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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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Author:文谷数重
 軍事ライターの文谷です
 コミケでは隅田金属ででています。評論情報です。

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2021.08
31
CM:2
TB:0
22:40
Category : 未分類
 国会図書館で雑誌が大量に盗まれているといった話が出ている。

 「 『「ロードス島戦記」研究のため国会図書館に行っても、コンプティークがまとめて盗まれており不可能』~サブカル雑誌こそ被害が多い?/「だから電子の方がいい」ほかでもだけど」https://togetter.com/li/1765990がそれ。


■ 納本抜けじゃないの

 でもコレ、単に一定時期に納本していないだけじゃないのかね。

 そちらのほうがありうる事態だからだ。冊子体ごと抜けがあるとすればまずは納本抜けだろう。

 そもそも閉架式だから盗みやすくはない。1冊を盗まれついで2、3冊と盗まれると出納で気づく。そうなると雑誌は監視下の別室閲覧になる。だから国会図書館の資料を盗んだ話は殆ど聞かない。切り取りがいいところである。

 さらに言えばまだ本屋やら古本屋で買える段階で盗むかといった疑問も湧く。図書館は暫く経った雑誌は合冊する。合冊した本を盗むのは難儀この上ない。それからすれば合本前の段階、発売から2~3年の間しか盗めないからだ。


■ 丸々3年分を盗めると考えるあたりがね

 それからすれば納本抜けと考えるのが自然だ。

 それを盗難と結論づけるのはね。

 それは合理化や被害者妄想に似たものではないのかね。普通は納本をスッポ明かしたと考える。でも自分がファンの雑誌側にある。大角川に問題があるとは考えない。だから心無い人間に盗まれたと考えたのではないかな。

 しかし、その不自然な話を信じる御仁もいらっしゃる。

ooi@n_m@JDSDE214
1986年辺りをごっそりやられてますねこれ、1986年から88年までが無いんだもんな…
午後6:08 · 2021年8月27日
https://twitter.com/JDSDE214/status/1431181741197197317


 「国会図書館で86年から88年まで丸々盗めた」と考えるあたりがまあね。世間は広いものだ。
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本泥棒は・・・

泥棒ではない、と一昔前では言われていましたけれどね。借りパクだと。本持ちの友達の家の書斎へ上がると家主そっちのけで物色が始まるし、当然成り行きで貸し借りが発生し、借り忘れ貸し忘れも発生します。かく言う私も先生方のお宅へお邪魔になった際には書棚を拝見し、また咎められることもありませんでした。「アレ欲しいな」とか「いつかもらい受けたい、譲って欲しい」などという顔をしていると「キミ好きな本を持って行き給え、僕はもう使わないから」とか「キミのような勉強熱心な若者の元へ渡るのならば本も本望だ」とか言われたことがあります。古い話ですが。

 本どろぼうについては私も犯人について某宮台先生の件(容疑w)を聞いたことがあります。何故なら出身大学の旧図書館か閉架書庫だかで代本札が(未だに)残っていたぞ、とか昔聞いたことがあるからで、代本札がある以上、超長期貸し出し中であり、窃盗ではない、あくまで容疑だということでした。

 山本五十六が堀悌吉の本を本人の断りなく勝手に第三者に対して貸し出したという話を読んだことがありますが、これは両者の関係性を現すエピソードですね。また大学生が学内寮に寄宿している時代の話として、「あの本は○○が、この本は××が持っている」と古くは書籍の回し読みしていた時代では、同じ寮生間で所蔵図書の共有が出来ているという訳で、「どろぼうではない」云々も書籍って社会や共同体の共有財産という考え方があったからでしょうね。

 本を処分するというのが、一般にゴミにして捨てるのではなく、古書市場へ還流する事を意味しているのもこれと同じで、利用するということは使用後書棚へ戻すように次の利用者のために譲るという社会還元説な考えが人々には在ったのでしょう。

 この書籍を利用する者、読書する人々、知識人と読み替えても構わないと思いますが、つまり読者が限定された知識人ではなく、大衆化した結果なのでしょう。
 これは書籍と読者双方がですが。

 窃盗を憤っているようですが、自分自身で利用することのみを考えている点では私には両者の差はあまりなくて、そこまで調査したのならば、そこまで愛しているのならば、そこまで憤っているのならば、行動に移すのかなと思います。

 希少書を見つけては、国会図書館に所蔵されているかを確認し、在れば買わないのは私を含めた大多数かと思われますが、無ければ購入し献本する篤志家もいる訳です。ことコンプティークに関しては、一応欠損該当巻も市場流通していますから、市場で調達して献本してはどうでしょうか?
 
 私も将来所蔵書で国会図書館にない本は献本しようと思っています。

No title

その教授の真偽については分かりませんが、一般的には、規定以上の期間借りる(と称して持ってく)のは只の違反行為ですね。要は関心分野と心理なので、立派な肩書のある人が捕まったとしても、驚きはないです。

私は用の済んだ本は順次処分する派ですが、古書には国会図書館に入ってないのもあるので整理の度に納本してます。勿論、後で見たいページはスキャンにかけてますが。

おかげで部屋の本が増えることもないです。納本後にカビが発見されると燻蒸と経過観察で1年程度要するなど弊害も多いので、数十年分をまとめて行うよりは毎年整理をお勧めしますよ。