fc2ブログ

RSS
Admin
Archives

隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 軍事ライターの文谷です
 コミケでは隅田金属ででています。評論情報です。

連絡先:montagne.suutyoo@gmail.com (新)
旧  :q_montagne@pop02.odn.ne.jp (旧)

メールアドレスは、新旧で切り替え中です


→ サークルMS「隅田金属」

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 軍事ライターの文谷です
 コミケでは隅田金属ででています。評論情報です。

連絡先:montagne.suutyoo@gmail.com (新)
旧  :q_montagne@pop02.odn.ne.jp (旧)

メールアドレスは、新旧で切り替え中です


→ サークルMS「隅田金属」

Powered by fc2 blog  |  Designed by sebek
2019.01
31
CM:3
TB:0
23:45
Category : 未分類
 『史林』は面白い記事が多い。上海社会科学院の歴史研究所が発行している雑誌なのだが内容が雑多でなかなかおもしろい。論文集なのだが、そのテーマに関して雑誌の雑の部分が強い感じしてよい。もちろん水準も非常に高いのだけれども。

 そのなかで武官のアレ気な振る舞いを発見。これは王萌さんの児玉経済使節団の記事、「抗戦前中日国交調整的最后嘗試与失敗」* でみつけたもの。件の磯谷康介さんが武官身分で民国の幣制改革を妨害していた。
上海各国銀行均将庫在白銀転譲於国民政府、然而日方銀行駐華武官磯谷廉介反対而拒絶転譲(p.153)


 時期的には日本が占領した天津で英国銀行の銀ストック問題になっていた時期のはず。それも含めれば陸軍は民国の政策すべてを不利にするように動いていたのだろう。南京の陸軍武官の振る舞いはそれを示している。華北における紛争の有利不利だけのために勝手に日中外交に干渉していたということだ。

 中国側の担当者は張群さん。外交部長だから当然の話ではある。

 ただ、この人の工作ってあまりうまく行っていない印象もある。この児玉経済使節団との会談のほかに川越会談や戦後の日本政府との交渉もしているが、いずれも成果を挙げた印象はない。

 その原因は「蒋介石のレーニズム的独裁体制があって自由度が得られなかったのではないか?」と漠然と考えている。何応欽さんとかもそうなんじゃないかな。だいたいが校長先生蒋介石が作った独裁体制の失敗に見えるのよね。



*  王萌「抗戦前中日国交調整的最后嘗試与失敗」『史林』148(2014年第4期)
   pp.144-154
スポンサーサイト