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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

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2013.06
02
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Category : 有職故実
 だよもんさんは、明治維新後に「で、攘夷はいつやるのさ」といいだす守陋派と同じだ。

 だよもんさんは、対上陸戦のことしか考えられない頭である。四国に配置した陸自について「上陸後の敵の後方と側面に脅威与える」用途を重視すべきと言っている。当節になっても、陸上戦力に求められる仕事を、対侵略・対上陸戦に固定しているわけだ。

 陸自第14旅団の配置について、だよもんさんは
「@dragoner_JP 上陸後の敵の後方と側面に脅威与える用途でも、四国の地形で展開するにも良いですね」
https://twitter.com/V2ypPq9SqY/status/340493602696347648
と発言している。これは14旅団を空中機動化すべきだった云々の話についての流れであるが、注目すべきは、どこに揚がった敵の「後方と側面に脅威与える」つもりなのかである。

 どうやって四国から、敵上陸軍の「後方と側面に脅威与える」のであろうが。まず、日本に上陸できる敵がいるのかどうかはともかくおいておく。その中で、四国が敵の背面や側面に位置できる状況はない。「敵が山陰や北九州に揚がってきて、近畿に向かう」とか、「和歌山に揚がって、近畿・東海・関東」に向かうとでもいうような、夢想的な物語を考えているとしか思えない。

 これは、対上陸戦に凝り固まった陋旧な発想の結果だ。陸自に期待されている仕事は、すでに対上陸戦ではない。対上陸戦は、冷戦期に期待していた仕事に過ぎない。

 その冷戦期でも、大規模な敵が山陰や北九州に揚がってくるだろうという判断はない。1960年代からは、正面は常に北海道である。そして、70-80年代に行った北海道集中にしても、実際の政治的目的は、対米協力を目的としたソ連に対する政治的圧力である。

 そもそも、冷戦期には四国の戦力を積極的に活用する頭もない。冷戦期には、第2混成団が置かれただけであり、中身も独立混成旅団程度にすぎない。純然とした警備部隊であって、まとめて何処かに投入するような部隊ではない。

 だよもんさんの発想は、純化された対上陸観念である。日本の陸上戦力の仕事を、全て対上陸戦に収斂させる発想だ。巨大な敵がいて、日本が隙を見せれば侵略してくるという、自衛隊のイデオロギーを心底信じているのだろう。

 陸自は、国内向けの力であることを直視したくなかった。陸自とその先祖である警察予備隊が、国内治安維持のために作られたこと。60-70年代は治安出動を重視していたは、当事者も快く思っていない。そのため、自分たちは対外防衛・対侵略のために必須であると部内教育を行なっていた。一種の自己暗示である。

 だよもんさんは、いまだに対上陸戦から抜け出せない、だよもんさんは、もともと対上陸戦のために配置されたわけでもない四国に置く陸上戦力を、対上陸戦がなくなったあとでも、対上陸戦といった目的でしか評価できていない。自衛隊をとりまく情勢が変わったにもかかわらず、対上陸戦だけの時代遅れの発想を吹聴している。

 これは、明治維新以降の観念的尊王攘夷論に近い。だよもんさんは、明治維新が成ったあとでも、尊王攘夷論を振り回す尊皇攘夷家にと同じである。尊王攘夷という発想は道具であった。それにも関わらず、維新以降もそれを目的と信じた攘夷論を振り回す人々はいた。

 大楽源太郎や神風連だと考える良い。大楽源太郎はモノの見えない男で、時代が変わった後で新政府に仕えた門人に「ところで攘夷はいつやるんですか」を連発していたという。時代の趨勢に応じた大村益次郎の兵制改革を苦々しく思い反発し暗殺を教唆している。神風連もそうで、明治維新が成ってから10年も経過した後で、陋旧な攘夷思想に囚われ続け、洋化を拒否した連中である。

 彼らに倣ってだよもんさんも、何年たっても「ところで対上陸戦は」と延々言い続けるのだろう。自衛隊が海外派遣されるこのご時世に、情勢変化を認識できないのは残念なことである。
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