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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2021.09
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Category : 未分類
 火曜に図書館と神保町行ってとってきた資料を木金土日でずっと読んでいるのだけれども。

 久しぶりに買ったメチエの『銭躍る東シナ海 貨幣と贅沢の一五~一六世紀』*1がスゲー面白い。内容はシンプルではないのでメモ取りながら読むのに木曜午前午後で喫茶店二軒をハシゴして4時間くらいかかったのだが。明の海禁政策と東アジアの交易を提示する。その中で銅貨の供給と流動性の変動を論じる。その上で日本と新世界からの銀流入とその影響を論じる形になっている。

 仔細は買って読めとしかいいようもない。それを書くにも営業妨害であるわけだし。

 ただ、今までぼんやりとしていた知識が久しぶりにつながる感覚があった。高校生から大学生のときに読書体験の広がりからバラバラだった知識がつながる感覚。例えば「シモン・ボリバルの南米切り取り放題って諸国民戦争で欧州がてんやわんやだったからだねえ」みたいな20代のころのアレが相当ひさしぶりにきた。

 Ming Gapつまり「海禁時期の沈没船にはお茶碗が全然搭載されていない」の説明を読んでいたときにそれが起きた。

 3ヶ月くらい前に読んだ中文記事の「従龍泉天下到天下龍泉」*2が脳内で電光石火で出てきた。「お茶碗は龍泉の天下だった。龍泉製造が世界に流通していたけど海禁で中国からの輸出が止まって龍泉産のお茶碗の供給が止まったら朝鮮やらベトナムやらタイヤらアジア中で模倣が始まった。日本の有田焼も龍泉インスパイアだ。つまり龍泉陶業の天下から天下の龍泉デザインになったよ」といったもの。

 その根源は中文記事でも海禁とはあったが、『銭踊る東シナ海』でのMing Gap紹介ではその深刻さが提示されていた。諸外国が模倣に至るまでの渇望をピタリと説明する内容だった。

 あとは草戸千軒の説明との符合。海禁で貿易とまったから草戸千軒が衰退した。Ming Gapと一致しているよねといった説明があってまた合点。

 さらには「十三湊もそうじゃね?」と疑問が湧いた。アレ「安東氏が南部に負けたから衰退しました」とされているけど、実際は逆で「海禁で十三湊交易が衰微したから安東が弱くなって南部に負けたのではないか?」とね。たぶん、それは成り立つ可能性はある。

 なんというかねえ。中で出される事実の提示が面白いのではなくて、新しい発見としての考え方なんだよねえ。『銭躍る東シナ海』なら海禁と唐物需要と緩和期の経済爆発と銭不足の関係と最後は17世紀の危機と近世の到来としてまとめられるといったあたり。

 逆に言えば事実提示の連続する本とか記事はあんまり面白くない。ミリタリのスペック羅列のアレと同じで「調べりゃわかる」でおわるから。

 あと、どうでもいい話だと己は50前になるまで糸割符制は「いとかっぷせい」と読んでいた。読んでいてググって「いとわっぷせい」と初めて気づいた。たぶん「かっぷ」は「割賦販売法」の影響だと思う。

 
*1 大田由紀夫『銭躍る東シナ海 貨幣と贅沢の一五~一六世紀』(講談社,2021)*3
*2 沈岳明「従龍泉天下到天下龍泉-元明時期龍泉窯対外輸出方式的変革」『博物院』 2020年6期(中国科技出版伝媒股份有限公司)pp.37-42.
*3 どーでもいいけど「貨幣と贅沢の一五~一六世紀」の「贅沢」ってパット見て「ラグジュアリー」ってふりがなで読んでしまっている。星界の紋章よんでた時期に熟語にアーブ語読みのふりがながついている感じで。戦争中に海軍がセレベス民政府を於いていたセレベス島の影響だよね。
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草戸千軒の衰退

こんなところで草戸千軒が出てくるとは思いませんでした。
以前福山城や鞆の浦を旅行した時に福山城の横にある歴史博物館にも寄ったのですが、ほぼ草戸千軒の博物館と言っても良い内容でした。当時の生活や街の様子が再現されていたり。
幻の町と言われていて忽然と歴史から消えた町。当初洪水で一気に消えた説が調査の結果衰退して消えたらしい説もあり、結局いまでも決定打が無かったような。当時の福山周辺の状況が全くわからないのでなんで町が消えたのか不思議でしたが海外交易で栄えていたのですね。
どうもあの辺りで港と言うと鞆の浦のイメージが強いので。
歴史自体は嫌いな授業だったのであまり細かい事に興味は無いのですが、歴史的な建築物とか遺産を見るのは好きなので。

Re: 草戸千軒の衰退

 「草戸千軒は洪水で消えたのではない」はたしか30年くらい前に出てきた話で。

 高校生のときに新聞で読んであとは「越前一乗谷関係の『戦国城下町の考古学』に触れてあった」と思って本棚みたのですが八戸の根城はあったけど草戸千軒はなかったので、自分自身で何で読んだのかなと。

 『戦国城下町の考古学』と『ユダヤ教の誕生』『ヨーロッパの舌はどう変わったのか』『江戸のファーストフード』は全部講談社選書メチエで、最初の頃で面白くて、そして幹部候補生のときに出てよく読んだので「紀伊国屋書店広島店」の書皮かぶっているから本棚からすぐに見つけられるのです。

 『ユダヤ教の誕生』は買った翌日の月曜日、試験前の日の自習時間に読んでいて、当時1尉の分隊長だった今の統幕運用部長の下海将に「お前何読んでいるんだ」といわれて「この本、スゲー面白いです」といったら「ユダヤ教もいいけど頼むから試験の勉強もしてくれよ」と世間話での哀願口調で怒られたのを覚えてます。そして試験前日でも消灯前の21時45分には分隊寝室戻って寝ていて幹事付に「寝てもいいけど消灯前に電気は消すな」といわれていたわけで。まあそんなだから幹部候補生学校の成績は一番下だったのですけど。

Re: 草戸千軒の衰退

「「草戸千軒は洪水で消えたのではない」はたしか30年くらい前に出てきた話で。」
すいません、私が聞いたのは40年位昔の話。中学だったかそんな話を歴史の授業で先生がしてくれた事があります。
副読本だったかちょこっと載ってた事を説明していたような。
栄えていたのに突然消えた不思議な町みたいな事はうる覚えで覚えていました。
あとは8年程前だったか福山城に行った時に歴史博物館も見たのでその時に当時のことを少し思い出した位です。草戸千軒ってこの近くだったのねって具合で。
で消えた原因はどうも洪水では無く衰退らしいと書いてあった気がしますが交易が原因だったかどうだったか最早記憶が(汗)。この辺が私が歴史そのものにあまり興味が無いところですね。残った遺跡や遺物から当時の生活が分かるのは面白いけど。どうも交易と言うと鞆の浦の方が印象強くて。

「頼むから試験の勉強もしてくれよ」と世間話での哀願口調で怒られたのを覚えてます。」
良い方ですね。
私も似たような感じですが、読んでいたのが技術や科学系の本や雑誌だったりする所が大きく違いますね。人文社会系の試験は苦労しました。