徹底抗戦する」と決起、一方で民間技術者たちは開発の継続という形で徹底抗戦したのである。
とある。だが、陸軍の徹底抗戦主張は5日も続いていない。民間の開発継続も、契約が続いていて、中止命令がでなければそのままであり、徹底抗戦に値するものではない。

 桜林さんは、都合の良いことだけを集めて、それっぽく脚色して物語としている。だが、それは事実を伝える記事ではない。これは戦国大名マニアや新選組マニアの腐女子が史実をねじ曲げて、キャフフだけの二次創作を行っていることと何ら変わることはない。

 そこに戦前・大戦中の日本技術開発にあった問題点や、今の日本の防衛産業にある問題点を直視する姿勢はない。それは戦国マニアが新選組マニアが、事実を直視しないことと同じである。自衛隊と防衛産業はスゴイ以外の、嫌なものは見たくないという心の表れなのだろう。



※ 桜林美佐「完成直前だった陸軍のジェットエンジン 戦後に接収されず図面は信州に?」『ZAKZAK』(産経新聞,2014.7.1)http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20140701/plt1407010830001-n1.htm

※※ 仕事が忙しいので、昨日今日と多分明日は簡略にね。
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