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面白いですが、見たあとで?マークが出てくる映画です。
金曜日、岩波ホールで『火の山のマリア』を観てきましたが、まったくそれです。話も面白い。最初は退屈ですがヒロインが孕んだあとは結構ジェットコースターでなかなかのものです。ただ、最後に観客の頭から?が出る。
もちろん、岩波にかかる映画なので面白くて面白くてたまらない映画ではない。
とりあえず序盤は寝る。平凡なので仕方がない。なんというか抑揚もない感じ、ヘビ実物出てこないし。
これは自分も悪い。徹夜で脱稿納品したその日、そして所要で東京市内に出て、飯食って19時の回ですので寝るのは当たり前といえば当たり前です。
とは言え、中途、離れたところで見ていたオトッツァンも寝ていた。
映画全体はつまらなくはない。予告編に出てくるので書いても構わないのでしょうけど「よその男の子供を孕む」あたりからは眠気も醒めて話に引き込まれますな。それからはチャンと緊張感が持続する。ヒロインが◯◯を暴くところなんかモウものすごくハラハラします。
ただ、最後のクライマックスとカタルシスが全く予想と異なる。「それでいいのか?」と頭から?マークですな。現実はそうでそういった悲劇を描きたいのだろうけど、それなら途中からハラハラさせるなとは思いますね。
観客としては突っぱねられて引き込まれて突っぱねられる感じ。
まず最初に、突っ放されるわけです。これは導入部として弱い。面白く無いなあと。これで客が引き込まれるなら、社会の前提条件が違う文化圏の映画だねえと。
でも、孕女になってからの映画の緊張感とドラマの連続には、やはり人類共通と納得する。アメリカ・インディアンには海幸彦山幸彦神話があるといったあたりで、一万2000年前からの共通文化があるのする連中だなと感心する。実際に話に引き込まれるし。
それが最後にアレ?となる。クライマックスとカタルシスの扱いが我々の知っている映画とぜんぜん違う。オレならヘビ100万匹大行進でヒロインの敵を村ごと滅ぼしたあとで、火山を噴火させて全部駆除するけどね。
映画の構成で、観客が①引きこまれて、②突っぱねられて、また最後に③引き込まれるのは後味がよろしいですが、①'突っぱねられて、②'引きこまれて、最後に③'突っぱねられるのは上映後に困った顔になるというものです。いや、金払ってみる価値はあるし、中途の展開からは面白いし、映画の構成としてどうよとか、現実の社会はどうよと考えることも多いのですけどね。
ちなみにこのあたりはコメントをみてもみんな困っている感じです。映画の宣伝では「グアテマラにゆかりのある著名人のコメント」がありますが、最後のオチからするとなんとも書き難い。褒めるに困っていている。そこでいろいろヒネりだしているのですが、映画の中身からすると「あれっ」といったものばかり。映画を見たあとで読むと、確かにコメント求められても困るんですけどね。まあ、映画を反映しているのが、鳥越俊太郎さんと、千里の民博の名誉教授と、グアテマラ大使かなと。
あとはマヤ語の問題とヘビですね。
最初にエピソードで示して欲しかったのは、主人公はマヤ語しか喋れず教育を受けていないことかね。途中、国勢調査でスペイン語が理解できないことが説明されるが、それは最初にやらないと取ってつけた感じがする。国内向けでスペイン語圏の人間からすればスペイン語でないことは自明だからそれは理解できるのだけれども、それ以外の世界では厳しい。
そしてヘビ。重要な要素なのに現物が一切出てこない。実物のおニョロ様はおろか、一瞬を誤魔化すためのフェイクも出てこない。ヒロインのおっ母さんがヘビに怯えて逃げるんだけど、せめ10フレームでもおもちゃのヘビ出すとかね。昔、虎に襲われるスリラーモノで「サーカスの虎を雇う金が無いので、虎が出てこない」といった映画があったといいますが、その伝ですな。
ただ、面白い映画であることは確かです。ドラマツルギーを高めてクライマックスに持って行ったあとの処理については困惑もするものですが、むしろそれについて考えるのが一番おもしろいでしょう。
