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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2016.01
01
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23:22
Category : 未分類
 ガルパン映画で「リアル」とは何事か?

 「女の子とメカと鉄砲」嗜好に媚びた現実味のない世界である。そこで戦車描写の細かさを「リアル」と褒めるのは滑稽なものだ。

 ガルパンのどこにリアルがあるのか。男は一人も出てこない。ヒロイン達への萌えを阻害するので出さない。戦車を動かすにも下積みや面倒もない。互いに大砲を撃ち合っても怪我をしない。その作画音響がリアルと称賛されるが、「危険性がない」とする理屈付けのリアリティ欠如には何も言わない。

 離乳食のアニメである。テーマ、小道具は全て視聴者層の嗜好にあわせている。そして不快なものは全て抜く。男の影を抜くだけではない。挫折も軋轢も残酷もないし乗り越える課程もない。すり潰した乳児食でしかない。

 客は侮られている。「ドラマの咀嚼力が弱い」と見ぬかれ、それに合わせた見応えのない物語を与えられたのがガルパンだ。そして、その侮られた観客が「描写が素晴らしい」云々と褒める。離乳食を賞賛する客もいるものだ。

 もちろん現実離れのアニメはいくらでもある。アイマスもデレマスも非現実である。男は出てこないし、イメージだけを膨らませた想像されたアイドル世界である。

 だがキャラには人間の造形がある。文字通り戯画化され味付けも極端になっている。だが、そこには人間関係があり対立も衝突も存在する。そして失敗や挫折といった残酷な障害もある。なによりも乗り越える過程がある。互いを不倶戴天とした梨衣菜とみくは互いに相手を受容し、智絵里とかな子は超えることができない障害を乗り越えた。成長後の梨衣菜みく智絵里かな子は以前の小娘ではない。

 ガルパンにそれはない。人間関係で決して衝突はしない。心を砕く障害も登場しない。敵としてヨリ高性能の戦車が出てきても強さのインフレでしかない。乗り越えられない障害ではなく、勝っても何の成長もない。登場人物は戦車の運転が上手になったのかもしれない。だが、人間関係はなにも成長しない。

 それをリアルと賞賛する観客は、現実世間にも不見識ではないか。ファンを広言するミリオタは職場や趣味分野、そして社会でも人間要素に気づけるかも怪しい。

 実際に、ミリオタとかぶる自称理系やSFファンが全くそれだ。自分たちが信奉する工学知識を全てと考え「原発は、オスプレイは危険ではない」と繰り返した。「なぜ抗議者が反対しているか」「工学的に危険でないにも関わらず社会が拒絶するのは何故か」に思いが至らない。ガルパンでの「リアル」激賞もその程度のものだ。

 そもそもが囲い込んだファン向けでしかない。テレビ版を焼直し、そのファンだけを相手にするものだ。そこに新しい客を呼ぼうといった挑戦はない。安牌策でしかない。

 いっそ『ガールズアンドパンツァー 戦国戦車道』までやれば面白くなるのだが。タイムスリップさせればドラマも作りやすい。予告編は「歴史は私達に何をさせようとしているの」でいい、戦車戦のピンチも「軍勢に這い上がられ主砲に刀を入れられる」でいける。

 ラストはどうにもなる。歴史復元力で修正される、長尾景虎に始末される、クレしん戦国大合戦式に現代に帰還する。どれでもよい。

 「女の子とメカと鉄砲」でも工夫すれば面白くはできる。だが、それをせず囲い込んだミリオタ向けの「心地よさ」だけを追求した。これは作品として挑戦心を欠くものである。



ソンム戦にタイムスリップとかね
/著者兼編集兼発行人//文谷数重




2015年冬コミ、本誌の「まえがき」だが、ナマモノなので公開
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