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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2015.03
07
CM:5
TB:0
04:20
Category : 未分類
 宮嶋茂樹さんの精一杯の背伸びは、見ていて痛々しい。

 先に書いたが、宮嶋さんは番長清原と同じである。顧客や媒体から与えられた役割であり「不肖・宮嶋」を演じなければならない。要は顧客であるネトウヨ層に媚びなければならない。

 だが、主張に全く独自性がない。先行するネトウヨ層向けの言論をそのまま取り込んで、表現の強度を上げる以外のことができない。

 ZAKZAKでの最新記事「川崎中1男子殺害の残虐さ『少年法』のあり方変えないと」は全くそれだ。

被害者は中学1年生、犯人もそろって未成年。そんな「検証」したら、更生を前提とした少年法の精神に反するやて。少年法も日本国憲法と同様に、神聖にして犯すべからずやてか。(宮嶋)

と、中身にはなんの新味もない、

 これは手垢のついた『正論』『WILL』的な言動でしかない。顧客層であるネトウヨや、宗教的右派が持つ憲法や人権への否定的感覚、要はネトウヨ層の、想像されたサヨクへの反発に乗っかっただけで、主張部分にはどこにも宮嶋さんのオリジナリティはない。独自性を示せないのでしかたがないので、正書法ではなく関西弁音写として主張の強度を増やしているだけである。

そんなもんは、ありきたりのことしかコケんワイドショーのコメンテイターや、青少年の健全化、愛国心、道徳の向上に屁の突っ張りにもならん教育評論家に言わせとったらエエ。(宮嶋)

も、自身に跳ね返る主張である。宮嶋さん自身も、結局はネトウヨ層向けの右派言論として「ありきたりのことしかコケん」(宮嶋)状態であり、「青少年の健全化、愛国心、道徳の向上に屁の突っ張りにもならん」(宮嶋)主張しかできていない。

 宮嶋さんにできるのは、自分が如何に右派であるかの主張でしかない。

 これは、独自性のある主張ができないためだろう。

 元来、写真家であるので仕方がないことだ。それなのに商業的に『正論』『WILL』的路線に近づき、求められるままに過激な発言をし、「不肖・宮嶋」といったキャラ付けをされた。あとは顧客の求めるままに、写真家の能力を越えて、「不肖・宮嶋」背伸びをして反サヨク的発言をしているだけである。

 この点、宮嶋さんは番長清原と同じなのである。メディア露出の快楽にハマり、スポーツ紙が作った愚連隊の番長キャラを演じるうちに、愚連隊の真似をして、内面も取り込まれて零落した番長清原と変わるものではない。

 見ていて気の毒なものでもある。既に写真家としても自分の好きなモノを撮ることもできない。男女自衛隊員の写真集にしても、宣伝材料的なお行儀の良い写真でしかない。自衛隊の見せたいような、古い行儀の良い兵隊像を撮影する機械でしかない。

 仕事でスゴイが、仕事以外でもスゴイのが人間である。エリート海曹がエロビデオを見るしかない居住区や、課業外でパチンコに励み借財を重ねる落差を宮嶋さんは知りながらも、その撮影を自ら禁じている。これは不自由な言論の極みである。宮嶋さん自身が、自分で自分を型に嵌めた結果であるが、気の毒なものであることだ。



※   宮嶋茂樹「川崎中1男子殺害の残虐さ『少年法』のあり方変えないと」『ZAKZAK』(産経新聞,2015.3.5)http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150305/dms1503051140007-n1.htm
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Comment

非公開コメント

不肖・宮嶋の中には勝谷誠彦氏がいたような気がしますが、
この話、特に「自ら禁じてる」ってのは本当なの?確認してるかのような書き方なので気になったんだけど。

> 宮嶋さんは知りながらも、その撮影を自ら禁じている。これは不自由な言論の極みである。宮嶋さん自身が、自分で自分を型に嵌めた結果であるが、気の毒なものであることだ。

