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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
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2013.07
02
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12:00
Category : 有職故実
 国交正常化前、日中がピリピリしていた時期の話なのだが。中国が半ばリアルに日本軍国主義復活を警戒している。日本側は「憲法の制約」やら「自衛隊では戦えない」云々を言っている時期なのだが、その自衛隊に対して、中国はそれなりに脅威を感じていたらしい。

 『中共対日重要発言集』という冊子がある。外務省アジア局が定期的に出していた冊子だが、内容は中国側の対日報道を訳したものである。日本は新中国動向を注視していたものの、国交はないため、対日報道・発言を集める形で新中国の意向を推し量っていた。

 そのなかに鐘心青さんの「日本の軍国主義は米国の援助育成の下に急速に復活しつつある」※ が掲載されている。1961年人民日報の記事を訳したものであるが、自衛隊に対するその評価が興味ふかい。
将校が総兵力の中に占める比重は戦前よりも大いに増加している。これら将校のほとんど大部分は侵略の経験豊富な旧ファシスト軍人である。陸・海・空軍の三幕僚長は中国とアジアを侵略した「皇軍」の中堅分子である。少佐以上の将校うち、旧軍人は陸軍では50%、空軍では64%、海軍はついに95%以上を占めている。(p.192)
3年前にメモした内容なので、ここで終わっているのだが、その後に「大正時代、日本陸軍は今の自衛隊と同じ18万人であったが、その15年後には200万の大軍で中国を侵略した云々」とあったと記憶している。確かに、外見上、そう見えないこともない。

 もちろん、日本に軍国主義の復活はなかった。

 ただ、中国が傍から見て、そう見えたというのも事実である。新中国は、それなりに自衛隊を恐れていたのだろう。もちろん、統一され、堅固に団結した新中国は、かつての弱い民国ではない。しかし、それでいても自衛隊を通じて、かつての日本軍を見つけたのだろう。

 60年代の新中国は四面楚歌である。米軍施政下の沖縄は中国本土、特に長江デルタにつきつけられた匕首である。対中国用の核ミサイルとしてメースも配備されていた。蒋介石が元気な台湾も、大陸反攻を口にし、内戦中なので平気で大陸に偵察機や特殊部隊を送りつけている。インドとは国境問題で衝突している。ソ連とも関係が悪くなりつつある。その衛星国モンゴルは、急速に対中軍備を整えようとしている。

 日本自衛隊も、新中国にはそう見えたということだろう。岸信介、池田勇人、佐藤栄作の時代である。日本は米国の従属国に見えたことは間違いない。「日本が米国の手先となりいざ事が起きれば攻めてくる」という感覚は「モンゴルがソ連の手先となりいざ事が起きれば攻めてくる」と同じくらいにリアリティのある話だったのだろう。

 その時代背景から見れば、鐘さんが記事で書いたことが、当時の新中国にとって気持ち悪いことであったことも頷ける。「将校の比率が異様に多いのは、戦時に極端な大規模動員を計画しているから」であるとか「将校団の中身は旧軍と変わらない」といったあたりは、プロパガンダはあるにせよ、新中国にとっては脅威でもあったのだろう。なんせ、日本による中国主要部の占領から、まだ15年しか経過していない時期なのである。



※ 鐘心青「日本の軍国主義は米国の援助育成の下に急速に復活しつつある」『中共対日重要発言集』第七集(外務省アジア局中国課,1962?)p.184- 
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