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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
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2013.08
19
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Category : 有職故実
 7月号の『東亜』を今時に読んで見つけたのだが、エジプトから北朝鮮に渡された地対地弾道弾スカッドBは、中東戦争での援助への御礼だった様子。

 宮本悟解説、池内恵翻訳による「北朝鮮の弾道ミサイル開発の期限」※ がそれだ。エジプトの軍参謀総長であったサアドッディーン・シャーズリーさんの回顧録『十月戦争』、そのアラビア語原版から、関係部分を抜き出して翻訳したものである。そこには、北朝鮮からの防空部隊用パイロットと地下施設建設部隊での援助の話がでている。その援助により、北朝鮮にスカッドBが渡されたとするものである。

 当時、エジプトはパイロット不足であった。第4次中東戦争寸前に、エジプトは路線変換でソ連人を追放している。軍事顧問団がいなくなったため、Mig-21の30%でパイロット不足が発生した。その穴を埋めるために、サアドッディーン・シャーズリーさんは北朝鮮に行って、後方防空用に30名ほどパイロットを借りてきた。正確には、パイロット30名と邀撃管制8名、通訳5名、指揮官3名(3直の直長?)、医者とコック1名である。

 この北朝鮮顧問団は、中東戦争で実戦を体験している。2ないし3回邀撃に当たったとしている。もちろん、朝鮮語で交信しているのでバレバレであり、存在自体も当時から有名であったことはよく知られている。ちなみに、このパイロットの件については英語版『十月戦争』では相当に抄訳されているらしい。

 そして、地下施設建設部隊も北朝鮮から派遣されている。戦争になれば米軍の絶対的制空権が確立すると踏んだ北朝鮮は、重要施設を地下化していた。その技術をエジプトにも、といった話。「山の下に空港を隠す」とする内容があったが、今の中国の原潜ドックみたいなヤツだろう。このあたりは、英語版の『十月戦争』では載っていないという。

 エジプトは、これらの厚情に報いた。それがスカッドBの引き渡しである。あるいは、北朝鮮のみとの国交樹立と、韓国承認を遅らせたことにある。宮本・池内によると、国連事務総長をやったガリの回顧録に北朝鮮尊重の条があるという。韓国との国交樹立を進言するブトロス・ガリに対し、ムバラクは北朝鮮には恩があるからねと言った。このため95年までエジプトは韓国を承認することはなかったという。

 よりによって北朝鮮に援助を求めるのか、という話も、時代背景からすればそれほどのものでもない。70年代まで限って言えば、南北両方を並べてみても、政治的には北の独裁vs南の独裁で、やってることもどっちもどっち。経済的にも重工業があった北は、南よりも経済的に進歩している部分はあった。

 70年代前半までに限って言えば、北朝鮮はそれほどアレな国家でもない。もちろん、今の北朝鮮を養護するつもりはないが、日本人拉致や、オカしくなるのは70年代後半以降の話である。AA諸国、第三世界への援助では、北朝鮮がリードしていたのでエジプトも接近しやすかったのだろう。

 エジプトも恩義に報いること篤い国であるということか。エジプトは70年代末から親米路線に転じるが、それでも戦争から22年間韓国との国交を結ばなかった。また基本的には穏健な国民性ともいわれている。いまでこそ流血沙汰が起きているが、革命では穏やかな結果で済ませている。イラク革命は国王は惨殺されたが、エジプト革命では退位と亡命が認められ、見送りまで受けている。信用してもいい国であると思うよ。


※ 宮本悟解説、池内恵翻訳「北朝鮮の弾道ミサイル開発の期限」『東亜』7月号(霞山会,2013.7)pp.78
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