Re: タイトルなし

実習幹部で配置された98年の練習艦隊に宮嶋さんは同乗(晴海からハワイまで)しているのですが
いくつかの不都合な事件は全く触れてません、例えば飛び込みで行方不明とか

アレだけ自衛隊を取材して、見えるものに見ないふりをして全く言及しない
完全無欠の組織や人員として賞賛しかしないのもねえ


> 不肖・宮嶋の中には勝谷誠彦氏がいたような気がしますが、
> この話、特に「自ら禁じてる」ってのは本当なの?確認してるかのような書き方なので気になったんだけど。
>
> > 宮嶋さんは知りながらも、その撮影を自ら禁じている。これは不自由な言論の極みである。宮嶋さん自身が、自分で自分を型に嵌めた結果であるが、気の毒なものであることだ。

98年の実習は一緒だったんですね。どうもだす。

No title

産経は戦前マンセーで国賦人権説支持だからしょうがないね。
子供と犯罪者と外人には人権をやらなくていいと思ってる。

ミニマム憲法解釈
http://web.archive.org/web/20050312081155/rosf.net/column/seinen/kenpou.htm

「4:2つの説はどうちがうのか?

天賦人権説の憲法は、「人間は誰でも自由や権利を持ってしかるべきだ」という価値観で作られています。
従って、子供や犯罪者や外国人にも基本的な人権があると考えます。
一方の国賦人権説の憲法は、「国が国民と認めない人間には人権がない」という価値観で作られています。
従って、子供(場合によっては女性)や犯罪者や外国人には人権がないと考えます。
両者の法律上の最大の違いは、天賦人権説を根拠に持つ憲法が人権を明記しているのに対して、
国賦人権説を根拠に持つ憲法では、人権を保障するのは個々の法律であって、憲法は必ずしも人権を保障するものではない、とされている点にあります。
従って、国賦人権説を根拠に持つ憲法では、具体的な法律がなければ人権を保証する必要はありません。これを、「法律による留保」と言います。

5:どうして、こんな違いが生じてしまったのか?

天賦人権説に基づく憲法は、ルイ王朝を打倒したフランス革命によって産みだされました。
新政府はルイ王朝の失政や弾圧を憎んでいたので、国家の権利を制限する事にしたわけです。
一方の国賦人権説に基づく憲法は、細分化していたドイツ地方を統一したドイツ帝国や、イギリスから独立したアメリカ合衆国によって産みだされました。
こうした国々では、新しい国家権力を速やかに住民に認めさせる必要があったので、「国があるから国民が存在できる」という説を採用せざるを得ませんでした。
しかし、アメリカでは「このままでは国家権力が好き放題になってしまい、人権は守られないだろう」という懸念から、ただちに『修正条項』という名称で人権が明記されるようになりました。

6:日本の憲法は、どちらの説を採用しているのか?

現在の日本国憲法は、おおむね天賦人権説を根拠に作られています。
しかし、ここからがややこしいのですが、それ以前の大日本帝国憲法(明治憲法)は、国賦人権説を根拠に作られていたのです。
そこで、現在の日本国憲法は、天賦人権説を根拠に持ちながら、それを運用する政府や法律関係者、更には国民の間でも国賦人権説が根強く残っているという、非常に曖昧な状況に置かれています。

7:国賦人権説で日本国憲法を解釈すると問題が生じないのか?

国賦人権説を信奉する人間からすると、日本国憲法は問題だらけの法律です。何しろ、「国が国民と認めない人間には人権がない」という観点ですから、子供が権利を主張したり、犯罪者が権利を主張したり、外国人が権利を主張することを許すような法律は、「全くなっていない」としか思えません。

そこで、国賦人権説を信奉する人達は、何とかして子供(場合によっては女性)、犯罪者、外国人の権利を剥奪しようと考えています。

こういう発想で国の政治を動かそうとする人達、あるいはそういう政治活動を支持する人達を、日本では『保守層』と呼んでいます。」

こんなのに入れあげて、宮嶋氏ではなくお母さんが亡くなったからってどうするか検討している海幕の常識を疑わざるを得ません