FC2ブログ

RSS
Admin
Archives

隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

→ サークルMS「隅田金属」
→ 新刊・既刊等はこちら

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
Powered by fc2 blog  |  Designed by sebek
2017.06
25
CM:14
TB:0
01:02
Category : 未分類
 沖縄戦は本土決戦の時間稼ぎであった。 内地は本土決戦を行い最後の一人まで戦うといった。その準備のため、沖縄に時間を稼いでくれと頼んだ。

 そして沖縄県民に戦闘協力を強要した。当時の内地人からすれば、沖縄県民は日本人の仲間としては一品下るとみていた。植民地人に毛の生えた程度、一.五等市民扱いであった。* その沖縄県民に「君たちも日本国民である、大和民族である」と戦闘協力を強要した。そして戦闘被害や戦後軍政の苦渋を舐めさせた。

 だが、内地は本土決戦しなかった。掌を返すように米国との和平を決めた。供犠として学徒中心の特攻隊や軍艦大和や県知事を送っただけだ。

 復帰後の沖縄援助は「捨て石」とした、やましさの現れだ。だから沖縄開発には予算を注ぎ込んだ。建設土木、教育、税制、イベントといったものだ。返還後の沖縄海洋博はそれだし、今でもガソリン税が安いのもそれだ。


■ 歴史を知らない「捨て石」否定

 だが、若い人はこのような事情を知らない。普天間・辺野古問題で沖縄の悪口を言うようになったのはそれだ。カルトがくっついている反・反基地運動に引っかかるあたりは事情を知らないことこの上ないものだ。

 そして、客観性は揺るがない「捨て石」を否認する主張である。AKIRAさんの発言がそれだ。

AKIRA‏ @5ken6
#報ステ は沖縄を「本土防衛の捨て石にされた」と断定しているが、沖縄を守るために何人の兵士が沖縄に動員され、何人が戦死したか言ってみろ。全兵士は沖縄を守るために戦った。それは沖縄が「日本」だからだ。軽く「捨て石」など言えないんだよ。沖縄戦の全兵士を侮辱した。
#沖縄慰霊の日
6:52 - 2017年6月23日
https://twitter.com/5ken6/status/878249396500013057



■ 当の戦死者も「捨て石」だと考える

 そもそも、この種の言動は戦死者の利用でしかない。少数の志願者を除き、あとは引っ張られた連中である。

 もし、本人たちに事後の状況を説明すれば「馬鹿らしい」といっただろう。

 沖縄戦は決定的となった敗北受容を拒否し、先送りするものでしかなかったからだ。

 日本は降伏するしかない状況である。戦前の日本指導部の戦争観では本土空襲を継続的にうけることはない、つまり継続的に受ける状況なら講和であた。また、比島戦以降は侵攻を押しとどめることはできないとも判断されている。

 既に和平努力も始まっている。もともと43年のカイロ宣言の段階で外務省は「無条件降伏もアリ」と判断している。無条件降伏で日本が降服できること、領土範囲として日清戦争以前が保全されることを見抜いたためだ。さらに沖縄戦の時期にはアレン・ダレスと加瀬俊一の交渉も始まっているからだ。

 そして、内地は最後に無条件降伏し、陸戦を回避している。

 この状況において「沖縄は捨て石」ではなかったといえるだろうか?

 どういいつくろっても「捨て石」は認めざるを得ない。


■ 都合よく戦死者を利用

 さらに戦死者を利用するのも嫌らしい。

 AKIRAさんは戦死者を都合よく使っている。自分の主張の補強にしていることがそれだ。戦死が如何に価値があったかのように述べている。当時の言い方なら悠久の大義、最近なら「日本を守るため」であり、上記では「沖縄を守るため」(AKIRA)と言っている。

 その上、説教に転じている。「沖縄戦の全兵士を侮辱した。」(AKIRA)といったものだ。


■ 「侮辱した」と述べる権利があるのだろうか?

 だが、AKIRAさんが「侮辱した」と言う権利はあるのだろうか?

 主張者は沖縄戦に従軍したわけでもない。当然ながら戦死したわけではない。おそらくは兵隊に行ったこともない。ネット戦士でしかないからだ。

 それを参加者の如く「沖縄戦は無駄ではない、戦死者も無駄ではない」と獅子吼している。

 もちろん沖縄戦に参加した御仁ならそれもいいだろう。戦争でエライ目にあったからだ。その主張はともかく、大変でしたね位は思うものだ。

 だが、戦争に参加してもいないネット聖戦士がそれを言うのは不思議なものだ。「あなたは兵隊に取られて、戦争に行ったのですか?」といった質問しか浮かばない。もちろん、質問の回答は知っているのだが。




* ウチはもとはブラジル移民で昭和17年5月に日本に帰ってきた。そこそこ成り上がった様子だが戦争では農園等を処分して、時刻表トリックでも使ったのか開戦後に日本にもどったのだが。
 その時のことについて「かわいそうだけど沖縄人はおいてきた」と言った。祖父母は10年前に百歳近くで死んだが、米軍の臨検うけたといった話の中に自然に「日本人はみんな連れてきた、沖縄人はかわいそうだけとおいてきた」といっていた。日本人の範疇に沖縄人が含まれないことにはショックを受けた。
スポンサーサイト