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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2016.03
14
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Category : 未分類
 日本語の語彙にマレーポリネシア語の影響がある。

 西部マレーポリネシア祖語のbukul(かたまり)が、上代日本語のfukuが同じ語源であるといった主張がある。今のマレー語のbungkol(こぶ)、タガログ語のbukalといずれも「丸々とした塊」で意味をくくれる。

 だが、それよりも気にかかったのは、bukul・fukuの日本語での残滓として、河豚、袋、フグリ、膨らむが上げられている点だ。確かに、すべて丸々と膨張したイメージを伴うものだ。漢字では全部別だが、日本語としてはhukuで一致している。語幹は同じだったということだ。

 また、マレーポリネシア祖語のpatuy/matay(死)として復元される言葉と、上古日本語のfataiも同じとされている。これもマレー語のmati、タガログ語のpatayと通底する。

 これも、「はて」が死の意味を内包することに気付かされるものだ。fataiは、はて、はてる、はつる、の語幹となる部分である。「この世の果て」の「果て」もそれである。死・終わりを指す概念ということだ。みちばたの「はた」もそうかもしれない。

 チンポはbutugとして復元されるが、日本語では意味が逆転しているとされる。マレー語のButuh、タガログ語のbota、マダガスカル語のvotoがいずれも男性器を指す。これが上代日本語のfutu、のちの「ほと」に該当するというものだ。男性器名称が女性器名称に変わっったのは、タブーのためかとしているが、実際には先に存在していたチンポ的な古語と衝突して女性側に当てたのだろう。

 こういうのを見ていると、日本語のうち固有語の漢字表記と音の差異は相当にズレていることがわかる。「おなか」を「お腹」とかくが、本来は「お中」だし、「たまご」を卵と書くが、日本語としては「玉子」のほうが言葉の成り立ちを表している。わざわざ難しくしているということだ。鉄砲の弾も、本来は玉でいいのだがねえ。わざわざかき分けするから面倒になる上、正しい・正しくないで峻別されるのは面倒なことだ。

 ちなみに、日本語がこのマレー・ポリネシア語圏の諸語に影響した例もある。

 戦争中の一時期のハンチョやビンタやバカもそれだ。おそらく日本占領地域では通じて、その外には通じない言葉だろう。

 さらに植民地支配が長いパラオ等では本来の日本語とは違う方向に意味拡張された例があるという。「現場」がkenba:仕事の中途に昼寝する場所となったり、「冷める」がsamer:冷凍状態から解凍することになるというものだ。「密航」はMikko:警察が隠れて見張る場所、「贅沢」はZeitak:非常にきれい好きなさまといったものだ。
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柳田國男が「ホトは元来男性器女性器両様に用いた語で、その本来の意味は"秀処"、すなわち人体の中でも極めて注目すべき場所、くらいの意味である」と書いていましたが、さてどうですかね。