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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2011.07
06
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Category : ナショナリズム
 『ヤシガラ椀の外へ』(アンダーソン)読んで、ちいと考えたことなんだけれども。
 ベトナムが、東アジアから切り離された時期はいつなんだろうね?

 もともと、東アジアであったベトナムと、インドの影響の近い近所の南アジアとは全然違う。それなのに、近所でひっくるめて『東南アジア』とされてしまった。

 『ヤシガラ椀の外へ』には、「東南アジアの誕生」みたいな条がある。 そこでベトナムが東アジアからはなれてしまった経緯がある。
「グエン朝をフランスが保護国化したとき、たまたま「インドシナ」としてしまった。このため、ベトナムはインドシナと見なされるようになった。そして、第二次世界大戦において、連合国は「インドシナ」を『東南アジア』戦域としてした。ベトナムは結果として完全に東アジアから切り離された」 (アンダーソン、大意)
 という内容。
 でも、これって極めて最近、まあ少なくとも50~150年※の出来事じゃないのかねえ。ごく最近の話じゃないかと。

 こう見ると、ベトナム問題≠東南アジア問題では無かったのかな、と。

 ベトナム問題を「東南アジアの問題」とみて、「ベトナムの共産化により、東南アジアはドミノの倒れるが如く」と介入したアメリカは、エライ勇み足をしたもんだということになるね。

 ※『ヤシガラ椀の外へ』では、「『東南アジア』の誕生」1920~45年くらいだとしている


2009年10月04日 MIXI日記より
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