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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

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文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2014.01
08
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12:00
Category : ミリタリー
 「ドクトリンを研鑽すれば必ず勝てる」という意見を見かけたのだが、それは「神信心があれば敵の矢弾は当たらない」と同じではないか。

 ここ10年ほどドクトリンという単語を振り回す例が増えた。ドクトリンが優れいている方が戦争に勝つというような、よくわからない主張もよく見る。

 しかし、ドクトリンとは「勝つためにはこうしろ」という、内面の統制にすぎない。トップが定めた、勝つ状況をイメージして、そのようにすれば勝てるという思想統制である。トップがそのドクトリンとやらを強調し、底辺まで普及させるのは、トップが「自分達のイメージの通り動かせば勝てる」という確信を持っているだけの話である。

 そもそも、ドクトリンの本義は、宗教での「教義」であって、自然科学での「法則」ではない。ローマン・カソリック・ドクトリンみたいな使い方が本来である。

 その伝からすれば「ドクトリンを研鑽する=勝てる」という主張は「信心が篤ければ神の国に入れる」「信仰心を高めれば神の国に近づく」と主張することに等しい。

 ドクトリンを研鑽すれば勝てない戦が勝てるようになるわけでもない。小国が超大国と戦争する例を考えればわかりやすいだろう。勝つためにはこの方法しかないとトップが考え、全軍にその思想を浸潤させ、その通りに動かしたとしても、戦争に勝てるとは限らない。

 まずは、宗教的な発想にすぎる。相手があることに、努力すれば勝てるという主張が不思議であることに気づくべきだろう。高校野球でもオリンピックでも、正しい指導方針を打ちたて、それを心底信じ、研鑽すれば必ず勝てるだろうか? そういうことだ。
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Comment

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HoIのような戦争ゲームで、ドクトリンを知った子が、知ったばかりの単語を振り回してるのではないでしょうか。

No title

 ドクトリンを研鑽していくなかで、国家戦略から戦術に至るまでの一体性が確保され、各階梯で上下と整合する思考が導き出され、自ずと戦術目標の達成が戦略目的の実現に貢献する状況となるというくらいの意味ではないでしょうか。

 ただ、日本が戦わねばならぬ戦争は複合的な状況(サイバーやら政治、法律やら)下で勃発する軍事衝突や挑発行為からの急激に事態が拡大、激化していく形でしょうから、果たしてどのようなドクトリンを整備すべきなのかが問題です。アメリカはA2ADとかエアシーバトルとか言ってるけども、日本の立場から活かすとすればどうなるのか。