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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2017.07
01
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Category : 未分類
 投票行動だけが民主主義ではない。むしろその起源は街頭にある。だから集会結社の自由があり、デモの自由もある。

 そして安倍は街頭で負けた。本日、秋葉原で行われた演説会、政権与党が動員を掛けた集会において、反対派のコールを自民支持者は圧倒できなかった。そして、首相はそれに耐えきれず演説で反応した。反対派は打撃を与えることに成功したのだ。


■ 敗北の否認

 だが、それを否認しようとする主張がある。
四式戦闘機弁務官丙型‏ @ki84type4
公党の正規の立会演説会を動員かけて妨害か。ふうん、これが君らの民主主義かね。ナチばりの街頭闘争じゃねえか。
https://twitter.com/ki84type4/status/881056843543359488


 これは集会やデモの権利を履き違えたものだ。権利はあくまでも実施する自由があるだけのことだ。街頭でその主張を順調に演説示威できることを保証するものではない。街頭での反対派の抗議もまた政治主張の権利である。それに晒されることは当然であり、耐えられなければ負けただけの話だ。

 だが、四式戦闘機弁務官丙型さんはそれを「ナチばりの街頭闘争」という。その発想はレイシズム側の主張そのものである。新大久保や川崎でのレイシズムデモが、そのカウンターにより封殺されたことを以て言い出した泣き言そのものだ。

 その主張に従えば、1936年のケーブルストリートの戦いも真反対に「ナチばりの街頭闘争」(四式戦闘機弁務官丙型)となってしまうだろう。これは英国ファシスト党のデモつまりナチの手先の人種差別デモがあり、それをカウンターが阻止した事件だ。これについて四式戦闘機弁務官丙型さんは英国人に、君たちの民主主義は民主主義ではないと「ふうん、これが君らの民主主義かね。ナチばりの街頭闘争じゃねえか。」と聞いてみればよいだろう。


■ 強いていうなら翼賛体制のデモ

 その点でいえば、四式戦闘機弁務官丙型さんの主張する民主主義とは、むしろ翼賛体制や民主集中制での民主主義に近いものだろう。

 これらの国ではデモ完遂は保証される。官製デモだけであり、それに反対党の反対を許さない体制だからだ。今の北朝鮮や中国、ベトナム、旧東側がそうである。左ではなく、右側としてもナチスドイツや日本の翼賛体制もそうである。冷戦下の韓国台湾もそうである。今の西側なら、デモの場所を限って許される今のシンガポールがそれに近い。

 ちなみに選挙観もそれに近い。民主主義体制下では選挙はお祭りである。これは選挙規則が比較的厳しい日本でもそうだ。明治制限選挙以降、街頭で自分の声で飛ばす限りヤジが選挙妨害となったことはない。

 だが、その程度で選挙違反と言い出すのは相当に繊細な民主主義-選挙感覚である。
四式戦闘機弁務官丙型‏ @ki84type4
あ、立会演説会ではなく街頭演説会と言うべきだった。いずれにせよ妨害は選挙違反だろうに。
https://twitter.com/ki84type4/status/881058479036813312


 四式戦闘機弁務官丙型さんはもっとおとなしい民主主義、選挙を望んでいるのだろう。民主主義は投票するだけ。街頭行動はなし。反対党への抗議はもってのほかといったものだ。

 その主張からすれば、東ドイツやルーマニアの人民は選挙でのみ民意を示すべきであったとなってしまうだろう。

 まずはお上品な民主主義であることだ。
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