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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2012.09
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Category : ミリタリー
 戦時最末期、鋼材や生産力不足で瀬戸物の手榴弾が作られたが、それとは別物。

 昔の『水交』を読んでいたところ、写真とともに発見。記事中では、詳細は述べられていないものの、昭和26年頃、日本は磁器で機雷を作ろうとしていたらしい。戦前から戦後まで、日本での機雷関連権威であった田村久三さんが着想、音頭をとっていたように述べられている。

 記事中では「ポーセレン機雷」とされていた。写真を見ると、機雷缶体が磁器で作られており、割れやすいのを保護するためか太い縄で編んだ網で包まれている。『ぐりとぐら』に出てくるような、大きなワイン瓶の下部が網で保護されているアレと同じ扱いになっている。

 ただ、磁器で作る理由がハッキリしない。

 実用磁気機雷は、鋼製缶体で差し支えないことは分かっていた。戦争初期、磁気機雷は非磁性のアルミで作られていたが、戦争中番には、英国が普通鋼材で磁気機雷を作らるようになった。戦争末期に、日本内地に航空敷設された米国製感応機雷は鋼製である。材料節約にしても、磁器も高く付く。金偏景気の真っ最中であってもそれは変わらない。

 計測や実験に使う缶体であったとしても、非磁性材料として磁器を選ぶ理由がわからない。加工が容易なアルミ、あるいは青銅といった非磁性材料で作った方が良い。水密を問われないのであれば、ゴムでも木材でも構わない。焼結後の加工が難しい磁器をつかう必要がない。

 あるいは、昭和16年の誤植かもしれない。磁気感応機構についての話に出てくるのだが、昭和10年代の話をしていて、この機雷の話になり、次に昭和20年の磁気爆雷に繋がっている。昭和16年であれば、非磁性材料として、金属そのものではマズイと考えたのかもしれない。

 しかし、昭和16年だと田村さんの所在と平仄が合わない。田村さんは、戦争直前に欧州で駐在武官をしていた。昭和16年に英米戦が始まってから交換船、あるいはシベリア鉄道等で戻ってきたはずである。それであれば、昭和16年は厳しい。

 また、昭和26年だと日本は再独立していない。その状況で、海軍兵器の開発が許可されるかどうかは怪しい。

 セトモノ機雷があったことは、おそらく間違いはない。「ポーセレン機雷」という呼称と、その写真、田村さんの発想とする由来説明に疑うところはない。しかし、実用機雷であったのか、それとも実験用であったのか、あるいは戦前昭和16年の誤りであったかについて、今のところ確認はできない。

 仮に実用機雷であったとしても、実用性は疑わしい。製造できる缶体の大きさに限界がある。焼いたあとにも加工性が悪い。穴を空けることも難しく、蓋をするのも難しい。麩糊と漆で止めたり、馬蝗絆のように鎹を打つのでは生産性が上がらない。そもそも、破損しやすい。割れやすいので、まず航空投下は難しい。そもそも普段の輸送・搭載でも割れてしまっただろう。
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