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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2012.07
16
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13:00
Category : 有職故実
 昭和の聖代の話だけれども。

 夏のアイスは、どのような商売でも節操無く置いていたような気がする。小遣い稼ぎ程度なのだろうが、コンビニ以前には、小規模酒屋、文房具屋、本屋、タバコ屋には、「雪印」とか「明治」と書かれた冷凍庫がおいてあった天端がアクリルでできたスライド式の蓋になっていて、中身が見える仕組みなのだが、たいていは結露で曇っていて、蓋を開けないと中身は確認できなかった。それを店内に持ち込んで会計という方式だった。

 軒先や、入ってすぐの三和土(コンクリートだけど)といった、会計をする場所からは離れたところに置いてあったが、それは冷凍機からでる排熱や、霜取り他のドレン嫌ってのことなのだろう。軒先においてある冷凍庫には、場合によると車輪がついており、仕舞うときには屋内に引き込む店もあった。外に置きっぱなしにするためか、ドア部分に南京錠を掛っておけるようにしたものもあった。

 中身のアイスも、最高でも100円程度だった。昭和53年には、今の名糖ホームランバーと同一形状の四角いアイスが1本15円だった記憶がある。竹ひごの先についた親指大のアイスが5本か6本で50円だった。おそらくコカコーラとは関係ないが、ロゴカラーを拝借したコーラバーといったものもあった。もち手の棒が2本ついており、割ると二つになるタイプである。アレは今でもあるのだろうかね。それからすると、ガリガリ君の類は、ポッ出だろう。昭和末期の赤城氷菓は、透明で薄いプラスチックに入ったかき氷状の氷菓。容器の底、後には中心部にアイスクリームを埋め込んだタイプが主力商品だった。

 アイスの紙容器は、フタのついたタライ状である。そのタライの内側をめくると、そこに当たり外れが印刷されたいる。そんなアイスがあった記憶がある。そういえば、アイスの容器も変わった。昔はタライの内寸にフタが収まるように作られており、フタから舌状に伸びた取手を引っ張って開封した。フタの裏にはアイスが付着していて、カニ味噌のごとく珍重したものである。しかし、最近のフタはタライの外側にはまる方式で統一された感がある。

 現今では、アイスはコンビニかスーパーでなければ買えないものになった。小さい店には降ろさなくなったのだろう。そのアイスも名だたる大資本製造で、単価は概ね100円を超え、棒アイスのクセに200円以上も珍しくない。50円玉握って子供が買いに来るのではなく、大人が弁当を買うついでに購入するものになった。

 炎天下に屋外で遊んでいる子供も見ない。冷房が効いた屋内で携帯ゲーム機をやっている。アイスを渇望する。そういう気持ちにはならないのだろうねえ。そもそも子供も減ったから、アイスが大人向けにシフトするのも当然か。
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