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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2014.02
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Category : 未分類
 厚木の日飛の工場?がマズイらしい。毎日新聞「大雪:屋根崩落相次ぐ 事故・転倒で7人死亡」※ によると
 防衛省は、海上自衛隊と在日米軍のP3C哨戒機など10機を格納していた厚木基地内にある航空機メーカーの整備用格納庫(神奈川県大和市)の屋根が雪の重みで陥没したと発表した。格納庫内には海自の電子戦用のデータ収集機もあり、海自機6機だけで調達価格は約860億円。格納庫全体が崩壊する恐れもあるという。
とのことである。厚木で働いたことはないので、なんとも言えないが、多分、日本飛行機の整備場ではないかという気もする。あそこのタクシーは日飛につながっている。

 それなら自衛隊施設ではないのだが、実際には自衛隊に聞かれるので、管理隊は面倒この上ない状態だろう。

 厚木で雪で崩落というと、1990年位に前例がある。厚木の体育館が崩落がそれだ。これは建設中で、鋼材部分を支持工で、RC部分をパイプサポートかなにかで支えている時にドカ雪が降ってあえなく崩壊したもの。※※

 細かい話は、昔の上司(2005年ころ定年)から聞いた。というのも、この上司が厚木の管理隊長のときに起きた事故だから、まあ細かい話を知っていた。

 この上司、とにかく建設事故に詳しい。厚木崩落、下総爆発死亡事故、八戸転落死亡事故……、なぜなら全部担当だったから。全部不可抗力だし、直接責任もないのだけどね。

 下総の爆発事故も90年ころだったはず。新聞記事で覚えている人もいるだろうが、ひと月の間に、自衛隊タンクが2個爆発した。ひとつは空自千歳で落雷爆発、もう一つが下総で工事事故で爆発。揮発分かなにかがあるところで、静電気か、タバコかといった火気で爆発したというもの。

 八戸の転落事故は、いつかは忘れたが、この上司の配置からすると、90年ころ。外壁・屋根改修で施設庁に工事を出した時に、格納庫の屋根から1人か2人落ちたという話。

 いずれも防衛施設庁による、局工事(防衛施設局発注工事)。だから、上司には責任が全くない。工事エリアは施設庁の管理なるので、海自側は無責任になる。もちろん、いろいろは言われるが、それだけの話だ。

 ただ、この人は実際になにか憑いていた。なんつーか、運が無いのよ。

 人は悪くない。性温厚というか、おとなしい人で、部下のやや若手のオバちゃん技官に文句言われても、自分に多少の責があれば「ごもっとも、私が悪かった」だし、先任海曹にもいつも「もっと課の実績作ってよ」と発破かけられていた。ただ、酒が入ると豹変したけど、ヤバくなるとやはり空手有段者の先任海曹に「飲み過ぎ」と大人しくさせられていた。まあ、田舎の百姓のオトッツァンタイプ。雪の日に、背広にゴム長履いてコウモリ傘さしてきた時は、70年代から抜けだした感じがしたよ。

 仕事もできなくもない。大人しいけど、部内の苦情に対しては頭下げながらこっちの言い分を通す。部外の苦情には、その中身、主張の可否を聞いて、仕方がなければ自衛隊側で引くように[本人が怒られながら]根回しする人だった。前に書いた低音振動の件でも、部長や幕僚長、総監、自艦隊を動かして船越を入船係留にさせた。

 結構、己は助けて貰っていた。もちろん、幹部のみ5人配置のところに、己入れて幹部2人しか配置されていないのが問題なので、助けてもらうのは当たり前でもあるけどね。海自観艦式の時の指揮官広報や乗員観光を担当した時には、己が2-3時まで残業していると、付き合いというか、手伝いでコピーや書類チェックをしてもらった。ちなみに己が2尉で、オトッツァンは2佐だ。帰れと行っても「オレが受けた仕事だから」帰ってくれないという状態。

 9.11の自隊警備でも、最初の対空警戒でオレを一番キツイところに立てろというから、己と一緒に朝4時から6時までの一番キツイ所に立てたら、冷たい雨に打たれる状態で、いやあキツイキツイと言っていた。これは係長クラスが「なんで業務多忙な総監部の俺らが自隊警備を」と文句を言えないようにする措置だけどね。§

