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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
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2013.02
21
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Category : ミリタリー
 昭和20年秋口からは、大陸でも負けるんじゃないのかな

 終戦直前に、連合国中国戦区への燃料輸送は一気に解決している。雲南師範大の肖さんが、抗日戦争での封鎖と対策という記事※ を書いている。その中にインドからのパイプラインと輸送能力が言及されている。このパイプラインの完成は、中国での戦いを相当に変化させるのではないか。中国戦区では、石油欠乏(缺油問題)は重大であった。それが、インドからのパイプライン完成により、一気に解決するためである。

 昭和20年4月にインドから昆明に至る3000kmのパイプラインが完成している。中印油管と呼ばれたパイプラインは、昭和18年8月のいケベック会談で建設が決定し、10月に測量を開始し、12月に敷設を開始した。昭和20年4月に完成、6月から送油が始まっている。

 それまでは、石油はハンプ輸送等で行われていた。ビルマルートを喪って以降、英米からの援蒋補給はヒマラヤを経由した航空輸送に頼っていた。昭和16年から20年まで、ソ連からの西北ルートを含む、対中国援助81%が航空輸送である。

 石油輸送がハンプ輸送からパイプラインに移行した結果、中国戦区での缺油問題は解決、あるいは相当に緩和した。その輸送能力は膨大である。肖さんからの孫引きになるが、胡さんの『抗戦時期西南的交通』※※ では、昭和20年5-11月の6ヶ月で10万トンを送油している。平均1万8000トンであるが、期間に8-11月を含んでいる。最大の送油能力は数倍どころか十倍以上あるだろう。

 これにより、国民党軍や派遣米軍の燃料問題は一気に解決する。もちろん、昆明から中国各地までの輸送力、特に末端輸送に難はあるが、航空部隊や米式装備部隊の行動は活発になる。缺油問題により、行動が制約されていた中国に派遣された米軍航空部隊や、中国の米式装備部隊の可能行動が一気に向上するのである。

 戦争が昭和20年秋口以降に継続した場合、中国戦区では、作戦面でも相当に苦戦するだろう。終戦時、支那派遣軍は戦争に負けたが戦闘に負けていないと考えていた。昭和20年初頭に米式装備部隊が出現した後でも、作戦であれば負けないと判断していた。しかし、米航空部隊や国民党米式装備部隊の補給は一気に改善する。航空部隊や米式装備部隊の活発な活動により、本格的な会戦でボロ負けする局面も出てくることだろう。

※ 肖雄「抗戦時期日本対華的交通封鎖及国民政府反封鎖政策」『抗日戦争研究』2011年第1期(中国社会科学院,北京,2011)pp.72-79.

※※ 胡文義「中印油管」『抗戦時期西南的交通』1992年版(雲南人民出版,1992)pp.414-417. ただし、肖雄「抗戦時期日本対華的交通封鎖及国民政府反封鎖政策」からの孫引き
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