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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

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2012.01
21
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13:00
Category : 有職故実
 ちょっと、漢字文化関係、日本語関係でカキモノの必要があったので調べたのだけどね。

 19世紀末には、手旗信号には少なくとも3種あった。まず、英式、仏式と手旗信号が2つあった。これはセマホア信号を手旗で送るものであり、それ以前の端船通信を置き換えた。そして、日本式手旗信号である。これは、セマホアではなく、旗でカタカナを書く。送信はそれなりに慣れが必要だが、日本語話者、読解者であれば受信は容易、子供でも読める。英仏式手旗が廃れた(いまは旗でモールスを送る決まりだが、実用した例は聞いたこともない)あとでも、日本式手旗が残っているのは、読解容易という利点なんだろうねえ。

 この日本式手旗信号は、いつできたのがが判然としない。

 まず、海軍省公文書に載っていない。状況証拠から、制定されたと考えられる時期、明治10年代後半から、明治20年代初期まで、海軍省公文書を一覧してみた。カタカナ式手旗信号に関する既述は、気持ち悪いくらい見つからない。

 というのも、海軍は手旗信号を軍事機密としていたためだ。おそらく、部外に対しては、存在そのものが秘密であったのだろう。というのも、日本海軍式手旗信号が、幼児~小学生向け雑誌に掲載されてしまった時に、流出元である陸軍に海軍から抗議が行われている。陸海大臣間で「バカ、あれは軍事上の秘密だぞ」という公文書が残っているのである。

 まあ、手旗だからね。大した距離も届かない、しかもカタカナで、相当早く送出する。重篤な秘密に繋がるような、抽象的な内容を送受しないから、とりこし苦労なんだがね。
 日本式手旗信号が海軍省文書に出てくるのは、明治20年代後半に入ってから。最初は、陸軍省や逓信省(商船を管轄)から、海軍に「手旗教えて」という内容になっている。その時には成立していたということだな。

 しかし、手旗は便利なもの。一回習ったことがあれば、なかなか忘れず「テンワ」「子ツチ子イ」「オシマイ」くらいは容易に伝わる。20台前半に一回こっきりしか習わず。その後縁遠い仕事をしたオトッアンでも、口々に「素直に見たままで、読める」と言う。送出には慣れが必要で、チョット考えるが、受信は楽勝。それこそ子供でもできる。

 去年6月にニュースで
  皇后陛下、美智子様が、行幸啓先で畏れ多くもシレっと受信なされたというのも、頷ける話、そもそも幼児-小学生を対象にした雑誌に掲載されるくらいだからねえ。
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