 ただし、運が無い。大事故は件の3件だが、始終、不可抗力や天変地異的なトラブルが起きていた。

 損害で一番すごいのが、弾庫庫地区一個まるまる使えなくなる事件かね。ある弾薬庫の上にマンションが立った。マンションの位置からトンネル式弾薬庫まで、水平距離で50mしかない。保安距離の規定により換爆量がウン十トンから、500kgくらいになって、CIWSの弾薬しか入らなくなったというもの。

 金額的にはこれが一番じゃないのかね。土地がまるまる使えなくなり、別の場所に弾薬庫を作ったから、合計で100億を超える損害ではあるまいか。もちろん、本人は全く悪くない。だが、海幕は「また○○か」だったらしい。

 本人曰く、運が無いのは昔かららしい。学生期間で演習やったときもでも、担当するとそうだったらしい。「何もないところでイベントでもないのに沈みよる」みたいな話をしていたよ。※※※



※ 「大雪:屋根崩落相次ぐ 事故・転倒で7人死亡」『毎日新聞』(毎日新聞,2014.2.15)http://mainichi.jp/select/news/20140216k0000m040008000c.html

※※ 厚木ではソノブイ倉庫の火事もあった。火事場の始末にいった数クラス上のアレな幹部が、火事場○○でヘルメットを手に入れたことを自慢気に話していたのは、当時からアレのアレである所以だと思った。このアレ幹部はアレなのが高名で、今でもアレ配置に送られてアレ呼ばわりされている。

§ ちなみに1佐管理部長も自隊警備の地区指揮官だったので、最初は昼夜問わず各直の回りを見ていた。総監部全体での応急的な警備計画立案・実施と平行してだから、さらにキツイはず。「なんで管理部が」という話なのだが、今から思えば防衛部は艦艇オペレーションで手一杯で、指揮官クラスは管理部長や監察官しか手駒がなかったのだろう。なんせ、停泊中の通信当直艦からも警備要員を引っ張ってきたくらいだった。己(指揮官付にされた)には「仕事だけど、年取るとキツイねえ、艇長時代なら苦でもなかったけど」といっていた。

§§ 己は運なし上司とは逆で、学生時代にやった演習だと、担当しているところで触雷のイベントがまったく起きなかった。全部スリ抜けたらしい。
 しかたがないので統裁部で民間船を出して、50kt(たぶんシステム上限?)で走らせて触雷させようとしたのだが、それも成功せずだった。己は、その50ktで無茶苦茶な航跡を描く民間船が偽装軍艦かなにかで、掃海艇で近づくと体当たりするんじゃないかと思っていた。停船させようとしたら、統裁部担当する民間船から「しかたがないので機動している、不審な船ではないと思え」と言われたよ。
 状況が終わったあとで、統裁部に詰めていた連中から、なんで触雷しないのかと言われたとのこと、触雷のイベントが起こせないので困っていたらしい。そんなことやろうと思ってもできることでもなかろうにと思った。
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Comment

非公開コメント

J太郎やドラちゃんの前に言っとく

千歳の爆発は1987年、下総のは1993年ですね。

No title

アレ幹部のお話を「アレ」でごまかさないで、もっと語ってくださいよ。

Re: No title

詳しく書くと、個人が特定されちゃうから駄目、

いいコトしないけど、悪いこともしない人っているけど、
ご本尊は悪いことはする。本人は自覚してないけど、ヤバすぎることばっかだった

あと、頭が悪いのが致命的で「防衛庁が防衛省になろうとするこの時に」みたいな、
本人は時流に乗っているつもりでも、だからどーしたみたいなことばっか言ってましたね

まあ、要求に反駁したり、命令系統が別だと無視したり、面前でわかりやすく嫌味とか言っていたので
プライドが壊されるのが嫌なのか、会って2-3年目以降は己には近づいて来ませんでしたけど

> アレ幹部のお話を「アレ」でごまかさないで、もっと語ってくださいよ。