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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
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2013.02
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Category : 昭和の新聞
 電話している時に、相手の表情を動画で見る必要はあるか?

 昭和45年の新聞を読んでいたら「テレビ電話いよいよ登場」の記事※ を発見。大都市では、昭和48年を目標にサービスの準備、との内容なのだがね。それから40年近くたっても、 普及の目処も立たないのは『テレビ電話』の需要がないことを示しているわけだ。

 テレビ電話のサービスについては、当時から時折出てくる。昭和50年代、60年代、平成に入ってからもたまに出てくる。新しい通信サービスでの眼玉みたいな扱いで紹介されている。

 しかし、テレビ電話は普及しなかった。

 テレビ電話が必要ないことは、昭和50年代には理解されていたのだろう。当時、FAXへの需要は大きく、それに対してテレビ電話への要求が少ないことは分かっていた筈である。

 昭和40年代には、すでにFAXが実用化されている。正規サービスではないが、各企業は専用回線時代でも、べらぼうに高い通信維持費を払って運用していた。ややこしい話や緊急対応で、資料とか写真とか、現時点の議事録が欲しいとき、FAXは直ぐに対応できる。

 しかし、専用回線を維持したテレビ電話の話は全く聞かない。ややこしい話をする、会議みたいな話をするにしても、相手の顔の動画は必要ない。顔に用事はない。

 テレビ電話は、技術的にはただのテレビにすぎない。帯域を無視すれば、昭和300年代でも可能だった。それが、全然普及しなかったのは、たとえ重要な通信でも相手の顔を見る必要がないためである。

 かつて世界で一等重要だった米ソのホットラインも、テレビ電話ではない。実際にはただの赤い電話器にすぎず、その先には電信員がいて、首脳の言葉を電信で送受していただけだった。相手の顔を見る必要はないということだ。

 とはいえ、テレビ電話の話が毎回出てくるのは、新機能を説明しやすい点と、新発明・進歩的に見える点が有利であったためである。出す方としては需要がないのは承知だったのではないか。

 テレビ電話は、わかりやすい新機能である。音しか聞こえない電話に動画が出るのは、電話の進歩や新機能であると納得できる。新サービス発表の際にも、華となる上、説明しやすい。新聞雑誌放送が取材しても、「ついにテレビ電話」と、簡単に書ける上、説明しやすい。利用者や読者視聴者にしても、とりあえずは「スゲー」とは思ってくれる。もちろん、実際には誰も使わないのだが。

 テレビ電話は、新発明であり、歴史の進歩であるように見える。「ラジオからテレビ」という放送方式の進歩を見て「電話はいずれテレビ電話に進化する。これは○○主義への進化と同じように歴史的必然である」とでも言うような共通認識もある。おそらく、電話は、将来的にテレビ電話となるという見通し。「電話はテレビ電話に進化する」という発想は、いつまでたっても廃れないのではないか。

 もちろん、電話するときに相手のお面を見る必要はない。テレビ電話に需要もないことも歴史的事実なのだけれども。



 そういや、地上デジタルテレビの「双方向云々」とやらは、まだ実装されているのかね。あれもテレビ電話と同じで、紹介しやすく理解しやすいが、需要のないものだね。

※「テレビ電話いよいよ登場」『朝日新聞』(朝日新聞、1970.1.17)p.15
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Comment

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iPhoneにも

そういやfacetimeとか言うテレビ電話機能があるらしいけど使った事ないな。

むしろあれだ、SMSの定着とか考えると、キーボードとディスプレイまたはプリンタの着いた電信電話機と言うのを80年代に出したら売れたんでないかい