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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2012.12
27
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08:27
Category : コミケ
 2010年冬コミのまえがきで見っけたのですけどね。来年の4月から「俺の妹が」の続きやるとかいうのを聞いたので、まあアップしとこうかと。



 今期、白眉とすべきは『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』ですね。

 物語の構造は「理不尽な妹と、それを手当てする兄」それだけです。妹が困難に行き当たると兄が助けるだけの話です。妹のオタク要素はオマケに過ぎません。単純な物語ですが、なぜか惹きこまれてしまいます。
妹の希望を叶えること自体が物語になるのでしょう。『俺妹』は昔話でよくある『求婚者の無理難題を解決する』話です。兄妹の関係は、擬似的な夫婦・恋愛関係です。物語では、妹はお姫様や女神様といった存在と等価なのです。

 物語で兄が妹にコントロールされる仕組みにも不自然はありません。『をなり神の島』や『妹の力』でもあるとおり、妹は兄に対して霊的優位にあります。二重王権システムそうでしょう。高坂兄妹も、実務・世俗を執り仕切る兄(京介)と、文化・精神を支配する妹(桐乃)です。京介は実行力を持ちながらも、桐乃のコントロール下にあることには何の不思議もありません。

 ただ、TVシリーズの後半失速は残念でした。失速の原因は、カタルシスを最初の段階で使いきったことにあります。京介に課せられた最初の試練、父との対決は、実は本作最大の試練です。最大の試練ですから、本来であれば最後に持って来るべきでした。あとは詰め込みすぎです。全13話に原作を機械的に詰め込んだのは誤りです。シリーズ構成もそうですが、無条件に「萌え」を全肯定するエピソードだけ選んだ点にも、少々鼻白みたくなるものがあります。本来であれば、原作者が最終巻で提示したもうひとつのテーマ「『萌え』の裏側にあるもの」。それを真正面から向合う話もTV放映すべきだったでしょう。

 その点、BD/DVDに収録されたアフターストーリーは、原作者の問いを描ききったものであるといえます。前編『ああっ妹狩峠』、後編『太陽を盗んだオタク』は、ともに「萌え」の裏側を曝く筋立てとなっています。中高生の時期、消費者として「萌え」に接した主人公達が5年後に生産者として「萌え」と正面から向きあうのです。

 前編『ああっ妹狩峠』(山本薩夫監督)は、原作者によるルポルタージュ『アニメ絶望工場』を俺妹キャラにアレンジしたものです。舞台は原作の5年後、アニメ・ゲーム専門学校を卒業し、シスカリプス社に就職した桐乃(動画)、黒猫(動画)、沙織(プログラマー)、あやせ(声優)たち。その彼女たちが「やりがいの搾取」により、過重労働に倒れていく姿を描く社会派作品です。

 原作、伏見つかさの参与観察がすでに秀逸なのです。平成の日本資本主義を支えた萌産業、その裏にある労働搾取。華やかな平成"Cool Japan"はアニメ・ゲーム産業労働者の屍の上に築かれていることをあきらかにしています。山本監督はこれを「アニメ・ゲーム会社の全てが反社会的ではなかっただろう。一部はヨリ民主的であったかもしれない。しかし、彼女たちの置かれた労働環境が前近代的であることは歴史的事実である」と評しています。明治生まれの「赤い監督」はいまだに健在なのです。

 桐野たちの就職したシスカリ社はブラック企業でした。歩合制給料体系、検査工程による単価決定、極端な報奨金制度や罰金制度…そのなかで桐野や黒猫は、動画職トップ単価となる「カリスマ動画」をめざします。しかし、このシスカリ社の給与体系は「働きすぎ」へ誘う巧妙な仕組みでもありました。桐乃たちは「自己実現系ワーカホリック」に陥ってしまいます。休みを返上し、月300時間を超える残業に自ら進む桐乃たち。