金曜日、岩波ホールで『火の山のマリア』を観てきましたが、まったくそれです。話も面白い。最初は退屈ですがヒロインが孕んだあとは結構ジェットコースターでなかなかのものです。ただ、最後に観客の頭から?が出る。
もちろん、岩波にかかる映画なので面白くて面白くてたまらない映画ではない。
とりあえず序盤は寝る。平凡なので仕方がない。なんというか抑揚もない感じ、ヘビ実物出てこないし。
これは自分も悪い。徹夜で脱稿納品したその日、そして所要で東京市内に出て、飯食って19時の回ですので寝るのは当たり前といえば当たり前です。
とは言え、中途、離れたところで見ていたオトッツァンも寝ていた。
映画全体はつまらなくはない。予告編に出てくるので書いても構わないのでしょうけど「よその男の子供を孕む」あたりからは眠気も醒めて話に引き込まれますな。それからはチャンと緊張感が持続する。ヒロインが◯◯を暴くところなんかモウものすごくハラハラします。
ただ、最後のクライマックスとカタルシスが全く予想と異なる。「それでいいのか?」と頭から?マークですな。現実はそうでそういった悲劇を描きたいのだろうけど、それなら途中からハラハラさせるなとは思いますね。
観客としては突っぱねられて引き込まれて突っぱねられる感じ。
まず最初に、突っ放されるわけです。これは導入部として弱い。面白く無いなあと。これで客が引き込まれるなら、社会の前提条件が違う文化圏の映画だねえと。
でも、孕女になってからの映画の緊張感とドラマの連続には、やはり人類共通と納得する。アメリカ・インディアンには海幸彦山幸彦神話があるといったあたりで、一万2000年前からの共通文化があるのする連中だなと感心する。実際に話に引き込まれるし。
それが最後にアレ?となる。クライマックスとカタルシスの扱いが我々の知っている映画とぜんぜん違う。オレならヘビ100万匹大行進でヒロインの敵を村ごと滅ぼしたあとで、火山を噴火させて全部駆除するけどね。
映画の構成で、観客が①引きこまれて、②突っぱねられて、また最後に③引き込まれるのは後味がよろしいですが、①'突っぱねられて、②'引きこまれて、最後に③'突っぱねられるのは上映後に困った顔になるというものです。いや、金払ってみる価値はあるし、中途の展開からは面白いし、映画の構成としてどうよとか、現実の社会はどうよと考えることも多いのですけどね。
ちなみにこのあたりはコメントをみてもみんな困っている感じです。映画の宣伝では「グアテマラにゆかりのある著名人のコメント」がありますが、最後のオチからするとなんとも書き難い。褒めるに困っていている。そこでいろいろヒネりだしているのですが、映画の中身からすると「あれっ」といったものばかり。映画を見たあとで読むと、確かにコメント求められても困るんですけどね。まあ、映画を反映しているのが、鳥越俊太郎さんと、千里の民博の名誉教授と、グアテマラ大使かなと。
あとはマヤ語の問題とヘビですね。
最初にエピソードで示して欲しかったのは、主人公はマヤ語しか喋れず教育を受けていないことかね。途中、国勢調査でスペイン語が理解できないことが説明されるが、それは最初にやらないと取ってつけた感じがする。国内向けでスペイン語圏の人間からすればスペイン語でないことは自明だからそれは理解できるのだけれども、それ以外の世界では厳しい。
そしてヘビ。重要な要素なのに現物が一切出てこない。実物のおニョロ様はおろか、一瞬を誤魔化すためのフェイクも出てこない。ヒロインのおっ母さんがヘビに怯えて逃げるんだけど、せめ10フレームでもおもちゃのヘビ出すとかね。昔、虎に襲われるスリラーモノで「サーカスの虎を雇う金が無いので、虎が出てこない」といった映画があったといいますが、その伝ですな。
ただ、面白い映画であることは確かです。ドラマツルギーを高めてクライマックスに持って行ったあとの処理については困惑もするものですが、むしろそれについて考えるのが一番おもしろいでしょう。
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