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隅田金属日誌(墨田金属日誌)

隅田金属ぼるじひ社(コミケ:情報評論系/ミリタリ関係)の紹介用

プロフィール

文谷数重

Author:文谷数重
 零細サークルの隅田金属です。メカミリっぽいけど、メカミリではない、でもまあミリタリー風味といったところでしょうか。
 ちなみに、コミケでは「情報評論系」です

連絡先:q_montagne@pop02.odn.ne.jp

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2014.03
02
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Category : 未分類
 後にサウジアラビア大使(1998-2001)となったムハンマド・クルディーさんの回顧談「より良き未来を約束するために」を見つけた。『サウジアラビアと日本』(サウジ大使館文化部)1968年に三等書記官で日本に着任する時の話が載っている。

 中に、遠距離通勤に驚く部分がある。1.5時間と聞いて『アッラーは信仰者の崇拝を忘れることなく信仰者を助けたもう』と嘆息するのだが。当時も今も、日本人からすれば、1.5時間の通勤でそこまで言うのは、あまりに大げさなのではないかという話だが、サウジの人には相当の苦痛に見えたのだろう。

 ただ、お給料720-850ドルもあれば、そこまでの痛勤はないはず。当時は1ドル360円、初任給3万600円の時期である。確かに麻布に住めないかもしれないがとのことだが、戸越や中目黒のあたりなら、当時は低層で今よりもさらに家賃も安い。300ドルもあれば一軒家なりアパートに住めたのではないかと思う。汽車で30分もかからない。

 おそらく、日本大使館の先達にからかわれたのではないか。右も左もわからない初任外交官が、全く訳の分からない日本に来た。そこで大使に衣食住大変だぞと言われて不安になっている。サウジの連中も、面白がってあることないことを色々吹き込むだろう。

 当時を伺わせるものは、懐かしいモロヘイヤとオクラがないという記述か。オクラは昔からありそうな気もするが、元々はアフリカ原産で日本に入ってきたのはここ20年の話である。モロヘイヤも同じであり、60年代日本では手に入らなかったのだろう。

 サウジと日本は60年代には経済成長を始めているが、一気に発展するのは70年代以降の話である。サウジの原油国有化と国際原油価格高騰、日本製造業の高度化と日本製品のブランド化はどちらも70年代からになる。それ以前のサウジと日本は、成長株であるものの、今ひとつパッとしない、豊かになる過程の国である。その辺りを伺える点でも、面白い本である。



 まあ、エスノセントリズムから遠い商売の外交官だから、相当マイルドで、しかも日本担当なので日本人にも読みやすくしているのかもしれないけれども。
 率直な感想の部分を秘しているのなら、それも読みたいものだが。
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No title

 自衛隊が本当に国際貢献を本務とするようになるのであれば、たぶんに外交官の回想録や言動をよくよく広く知って研鑽するのも重要になるのだろうと気付かされました。
 私は自衛隊の者ではないのですが、自衛隊が今後そのような方向に行くのであれば、もうちょっとその方面にも目を向けたいなぁと感じました。

 しかしその一方で、対内乱戦などが終結した直後に出向く場合などは政治の関与と決断を利害が大きく異る勢力間で見守る難しい立場となるのでしょうから、外交でも援助でも究極の切り札とはならないのかもしれませんね。