 過酷な環境の中で、桐乃たちは壊れていきます。社会保険だけでなく、健康保険もありません。頻繁な枕営業と妊娠、ヤミ堕胎での事故で働けなくなるあやせは退職を強制されます。眼を酷使した結果、眼底出血で略失明してしまった沙織には労災は下りず、そのまま解雇されます。激しい勤務で体を損なった黒猫は、ふとした風邪が肺炎となり、あっけなく落命します。過重労働で心身をすりつぶした桐乃も、体の不調を訴えますが、職場や家族の不理解に直面する理不尽です。特に父である大介には「辛抱が足りない」や「会社のせいにするな」と突き放すのです。その時すでに桐乃の体は結核に冒されていました。21世紀でありながらも、結核に命を狙われてしまう桐乃。異変に気づき、なにもかもなげうって迎えにいく京介ですが、再会した桐乃は骨と皮だけの体になっています。かつての丸顔モデルの面影はありません。

 首都高湾岸線のラストシーン。雪の降るなか、京介の運転する車が湾岸をひた走り故郷の千葉県へ渡ろうとする。そのとき、すでに意識が薄れた桐乃は「ああ、千葉が見える」と言って絶命する。その時、通り過ぎた有明では萌の祭典、コミックマーケットが開かれ、企業ブースではシスカリ社が空前の収益を上げていた…

 そして『太陽を盗んだオタク』です。あまりの「赤さ」ゆえに更迭された山本監督、そのピンチヒッターとなった長谷川和夫監督による「後編」です。鬱展開と言われた原作最終話を元としていますが、ヒロインたちが全滅してしまった前編と矛盾しないように纏め上げています。悲しすぎる結末であるにもかかわらず、長谷川監督は見事ホップ調でまとめ上げました。

 次回予告から素晴らしいものでした。アニメ予告編としては『機神兵団』OVA以来の傑作です。「日本にも原爆を作った男がいた。オレは太陽を盗んだヲタク。オレは日本に復讐する」「10億?、100億?、オレの欲しいのは金じゃない、桐乃を、黒猫を返せ!オレはこの社会に復讐する」 素晴らしい!

 前編の父子の対決、その回想から後編は始まります。京介はシスカリ社の不法行為を告発をします。しかし、シスカリ社はアダルト系コンテンツ会社です。当然、警察の天下りを受け入れています。警察権力の論理に従い、公私にわたり告発を握りつぶす父、千葉県警高坂大介。完全な悪、権力の犬です。京介は、家庭での、そして仕事での大介の振る舞いに、妹たちを殺した平成日本社会を投影するのです。後編は、京介による竜退治の物語であり「父殺し」の物語でもあるのです。

 京介が原爆を作る際には、多少の不自然もあります。液体プルトニウムが東海村原発施設外の下請会社で、しかもバケツで汲める状態であること。また大分の自衛隊を買収して小銃を入手する際、自衛官が「員数外の小銃だから判らない」とうそぶくところです。ありえない話なのですが、話中でリアリティレベルを意識する問題ともなりません。

 なんにせよ、正味21分の作品では、ヤマは一つもあればいいのですが、この作品はヤマが四つも五つもあります。そして、その全てが小気味く進行するのです。

 和菓子屋の調理場で、鼻歌交じりに原爆を作る京介。起きてしまった臨界。チェレンコフ光を見たあと京介は嘔吐します。京介との情事のあと、真奈美はベッドで大量の抜け毛を見つけます。京介との逢瀬で、あやせは愛人の口腔に「血の味がする」と呟く。沙織との合いびきで「つけなくても大丈夫」と笑う京介。京介に残された時間は短いのです。

 原爆により実現する要求。「アニメ録画がズレる。野球の放送延長をやめろ」「夏コミ会場を完全冷房しろ」… そして山手線車中のシーン。原爆を設置する京介、それを発見する大介。殺し合う父と息子。外れてしまった安全尖。動作する起爆ロジック。ジャイロと積分回路により、電車が山手線から逸れても、あるいは30km以下に減速しても爆発してしまう…

 両作ともTV版への強烈なカウンターとなっています。オススメです。



参 考
『あゝ野麦峠』(東宝 1979)
『太陽を盗んだ男』(東宝 1979)
本田由紀「やりがいの搾取」,『世界』
(岩波書店,2007年3月号)

2010年冬コミのまえがき「『萌え』を肯定するだけではダメ」を転載
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