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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2013.12
03
CM:2
TB:0
12:00
Category : ミリタリー
 横須賀の某所に旧軍司令部の遺構がある。これが相当に大掛かりで、直径6m程度、奥行き200m程度の横穴が山側に3本並び、それぞれのエンドと中間も同直径のトンネルで相互に連絡されているというもの。「E」の字の真ん中に縦棒1本足すというか、「田」の字の右端の縦棒を抜いたような形態になっていた。「山『E』海」で、海側に出入口のある構造。

 2000年位か、そこの施設担当者が訳の分からない横穴が見つかった。面白いから見に来いと電話があったので、野次馬精神で見に行ったのだが、入り口は不法投棄されたゴミ捨て場で偽装?されていた。ゴミをかき分けていくと古いベニアの壁がある。その壁を剥がすと、ポッカリとしたトンネルが口を開いていた。

 まず、どこまで続いているか全くわからない。トンネルも巻き立てていないので、地山のままで足許も悪い。呼んだ方も、どこまで繋がっているのかわからない上に、1人で入るのは躊躇われる、だからお前を呼んだという。こっちもその時期、その付近の不動産を買う話が内緒であって、それに関与していた。だから遊びに行く理由は充分に立つ。現地では、野次馬はあと1人増えて、3人で懐中電灯を持って進入した。

 とりあえず、最初なので全体の構造を捉えることを優先して歩く。あとでトータルステーションを入れて正確に測量して、上の土地所有との兼ね合いを確認しなければならないのだが、最初はとりあえずの把握となる。

 ただ、なかなかエンドまでいかない。知らない道は長く感じるというが、トンネルだとさらに長く感じる。やっとこエンドまでいくと、トンネルは右方向に曲がっている。そこをまたエンドまで行って、右に曲がってさらにエンドまでいった。確かではないが、エンドの道路側出入口はコンクリート・ブロックかなにかで塞がれていたと思う。「匚」を下から上に向かった形である。

 そして、途中で飛ばした横方向通路に入る。その穴は案の定、3本の奥行シャフトを連絡している。そして最初の奥行きシャフトに戻り、最後に「E」の中棒にあたるシャフトにいった。

 その頃には、この発見に興奮していた。「平成になって入ったのは俺らが最初じゃないか」とか「最初に集積されたゴミや閉塞する偽壁の古さからすれば昭和30年位まで遡れるんじゃないか」と話していた。

 だがね、最後にとっておいたシャフトの、道路側偽壁から多少奥まったところにゴミが捨てられていた。縦横50cm、長さ1mチョットの白い四角い箱。これはなにかと見ていると、最後の野次馬のオトッツアンが。「こりゃ潜水艦の電池だよ、そんなに古いやつじゃない」という。「ヘタすると平成入ったあとに捨てたんじゃないの」ともいう。

 そこの偽壁もベニアかなにかで仕切ってあって、通る気になれば通れるようになっていた。何の事はない、知っている奴は知っている遺構だったということだ。

 その後で、官舎で趣味の本を読んでいたら、その司令部あとの記述があった。構造やトンネル径も一致したので、司令部跡ということが判明した。分かれば細かく調べることはない。とりあえず、地図上に落とせる程度で調べてもらって、間違いなく自衛隊敷地と、買う土地の中で完結することもわかったので、資料だけを作ってそのままにした。今はどうなっているかは知らない。

 まあ、あれだけ広ければいろいろ使えるのだが、通風や避難経路の関係もあるので使えるようにするのも面倒な感じはした。いまのところは使う必要もないだろう。
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佐世保の地下にある防空司令部跡に案内されたことある。こっちのほうは対戦末期にオペレーターで詰めてたじょしこーせー(半世紀前)の証言ビデオが地元テレビで流れたりして結構有名だったが( ・・)/

No title

房総半島にもありますね。

金沢文庫駅から降りたどこかでも、子供の頃につれられて見学に行った記憶があるけど、詳細は思い出せません。