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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2010.07
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23:31
Category : ミリタリー
太平洋艦隊の上陸演習(1986年)の写真をよく見る。(2葉で、別媒体。ただし撮影/提供はソ連だから、でどころは一緒か)
 ソ連の海軍歩兵は、地上軍から見て、装備も補給も優先順位が高かった。それにもかかわらず、写真の戦車はT-55/54、多分T-55。しかも、ビーチングで戦車を揚陸している。

 こんなのんびりした方法で旧式戦車を揚げている理由を強いて推測すれば…
「本番なら武装ヘリの直協やら近接航空支援がある(はず)」だから「敵戦車は既に排除済みであるし、居ても動けないだろう」という考えなんだろう。そして、上陸した戦車の仕事も、排除した/動けない敵戦車の撃破ではなく、直接支援だから古いタイプの戦車(T-54/55)で充分ということなのだろう。

 つまり、かれらに本格的上陸戦の能力はなかったということだろう。
 第二次世界大戦の運用を見ても、ソ連の両用戦って、襲撃(デサント:急襲/撤退)の色合いが濃い。『全縦深同時制圧』の一環で「沿岸部を進撃する味方のチョイ先を確保する」とか「沿岸を敵の居ないところまで前進して、叩いて帰る。」ような雰囲気。我々から見れば、渡河作戦の延長みたいなモノと見てよいのかもしれない。

 敵のいないところにデサントを掛けるのだから、T-55で充分だったということではないだろうか。いずれにせよソ連海軍歩兵の両用戦能力は極めて限定されていたと判断すべきだろう。

MIXI日記 2007年07月03日より転載
 
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